模擬戦決行
本日より続々編始まります。
最終章となります。
「チーズ増し増しで!」
「はいはい増し増しねぇ」
「ふふ。僕は玉ねぎ増しで」
「はい増し一つねぇ。旦那は?」
「フィーと同じ」
「同じ一つねぇ」
朝からまるで競りのような掛け声が食堂で賑やかに響く。
今朝の朝食では、最近ガダンが良く行く紹介制の市場で買った美味しいチーズをたっぷり乗せたチーズトーストが提供されているのだ。
香ばしい厚切りの食パンにバターとマスタード、加工肉店の特製サラミを乗せ玉ねぎとマッシュルーム、そしてガダン特製のソースをかけて最後にチーズをたっぷり乗せて焼いてくれる朝から叫びたくなる最高の朝食である。
焼いてもらっている間にいただくのは、つぶつぶコーンたっぷりのコーンスープだ。お好みでクルトンを入れ、少しずつ入れてカリカリ状態を保ちながらもぐもぐするのが最近のユフィーラのお気に入りなのだ。
「ネミルさんは玉ねぎが好きなのですね。いつもたっぷりなイメージです」
「あれ、良く気づきましたね。玉ねぎが入った料理全般が好きなんです。スープもですが、サラダに入っている玉ねぎとか沢山乗せちゃいます」
「ふふ。瑞々しいシャキシャキ感が堪らないですよねぇ。テオ様も玉ねぎは多めが好きですよね」
「そうだな」
「玉ねぎは肉を柔らかくしたり、スープに入れると甘みやコクが出るからねぇ」
チーズトーストの乗った皿を両手と腕に乗せたガダンが玉ねぎの効能を教えてくれながら、それぞれのテーブルにコトンと置いていく。
「増し増しではみ出ています!贅沢ですねぇ」
「ユフィーラの贅沢はお手軽だなぁ」
「まあ。ガダンさんの絶妙に焦げ目を付けてくれているチーズトーストがお手軽なものですか。いただきます!」
「僕もいただきます」
「召し上がれー俺はちょっと抜けるからね」
ガダンが片眉と片方の口角を上げて微笑みながらカウンター奥に戻っていく。
ぱくりとチーズトーストに齧り付くと、とろりとチーズが伸びる。焦げ目の香ばしさが鼻腔を擽り、ユフィーラは目を丸くしてテオルドを見ると、微笑しながら頭を撫でてくれる。
ネミルはチーズの伸び具合にちょっと驚きながらも、玉ねぎ増しのトーストをがぶりと豪快に齧り付く。ネミルは元々細身で儚い印象だったが、ここに来てからは沢山動き沢山食べるようになって筋肉や体力がつき、イーゾと会っている時は同じ顔のイーゾがあまりにも豪快にぱくぱく食べるので、ここ最近の食べ方も何だか似てきたように感じる。双子はそこまでも似るものなのかなと感慨深くなった。
伸びたチーズを食べ切ってもぐもぐしながら、程良く焼けたパンの香ばしさも共に存分に味わう。
「おいふぃ!」
食堂にネミル以外の使用人達は居ない。
ガダンも先程トーストを出してから一度自分の部屋に戻っていった。
実は本日、前々からリカルドに打診されていた、使用人兼特殊魔術班である彼らの模擬戦と表して力試しをする予定なのである。
ユフィーラは屋敷の特殊防壁魔術しか見たことがない。
元魔術師団の使用人達は、生活面においての魔術は常時使っているが、魔術師時代のように攻撃系の魔術を放つのはご無沙汰なのである。
―――数名は以前あった魔術師団内事件で秘密裏にぶっ放していたとかいないとかあるのだが、それはカウントしないこととする。
そして本日それがようやく実現することになり、彼らは朝から早めに朝食を食べて準備を始めていた。
「皆さんどのような戦い方をするのでしょうね」
「私も直接見るのは初めてなのです。皆さんの魔術の織が見られるのをとても楽しみにしているんですよ!」
先日テオルドから模擬戦の話を聞いた時、ユフィーラは何が何でも見学したいと思ったのだ。なので、リカルド夫妻に保湿剤をお届けするという名目を颯爽と作り、ついでに見学もしてみようという手筈を整えた。
「今まで生活においての便利な効率の良い魔術は見たり教えてもらったりしたことあるんですが、皆さんが一魔術師としてどのように戦うのかを純粋に見てみたいのです。皆さん腕が鈍っていないか朝から少しそわそわしてましたねぇ」
ふふっと微笑むと、ネミルもにこりと笑む。
「あとで皆さんの勇ましさを是非教えてくださいね」
