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第11話:ドラゴン、友好のブレスが「焼き討ち」に

①魔王城会議

 魔王城の大広間は、もはや「アザゼルの胃の残骸を偲ぶ沈黙」に包まれていた。


 オーク部隊による「共同畑仕事」が、勇者たちに「武装農民の暴動」と誤解され、結果としてまたしても経験値を献上してしまったという報告を受け、アザゼルは完全に「虚無」と化していた。


 彼の身体からは、生命の輝きが完全に失われている。


「うむ!

我らがオーク部隊の『実直な農業技術』が、勇者どもに伝わらなかったとは、誠に無念である!

彼らの『農具と武器の区別不能』および『身体的飛来物への過剰反応』を鑑みれば、これもまた、深き教訓であるな!」


 魔王ゼルガディスは、腕を組み、深く頷いた。

ゴルグの専門用語を、まるで自らの言葉のように使いこなしている。

彼の脳内では、オークたちが、ひたむきに大地と向き合う「高潔な農夫」として描かれているのだろう。


 アザゼルは、もはや「ツッコミ」を通り越し、「無」の境地に達していた。


「魔王様……

もう……もういいでしょう……

これ以上、魔王軍を『勇者への経験値供給施設』にしないでください……」


 アザゼルは、床に倒れ伏したまま、虫の息で訴えかけた。

彼の声は、もはやかすれすぎて聞こえない。


「フン!

愚かなオークどもですわね。

わたくしの『魅惑の香水』を畑全体に散布しておけば、勇者たちはその芳香に酔いしれ、鍬ではなく花を摘み始めたはずですわ!

美しさは、全ての暴力を浄化するのです!」


 リリスが、扇で口元を隠しながら、相変わらず的外れな「美」の論理を語る。

彼女の香水瓶は、もはや「香害」兵器と化している。


「ぐおおお!

畑仕事が駄目なら、次は『友好の土俵入り』だ!

俺が勇者の前で『奉納相撲』を披露してやる!

そしたら、きっと感動して拍手喝采を送ってくれるはずだ!」


 ガオガオが、早くも次の「おもてなし」の準備に取り掛かろうと、大広間で奇妙な四股を踏み始めた。

その度に、床がミシミシと音を立てる。


 アザゼルは、もはや自分の意識が、肉体から完全に離脱してしまいそうだった。


「……アザゼル殿。

これまでのデータ分析により、『直接的な身体接触』、『直接的な聴覚刺激』、そして『生産活動を通じた間接的友好形成』によるアプローチの限界が明確になりました。

勇者は我々の『友好の意図』を、一貫して『攻撃』と解釈し、最終的に『戦闘』に持ち込む傾向にあります。

そこで、次の作戦は『遠距離からの視覚的友好アピール理論』を推奨します」


 ゴルグが、いつもの冷静な声で、しかしどこか確信に満ちた響きで発言した。

アザゼルは、その「理論」という言葉を聞いただけで、残存するわずかな胃液が逆流するのを感じた。


「『遠距離からの視覚的友好アピール理論』……?

ゴルグ殿……

今度こそ、今度こそは、まともな……」


 アザゼルは、かすれ声で懇願する。


「ご安心ください、アザゼル殿。

今回の作戦は、非常に美しく、そして誤解の余地が少ないと判断します。

人間は『美しく、雄大な自然現象』に対して、畏敬の念を抱き、心を奪われるというデータがあります。

彼らの警戒心を解き、レベル上げ効率を低下させるには、彼らの『感性』に直接訴えかけるのが最も効率的であると判断しました。

そこで、その鮮やかな色彩と雄大な姿で知られるレッドドラゴン部隊に指令を出します」


 ゴルグは、無機質な視線でアザゼルを見つめながら、新たに広げた巻物を見せた。


 そこには、七色の美しいブレスを空に描くレッドドラゴンの姿と、それを見上げて感動している人間の絵が描かれている。


 アザゼルは、もはや現実か幻か、判断する気力すら残っていなかった。


「レッドドラゴンたちは、その『虹色のブレス』を勇者たちの頭上で披露します。

このブレスは、通常の攻撃的な炎ではなく、空気中の微粒子と魔力を結合させることで、『七色の光のカーテン』を形成する、『視覚的友好表現ブレス』です。

その美しさと、ドラゴンという存在の『崇高さ』をもって、勇者たちを『感動』させ、戦意を喪失させることを目的とします。

そして、勇者たちがそれに心を奪われている隙に、我々は彼らを説得する時間を稼ぐのです!」


 ゴルグが淡々と説明する。

アザゼルは、その説明に脳みそが沸騰しそうになった。


(『虹色のブレス』!?

