学問ってのは、知識を深めるだけじゃなく、社会とどう付き合うかを問う作業でもある
ガラッ。
「しゃおらっっっ!!!!」
ド派手な登場音とともに、嵐山先生がスライディング気味に教室へ飛び込んできた。チョークの粉がふわりと舞う。
しかし――
「……あれ? 小春さんは……?」
嵐山先生が辺りを見渡しながら、教室の前列中央、いつもの定位置に座る少女の不在に気づく。
「休みです」
あくまで淡々と、教科書もノートもきっちりそろえて答えたのは、前列左寄りに座る男子生徒。黒縁メガネに整ったネクタイ、姿勢も背筋ぴんぴんの優等生スタイル。
「おお、有吉くん! そうか……って、誰だっけ?」
「有吉です。物理部部長、成績は学年2位、つまりあなたの寵愛する小春さんの次点です。顔はまあ普通。あと毒舌です」
「えっ、自己紹介自分で完結させた!? しかもツッコミどころ多すぎる!」
「うるさいですね先生、さっさと始めてください。“学問の自由”とか、内容だけは僕も好きなんですから」
「……なんか今日はペースが狂うな……。だが! やるぞ、有吉くん!」
嵐山先生はチョークを握りしめ、黒板にでっかく書き始める。
『学問の自由(憲法23条)』
「これはね、研究する自由、発表する自由、教育する自由、この三つをガッチリ保障している条文なんだ!」
「つまり、オタクが全力で論文書いたり、教授が授業で“地球は実は空洞”とか言っても、基本的には守られるってことですね」
「うん……まあ“地球空洞説”はギリギリだけどね!? それ、科学的根拠が伴わなければ、大学側が“うーん”ってなるやつ!」
「冗談です。念のため」
「……こわいな君……」
「続けてください、先生。“大学の自治”の話でしょ?」
「そうだ! “大学の自治”は、“学問の自由”の一部として大事な要素! 国家権力が大学に勝手に介入して研究内容を検閲したり、警察がズカズカと構内に入ったりしないよう、大学自身の自律性が必要だって考えだ!」
「でも実際には、国立大学は予算握られてますけどね。“科研費”の審査とか、結構政治的ですよ」
「う……そこは触れてはいけない現実……でも確かにそう! だからこそ、“形式的な自由”だけじゃなく、“実質的な自由”も守っていかなきゃいけない!」
「先生、それチャットGPTに言われそうなセリフですね」
「君……今日のスナイパー感すごいな……。でもまあ、いい切れ味だ。有吉くん、学問の自由が戦前どうだったか知ってるか?」
「ええ。滝川事件、天皇機関説事件あたりでしょ?」
「ビンゴ! 滝川事件では京大の教授が政府批判的な法学理論を展開した結果、文部大臣がクビを切った!」
「つまり“学問”じゃなくて“政権の都合”が優先された、と」
「そう! だから戦後憲法では、はっきりと『学問の自由は、これを保障する』って一文が入ったんだ!」
「でも皮肉ですね。技術革新で情報が自由になったと思ったら、今度は“研究成果の軍事転用”でまた議論になってる」
「……そう、自由の裏には責任もある。学問ってのは、知識を深めるだけじゃなく、社会とどう付き合うかを問う作業でもあるんだ」
「……まあ、悪くはない話ですね」
「今日は妙に知的で落ち着いてるな……小春がいると騒ぎになるんだけどな……」
「騒ぎになってるのは、ほとんど先生ですけど?」
「それもそうか! ってオイ!」




