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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一日24時間を私にください
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後日談:一日24時間を私にください 9






そろそろ甘いものが摂取したくなったユフィーラは、いよいよという面持ちでテオルドの手をわしっと掴み、ずんずんと進みいざ出陣体勢となる、のだが。



すぐに失速し途中で足が止まる。

ケーキスタンド手前にあった可愛らしい木の籠のバスケット。中に入っている可愛い包装に包まれたフルーツゼリーから目が離せない。これから甘味を心ゆくまで攻めるつもりではあるが、まず前哨戦として一つ食べても何の問題もない。


ユフィーラはテオルドの手を引きながら方向転換し、バスケット前でどのフルーツゼリーにするか吟味しようとすると、それぞれのゼリーの包みが微妙に大きさが違うことに気づいた。こてんと首を傾げながら山吹色の薄く煌く包み紙を開けてみる。



「!…マンゴーの型…!」



なんとそのフルーツゼリーは使用されているだろう果物そのものの型を模倣していたのだ。香りもさることながら見た目も相まって、更にゼリーへの期待値が上がる。ぱくりと食べてみると、濃厚なマンゴーの味わいが口の中にしゅわりと一気に広がった。



「んむ!」



目を見開いて、テオルドを振り返る。美味しいんですけど!な表情をしているユフィーラにテオルドはさらりともぐもぐしている頬を撫でてくれる。もう一つ開けて見ると今度は紫色の葡萄の形のゼリーだ。更に期待値が爆上がりでぽいっと口に入れると、葡萄の芳醇な香りと酸味と甘味が一気にふわりと鼻腔を擽る。



「んむぅ!」



更にもう一つ開けると、真っ赤な苺の形を模倣したゼリー。あまりに可愛らしい小さなフルーツ型に何だか嬉しくなり、頬を撫で見守っていたテオルドの口にぽんっと入れてみる。テオルドは目を丸くしながらももぐっと噛み締め、ぱちぱちと瞬きをしながら味わっているようだ。



「…美味いな。ちゃんと苺の味がする」

「ですよね!果物そのものがぎゅっと凝縮されて美味しさがじゅわっときて最高です!」

「そうか。上手く出来たようで良かった」



後ろから声が聞こえたので振り返ると、ハンカチを持った少し瞳を潤ませていたジェスが居た。



「ジェスさん、上手く出来たとは…まさかこれもジェスさんが?」

「ああ。他は全てガダンだが、これだけは以前ガダンからレシピを教えてもらって自分で作れるようになったんだ」

「もしかして、以前にいただいたフルーツゼリーって…」

「ああ、実はあの製作者は私だ」

「テオ様…」

「俺もジェスの開花能力には驚いている」

「…凄いですねぇ!ジェスさんの大好きなフルーツからのゼリーに始まって、ブーケのリボン、テーブルクロスや花瓶敷のレースまで幅広く色々と…!沢山準備してくださってありがとうございます!」



ユフィーラの賛辞にジェスが目を丸くする。



「いや、そんな大したことは―――」

「全くもって大したことです!果物の型そっくりなゼリーの繊細な作りも、リボンやレースの緻密な作業は手作業でも魔術でも簡単なもののわけがありません!」

「そうだな。皆に出した招待状も引き出物の袋もジェスが携わっている」

「え!?」



新たなジェス作品の情報に驚いたユフィーラは、引き出物がある場所を教えてもらい、食堂の扉手前にいつのまにか用意されていた大きなワゴンに乗った沢山の袋の元へ小走りで寄っていった。


質の良い素材を使った素敵な紙袋は淡いサーモンピンクと茶色の二色で、持ち手部分にはその二色がグラデーションされたリボンが結ばれている。



「…ジェスさん」

「な、なんだ」

「まだ余ってますか…?」

「…余る?」



ばっとジェスに振り返ってユフィーラは懇願する。



「この紙袋私も欲しいです!サーモンピンクと茶色の粋な色合わせの素敵な紙袋を、是非私も記念に欲しいのです!」

「あ、ああ。まだ残っているが」



ユフィーラは勝利の拳を掲げた。



「ジェスさんは本当に多才なのですね。そんな方がテオ様の屋敷で家令を担ってくださって、テオ様の身の回りも色々整えてくれるなんて、有り難いことですねぇ」

「そうだな」

「……主」



ジェスが持っていたハンカチで目元を覆う。どうやらずっと幸せそうなテオルドを見ては、涙腺が潤みっぱなしだったらしくハンカチが手放せないようだ。


因みに引き出物の中身はユフィーラ作の保湿剤セットと魔力薬、テオルドからは魔力を込めた親指サイズの魔石で一度だけ自分の魔力無しで転移ができるというとんでもない代物だ。そしてガダン作の日持ちする数種類のパウンドケーキが入っているとのことだ。


ユフィーラはうんうんと聞きながらも、必ずガダンのパウンドケーキも確保しなければと心に固く誓う。



「そう言えば国王とゼルザ殿からこちらが届きました」



少し落ち着いたジェスから渡されたのは淡い金色の封筒のようなもの。


テオルドがそれを開けてみると眉を寄せて「何だこれは」と言うので、ユフィーラも覗いて見てみると、素敵なアイボリー色の柄で金色の縁のカード用紙に恐らくドルニド本人と思われる文字で『国王なんでも券』と書いてある。



