政治形態
前回までのあらすじ、なんてね。
異世界に転移した私──a.k.a士農田小春は、魔王様に政治について教えることになりました。
歴史学専攻の大学生が、一国の主に政治を語るなんて力不足も甚だしいですが、精一杯頑張ります……力不足って使い方あってますかね。
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魔王城にはいくつか秘密の部屋があった。
それらは本来、魔王だけの特別な部屋だ。
多くは城内の者にも知られてしまい、宝物庫や物置として活用されてしまっているが、いくつかはまだ知られておらず、外部と繋がるそれらの部屋は、魔王が階級違いの者との相瀬のために利用されていた。
今、その部屋の一つで、二つの人影があった。
一つは真っ黒なガウンを身に纏い、側頭部から二本の角が上に向かって伸びている。
服の上からも分かる筋骨隆々としたスタイル。
滲み出る圧倒的な威圧感に、対面する者は恐怖に慄くだろう。
彼こそがこの魔界を統べる悪の王、名前をインディゴと言った。
人間からは『魔王』という通称で知られていた。
今にも暴れだして町々を破壊しつくしそうな強面であったが、今はどういう訳か羽ペンを片手に黒板の前に座していて、見習いたいほどの傾聴の姿勢であった。
もう一つは女性の影だ。魔王と並び立つとその線の細さが際立って、まるで針金細工のようにか細い人間の女性。
頭部の後ろでお団子状に髪を纏めるシニヨンが、少し子供っぽく見えてしまうが、背丈は大きく170㎝は超えていようか。
やはり魔王とは対照で黒板の前に立ち、チョークを片手に熱弁を振るっていた。
何を語るのかと思えば、それは彼女の世界で学ばれている公民の授業であった。
「魔王様、政治形態というものには、いくつか種類があるのはご存じでしょうか?」
「政治形態? そもそもそこから説明してくれ」
「政治形態とは、簡単にいえば『どのように国を運営しているか』ということです。ではご質問です。魔王様は、どのようにして国の政策を決めておられますか?」
「国の政策?」
「例えばどの国を攻めるかとかです」
「参謀の意見を聞いて、俺が決めている」
「つまり、魔王様の意思に基づいて決められていると」
「その通りだ」
「そういった、一人の権力者が国を導くことを、専制政治というのです。そして専制政治を行う王のことを、『専制君主』と呼んでいます。ここ、テストに出ますからね」
魔王が即座にノートをとった。
「なるほど。では俺は専制君主ということか」
「その通りです。専制政治には、利点と欠点がそれぞれあります。良い点と悪い点、それぞれ思いつきますか?」
「んーなんだ? 思いつかん」
「例えばですが、先代の魔王様が、二年前に亡くなりましたよね。その後どうなりました?」
「ん、ああその話か。あの時は大変だったな。誰が後を継ぐかで国が真っ二つに割れた。お前がいたから何とか俺が王の座につけたが、あのままでは同じ魔族同士で殺し合いになっていたかもしれなない」
「そうですね。幸い、先代の魔王様が誰を次王に据えるべきか、生前に言及していたからよかったのですが、それがなければこうしてお話もできていないでしょう」
「うむ、全くじゃ」
「これが、専制政治の欠点の一つですね」
「というと?」
「つまり、一人の権力者が政治を行っていると、その人がいなくなった後に困るんです。誰が後を継ぐかでもめてしまうんです。足の引っ張り合いも頻繁に起こるでしょうね。例えば優秀な人がいたとしても、そういう人を先に殺してしまって、後継者をどんどん減らしてしまうんです。心当たりがあるでしょう」
「そうだな。確かに、俺には二人の兄がいた。しかしお互いに憎しみあって殺し合っていた。結局どちらも戦場で亡くなったがな。俺も命を狙われたし。まぁ返り討ちにしたが」
「そうでしょう。そして弱点はそれだけではありません。幸いにも先代の魔王様も、そして現在の魔王様も優秀でおられます。しかしもしも、今の魔王様つまりインディゴ様がお兄様二人の争うに巻き込まれ、お亡くなりになっていたなら、今は誰が魔王になっていたでしょうか?」
「俺の弟がなっていただろうな。考えるだけでも恐ろしいが」
「そうですね。専制政治というものは、権力が一人に集中してしまう以上、一度権力を握られてしまうと国を維持したままその人物を引き摺り下ろすのが難しいのです。もしも大した能力の無い者が王となってしまえば、国の崩壊を止める手立てがありません。これがある意味では、最大の欠点といえるでしょう」
「ふむ、なんだか話を聞いていると、専制政治がろくでもない物に思えてきたぞ」
「魔王様の考える通りで、安定した国家の運営という面では、専制政治はあまりよい政治とは言えませんでした。ろくでもない王のもとで国民も暮らしたいとは思いませんからね。そう考える国民が多くなれば、国民は反乱を起こして国を滅ぼしてしまいます。それをクーデタと言いますが、そうやって滅んだ国も数多くあります」
「なるほどな。では今すぐ俺は、専制政治を辞めるべきなのだろうか」
「そうそう逸る必要はありませんよ。もちろん専制政治には利点もあります」
「言うてみよ」
「権力者が一人ということは、決断を早く行えます。魔王様がやると言えばそれは絶対です。直ちに政策が行われるでしょう。そしてその権力者が優秀であれば、国は確実に良い方向へと向かいます。つまり専制政治の利点というのは、先ほどいった欠点の裏返しなのです」
「ああなるほど、つまり専制政治は、何よりもまず『王次第』ということか」
「理解が早くて助かります。そして今の魔王様は暗愚ではありません。ならばすぐさま、専制政治を辞める理由などありません。正しい政策を迅速に実地することで、国家をより豊かにしていくことができます」
「ふむ、そうだな、その通りだ。わかった! 俺はもうしばらく専制君主でいることにしよう!」
「その通りです。いずれは民主的な方向に舵を切る必要があるかもしれませんが、まだその時ではありません」
「あいわかった、それと質問なんだが、一つ聞いてもいいか?」
「何でしょう」
「さっき、国民が反乱を起こす、という話をしたな。反乱の後は、どうなるんだ?」
「大抵の場合は、別の専制君主が現れますね」
「ああ、その反乱の指導者が王になる訳か」
「そうです」
「大抵と言ったが、ではそうならない場合は、どうなるんだ?」
「新たに王が現れない場合は、国民みんなの話し合いで政策を決める、『民主政治』というものが始まりますかね」
「『民主政治』? 国民が話し合って政策を決める? そんなことが可能なのか?」
「可能かどうかは、考えてみてください。すぐにわかります」
「…………できんと思うが、どうだ?」
「そうですね。できない国とできる国で分かれます。例えば文字すら読み書きできない国民が、国の政治なんてできるわけがないでしょう。『民主政治』というものは、とても難しいんです。みんながみんな、魔王様のように私欲を抑える必要がありますし、みんながみんな政治について詳しくなければなりません。そんなの実質不可能ですからね。なので今はまだ、考える必要はありませんよ」
「なんだが、含みがあるような言い草だな。お前のいた世界ではどうだったんだ? 専制政治と民主政治、どちらが行われていたんだ?」
「そうですねぇ、多分民主政治ですけど、ちょっとよくわかりません」
「よくわからないとは煮え切らんな」
「まぁつまり、私たちにも早すぎたんだと思いますよ、『民主政治』を行うにはね。さて、『民主政治』の話ができたので、次回は『民主政治』についてお話しますか」
「うむよろしく頼むぞ」