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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一年365日を私にください

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思いと想い






「それじゃ種が腐る以前に干からびる」

「うむ、ではこの程度ならどうかな」

「そう。そこで僅かに水を含ませてから再度火と風で」



王国内の研究所の一室ではブラインとゼルザの二人が小麦と同じ方法で他の種も改良できるか否かの研究をしていた。


今日のユフィーラはハウザーのお伺いを立ててからトリュスの森ですくすくと育っているリセッカを研究所に数株お裾分けとして届けに来ていた。その際にブラインもゼルザに用事があるから一緒に行くと言ってきたので、研究所前で待ち合わせをして訪ねた。



「ブラインは本当に個々の種の性質を良く分かっとるな。良く学んどる」

「爺さんは植物だけでなく他にも色々やってるんだから頭追いつかないでしょ。俺は植物しか興味ないから」



そんなブラインは褒められたことに照れ隠しで目を背けながらも、ゼルザが国の発展だけでなく、自然を極力削らずに豊かさを蓄えさせどれだけ貢献してきたかを知っているので、いつもの当然という体の言葉は出ずにゼルザに対しても認める返しをしていた。



「幅広くやっているとどうしても突き詰めていけない部分もあるからな。そこは研究所の他の奴らに放り投げるしかあるまい。俺くらい周囲を見渡せる奴がいれば、押し付けて大好きな研究漬けの日々を送れるんだがなぁ」

「そんな化け物みたいな奴いないでしょ」



ブラインの誰に対しても忖度しない口調はゼルザにとって心地良いらしく、初めて会った時から妙に二人は馬が合っていた。


研究所籠もりの草臥れた白衣に適当な身嗜みの所長とはいえ、実は国王の兄であるぜルザに対して初日から『爺さん』呼びをしたブラインに研究員達は震え上がっていたが、ゼルザが「その呼び方良いな!それでいこう」と楽しげに話し始め周りを呆然とさせていた。


月に数回、ブラインが訪れることもあれば、ゼルザがちょっと植物関係で詰まった時に連絡魔術でやりとりしているらしい。ゼルザからは珍しい植物や肥料などが入手されるとお裾分けしてくれるので、ブラインも定期的に顔を出すようになっていた。



「ユフィーラはテオルドさんのとこに寄るの?」

「いえ、休憩時間などが重なったりするなら行ってみようかなと思いますが、基本仕事中にこちらの行動で相手を動かすことはしたくないのです」

「テオルドさん喜びそうだけどな」

「ふふ。今ちょっとだけ我慢して帰ってきた時にその思いの丈をぶつけるのも一興ですよ。それに今日はランドルンさんが魔術師団に赴いているので、色々と忙しくなるのではないかと思います」

「ああ、あのほぼ完成手前になったやつ」



先日ランドルンを主導として、使用人兼特殊魔術班達の知識と経験から、ランドルンが以前より思案していた解呪魔術の軽減と魔石を使用することによって術者本人の負担を減らす、そして寿命を縮めさせない方法が考案された。


まだ序盤段階なのでこれからもっと煮詰めていくのだが、一度魔術師団に持ち寄って共有しようということになり、ランドルンが赴いているはずだ。



「お嬢ちゃんは健気だなぁ」

「あら、実は誰よりも私は強欲なのですよ。帰宅後の旦那様の時間をしっかりいただくのです!…あ。ゼル様、種が艶々ですね!」

「おう。ブラインのさっきの一言が効いたな」

「別に…爺さんの魔術の精度が高いのもあるし」



ブラインも国の縁の下の力持ちであるゼルザの魔術をかなり評価しているようだ。


その後ゼルザのたっての希望で、ガダン作のクラブサンドイッチを三人で食べた。


以前ユフィーラの婚姻式にぜルザが来てくれた時に引き出物と一緒にガダン作の渾身の料理の数々をバスケットに詰めてお届けしたところ、甚く感動して今日ユフィーラ達が訪れる際にゼルザから懇願されたのだ。