「はい!イーゾさんはもうそろそろ来られるのですか?」
「多分そろそろですね…朝一で来るとか言うので、止めたんです」
「まあ…間違いなくガダンさんの朝食目当て…」
「はは。絶対にそうです。昼食も用意してもらうのに、あわよくばという考えを摘んでおきました」
「ガダンさんの料理恐るべしですねぇ」
ネミルは誓約から屋敷から出ることはできないので共に見学は行けない。その代わりイーゾが訪れる予定になっている。その辺りをちゃんと配慮してくれる我が旦那様には本当に感謝だ。
「最近だいぶ保管魔術が強固に確立してきたので、イーゾに見てもらいつつ、穴がないか確認してもらう予定なんです」
ネミルとイーゾは顔だけ見るとそっくりではあるのだが、表情の作り方や仕草からはユフィーラ的には双子だという認識があまりない。しかし先程の食べ方や頬を掻く癖はそっくりで、それを見ると似ているなと思う程度だ。
イーゾは前の仕事柄、必要な箇所に必要な筋肉をしっかりつけているが、ネミルと出会った当初は本当に細いイメージだった。昔は殆ど研究に明け暮れていた為、食が細かったのだが魔術師団に入ってようやく体力が少しだけ付いてきた程度だったのだとか。
ここに来てからは動いて食べてを繰り返しているので、健康的に体重も増え、今は仕事と併用して体作りに勤しんでいる。最近では程良く筋肉もつき、ひょろっとしていた体型が男性らしくなってきたのだ。
「二人の魔力的には属性などもほとんど変わらないのです?」
「ええ。二人共五大属性を使えます。ですが、僕は水と風が強いですが、イーゾは火と土が特に強いかもしれません」
「それぞれに違いはでてくるのですねぇ。同じではあるけれど、ある意味同じではなく、お互い補えるのが良いですね」
「…そうですね」
ネミルはそういう考え方もあるのかといった風に、目を丸くしてから淡く微笑む。
過去、自分と同じ顔で行動を否定されることを忌避し洗脳されていた頃のネミルだが、今では離れていた時間を埋めるべくイーゾもこうやって何度も出向いてくれ、お互いなくてはならない存在になっている。
世界でたった一人。唯一無二の片割れなのだ。
美味しい朝食を食べ終え、ユフィーラもテオルドが出る時間と併せて準備をしていたのだが。
「まあこの格好では駄目でしょうか。いつものローブも着てますし」
「もっとフードを深く」
「でもこれでは前が見えなくなりますし、見学そのものが見辛くなってしまいます」
「被っていても魔術で見えるようにする」
「ちょっと旦那様いい加減にしてくださいよ」
準備をして玄関前に降りてきたパミラがユフィーラ達のやり取りに苦笑しながら諌める。
「ユフィーラは旦那様しか見えていないんですから大丈夫ですよ」
「そういう驕りが窮地に立たされることもある」
「経験者だから凄い説得力あるよね」
珍しく髪の左側を複雑に編み込んでいるブラインがぼやく。
ある程度有能な魔術師になると、魔術で編み込みが出来て編み込んだ髪に魔力を貯めることができるらしい。要は装飾品のような役割をするということだ。
髪の長さは関係なく、転移の魔力量と同じで髪全体からの割合で魔力を貯める。
「テオ様、勘違いされているようですから言わせてもらいますが、私は皆さんの魔術師としての姿を見たいのであって、どこぞの男性をひっかけにいくわけではないのですよ」
「どこでそんな言葉を覚えた」
「もうどうしろっていうのよねー」
アビーが苦笑しながら肩を諌めている。
「要は主的にはユフィーラを魔術師団の男性陣、それと今日の模擬試合で見学にくるだろう輩の牽制といったところでしょうか」
ランドルンが新しいローブのフードの位置を治しながら言う。
今回模擬戦で魔術師団に赴くにあたって、テオルドは使用人全員に艶消しの黒にそれぞれの髪の色の刺繍を施したローブを贈った。
これはテオルド自らが、特殊魔術班専用のローブとして作ったものだ。
皆大層喜び、ジェスは蹲って咽び泣いていた。
「それもあるが、騎士団も来ると言っていた」
「何でそんなに広まっているんだかねぇ。たかだか元魔術師団同士の腕慣らしなのに」
