選挙
今日もまた、魔王の勉強会は開かれる。
挑発にも似た小春の発問に、魔王はふんと鼻をならして毅然と答えた。
「当たり前だ、俺を誰だと思っている。魔王だぞ」
「自信たっぷりですね。では今回は、その間接民主制に欠かせない仕組み――『選挙』について勉強しましょう」
「選挙、か。耳にはしたことがあるな。民の間で時々『選挙選挙』とうるさく騒いでいるが、詳しいことは知らん」
「ふふん、魔界にもそん啓蒙的な連中がいるんですねぇ。気をつけてくださいよ?野放しにしとくと革命起こされちゃうかもしれませんよ?」
「革命?俺を誰だと思っているんだ?力で魔界を治めた魔王だぞ?誰が俺を倒せるというのだ?」
「ああなるほどなるほど。合点が行きました。なので民草は「選挙選挙」と騒ぐのですね」
力で魔王は倒せない。
だから一部の知恵をつけた魔族は、「選挙」などという慣れない言葉を使ったのだろう。
「ちょうど良いです。では、授業を始めましょう。選挙ついてです。これはある意味、強大な力をもった魔王様すら打ち倒す技かもしれません」
小春はチョークを握り直すと、黒板に大きく『選挙』と書き、カツカツと説明を書き加えていく。
「選挙とは、国民が自分たちの代表者を選ぶための制度です。間接民主制では、国民全員が直接政治を行うのは無理なので、代わりに代表者を選び、その代表者が政治を担います」
「ふむ、つまり『誰に任せるか』を民が決めるわけだな」
「その通りです。さて、ここで問題です。昨日の宿題に出したので、魔王様ならバッチリと予習されていると思いますが!」
小春はニヤリと笑い、黒板に「選挙の原則」と題して五つの空欄を用意した。
「選挙には守るべき五つの原則があります。覚えていますか?」
「………………五つもあるのか」
「あります。ではではヒントを出しますね。一つ目は、身分や財産に関係なく、全ての成人に選挙権が与えられること」
「……それがヒントか?」
「さようです」
「もう一言」
「よろしいですか?小春ポイント減点ですよ?」
「そんな得体のしれないポイント、減点されても痛くも痒くもないわ」
「ふふん、よろしいです。つまるところ、みんなに選挙権が与えられるということです」
「ん⋯あ、『普通選挙』?」
「正解です!」
小春は嬉しそうに大きな〇を黒板に描いた。
「二つ目は、一人につき一票しか持てないこと」
「うーむ……『平等選挙』か?」
「大正解!」
また〇が一つ追加される。
「三つ目は、誰に投票したかを秘密にすること」
「それは……簡単。『秘密選挙』であろう?」
「いい感じです!」
「次は……」
「四つ目は、直接代表者を選ぶことです」
「ならば……『直接選挙』!」
「その通り!」
「そして最後は、一定の期間ごとに必ず選挙を行うこと。これが……?」
「……わからん」
「『定期選挙』と言います!」
「なるほど、定期的に……か。確かに、選挙しますと言って、一度しか選挙を行わなければ、それは決して民主的とはいえんな。王といえども、何百年も座に居座るわけにもいかんしな」
「まさにそういうことです。間接民主制を支えるには、この五つの原則がとても大切なんです」
「ふむ、理解した。しかし、ちと疑問がある」
「何でしょう?」
「選挙をするのはいいが、民は正しく選べるのか? 例えば、そう、俺は力でのし上がったが、魔族の中には顔の独断によいもの、口が達者なもの、人を笑わせることに長けたものなど、色々いるが、そうした、人気だけで知恵のない者を選んでしまったら、どうなる?」
「いい質問ですね魔王様!小春ポイント5億点です!」
「だからいらんて」
しかも五億。
と、魔王が呟いた。
「そこが選挙の難しいところです。民衆が賢くならないと、人気だけの無能な指導者が選ばれてしまいます。これを『ポピュリズム』と言います」
「ポピュリズム……妙な響きだな」
「民衆受けのいいことだけを言って、本質を見抜かせない政治手法です。甘い言葉に惑わされないことが、とても大事なんですよ。例えばですけど、『これから毎月皆さんに五万円あげます』みたいな政策打ち出せば、もしかしたら当選しちゃうかもしれません。これは極端な話ですけど、聞こえの良いことばかり叫ぶ政治家は信用してはいけないのです」
「なるほどな。選挙にも罠があるわけだ」
「はい。だからこそ、民に教育が必要なんです。正しい知識を持って、しっかりと判断できるように」
「お前が言っていた『民が政治に詳しくないと民主政治は成り立たない』という話は、ここに繋がるわけか」
「その通りです、魔王様」
「ふむ……奥が深いな、民主政治」
小春は微笑み、黒板にさらにこう書き足した。
【選挙の意義】
・国民の意思を政治に反映させる。
・権力の暴走を防ぐ。
「選挙は、国民が政治に参加する最大の手段であり、王や政治家たちに『お前たちは国民に仕えているのだ』と示すためのものでもあるんですよ」
「なるほど。つまりこれが、魔王を打ち倒す技か。なるほどなるほど、最近選挙選挙と騒がれるのに合点がいった。連中は俺を倒したいのか」
魔王はかっかと笑った。
小春は嬉しそうだと思った。
「だが……」
魔王インディゴは腕を組んで少し考えたあと、にやりと笑った。
「そのためには、国民一人ひとりが賢くならねばならんのだな。……お前、良いことを思いついたぞ。これから俺の国民に『学校』を作って『勉強』を教えろ」
「へ?」
「政治学だけじゃない。読み書き、計算、歴史……全部だ。そうでなければ、この先民主政治など夢のまた夢だろう?」
「そ、そうですが……魔王様、それってかなり大変ですよ?」
「構わん。お前が俺に教えた知識だ。今度はお前が民に教えろ」
「……それって、私の仕事なんですか?」
「無論、貴様が直接教える必要はない。俺から力を貸してやる。人をつかい、知識を広く伝えていくのだ」
小春は苦笑いしながらも、どこか嬉しそうに頷いた。
──こうして、魔界初の「国民教育プロジェクト」が静かに始動するのだが、それはもう少し先の話。
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次回予告! 魔王インディゴを待ちつける次なる勉強、その名も『政党』!え、なんで徒党を組むのかって?一人じゃ戦えないからだよ!乞うご期待!