第2話:魔王の玉座の間、そして衝撃の告白
巨大な扉が開かれ、アザゼルは大広間へと足を踏み入れた。
その瞬間、まるで空気そのものが重くなったかのような、圧倒的な魔力の奔流が全身を包み込む。
中央には巨大なドクロの玉座。
そこに深く腰掛けた男こそが、この世界の支配者、魔王ゼルガディスだ。
その鋭い眼光は、まるで獲物を射抜くかのようにアザゼルを捉えている。
そして、玉座の両脇には、禍々しい雰囲気を纏った魔王軍の幹部たちがずらりと並んでいた。
全身を黒い鎧で包み、微動だにしない副官ゴルグ。
妖艶な笑みを浮かべ、不気味なオーラを放つ魔女リリス。
そして、見るからに獰猛そうな獣の姿をした獣人族の族長ガオガオ。
彼ら全員から発せられる魔力の圧力に、アザゼルの足が自然とすくむ。
(これが……魔王軍の幹部たちか。
やばい、全員強そうだ。
俺、戦闘能力皆無なのに、こんな奴らと肩を並べてるとか、何かの罰ゲームか?)
魔王ゼルガディスがゆっくりと口を開いた。
「よく来たな、アザゼル。
今宵は、勇者どもを討ち滅ぼすための重要な会議を行う。
貴様もその才覚をもって、我らに知恵を貸すがいい」
ゼルガディスの声は低く、広間に響き渡る。
その言葉の節々から、勇者に対する明確な敵意が感じられた。
「は、はは……
畏まりました、魔王様」
アザゼルの喉からは、情けない声が絞り出された。
転生してからずっと、このデーモンの体が勝手に動くことに驚かされてきたが、こんな状況でも反射的に畏まった返事をしてしまう自分に、ある種の諦めすら感じた。
会議は粛々と進められた。
議題は当然、「勇者打倒」だ。
「勇者どもは、どうやら『始まりの森』から一向に動く気配がありませんな」
ゴルグが分厚い報告書を読み上げる。
その声には一切の感情がこもっていない。
「うむ。
あれは一体何をしているのだ?
我が偵察部隊の報告によれば、かれこれ数日、あの森をくるくると回っているというではないか。
まるで獣が縄張りを巡回するように……。
しかし、そこまで広大な森でもない。
何故、延々と同じ場所を徘徊しているのか、皆目見当がつかん」
魔王ゼルガディスが顎に手を当て、深い眉間のシワをさらに深くする。
他の幹部たちも、それぞれの見解を述べている。
「ふん、愚かな人間どものすることなど、分かりませんわ。
きっと、森の木々を数えているか、あるいは新しい愚かしい祭りの準備でもしているのでしょう」
リリスが優雅に扇を広げながら嗤う。その笑い声は、どこか冷たい響きがあった。
「ぐおおお!
きっと、腹が減って食い物でも探しているのだ!
獣人族の縄張りでは、森の恵みは分け与えるものだぞ!」
ガオガオが咆哮にも似た声で叫ぶ。その言葉の通り、彼の腹の虫が「グゥ~」と盛大に鳴いた。
(いやいやいや、違うだろ!
みんな全然分かってないよ!)
アザゼルは心の中で激しくツッコミを入れる。
魔族たちの平和ボケっぷりに、眩暈がしそうだった。
魔王ゼルガディスは、幹部たちの意見を一通り聞いた後、鋭い視線をアザゼルに向けた。
「アザゼルよ。
たしかに勇者たちはいつもあの森をくるくる回っておるが、あれは一体何の行動だと考える?」
突然の指名に、アザゼルの背筋を冷たいものが走り抜ける。
(きた!
やっぱりここを聞いてきたか!
これはもう、言うしかない!)
震える声で、アザゼルは震える声でゼルガディスに衝撃の事実を伝える。
「魔王様!
勇者達は今、レベル上げをしています!」
その言葉に、広間が一瞬静まり返る。
魔王の眉間のシワがさらに深まった。
「レベル?
それは一体……何の言葉だ、アザゼル?
新しい魔術か?」
ゼルガディスは訝しげな顔で問い返す。
他の幹部たちも、「レベルとは何ぞや?」といった顔で、アザゼルに注目している。
ゴルグに至っては、微動だにしなかった体が、ほんのわずかに前のめりになったように見えた。
「そして、このままだと、勇者に倒されて、この世から魔族もろとも消滅しちゃいます!
これ、ゲームの最終目標なんです!
そして、魔王様は絶対に勇者に勝てません!
設定です!」
アザゼルの言葉は、広間に爆弾を投下したような衝撃を与えた。
「はぁあっ!?
設定だと!?