ガダンは快く引き受けてくれて、三人分の具沢山のサンドイッチを作ってくれた。イーゾを始めゼルザもガダン料理の虜になりつつある。


美味しい昼食を食べながらユフィーラはブラインとゼルザの互いに遠慮のない会話をにこにこしながら楽しんで聞いていた。





帰宅するとちょうどネミルが沢山のリネンを大きな籠に入れ抱えて歩いている所に出くわした。



「あ、ユフィーラさん。お帰りなさい!」

「ただいま戻りました。ネミルさんはパミラさんの仕事のサポートですか?」

「サポートというほどの助力ではないですが、パミラさんが今日は天気が良いから屋敷全体のカーテンを丸洗いしたいとのことで、手伝わせてもらってます」

「まあ。それでは今日はどの部屋へ行ってもカーテンから良い香りが漂うのですね!」



前回カーテンの香りはさっぱり系のローズだったので、今日は何だろうとユフィーラは楽しみになる。



「何でしょうね…ってこのリネンから香ってきていますけど」



ネミルが持っている籠を少し上に持ち上げる。ユフィーラは目を輝かせながら近づいて籠に入っているカーテンに顔を近づけて鼻をくんくんと動かした。



「…これはフローラル…何種類の花から…今回はさっぱり爽快な良い香りですねぇ」

「はい。数種類の花と柑橘系を少しだけ足してみたと言っていました」

「それで爽やかな香りが前面に出ているのですね!部屋に戻るのが楽しみになってきました」



ユフィーラが瞳をきらきらさせるとネミルがふわりと微笑む。



「これは食堂のカーテンなのですが、もしお疲れでなかったら一緒に行きませんか?」

「はい!ガダンさんにゼル様がサンドイッチを殊の外喜んでくれたという報告もしなければなれないので」



ユフィーラは荷物だけを部屋にさっと置いて、食堂に向かった。





ちょうど夕食の下拵えを終えたところのガダンにゼルザがどれだけ喜んでいたかの報告をしてから、ユフィーラはネミルの元へ戻り、カーテンを付けている彼が登っている脚立が落ちないように支える。



「脚立自体に何某かの魔術をかけているとは思いますが、気持ち的にでしょうか。そして私は手伝っている風を装えます」



ユフィーラのあけすけな物言いにネミルが噴き出す。



「ユフィーラさんは本当にそのままはっきり言ってしまうんですね」

「もしとても相手が感動するような言葉を紡いだとしても、間違いなく私は顔に出てしまいそうなので、ありのまま話すように日々精進してます」

「ふはっ。ユフィーラさんはどうかそのままでいて欲しいですね」



ネミルが微笑みながら視線を外してカーテンを再度付け始める。



「そのままでという言葉で思い出したのですが、この前パミラさんにも同じこと言われましたねぇ」

「…っ」



カチャンとネミルの手元が明らかに動揺したようにぶれた。



「…パミラさんもですか?」

「はい。頭を撫でてくれた時に私と年が近いネミルさんは男性なので撫でるよりも言葉の方が良いのかもしれませんねって話をしていたのですが、私はこれでも人妻で…それでも頭を撫でてもらいたくて、という話をしたら、そのままでいてねと言われたので遠慮なくそうすることにしたのです!」



ユフィーラは見ませんでしたという風に頭をなでなでしてもらう仕草でにこっと微笑むと、ネミルが目を丸くしながら、眉を下げて微笑む。



「…なるほど。ユフィーラさんには色々お見通しなんでしょうね」

「…もしかしてネミルさんもなでなで派ですか?私余計なことを言ってしまったかもしれません」



また噴き出したネミルがカーテンを付け終えて脚立から降りユフィーラに向き直った。



「実を言うと僕自身もどういう感情かわかりかねているんです」



ネミルが苦笑いしながら吐露してきたので、話すつもりのようだ。



「今まで誰かにそのような感情を向けたことがないんです。父、親には歪んだ感情だったので同じではありませんし、胸の動きと心の在り方がまだ未解明な感じで

僕にも良くわかりません」



ネミルの言葉は前のユフィーラと全く同じだった。


ユフィーラもテオルドに出逢った当時の感覚はどんなものなのかも理解できず、それを知りたい為に一世一代の契約婚姻の賭けに出たのだから。



「私もそうでした」

「え?」



ネミルがぱちりと瞬きをする。



「私も薬師として薬草を探しにトリュスの森に赴いた時、森に魔術を放っているテオ様を初めて見たのです。その時に胸がざわつくというか、鼓動が速なって治まらなくて。その要因が凄い魔術を見たからなのかテオ様を見たからかなのか区別がつきませんでした。今思えばあの鼓動の動きが未だにテオ様に対してあるということは、きっと一目惚れの胸の高鳴りだったのだと今ではわかります」



ユフィーラもネミルも幼少期は人間とのまともな関わりが皆無だった。


喜怒哀楽の感情というものを殆ど育むことなく体だけ大人になった今、精神的に追いつくので日々精一杯だ。ネミルが同意する風に一つ頷く。



「僕もそうです。でもそれが異性としての高鳴りなのか、母…イーゾから聞いた母親像としての母性的なものを望んでそう胸が忙しなくなっているのか、今の時点ではわかりません。自分の心がどうにも上手く制御できなくて彼女と共にいる日々は凄く楽しいのに時たま少し息苦しい時もある」



ネミルは少しはにかみながら頬を掻く。



ネミルがパミラを見る視線。

パミラと話している時の瞳の輝き。

微笑む時の少し力む、でも嬉しさが溢れている表情。


それが恋なのか母性への憧れなのか本人自身もわからないようだ。



「では…これは質問ではないので答えなくて良いのですが…心の中で問うてみてくださいな」



ユフィーラは人差し指をピンと上げながら、自身でテオルドに対し感じたことを言ってみる。



「例えば、相手の方と手や身体が触れた時に温かくなるようなほっこりした気持ちになるか、胸がざわめいてどきどきするか」



ユフィーラの言葉にネミルが目を丸くする。



「それと…相手が誰か異性と親しそうに話していた時に心がもやもやするかしないか…」



ユフィーラは人間嫌いだったテオルドが誰かと親しく話している所を見たことはないが、自分の命の期限があった時、自分が居なくなった後のアリアナとテオルドの今後を考えただけで胸がぐぐっともわりもわりと苦しくなった記憶があった。