「まあ…こんな大層なものを渡してしまって大丈夫なのでしょうか」

「そうか?大したものでもないだろう」

「でも国王券ですよ?危ないことをしろとか言われたらどうするのですか」



その券の裏を見ると小さく注意事項と書かれていて、国王でもできない無理難題や国獲り、人をあれしちゃうこと、テオルドが魔術師団を辞めることは駄目と書いてある。


これをドルニドがどんな表情で書いていたのだろうかと想像すると、ユフィーラは何だか微笑ましくなった。



「何かの有事の時にとっておきましょうか」

「使えない代物だろうが、何かの時に脅せるかもしれないな」



テオルドはどうやら恐喝目的で使用する可能性があるので、仕舞ってある場所を常に確認しておいたほうが良さそうだ。


ゼルザからは様々な薬草のセットをもらって、これにはユフィーラが狂喜乱舞した。






いよいよケーキスタンドに辿り着くと、そこにはアリアナとモニカが色々なケーキを見ながら談笑していた。



「ユフィ。そのワンピースもとても素敵。私の目に狂いは無かったわね」

「アリアナさん、ありがとうございます!このワンピースも一目見た時からガツンと心臓にきたのです!」

「うふふ、ありがとう。以前ユフィーラとワンピースの話をした時の情報から作った甲斐があったわね」

「ええ。淡い色が似合いそうな感じがしますのに、濃い寒色系の色も瞳の色と同じだからなのか、とても似合っていうて素敵ですわ」

「モニカさんのお家で作られたこの生地と、ここまで素晴らしい二色の混ざる変化がとてもお気に入りなのです」

「喜んでいただけて何よりです。弟が喜びます」

「え。弟さんが作られた?」

「ええ。弟は自ら何でも挑戦してみないと気が済まない性格ですの。生地を作り出すこともですが、最近ではシルクの生地に、如何に綺麗に完璧に満足のいく色を入れていくかの研究を日々努めておりますわね」



モニカの弟も家を継がないと分かってから、心身共に解放されて更に精力的に現場で働いているそうで、その進歩は目覚ましく売上も急上昇しているらしい。



「これからガダン氏力作のケーキを召し上がるの?」

「はい!お腹に入るケーキの割合は十分に確保してあります!」

「ふふ。私達もこれからなの。どれにしようかしら」



ずらっと蜷局状に並ぶ美味しそうなケーキの数々を見ていると、ユフィーラはふと既視感に囚われた。



「…あら。このふわふわスフレチーズケーキ…アリアナさんのお屋敷で確か食べた記憶が…」

「ユフィ、流石よ。やっぱり気づいたわね。実は今回ガダン氏と一緒にうちの料理長のエドワードも参加させてもらっているのよ。ね?」



アリアナが声をかけた方向を見ると、ガダンが片眉を上げながら面白そうな顔をしている。



「ああ。流石にこの数の料理と菓子やケーキ類を、ネミルの保管魔術である程度出来たとは言え、どうしても時間的に難しいからな。使えそうなエドワードにお伺いを立てたら、お嬢さんの為にやってやりますか、だって」

「ま、まあ…そうでしたの。もう、エドワードったら」



そう言って少し顔を赤らめるアリアナを見て、ユフィーラはちょっと胸がそわそわしてしまう。反射的にモニカを見ると厳かに、うむと頷いていたので、恐らく予想は当たっているのだろう。



「ガダンさん、ここまで大好物や美味しさ最強のお料理と数々と、沢山のお菓子やケーキが連なるこの場所は、食べることが大好きな私にとって、正に夢のような食堂であります!ありがとうございます!」

「ははは!ユフィーラにはこれをするしかないと思っていたからねぇ。好きな時に好きなものを好きなだけ食べれるビュッフェと、大きなケーキより多種類の小さなケーキが沢山の方が楽しいもんなぁ」



いつもする世間話の中でも、ガダンはユフィーラの言葉をちゃんと聞いて覚えてくれていて、それをここぞというところで実現してくれるという粋過ぎる計らいが胸に刺さる。



「テオ様、ガダンさんのお心遣いが胸に沁みます…」

「そうだな」



テオルドが眉を下げて微笑みながら頬を撫でるのをアリアナとモニカが顔を赤くして見ている。



「さて、ユフィーラは一番目に何を食べる?」



ガダンの言葉にユフィーラははっと我に返りケーキスタンドを再度見つめた。


全てがいつもよりちょっと小ぶりなサイズで、ユフィーラなら楽に三つ四つは食べれるだろう。


苺の乗ったショートケーキにモンブラン、シュークリーム、オペラ、ミルクレープ、フルーツロールケーキにシャルロットケーキ、ミルフィーユにチーズケーキも数種類あり、パイやタルト関連も全てがミニサイズの悶絶ものの絶景である。