アザゼル、貴様、何を戯言を申すか!?」
ゼルガディスは玉座から半身を乗り出し、怒気を孕んだ声でアザゼルを睨みつけた。
しかし、アザゼルはここでひるむわけにはいかない。
自分の命がかかっているのだ。
「いいですか、魔王様!
この世界は、いわばゲームなんです!
勇者はプレイヤー!
魔王様はラスボス!
そして、プレイヤーである勇者は、レベルを上げ、装備を整え、最終的にラスボスである魔王を倒す。
それがこのゲームのクリア条件なんです!」
「ゲーム……だと?
貴様、正気を失ったか?」
ゼルガディスは信じられないといった表情で呟く。
他の幹部たちも混乱している。
「フン!
面白い冗談ですわね、アザゼル。
私が、たかが人間ごときに倒されると?
馬鹿なことを。
私の魔力は無限、我が力は絶対。
勇者など、一瞬で消し炭にしてやりますわ!」
リリスが鼻で笑い、掌に妖しい魔力の光を宿らせる。
「ぐおおお! 魔王様は世界最強だぞ!
勇者など、わしがひとひねりにしてやるぜ!」
ガオガオが興奮して吠える。
ゴルグは相変わらず無言だが、その鎧の隙間から覗く目が、アザゼルをじっと見つめていた。
「違います!
そうじゃないんです!
魔王様は確かに強い!
でも、それはあくまで途中の段階での強さなんです!
勇者は、モンスターを倒して経験値を積み、レベルを上げることで、どんどん強くなるんです!
そして、最終的には、どんなに強い魔王でも倒せるようになるんです!
これは、この世界の根幹を成す仕組みなんです!」
アザゼルは必死に説明する。
こんなことを誰が信じるだろうかという不安と、それでも伝えなければ死んでしまうという焦りが入り混じり、声が上ずった。
「経験値?
仕組み?
まるで、何者かの手によって作られた世界だと言うのか、アザゼルよ」
ゼルガディスが眉間にさらに深いシワを寄せ、アザゼルを鋭く見つめた。
その眼差しは、アザゼルの魂の奥底まで見透かそうとしているかのようだ。
「……そうです、魔王様!」
アザゼルは腹をくくった。
こんな突拍子もない話、信じてもらうには何か根拠が必要だ。
「わ、私は……ある秘法を使い、深淵の世界を覗いてきました。
そこで、この世界の全ての真実を知ったのです!
この世界の仕組み、勇者たちの行動原理、そして、我々魔族の悲しき運命……!」
そう言って、アザゼルは声に感情を込める。
まるで、本当に血と涙の滲むような、過酷な「深淵の世界」を旅してきたかのように。
(頼む!
頼むから信じてくれ! これしかねえんだ!)
アザゼルは内心でそう叫びながら、魔王と幹部たちの反応を待った。
ゼルガディスは目を大きく見開き、信じられないといった表情でアザゼルを見つめている。
そして、その顔がみるみるうちに青ざめていった。
「な……な、なんだと……!?
そんな、馬鹿な……。
わ、我らが……消滅する……だと……!?」
魔王の威厳はどこへやら、ゼルガディスは完全にパニックに陥っていた。
ドクロの玉座に深く沈み込み、顔を覆い隠すように両手を当てる。
「まさか……
魔王様が倒されるなどと……。
そんな、ありえない……!」
リリスも扇を取り落とし、口元を両手で覆う。
その顔は、恐怖に引きつっていた。
「ぐ、ぐおおおおお……!
わ、わしらが……消えちまうのか……!?
わしは、まだ人間界の新しい鳴き声を覚えてねえぞ……!」
ガオガオは、半泣きになりながら、頭を抱えて座り込んでしまった。
そして、これまで一切の感情を見せなかったゴルグが、ゆっくりと鎧の籠手で顔を覆った。
「……なんという、クソゲーだ」
その呟きに、アザゼルは思わずツッコミを入れる。
(そこは「クソゲー」じゃなくて「なんてことだ」だろ、普通!?
っていうか、あんた、意外とゲーム用語知ってるんかい!)
広間は、魔王と幹部たちの混乱と絶望のざわめきで満たされた。
魔王軍最高幹部たちの、予想だにしなかったパニックぶりは、アザゼルにとっては滑稽で、同時に安堵でもあった。
(よし……
これで、第一関門突破か……?
少なくとも、話を聞いてくれる体制にはなったはずだ……!)
アザゼルは、ぐったりと玉座に座り込んだ魔王と、それぞれの形で絶望に打ちひしがれている幹部たちを前に、大きくため息をついた。
この世界で生き残るための、長く険しい戦いが、今まさに始まったのだった。