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第8話 窓ガラスは粉砕されるために在る

某研究機関にお勤めの警備員さん達が減給されたので初投稿です。


篠原朔人視点です。




くだらないスレを読みながら、俺はデパートの三階を歩いていた。


倒れている原型を保っていない棚をまたいで、割れたガラスの破片を避けて進む。天井の照明はとっくに死んでいて、外光がかろうじて床を照らしている。


スレは、いつもの調子だ。


ニートさんの話題はさっさと流れ、今はコロニー間で見つけた変な植物の報告や、くだらない下ネタで盛り上がっている。


(彼らは普段からこういう感じなんだろうな)


薄暗いフロアを静かに進む。かつて薬局だった一角に目を留め、足音を殺して近づく。電源の切れた自動ドアは閉じたままだ。脇の割れたガラスから身を滑り込ませる。


棚をひとつずつ確認しながら、残っていた包帯や消毒液、鎮痛剤を手早くバッグに詰めていた、その時だった。


ガッ


次の瞬間、鉄柱でも叩きつけられたような衝撃が背中を襲った。


肺が空っぽになる。体が宙に浮くのがわかった。


ガシャァアアン!!


体が吹き飛び、背後のガラスのショーケースを砕きながら窓に叩きつけられた。


バキィィィン!!


窓が割れる音と同時に、視界がぐらつく。


俺の身体は、そのまま三階から外へと投げ出された。


落ちていく途中、逆さまになった景色の中で、信号の切れた交差点と、うごめく影が見えた。


交差点のアスファルトが迫ってくる。


(肋骨、折れたな……3本……いや4本か)


ドシャッ


地面に酷く叩きつけられた。


肩と膝をアスファルトで擦ったが、派手な音を立てた割には致命傷ではなかった。


地面に手をつき、短く息を吐く。骨のずれと痛みが、脈打つように響いていた。


(でも……問題ない)


ぐしゃぐしゃになった肋骨が、みるみるうちに戻っていく。皮膚の下で骨が動き、割れた箇所が再生する。


俺は唇を歪めて笑った。




立ち上がった瞬間、周囲に漂う腐臭が鼻を突いた。


ゾンビ——大量のゾンビが、交差点をうごめいていた。


ざっと見ても40体以上。しかも、次々に物陰から這い出てきている。


(数が多すぎるな……)


息を呑む間もなく、三体が突進してきた。


最初の一体の顔面を殴り飛ばし、もう一体の脚を蹴り折る。最後の一体には回し蹴りを叩き込んだ。


それでも次が来る。終わらない。


(武器がいる。まともな武器……!)


視界の隅、歩道の縁に立つ「止まれ」の標識が目に入った。


俺は駆け寄ると、その支柱に両手をかける。


軽く力を込める。


金属が軋み、根元のアスファルトごと道路標識が引き抜かれた。さながら農作物の収穫である。フォルム的には『大きなネギ』といったものか。


道路標識が鈍く太陽を反射する。


俺はそれを肩に担ぎ、ゾンビの群れへと向き直った。


「さぁ......さっさとかかってこい」


次の瞬間、唸り声とともに一際大きな影が屋上から飛び降りてきた。


先程の——四肢の長い、異様に関節のねじれた変異種。


血走った目が、まっすぐ俺を捉えている。


標識を固く握り直す。背中の痛みはまだ残っているが、些末な事だった。



◆◆◆◆◆ 



ゾンビは数で圧してくる。だが、どれだけ数を揃えようと、所詮は鈍重な死体の群れだ。


道路標識を槍のように振り回し、手当たり次第に突き刺しては薙ぐ。


そのたびに奴らの骨が砕け、頭蓋が割れ、黒ずんだ脳漿が床に撒き散らされていく。


けれど——奴だけは違った。


変異種。

 

ただのゾンビではない。


奴は知性を失いながらも本能の研ぎ澄まされた狩人だ。


地を滑るように走り、間合いを詰めてくる。


俺がその姿を捉えられなくなった刹那、背後から飛びかかってきた。


俺はギリギリで身を捩る。奴の爪が俺の腕をかすめ、深く肉を裂いた。血が飛ぶ。


が、それも一瞬。


俺の細胞はもう、傷を癒しはじめていた。

 

骨折すら数十秒で治す身体。


あそこでの実験で何度も体験した、肉がひきつれるような感覚。


これは、傷が治り始めている証拠だと、俺はもう知っている。


「——さあ、終わりだ」


標識の柄を握り直す。

俺は、膝を深く沈めた。


そして——跳んだ。


空気が裂ける音とともに、俺は一気に跳躍する。


変異種が視線を上げる。


だが、遅い。


「喰らえッ!!クソったれッ!!」


落下の勢いと全体重をすべて乗せ、標識を突き立てる。


狙うは一点。


その醜悪な頭蓋の中心だ。


音がした。


肉を裂き、骨を砕き、鋼鉄が地面に突き刺さる重い音。


変異種の頭部が破裂し、四肢がビクリと跳ねた後、完全に沈黙した。


地面に膝をつく俺。


周囲では腐った喉を鳴らす音。唸り声。


ゾンビたちはまだいる。しかも、どんどん増えている。

 

(……まずいな)


これ以上戦っても、勝てないわけじゃない。

だが、間違いなく消耗するだろう。ここで時間をかけるべきじゃない。


俺は道路標識を肩に担ぎ直すと、即座に走り出した。


デパートの非常階段を駆け上がり、他のビルの屋上に跳び移る。


ゾンビたちの呻き声が、背後に遠のいていく。


追跡を撒くルートは、頭に叩き込んである。



◆◆◆◆◆


 

背中がじんじんと疼いていた。再生したばかりの肋骨が、まだ俺の動きに馴染んでいない。まあ、いつもの事だ。


けれど、振り返らない。走る足を止めず、ひたすらに。


路地裏を抜け、鉄の扉を開き、暗い階段を登って——ようやく、たどり着いた。


「ただいま」


言葉は部屋の中で吸い込まれた。誰も返事をする者はいない。ホコリ臭い部屋の空気が俺を包む。雑多に並べられた水のペットボトル。保存食のパック。毛布を丸めただけのベッド。

 

生きるためだけに存在する空間。だけど、ここは俺の“家”だ。


そうだ、スマホを確認しなくては。そう思って上着のポケットから取り出したそれの画面は、見事に斜めにヒビだらけになっていた。蜘蛛の巣のような亀裂が走っていて、指先でなぞると細かい破片がざらつく。


だが――


「……吹っ飛んだ時に割れたかな」


電源ボタンを押し込む。


数秒の沈黙のあと、震えるようにライトが灯った。


表示されるのは、馴染みのある掲示板のスレッドリストだった。


生きてる。まだ、繋がってる。


ほっと息をつき、俺は床に腰を下ろした。


少しだけ目を閉じる。


手のひらにはゾンビの返り血と埃がこびりついている。急に不快になってきた。


だが、この命はまだ続いている。





3階から吹っ飛ばされて受け身を取らずに落下した篠原の主張は擦りむいただけだそうです。人間やめてて怖い。


蛇足ですが、篠原が引っこ抜いた道路標識は、後ほどスタッフと作者で美味しく頂きました。


読んで下さりありがとうございます。

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更新が不定期かつ亀なので、ブックマークで待機してくれると嬉しいです。

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道路標識を...頂いた...?作者さんとスタッフさんの胃は鋼鉄製かな()
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