エドワード作も入れると相当な種類があるのだろう。どうにかして全種類食べられないだろうかと無謀な食い意地が湧き起こる。


もうこの時点で目が回りそうなほど悩むが、ふと一つのケーキが目に止まった。


ガトーショコラだ。


ガトーショコラと言えば、濃厚なぎゅっと詰まってどっしりとしたチョコレートケーキのイメージなのだが、形は至ってシンプルな物が多い。上に乗っているものといえば粉糖や、あってもナッツ類くらいだろう。


だがこのガトーショコラ…しかも何故か数種類もあるガトーショコラは、キャラメルナッツがふんだんに飾られチョコスプレーが掛けられていたり、ベリー類と綺麗な形のチョコレートが飾られていたり、ふんわりホイップクリームに金箔が乗っていたり、中にはアイシングで彩られたものまである。


何故こんなにも多彩なガトーショコラがあるのだろうと、思ってふと閃いた。



「テオ様」

「うん?」

「一緒にガトーショコラを食べませんか?」



きっと。



「ああ」

「はは!ユフィーラ当たりだねぇ。流石だ。旦那が希望されたんだよ」

「ふふ。こんなにも沢山のガトーショコラがあるなら、もうテオ様と共に食べてくださいと言っているようなもの。受けて立ちましょう!テオ様、どれも美味しそうで綺麗ですねぇ。どれにしましょう?」

「チョコとベリー」

「承知しました!」



ユフィーラは数あるガトーショコラの一つをお皿に取り分け、フォークで少し大きめにカットしてベリーと飾りチョコもしっかりと乗せる。



「テオ様、今日はこんなに沢山あるので大きめの一口でいきましょう!」

「ああ」



眉を僅かに下げて微笑むテオルドの表情がユフィーラはとても大好きだ。フォークを近づけるとテオルドも少し顔を近づけてくれたので、ガトーショコラを口の中に入れる。



「ん。美味しいな」

「ですよね!」



満面の笑みでユフィーラも一口カットして食べようとした時、ふと目の前が暗くなる。


ちゅっと音がして目の前にテオルドの顔が。



「…!」

「美味しい?」



テオルドの先程の微笑ましい笑みの対極にある壮絶な色気のある妖美な笑みに、ユフィーラはチョコレートを食べていないのに、鼻血が出そうになり思わず鼻を摘んでしまう。



「は、鼻、鼻血が出たらどうしてくれるんですか…!ひ、人前でしゅよ!」



そして案の定噛む。


その時のテオルドが幸せそうにほろりと笑う顔をユフィーラは生涯忘れないだろう。更に顎をついっと持たれて、鼻と口にちゅっと口付けされて、もう心もお腹もいっぱいになりそうだ。


ぽぽんっと頬を赤くしながらも、はふはふと息が荒くなり、この上なく恥ずかしいけれども、何だかそれ以上に心が満たされて体がぽわりと温かい。

まるで幸せそのものに包まれているようで、ユフィーラはついついはにかみ微笑んでしまい、今度はテオルドがその笑顔にやられ、顔を覆ってしまうことになった。






そしてこれだけのメンバーが集まって。

こんな風にほっこり穏やかに食事会が終わるわけがないのである。




そろそろお開きの時間になりそうな頃。


アビーとパミラが、それはそれは良い笑顔で大きなワゴンを持ち出してきた。

まだ驚く美味しいものが乗っているのかな?とユフィーラは何時までも食べ物のことでいっぱいだが、それは先程ネミルから渡されたガラスのケースと同じ素材で四角く大きめだ。


そしてその中にあるものを見た瞬間の三人三様の反応がこちらだ。




「きゃ、きゃ、きゃわわです!!!」

「携わった人間全員挙手しろ」

「おい。ふざけるな」





ガラスケースの中に鎮座しているのは。

テオヒョウとハウジャガー。

寄り添うように慎ましく隣に並び。

その二人…二匹の頭部にはふわりとした半透明の純白のヴェール。

そして首元にはそれぞれのリボン。

周辺には小さな花を駆使したブーケ。

その二人…二匹の下にはレースの敷物。

その下にはミニチュア祭壇上。




使用人全員は誰一人屋敷の主と目を合わそうとせず、

二匹の存在を知っていたアリアナとモニカは黄色い声をあげ、

リカルドは「立派になって…」とテオヒョウにも同じ言葉を捧げ、

ビビアンは貴族婦人らしからぬお腹を抱えて大笑い、

イーゾは顔を覆い全力で肩が震えており、

ギルに至ってはソファにひっくり返って笑い転げていた。



そして仁王立ちする二匹…二人の美丈夫。

初めて二人の意思疎通が通った瞬間である。


対してその二人に立ちはだかるのは、寄り添う二匹を死守するユフィーラ。



そんな仁王立ちの二人は、使用人全員合作の強固な接触阻害魔術が施されていると知らされ絶望する。

更には面白がったギルとイーゾが阻害魔術の追加をし、いそいそと「変わったなぁ…」と言いながら魔術師団団長様直々の立派なとどめの阻害魔術をかけられ、二人の心は完全に折られたのであった。







不定期更新です。

誤字報告ありがとうございます。

助かります。

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