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国民の権利と義務/そして言論の自由


士農田小春の魔界学校プロジェクトは暗礁に乗り上げていた。対立する魔界二代巨頭を前にして、いくら魔王の後ろ盾を配しながらも、小春ではこの二人を抑えることは不可能だったのだ⋯⋯というのが、数カ月前の話。



この間に魔界全土を巻き込んだ『魔界統一トーナメント』あるいは魔界の深層を目指す『深淵探検』⋯とにかく色々あって、そのいずれのイベントでも小春は八面六臂の大活躍をし、魔界におけるその地位を確固たるものにするのだが、それはまた別の話ということで。



ひとまず。



暗礁に乗り上げた学校プロジェクトは、



「ならば俺と共に学べば良い」



という魔王の鶴の一声で解決へと向かった。

ここに魔王の、ある種の心境の変化があったのだが、語るには紙面に余りがない。

またいずれ時を見て語るとしよう。



かくして、魔王城の、かつては魔王と小春2人だけの教室には、受講を希望する魔族が押しかけていた。



ここからは多分新章。






教室には、まだ薄明かりの朝の光が差し込んでいた。


小春は、今日も教壇に立ち、静かに口を開いた。


「皆さん。今日はちょっと難しいテーマです。でも、すごく大事なことを話しますよ」


そう言って、彼女は黒板に大きく書いた。


【国民の権利と義務/そして言論の自由】


魔族の国はまだ発展の途上にあり、政治制度も民主化の途中だ。だが、小春はあえて、この国が将来必ず向き合うであろう課題を、ひと足先に生徒たちに伝えておきたかった。


「まず、国民にはたくさんの“権利”があります。たとえば──」


チョークが軽快な音を立てて、黒板に列をなす。


・選挙権

・表現の自由

・信教の自由

・居住・移転の自由

・財産権

・裁判を受ける権利

・知る権利

・教育を受ける権利


「これらは、民主主義国家が保障すべき“基本的人権”です。人は国の都合のために生きているんじゃなくて、“人間として生きる”ことが目的なんです」


魔王インディゴが、興味深そうに顎に手を添える。


「ふむ……だが、それだけの権利を国が与えるのは、容易ではなかろう」


「そうですね。だから、“義務”もセットなんです」


小春は次に、黒板の反対側に三つだけを書いた。


・納税の義務

・勤労の義務

・子に教育を受けさせる義務


「権利を主張するには、義務も果たさなきゃいけません。でも、問題はここからです」


小春は一呼吸おいて、ぐっと視線を強めた。


「皆さん、制度って、なんでこんなにややこしいと思います?」


しん……と教室が静まる。


「それは、ある程度“賢くないと損をする”ように設計されているからです。たとえば税制。優遇措置とか控除とか、知らなきゃ損することばかり。逆に言えば、知ってる人だけが得をする。制度は公平に見えて、“知ってる人”と“知らない人”を自然に分けるんです」


「それは……わざと、か?」インディゴが眉を寄せた。


「そうです。わざと、です」


生徒たちがどよめいた。


「例えば、生活保護。困っている人を助ける制度ですが、“申請主義”という原則があるんです。つまり、困っていても、自分で『ください』と言わなきゃもらえません。声を上げなきゃ、制度に気づかなきゃ、無いのと同じなんです」


「声を上げる……それが“言論の自由”か」


「そう! ここで、ようやく“言論の自由”が生きてくるんです。制度の複雑さや不平等を暴くのも、政府の不正を告発するのも、“自由にものを言える社会”じゃないとできません」


小春は、裁判の例を挙げて補足する。


「たとえば、政府の公文書改ざんを内部告発した職員がいたとします。もしその国に“言論の自由”や“報道の自由”がなかったら、彼はすぐに処罰され、情報は隠されます。でも、自由な社会なら、マスコミが報じ、国会で議論され、裁判所で争える」


インディゴがうなずく。


「だが……逆に言えば、民が“ものを言わぬ羊”であれば、為政者にとっては都合がよいのではないか?」


「そうですね」


小春は、はっきりと答えた。


「民衆が何も考えず、何も疑問を抱かなければ、政府は勝手に制度を変え、情報を隠し、自分たちに都合よく政治を進められます。だから──」


彼女は黒板に、もう一つの言葉を書いた。


【無知は、支配される側の義務である(ジョージ・オーウェル)】


「賢くなることは、義務ではありません。でも、賢くならなかった代償は、“支配されること”です」


「……教育の意味が、少し分かった気がするな」


インディゴが静かに言った。


「そうです。だから、教育を受ける権利はとても大事です。無知であることが罪なのではなく、“知ろうとしないこと”が危険なんです」


教室が、しんと静まり返った。


「言論の自由も、選挙権も、裁判を受ける権利も、“何もせず与えられるもの”ではありません。自分で使いこなして、初めて意味を持つんです」


最後に、小春は黒板の端にこう書き足した。


【黙ることは、時に罪になる】


「さて、次は実際に“言論の自由が抑圧された歴史”を振り返りましょうか」


「……小春、そなたが教師であることが、この国にとって幸運であった」


「お世辞なんて、珍しいですね魔王様」


「世辞ではない」


魔王が、吐き捨てるようにいった。


ありがとう、魔王様。……でも、あなたが聞いてくれるからこそ、私は話せるんですよ?






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