ドラゴンがブレス吐くって言ったら、それは『火炎放射』に決まってるだろ!

どんなに綺麗でも、見た目が炎そっくりなら『焼き討ち』と誤解されるに決まってる!

『崇高さ』って、ドラゴンなんて見たら、普通は即座に武器を構えて逃げ出すか戦うかだろ!

何が『視覚的友好アピール』だよ!?

完全に『空中からの絨毯爆撃』じゃねえか!!)


 アザゼルの脳内は、悲鳴とツッコミの嵐だった。

ゴルグの理論は、常に「魔族の視点」と「人間側の常識の乖離」を極限まで突き詰めてくる。

今回は特に、その「美」が「破壊」に見えるという、最悪のパターンだ。


「ほう、『虹色のブレス』とな!

それは素晴らしい!

我らが魔族の『芸術性』が、ついに勇者どもにも伝わるのだな!

よし、アザゼル!

この『遠距離からの視覚的友好アピール理論』、ぜひとも試してみるべきだ!」


 魔王ゼルガディスは、感動に打ち震えるかのように、拳を握りしめた。


 彼の脳内では、勇者たちが、レッドドラゴンのブレスが織りなす虹色のカーテンの下で、歓声を上げながら写真を撮っているのだろう。


「そうですわ!

わたくしの『魅惑の香水』を虹色のブレスに混ぜて、勇者たちに浴びせれば、その香りに誘われて、さらにドラゴンの美しさに魅了されるはずですわ!

美しさは、どんな色のブレスよりも強く心を掴みますもの!」


 リリスが、香水瓶をキラキラと輝かせながら提案する。


「ぐおおお!

ブレスが駄目なら、次は『友好の咆哮』だ!

俺が全力で叫んだら、きっと勇者も俺の勇ましさに感動してくれるはずだ!」


 ガオガオは、既に次の「おもてなし」に胸を躍らせ、大広間で奇妙な咆哮の練習を始めた。


 その声で、アザゼルの胃の残骸がさらに痛んだ。


「……レッドドラゴン部隊よ!

『試練の山脈』の空中で、勇者たちを待ち構えよ!

決して攻撃的なブレスは吐くな!

その代わりに、『虹色の視覚的友好表現ブレス』を勇者たちの頭上で披露せよ!

勇者が反撃してきたら、断じて応戦するな!

『にげる』を選択し、友好の意を示すのだ!

我が魔族の未来は、お前たちの『芸術的表現力』にかかっている!」


 アザゼルの指令は、もはや絶望の淵からの咆哮のようだった。


②勇者との遭遇

 その日の午後。


 『始まりの森』を抜け、『試練の山脈』へと足を踏み入れた勇者パーティーは、そこで異様な気配を察知した。


 上空から、巨大な影が彼らの頭上を覆ったのだ。


「あれは……

ドラゴン!?」


 レオが空を見上げ、剣を構えた。

上空には、伝説の魔物、レッドドラゴンが悠然と舞っていた。

その全身を覆う鱗は、太陽の光を反射して赤く輝いている。


「レッドドラゴンですわ!

まさか、こんなにも早く遭遇するとは!」


 セリアが魔法杖を構える手が震えている。


「くっ……

最強の魔物、レッドドラゴン!

我々に襲いかかるつもりか!」


 ライアスが聖書を構え、額に汗を浮かべる。

彼の分析は、常に真剣だ。


「ひぃぃぃ!

ドラゴンさん、こっち見ないでぇぇぇ!」

ミラは、恐怖でその場にしゃがみ込んでしまった。


 レッドドラゴンは、アザゼルの指令とゴルグの「普遍的娯楽理論」、そして「遠距離からの視覚的友好アピール理論」を懸命に解釈していた。

彼らにとっての「視覚的友好アピール」とは、その美しいブレスを最大限に活用し、勇者たちに「感動」を与えることであると結論付けたのだ。


 勇者たちが現れた。どうする?

  ▶たたかう

   ぼうぎょ

   ようすをみる

   にげる


 レッドドラゴンは、上空から勇者たちを見下ろした。その巨大な体躯は、勇者たちにとっては恐怖の対象でしかない。

しかし、レッドドラゴンは「ようすをみる」を選択した。

そして、すぐに「視覚的友好アピール」に移る。


 レッドドラゴンは、美しい虹色のブレスを勇者たちの頭上に吐き出した!


