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本当の敵はいつだって隣りに居る(諸説あり)

先日怪盗デビューして欲望を盗り返したので初投稿です。


こんな悪質なタイトル如きで篠原とカルミアたんの絆が切れるわけないだろ!いい加減にしろ!ヾ(#`Д´#)ノ




遠くで雷鳴が鳴っていた。


不穏な空気を孕んだ厚い雲が、空を覆っている。


まるで、この決断に天が干渉しようとしているかのように。


篠原は、約束の廃墟へと再び足を踏み入れていた。


アーケードの中は前と変わらない。崩れた看板、剥がれたペンキ。


そして目的の人物は変わらずそこに――いた。


あの異質な少女だけが、静かに佇んでいた。


「こんにちは、篠原朔人さん。来てくれるって、信じてた」


彼女の毒々しい飴の様な唇が弧を描いている。


――引き返せ、お前は騙されている。よく考えてみろ。


(うるさい⋯)


部屋で見たあの写真が脳裏をよぎる。


埃をかぶった、三人の親子の笑顔。


彼にだって、父さんと母さんと、嫌味な姉貴が居た。


かけがえの無い、彼だけの家族が。


(家族に会いたい。大好きだと、大切だと伝えたいそのためなら俺は何だって⋯)


――辞めておけ。後悔するだけだ。


(うるさいッ⋯)


叫び出したくなるほどに心が揺れていた。


胸の奥で、変化への恐怖に駆られた篠原自身が必死に叫んでいる。


戻れ、もうこれ以上進むなと。


だが、その声はもう――遠い。


(……だったら、誰かが代わりに家族を助けてくれるのかよ)