ガダンが片側の口角を持ち上げながらにやっと笑う。右目尻の傷が助長され相変わらずの色気のある風貌だが、ちょっと強面な感じが新調したローブで僅かに治まっている。
「元精鋭揃いの皆さんですから。一目見たいと思う人は多いのではないでしょうか」
お見送り体勢のネミルが言い、先程到着し隣りに立っているイーゾも頷く。
「俺ですらここの七人の名前は聞いたことあるからな。手合わせしてみたいくらいだ」
「まあ。皆さん凄いのですねぇ。特殊魔術班一同に胸をひっくり返して自慢したいくらいです!」
「首元も止めて」
「主、それは流石に天気を願うぶら下がり人形のようになってしまいますが…」
「ははは!可愛いユフィーラがぶら下がるのはちょっとなぁ」
主命のジェスが止めるくらいなのだから、相当なのだろう。願掛けのぶら下がり人形状態になっているユフィーラを、ダンが笑いながらも止めてくれる。
「これでは、こんな奴がテオ様の妻なんてと言われてしまいかねません」
「問題ない」
「いやあるだろ、大いに」
「イーゾ、主様としては気が気じゃないんだよ」
「いや駄目だろ、これ」
「大丈夫大丈夫、見てな」
イーゾが訝しがるのをガダンは苦笑しながらも二人の方に目を向ける。
「わかりました、そこまでテオ様が仰るならばそうします。見目があまりよろしくない嫁なので、皆さんのお目汚しにならないように木の影から見守り見学することにしますね!」
「いや、そうではなく―――」
「テオ様、大丈夫です、無理しないでください。確かにテオ様は私を唯一と想ってくれていますが、それが見目でないことくらいはわかってます。だって、ここの皆さんは特級並みの魔術師だけでなく、見目も特級並み!中身も特級並み!毎日が目と心の保養!しかも主が国宝級のご尊顔のテオ様とくるなら、確かに私は願掛け天気人形レベルになるのです!」
「フィー。そういうことを言いたいん―――」
「みなまで言うな、ですよ。テオ様」
ユフィーラはテオルドの口元を人差し指で軽く押さえて慈愛の微笑みで返す。パミラ直伝である。
「テオ様の優しさは十分に理解してます。私は皆さんの魔術師としての姿が見られるならどこでもいいのでお任せしますね。それと一緒に居ることで何か言われてもあれなんで時間差で行きましょうか」
「いや、フィ――」
「いっそのことテオ様に強力な認識阻害をかけていただいた方が良いのかもしれません!お手数ですがお願いできますか?」
「…いや、そのままで良い。行こう」
「あら…かけなくていいのです?」
「ああ。勘違いされるくらいなら逆に自慢することに注力する」
「まあ、そんなこと天地がひっくり返ってもあるわけないでしょうに」
「わかったわかった。レノン達の所に行こう」
自分のことを全く理解していない最愛の妻をあやしながら、テオルドはユフィーラの手を取り玄関から出て行った。
「…ああなるのか」
「うん。ユフィーラは嫌味でも何でもなく素の状態で言っているし」
「そうそう。そのまま受け止めるからテオルド様的にはそうではないと言ったところで通用しなくなるのよね」
「嫉妬からだと説明したところで、そんなことあるわけがないとユフィーラは聞く耳を持ちませんからね」
「昔の名残で自己肯定感が低めだからねぇ」
「卑下しているわけじゃないんだけどね。自分が注目されると微塵も思っていないわけ」
イーゾが見たテオルドが退く姿は希少以外の何ものでもない。
それを難なく往なしているユフィーラこそある意味最強なのではないかと思うほどだ。
「じゃあ、俺らも行こうかねぇ。ネミル、留守番頼んだよ。昼食は保管魔術で出来立ての状態にしてあるから」
「ありがとうございます!イーゾが何より楽しみにしているんですよ」
「ネミル…!」
「嬉しいねぇ。お代わりも沢山あるから好きなだけ食べてくれ」
「ああ、感謝する。……もし残ったら持ち帰り…」
「はは!勿論。入れ物はネミルに準備してもらってくれ」
「っそうか!わかった。健闘を祈る」
「あはは。イーゾは本当にガダンさんのご飯が好きだなぁ」
他の皆もそれを見てほっこりしつつ、手を振りながら外へ出て行くのをネミル達は見送った。
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