 レッドドラゴンは、高らかに咆哮を上げると、大きく口を開いた。

そこから放たれたのは、通常であれば全てを焼き尽くすはずの灼熱の炎……ではなく、七色の光を放つ、まるでオーロラのような美しいブレスだった。


 それは、勇者たちの頭上を優雅に弧を描き、キラキラと輝きながら降り注ぐ。

空気中には、微かに甘い香りが漂っている。


「うわあああ!

ブレスだ! 避けろっ!」


 レオが叫び、咄嗟に剣で顔を覆った。

彼の脳内では、ブレス=焼き尽くされる、という図式が瞬時に出来上がっていた。


「きゃあああ!

熱いですわ!

これがドラゴンの炎の洗礼ですの!?」


 セリアが悲鳴を上げ、魔法で防御壁を展開する。

ブレスは熱いわけではないのだが、その視覚的なインパクトと、ドラゴンという存在への先入観が、彼女に「熱い」と感じさせている。


「くっ……!美しい……

だが、これほどの威力を秘めているとは……!

油断なりません!」


 ライアスは、虹色のブレスの美しさに一瞬だけ目を奪われるが、すぐにその「美しさ」の裏に隠された「恐ろしさ」を読み取ろうと、聖書を握りしめた。

彼の脳内では、これがドラゴンの「精神攻撃」か「状態異常魔法」に分類されていた。


「ひぃぃぃ!

焼かれるぅぅぅ!

マミーになっちゃうぅぅぅ!」

 ミラは、地面に転がり、全身でブレスを避けようともがく。

彼女の想像力は、既に自らがミイラになっている未来図を描いていた。


 勇者たちは、レッドドラゴンの「友好のブレス」を、完全に「攻撃」と誤解していた。


 レッドドラゴンは、勇者たちの困惑と恐怖を意に介さない。

彼らにとっては、勇者が感動のあまり身体を震わせているのだと解釈したのだ。


 勇者たちは、ブレスが攻撃だと判断し、レッドドラゴンに反撃を開始した!


 レオは、渾身の力で『初級剣技:スラッシュ』を放った!

しかし、レッドドラゴンの鱗には通用しない!


 セリアは、憤慨しながら『ファイア』を連発した!

しかし、レッドドラゴンの皮膚には通用しない!


 ライアスは、怒りに震えながら『ホーリーアロー』を放った!

しかし、レッドドラゴンには通用しない!


 ミラは、恐怖で半泣きになりながら、隠し持っていた短剣をレッドドラゴンに投げつけた!

しかし、届かない!


 レッドドラゴンは、勇者たちの攻撃を、まるで「愛の鞭」かのように受け止めていた。

彼らにとっては、勇者が自分たちのブレスに感動し、その興奮のあまり「身振り手振りで感謝を表現している」と解釈したのだ。


 しかし、アザゼルの指令は「決して応戦するな」だ。


 レッドドラゴンは、アザゼルの指令を思い出し、『にげる』を選択した!


 レッドドラゴンは、勇者たちに向かって「またね!」と告げると、上空へと飛び去っていった!


 レッドドラゴンは、勇者たちに「またね!」と、ドラゴン語で友好的に声をかけると、満足げな表情で空高く舞い上がった。


「ま、またねって言ったぞ……!?

まさか、また来るのか!?

あの化け物が!?」


 レオは、レッドドラゴンが去っていくのを見上げ、顔面蒼白になった。

彼の脳内では「またね」=「次回も襲撃するぞ」という、最悪の解釈がなされていた。


「こんな恐ろしい思いを、またするだなんて……!

私、無理ですわ!」

 セリアが、その場に崩れ落ちた。


「くっ……!

ドラゴンめ……!

次こそは、我々も強くなって、奴に一泡吹かせてやる!」


 ライアスは、悔しそうに拳を握りしめた。

レッドドラゴンの「またね」が、彼の闘志に火をつけたのだ。


「うぅ……

頑張らなきゃ……」

 ミラは、恐怖で震えながらも、ライアスの言葉に頷いた。


③戦闘と結果

 レッドドラゴンは、勇者たちの反撃を退け、無事にその場を去った!


 レオは経験値【0】を手に入れた!

 セリアは経験値【0】を手に入れた!

 ライアスは経験値【0】手に入れた!

