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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一日24時間を私にください
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後日談:一日24時間を私にください 6






本日はどれだけ驚嘆すれば良いのだろうか。



あれから転移で屋敷に戻り、今度は昨晩と違ってちゃんと玄関から入ろうとしたところからそれは始まった。



先ずは玄関の前の扉に素敵なリースが飾られていた。


ユフィーラが持っていたブーケと色違いの深紅や桃色のダリアを始め、暖色系統で揃えられた大きなリースがユフィーラ達を迎えてくれる。



「これはもしかして…」

「ブラインだな。それにしても見事に出来ているな」

「もうこれは商売したら間違いなく注文が殺到するレベルなのでは…」

「無いな。ユフィーラを祝う為にやったことだ。決して万人は無い」

「…納得してしまいました」



間違いなく「興味無いし」と言いそうなブラインが容易に想像できてしまった。



「これだけじゃない」

「え?」

「中に入ろうか」



そして扉を開けた瞬間から、丸くしていた目が四角になるのではないかというくらい、ユフィーラは驚きの連続だ。



玄関近くにいつも生けられている花の花瓶の場所には、いつもより大きな花瓶に、色とりどりの花が芸術のように飾られていて、訪れた者の目を楽しませてくれる。



「もう…何と言うか植物とアレンジの巨匠と崇めなければならないような気が…」

「それもブラインにとっては興味もなさそうだな」

「引き続き納得できてしまいます。『別に余裕だし』って顔が目に浮かびます」



その言葉にテオルドがふっと笑う。



「俺も簡単に想像できたな。でもフィーの心からの賛辞にはブラインは殊の外喜ぶ」

「そうでしょうか…それなら何枚分に書けば伝わるかというくらい、きっと紙が足りません」



テオルドが直接言った方がブラインの照れて目を背ける姿が見られると言われたので、ユフィーラはあとで渾身の感動の気持ちを表現しようと決意する。


そして花瓶の下にある花瓶敷。

ブライン作の花々をより引き立たせ、レース自体の緻密な織が僅かな主張をしている謙虚さがより心に残る。



「この前も驚いたのですが、この花瓶敷はとても繊細な作りのレースなのです。とても細やかで綺麗で。ジェスさんに聞いたら最近仕入れたのだと」

「布やレース糸の素材を仕入れていたのだろう。ブーケのリボン同様、これもジェスが作ったものだ」

「は…」



言葉が出てこないとはこういうことだ。

ジェスの新しい一面を垣間見たのと、彼の几帳面な性格がレースの精巧さに上手く活用されているような気がした。そしてそれを作業するジェスを想像するととても微笑ましくなる。


ブラインの植物だけではない、花のアレンジの仕方、ジェスの知られざる新たな特技をまざまざと魅せられたユフィーラは甚く感銘を受けた。これは何とかして言葉にして本人に伝えたい。




ユフィーラとしてはこの後の食事会なるものは、いつもの食事よりちょっと豪華な美味しい食べ物が沢山出てくるような食事会なのかなと意気揚々としていた。


同時に今日来てくれた皆と自慢の料理人が織り成す食事ができることをとても楽しみにしているのだ。とはいえ、ドレスを着ているのでいつもよりゆっくりお淑やかに食べなければと、それでもるんるんで食堂に向かおうとするユフィーラを「お着替えが先―」とアビー達に拉致されてしまった。



パミラ曰く、何でもお色直しというものをするそうだ。


ユフィーラがガダンの作る大好きな料理を美味しく食べられないと意味がないとのことで、ドレスではなく、アリアナとその職人がドレスと同じ生地の色違いでワンピースを作ってくれたと言うのだから、ユフィーラは拳を掲げるしかない。


ユフィーラが美味しく食べて皆と過ごせることを重視してくれた配慮が何より嬉しかった。



部屋に入り、パミラが箱から取り出してくれた服は。



スクエアカットされたすっきりした胸元に、パルーン袖がふんわり感が満載だ。

胸の下あたりから、大ぶりのプリーツになっていて、上半身胸元までは瑠璃色、そこから下にかけて瑠璃色から紺色にグラデーションがかった至極のワンピースである。他に派手なレースや装飾は一切されておらず、だからこそ素材と色の混ざり合いがとても引き立っているように感じた。



