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第12話 昨今のヒロインはパンをくわえて走って来ない

某研究員が担当している検体と眼鏡をお揃いにしようとしているので初投稿です。



篠原朔人視点です。




砂混じりの乾燥した風が吹き抜けている。


死んだ商店街に残るのは、剥げたペンキと、崩れかけた看板と、捨てられた生活の残骸だけだった。


アーケードの鉄骨が軋み、紙くずが渦を巻く。閉ざされたシャッターと、色褪せた看板。埃をかぶった自転車だけが、かつて人間がここにいたことを証明していた。


俺は歩みを止めた。


風の音にまぎれて、空気の質が変わったのが分かった。


気配がする。


風に混じって――何かが混ざっていた。


視線だ。


感情の熱も体温も伴わない、冷えた「視線」。


振り返らずに、傍のショーケースの前に立つ。


薄汚れて曇ったガラスに映る――細く揺れる影。


「……誰かいるのか?」


風を押し返すように言う。


数秒の沈黙。そして、カツ、カツ、と、ヒールの音が地面を刻んだ。


現れたのは――少女。


いや、少女の姿を借りた、何かだと直感した。それは、あまりにも美しすぎた。


白磁のような肌は、影すら弾くほど滑らかで、風に踊る金髪は陽に透けて揺れる。瞳は群青。凪いだ海のような、落陽の空を彷彿とさせる。


少女趣味の質の良いワンピースが、その華奢な身体に沿ってふわりと揺れた。


世界が、その瞬間だけ静止したような錯覚。


色褪せた風景に、彼女だけが“異物”として、まばゆく存在していた。


目を奪われた。というより、“目を奪われる以外の選択肢がなかった”。


「こんにちは、篠原朔人さん」


名を呼ばれたことすら、遠くから聞こえた気がした。


脳が、身体から一歩遅れて反応する。


「……誰だ」


言葉を絞り出すのがやっとだった。心臓が激しく脈を打っていた。


「カルミア。呼びやすいでしょう?こう見えても、E国のスパイなのよ」


さらりと“スパイ”を名乗る彼女の声は、絹の様に柔らかで、それでいて甘すぎる。まるで毒にまみれた飴だ。


「どうして俺の名前を知っている...?」


「あなたのこと、ずっと観察していたから。気づかなかった? あなたって意外と無防備ね」


そう言って、彼女はまた笑う。その笑みに、俺は――意識を奪われる。


おかしい。警戒しろ。目の前の存在は、明らかに危険だ。敵意を隠しているに過ぎない。


なのに――


息が詰まるほど、美しい。


「……何をしに来たんだ」


声がかすれた。


「取引をしに来たの。あなたを、ここから連れ出す取引をね」


「……は?」


言葉が意味を持たない。

それどころか、彼女の口の動きばかりが気になって、内容が頭に入ってこなかった。


「あなたを国外に逃がしてあげてもいいわ」


夢でも見ているような台詞だった。

だけど、目の前の彼女は夢よりも現実離れしていて――妙に、重い。


「その代わりに」


そこで、カルミアは言葉を切った。

一拍置いて、静かに続ける。


「研究機関に幽閉されている検体たちを全員救い出して欲しいの。実験はE国で継続する予定。――条件はこれだけよ」


「……実験、を?」


小さく問い返すのが精一杯だった。


だが彼女は、遮るように続ける。


「でも全てが成功したら、あなた達全員に“選ばせて”あげる」


彼女は一歩、近づいた。


その動作にすら目を奪われる。ひとつひとつが、舞台の上の女優のように優雅だった。


また、一歩近づいた。もう手を伸ばせば届く距離だ。


「クラスター以前の平和な世界を、人類すべてが再び享受できる未来を、創るの」


「当然、あなたたちの未来も保証するわ」


群青の瞳が、まっすぐに俺を射抜いた。


「再生した新世界で――家族に、会いたいでしょう?」


心を見透かすような声だった。


俺は何かを言い返すべきだった。そんな怪しい取引には乗らない、なんて陳腐な台詞があったはずだ。


思考が鈍っていく。


この女は、すべて分かっている。


俺の弱さも、葛藤も、後悔も、逃げ場のなさも。


そしてそのうえで、俺を“買いに”来ている。


「……それが、あんたの取引か」


「ええ。悪い話じゃないでしょう?」


カルミアはゆっくり瞬きをした。蒼い瞳を縁取る色素の薄い睫毛が影を落とす。その姿は――天使じみていた。


だが、俺は首を横に振った。


「あんたを信用できない。悪いが、取引に応じる事は出来ない」


彼女はすこしだけ目を細めた。まるで、予定通りだとでも言うように。


「……そう。じゃあ、今はそれでいいわ」


彼女はわざとらしく肩をすくめた。


「しばらくはこの地区に居るつもりだから、気が変わったらいつでも来て頂戴、篠原朔人さん」


そして、カルミアは風に溶けるように歩き出した。


その背を、俺はしばらく見送っていた。









篠原青年が美少女スパイ☆カルミアたんに騙されそうなので、おじさんはとても心配です。(嘘)




さて、この話を書いている最中に、拙作がSF(パニック)部門の日間/週間1位に一瞬ランクインしていると気が付きました。やったあ!


読者の皆様の温かい応援のお陰です。

誠にありがとうございます。

(遅筆ですが)じゃんじゃん続きを書いていくので、これからも応援よろしくお願いします!



第1章完結まであと数話(予定)!


読んで下さりありがとうございます。

感想や高評価を頂けると励みになります(小声)


更新が不定期かつ亀なので、ブックマークで待機してくれると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
 まあ報酬を渡す相手が生きてなければ契約なんて果たせないしな。
いい話ですね 続けてくれることを期待します。
2025/06/01 19:24 001 学生さん
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