さらに煩わしい音が静まっていく。


カルミアは、その間もじっと篠原の目を見つめていたようだった。


その瞳の奥にあるものが何なのか、彼には分からない。


嘲笑か、憐れみか、それともただの空虚か。


「……それで?決まったのかしら?」


問いかけは軽い。篠原は静かに頷いた。


「取引を⋯受け入れる」


その瞬間、空が裂けるような雷鳴が轟いた。


風が吹き荒れ、アーケードの奥で看板が落ちる音が響く。


「オーケー。これで契約成立ね」


彼女が差し出した手に、篠原は躊躇なく自分の手を重ねた。


その指は酷く冷たい。


まるで死人のような、熱のない温度であった。



◆◆◆◆◆◆◆



「ほら、見えるでしょ。……貴方にはあそこに侵入してもらうわ」


カルミアが指を差す先。


遠い東京湾の海上に、薄く霞んだ人工島のシルエットが浮かんでいた。


グレーの輪郭に囲まれた閉鎖施設群。


まるで――忘れた墓標の様に静かに佇んでいる。


さて、篠原とカルミアは、さびれた取引場所から移動し、とある商用高層ビルの屋上に立っていた。


かつては文明の象徴だったその高層ビル群は、今ではかつての栄光の影もない。


東京都はすっかり緑に侵食されていた。


ひび割れた壁面には、おびただしい量の植物が絡みつき、まるで鉄とコンクリートを呑み込むように、青々と繁茂している。


ビルに寄生するようにして伸びた一本の巨木の幹には、名も知らぬ鳥が数羽、身を寄せ合ってじっと留まっていた。


コンクリートに覆われた都市でさえ、自然の暴力には抗えない。


人がいなくなれば、世界はこうもあっさりと“還る”のか。


東京都にたどり着いた時から思っていたが、やはり雄大な自然の暴力というものは実に強烈だ。


雄大で、そしてどこか恐ろしい。


自然の力は、静かに、だが確実に全てを覆い尽くしているのだ。


とっくに日は落ち、空は朱色に染まり、周囲の鉄とガラスの摩天楼が残光を帯びている。


ビル風は鋭く、肌を容赦なく刺してきた。


篠原は何も言わず、風に吹かれるまま、ただ視線をその島に向けていた。


――数週間前までの、自分の“世界”だったその場所に。


カルミアは振り返る。


長い金髪が風に舞って煌めいた。


「あら、懐かしいの?」


篠原は、表情も動かさず、じっと島を見つめたままだ。


「……懐かしさなんて、感じる場所じゃない」


そして、低く、搾り出すような声で応じた。


カルミアは肩をすくめた。


「ま、それもそうね。もし私が貴方の立場だったなら、もっと早く出てっちゃうと思うわ」


そのまま、悪戯っぽく、輝かせる。


「ボイコットして大暴れして……更には集団脱走でも起こしてね」


篠原の眉が、わずかに動いた。


「その大層ご立派な正義感を引っさげて、あそこで解放運動でも起こしてくればいいじゃないか?」


「あら、辛辣ね」


カルミアは小さく笑い、それからわずかに真顔になる。


「残念だけど、私が他国の国家機関に侵入なんてしたら国際問題まっしぐらよ。私に出来る事は精々“脱走者を保護する”建前で、ギリギリのラインを攻めるだけ」


そこまで言って、彼女はふっと視線を逸らした。


「……だからこそ、あなただけが行けるの。あの場所に、もう一度」


篠原は小さく息を吐き、目を細める。


「他にやれる奴がいないだけだろ」


「そうね。でも、あの研究機関の内部から出てきた人間なんて、今のところ貴方しかいないのも事実でしょ? 私は本当にラッキーだったわ」


カルミアは無言のまま、スカートの裾を抑えてポケットから金属ケースを取り出した。


中には薄型のスマートフォン、それにいくつかの黒い小型のインカムがきちんと収まっている。


「作戦は三段階」


彼女は立ち上がり、スマートフォンを篠原に手渡す。


画面には人工島の見取り図と、複雑な施設レイアウト、各区画の通行制限が重ねられて表示されていた。


「まず、“貨物搬入口”から侵入したら、待機して。そこで私が一時的に、セキュリティを遮断しておくわ」


篠原は眉をひそめる。


「……どうやって?」


カルミアは肩をすくめるように微笑んだ。


「電波塔から延びてる電力供給配線を破壊するの。施設全体の監視システムは中央制御だから、一本断つだけでセキュリティが一時的に沈黙するわ」


「そんなことして大丈夫なのか? 下手すれば、逆に警備が厳重になると思うが⋯」


「予備電源系も処理する予定だから、心配いらないわよ」


さらりと説明されるも、篠原の目が細くなる。


「あんたが? どうやってやるつもりなんだ?」


カルミアは少しだけ言葉を探すように黙った。


「……そうね。契約関係にあるんだから、私のこと、少しは教えてあげないとね」


「……は?」


次の瞬間、彼女はおもむろにジャケットの内側から小型の拳銃を取り出した。


それは軍用のような風貌ではなく、むしろ洗練された機能美を備えていた。


黒い艶を帯びたボディに無駄な装飾はなく、むしろ氷のような怜悧な雰囲気さえ漂う。


篠原は思わず一歩、身体を引く。


「……何のつもりだ」


「あら、貴方に使うつもりはないわよ?」


カルミアは涼しい顔でそう言うと、すっと銃口を横に向けた。


そこには――屋上を覆うように伸びた巨木の幹。


その枝先に、いつの間にか一羽の大きなカラスが留まっていた。


カルミアの指が、ためらいもなく静かに引き金を引く。


篠原は息をのんだ。


その刹那、彼女の瞳が赫く光ったのを、確かに見たからだ。


凪いだ湖面のような無垢な双眸に、血のような紅が滲んだように――。


そして乾いた破裂音と共に弾丸は発射された。


枝がしなり、カラスの影が宙へ崩れ落ちる。


だが次の瞬間。


「!」


篠原の目の前で、ついさっき撃ち落とされたはずのカラスが、何事もなかったかのように羽ばたき、空を旋回して戻ってきた。


その動きには、不自然なまでの滑らかさと――“意思”のようなものが宿っていた。


黒い影は、ふわりと舞い降りると、カルミアの肩に静かに留まる。


嘴を、親しげに彼女の頬に寄せるようにして寛いでいるようだ。


カルミアは何気ない仕草で羽を撫で、微笑んだ。


「ふふっ……驚いた?」


篠原は、まだ言葉を見つけられずにいた。


「一体……何をしたんだ」


カルミアは一拍おいて、淡々と答える。


「これが私の抗体による副次効果――分かりやすく言うと、特異体質よ。私の血液を摂取した生物を一定期間使役出来るの」


「この子たちを使えば、監視の目も電源施設も内部構造も、全部“こちら側”でコントロールできるわ。

だから、後方支援は――安心してね?」


カルミアはカラスの頭を軽く撫でながら、もう一度視線を前方に向ける。


遠く、東京湾に浮かぶ人工島。


篠原が数週間前まで囚われていた、“あの施設”が沈む灰色のシルエットが、夕闇の中に滲んでいた。


「最終的には救出した検体たちを正面玄関に集めて頂戴。そこに、私の母国が派遣した潜水艦を待機させるわ。最初から最後まで、私が責任持って回収するから」


カルミアの言葉は、まるで台本でもあるかのように一つひとつ淀みなく流れ出る。


その内容は突飛で、非現実的で――だが、非常に分かりやすいものだった。


そして何より、彼女の目は、ただの理想や夢物語を語る者のそれではなかった。


篠原は黙って空を仰いだ。


深く濁った東京湾の向こう、夕暮れに浮かぶ灰色の島。


(あそこに、まだ誰かがいる限り――俺は見捨てることはできない)


ふと、肩に留まるカラスがカアと鳴いた。


その赫い瞳が、じっと篠原を見つめている。


まるで、彼の返事を催促するかのようだ。


「⋯⋯善処する。俺の力で可能な限り」


カルミアは微笑んだ。


「ええ、貴方に任せるわ」


その後、屋上が冷えてきたため2人は一度ビル内の仮設拠点に戻る事になった。


階段を降りながら篠原はカルミアに問う。


「ところで、作戦はいつ始まるんだ?」


「明日の夜明け、4時ちょうどよ。――あっ。そういえば言い忘れていたわね」


篠原はカルミアを振り返って二度見した。


突然の彼の挙動に、カルミアはきょとんと目を丸くしている。


「⋯⋯じょ、冗談だよな?」


「えっ?」


さて、彼女の返事は言うまでも無い。


篠原は両手でそっと顔を覆ったのであった。


読んで下さりありがとうございます。

感想や高評価を頂けると励みになります(小声)


更新が不定期かつ亀なので、ブックマークで待機してくれると嬉しいです。

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