「あとは…ぎゅっとしたくなったり、それよりももっともっと…一緒に居て触れ合いたくなったりするかしないか…」



これはユフィーラの経験談であるので、絶対なものではないが少しでもネミルの思いの方向が定まればとは思っている。



「纏めると、私はテオ様にだけは心が震えるように嬉しくもなれば、愛おし過ぎて心がぎゅっと苦しくなる時があります。そして烏滸がましくも家族のように思っている先生や使用人の皆さんは、心がふんわりとしてじわりと温まるような穏やかな感じになります」



ユフィーラがこの国に辿り着いてハウザーと出逢い、この屋敷に来て感じて思った今までの感情の動きだ。



「私もまだ数年間しかちゃんと感情を動かせていないので、このくらいしかわかりませんが、ネミルさんの心が少しでも動きやすくなればと思います」



ネミルもまだこの屋敷に来て半年も経っていない。ユフィーラとしてもこの話題は拙さの残るものだが、自身の最大の言葉で話す。ネミルは言葉を挟まずにじっと聞き入っていてくれ、そしてふわりと微笑む。



「ユフィーラさんの経験を話してくれてありがとうございます。僕達は環境は違えど幼少から隔離された場所での生活としてはとても似ていたんですね」



ネミルがそう言いながら目を伏せる。



「今のユフィーラさんの内容を聞く限りは、僕の彼女への感情は貴女と一緒なようです。ですが、この想いを伝えることはない」



そう言いながらゆっくり持ち上げた自分の手を見つめる彼の瞳には苦みも伴っていた。



「僕は彼女の最愛の人を死に追いやった首謀者の息子で、片棒も担いでいた。それが当時どういう理由でどんな気持ちだったとしても、要因の一つとなった自分を誤魔化す気もありません。だからこそ、この想いは一生胸の中に秘めておきます…ユフィーラさんにはバレてしまいたが」



ネミルが視線を上げてユフィーラを見る。その瞳は悲壮に駆られておらず、寧ろ喜びの表情であったことにユフィーラは瞠目する。



「ですが、この想いを育ませてくれた…僕に人を想うことを経験させてくれた彼女には本当に感謝しています。相手にはそんなつもりがなくても、僕にはとても毎日が嬉しくて貴重で…息苦しい以上に満たされているんです」



そう言ってネミルが微笑んだ。

この屋敷に来て沢山動いて沢山食べて、ネミルの細かった体型はだいぶ筋肉も付いてきて、華奢な青年から男性に変化してきている。


儚げな印象から精悍さが滲み出てきている瞳は本当に澄んでいて、とても穏やかで凛として美しい。その瞳から見えるのは本当にこのままで十分なのだと物語っている。



ユフィーラにも願わくばと思う気持ちがないわけではないが。


だがパミラの気持ちは彼女だけのものだし、ネミルの気持ちは…状況は違うが、ユフィーラは痛いほど理解できてしまったからだ。


ユフィーラも一年間だけだと思っていた時はどこかで勝手に心に膜をかけて制御していた。それは無意識に自分の心を守るためで、どうしようもないのだから仕方ないではないかと常に言い聞かせていたのだ。


それはネミルも一緒なのだろう。それでも彼は自分の心が人を想えるようになったことに感謝しているという。



「…なら、そんな風に人を想える心を持った自分をしっかり褒めてあげてくださいね」



ネミルが目を見開く。


ユフィーラは何もしてあげられない。

ネミルがちょっとでも僅かでも満たされる反面の息苦しさを緩和させるようにと願い言葉で伝えることしかできない。



「周りから言われることも大事ではありますが、過酷な過去からちゃんと己を持ち直して、自身で動いて前に進んで人を心から想えるようになったネミルさんを自分自身がしっかりと認めて褒めてあげましょうね。それが今後の自己肯定感に繋がり少しずつ自分を好きになっていきます。私もちゃんと自分を存分に褒めてあげてましたからね!」



にっこりとぐいっと胸を張って微笑むのをネミルが呆然として見る。



ユフィーラとネミルは似ている。


だからこそ、彼の思いの丈を封じる気持ちが分かってしまうのだ。


ユフィーラはこの件に関してはネミルに寄り添うと決めた。



「今後どうしても想いを吐き出したい時は何時でもその聞き手になりましょう。どんと来いなのです!」



そう言って両手を広げてぎゅっとハグする姿勢をとる。それを呆けて見ていたネミルがぷはっと笑い出した。



「っははっ!…本当に貴女は…人の奥底にさらっと触れて、それを放置せずにしっかりと掴み取る…僕はそれが何より嬉しい」



ネミルがぼそっという声は、ユフィーラがハグの身振りを必死に表現していたので聞こえなかった。







不定期更新です。

誤字報告ありがとうございます。

助かります。

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