 ミラは経験値【0】手に入れた!


「おい!

経験値ゼロかよ!

なんのためにあんな目に遭ったんだよ!」


 レオは、怒りに震えながら叫んだ。

彼の期待は、完璧に裏切られた。


「経験値がゼロ……だと……?

これは……屈辱ですわ!」

 セリアは、怒りを通り越して呆れ返った。


「くっ……

しかし、これでわかった。

ドラゴンは、我々の戦意を削ぎ、心を折ろうとしているのだ!

だが、我々は負けない!

次こそは、あのドラゴンを倒し、必ずや経験値を稼いでやる!」


 ライアスは、なぜか闘志を燃やしていた。

レッドドラゴンの「またね!」が、彼を「次こそは」というモチベーションへと駆り立てていたのだ。


「……なんか、やる気出てきた……かも……」

 ミラは、恐怖が薄れ、ライアスに感化されたかのように呟いた。


④結果報告

 魔王城。


 レッドドラゴン部隊からの報告を受けたアザゼルは、もはや「存在しない胃の残骸を抱きしめるポーズ」で固まっていた。

彼の瞳には、かすかな希望が宿っているように見えたが、それはただの死んだ魚のような目だった。


「レッドドラゴンが『虹色の視覚的友好表現ブレス』を吐いたら、勇者たちが『焼き討ち』と誤解して反撃してきた上に、それに『応戦せず逃げた』ら、経験値すら稼がせず、勇者たちの『モチベーションをアップ』させただとぉぉぉぉお!!

ま、またねって言っただとぉぉぉぉお!!?」


 アザゼルの声は、もはや絶叫を通り越して、「魂が崩壊する音」と化していた。


「うむ……

今回のデータから、『普遍的娯楽理論』における人間側の『視覚情報における危険認知の優位性』が原因と分析します。

我々の『芸術的表現』は、彼らにとって『生命の危機』と認識されたようです。

そして、『にげる』という行動は、彼らに『再戦への意欲』を与えてしまった模様。

次なる作戦では、より『人間心理の深層に働きかける、非直接的な接触』が必要不可欠ですな」


 ゴルグが、眉間に深いシワを寄せ、真剣な顔で分析している。

彼の言葉は、一見すると論理的だが、その根底にあるのは相変わらず「普遍的娯楽理論」という、人間には理解不能な「遊び」の概念と、「魔族独自の常識」が複雑に絡み合っていた。


 彼は、レッドドラゴンが全力で「友好」を表現したにも関わらず、勇者が「美しさ」を理解しなかったことを、深く憂いているようだった。


「なるほど、やはり我らの『おもてなし』が、まだ力強すぎたのだな!

よし、アザゼル!

次はもっと繊細で、しかし確実に『友情』へと誘うような『仕掛け』を用意するのだ!

我らが魔王軍の『奥ゆかしき配慮』を、勇者どもに見せつけてやるぞ!」


 魔王ゼルガディスは、ゴルグの言葉に深く納得したように頷き、アザゼルに新たな指令を出す。

その顔は、まるで茶道の師範のように、深遠で穏やかだった。


「そうですわ!

わたくしの『魅惑の香水』を空中に撒き散らし、勇者たちの嗅覚を完全に支配すれば、彼らは魅了されて、戦うどころか、私たちに恋をしてしまったはずですわ!

美しさは、どんな危険も愛に変えますもの!」


 リリスが、香水瓶をキラキラと輝かせながら、新たな提案を始める。

彼女の提案は、もはや「香水による世界征服計画」に近い。


「ぐおおお!

次は『友好のドッキリ大作戦』だ!

俺が物陰から飛び出して、勇者を驚かせてやる!

そしたら、きっと恐怖のあまりレベルが下がって、俺と友達になってくれるはずだ!」


 ガオガオは、既に次の「おもてなし」に胸を躍らせ、その場で物陰に隠れる練習を始めた。

その姿は、まるで子供のようだ。


 アザゼルは、もはや自分の魂が、この魔王軍の狂気から解放されることをただ願うばかりだった。


(ああ……

もう嫌だ……

この魔王軍は、一体いつになったらまともになるんだ……

おれは、本当に魔王軍の幹部なのか?

それとも、壮大なコントの出演者なのか……)


 アザゼルの意識は、暗闇へと沈んでいく。

彼の胃は、もはや「無」だった。


 この魔王軍で生き残る道は、永遠に続く、終わりの見えない茶番のようだった。

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