徴兵制の補足②アジア
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教室の地図が、さらに詳細に塗り分けられていた。アジア、中東、北欧──世界各地の徴兵制度がそこに記されている。
小春はチョークを手に言った。
「さて、前回はユーゴや第一次大戦、ロシアとウクライナの事例を見ました。今回はもう少し“兵役の現状”を広げてみましょう。世界は、意外なほど多様です」
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【アジアの徴兵制──地政学と緊張感】
「まずはアジア。ここはね、実はかなり徴兵制度が残っている地域なんです。理由は“地政学的な緊張”が大きいから」
● 韓国
約18〜21か月(陸海空で差あり)
北朝鮮との軍事的対立が前提。国民の義務とされ、徴兵忌避は非常に厳しく罰せられる。
有名アイドルや俳優の入隊ニュースが世界を飛び交う。
兵役中に事故死やいじめの問題も継続。
「韓国は“いつでも戦争が再開する”という状況が続いてます。だからこそ、兵役=当然という社会認識になっているわけです」
● 北朝鮮
実質的に“国民皆兵”
義務期間は10年以上に及ぶことも。
事実上の強制であり、自由意志はほとんどない。
「兵役というより、“国家に人生を捧げる”ような制度です。民主国家とは違うベクトルにありますね」
● 台湾
以前は1年以上の徴兵制→短縮化→廃止予定だったが、中国の軍事的圧力により2024年から再延長決定。
現在は1年間の基礎兵役が再導入。
志願制+徴兵制のハイブリッドに戻りつつある。
「中国という“軍事的圧”がある限り、兵役は政治と切り離せません。台湾の若者にとっても、現実の問題です」
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【中東の徴兵制──国家の防衛と宗教の交差点】
「次に中東です。ここもまた、戦火の影が色濃く残る地域」
● イスラエル
18歳から男女に義務兵役。男性約2年半、女性約2年。
戦闘部隊だけでなく、諜報、医療、IT分野まで幅広い。
超正統派ユダヤ教徒は免除(これが社会的な対立を生む)。
「徴兵は国民統合の要とも言われてます。でも“宗教による免除”があることで、逆に国民の分断も生まれる。皮肉ですよね」
● エジプト・イラン・シリアなど
多くの国が徴兵制を持つが、運用は不透明。
賄賂や人脈で免除される例も多い。
「制度があるだけで、機能していない国もあります。こうなると、徴兵は“平等の名の下の不平等”になります」
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【北欧の徴兵制──平和国家はなぜ兵役を復活させたのか?】
「平和なイメージの強い北欧ですが、近年は徴兵制度を復活させる動きが強まっています。理由は、“ロシアの脅威”です」
● フィンランド
義務兵役あり(約6〜12か月)
非常に高い履行率と国民支持。男女とも訓練意識が高い。
有事には予備役として即動員。
「フィンランドは、過去にソ連と戦った経験があります。それが今でも“国は守らなければならない”という意識に繋がってます」
● スウェーデン
2010年に徴兵制を廃止したが、2017年に復活。
志願者不足&ロシアの脅威が背景。
現在は抽選制で一部若者を選抜。
「“徴兵制は過去のもの”と思われてましたが、安全保障の環境で復活する。これがリアルなんです」
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【徴兵制が抱える問題】
「ここまでで見えてきた共通点と問題点を整理しましょう」
【共通点】
地政学的にリスクの高い国ほど、徴兵制が残るor復活する
徴兵は“国民意識の形成”にも使われる
免除や不平等な運用があると、社会的対立を生む
【問題点】
若者のキャリアや人生設計への影響
精神的ストレス、いじめやハラスメント
平等性・公正性の欠如
戦争を前提にした国家観の固定化
「徴兵制って、“平等な制度”に見えるけど、運用次第で不平等になるんです。そして何より、“戦争が前提”という前提そのものが重たい」
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【最後に──兵役とは何かを再定義する】
「結局、徴兵とは“国家が国民を守る力”であると同時に、“国家が国民を使う力”でもあります」
「だから問わなきゃいけないんです。この国の兵役は、誰のためにあるのか?」
小春はそう言いながら、黒板に言葉を残した。
『武器を持つのが義務なら、持たない自由も議論しなければならない』
「はい、今回の授業はここまでです」
インディゴが少し腕を組み、深くうなずいた。
「……この話、国をつくる者として、決して避けてはならぬ議題だな」
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