「…ひと目見て惚れました…」

「ね。私もこのグラデーションはとても良いなと思ったわ」

「同じ生地を使っているのに色合いと形だけで印象が変わるものだね」



先程のドレスが静ならこのワンピースは動といったイメージだ。

だがどちらも派手過ぎず、でもしっかり主張する部分があるというユフィーラにとってどちらも甲乙つけ難い代物である。




じゃあ、着替えましょうと、アビーとパミラがドレスに手をかける。

花嫁衣装を脱ぐ時にもう二度と着られないものなのだと思うと寂しく感じ、頭に飾ってもらった髪飾りだけでもどうにか保存できないかなと思っていると、ノックが鳴った。



「はいはーい」

「ネミルです」

「あ、丁度良かった」


ネミルの声が聞こえ、アビーが応答し、パミラがちょうど外したばかりの髪飾りを持って、そのままネミルに渡していたので、ユフィーラは最後にもっとちゃんと見ておけば良かったと少し残念な気持ちになる。


だが物思いに耽る暇もなく、アビーとパミラによって、髪型は食事がしやすいように軽くアップにされ、纏めた髪の部分は敢えて少し崩すような感じにしてくれて、ちょっとした夫人のようで可憐にも見える素敵な髪型に、先程の少し落ちた気持ちが上昇していった。



そしてこちらも名残惜しいがお化粧も一度落とし、今度は軽めにいつもアビーが試してくれる化粧の、ちょっと上級版な感じに仕上げてくれた。



そして髪型と化粧にぴったりと合う極上のワンピースを着て完成だ。

それに併せた紺色の靴まで用意してもらい、本当に至れり尽くせりである。



「ご令嬢というものはいつもこんな感じなのでしょうか」

「まあ、爵位とお金によるかもしれないけどね」

「私にはこの一度だけで十分ですねぇ」

「あはは。ユフィーラはそういうと思った。だからこそ、たった一度だけなら思う存分楽しんじゃえばいいのよ」



ユフィーラはついつい、いつもの如く恐縮し始めてしまうのだが、アビーの言う通り婚姻式の今日だけはここぞと甘えてしまい、堪能させてもらおうと気持ちを切り替えた。


ちょうどその時にノックがされ、入ってきたのはテオルドだった。



「ああ。それもとても良い。フィーは濃い色も似合うな」



そう称賛してくれるテオルドも、先程の超絶格好良く精悍さも兼ね揃えた新郎姿ではなく、お色直し的な上下が黒と紫紺色の組み合わせがテオルドにとても似合っている素敵な装いだ。


装飾品は耳飾りと指輪だけ。それでもテオルド自身が最上級の容貌なので、寧ろ丁度良いくらいだ。



「テオ様はいつも素敵ですが男らしい新郎姿も、お色直しの姿も、増し増しで格好良いです!そして私も耳飾りと指輪をつけているのでお揃いですね!」

「ああ。お揃いだな」



とてもとても穏やかな表情と口調のテオルドに、ユフィーラは満面の笑みになる。


いつものラフでシンプルな装いも大好きだが、お洒落をしたテオルドは普段あまり見ることがないのでユフィーラは瞳をきらきらさせつつ、興奮で鼻の穴が全開に膨らむのを何とか抑えることに成功する。



私達も着替えてくるわーとアビー達が先に下に降り、約一刻後に食事会を始めると連絡が来た。


テオルドからは今夜はとても大事な時間が控えているので、絶対に強いお酒を飲まないことを約束させられた。強いお酒を飲むといつも眠ってしまい折角の食事会とご馳走を覚えていなかったら困ると、こくこく頷けば、「そうではないが、まあそれで良い」とよくわからない返事をされ、ユフィーラはこてんを首を傾げた。


その仕草をテオルドがとろりと顔を緩ませて口付けをしてくるので、ユフィーラは先程のトリュスの森での皆の前での口付けを思い出してしまい、ぽぽっと顔を赤くして、皆の前ではやらないように、こちらも約束させたのだが、面白いくらいに適当に相槌を打たれ、どこ吹く風の態度のテオルドに何だか納得がいかなかった。




一刻後、ユフィーラ達は階下に降り食堂に入った瞬間。




もう既に今朝から驚きの連続であったが。

ついにはひっくり返ってしまうのではないかと思うくらいの食堂の風景に目が落ちてころころと転がりそうなくらいの面持ちである。




食堂にある低めの棚の上にはもう花瓶が見えないくらい、まるで花が生きているかのように活けられている。周囲にあるカーテンタッセルの箇所やカウンターの端にも小さな花々のブーケが飾られて、言葉の如く食堂全体に華を添えていた。


そして食堂の長いテーブルには見たことのない精巧なレースのテーブルクロス。華美過ぎずに上に並べられている料理の邪魔をしないアイボリー色の柄だが、垂れている箇所のレースがとてつもなく美しい。



「テオ様…あのお花の数々は…」

「ブラインだな」

「それではまさかあのテーブルクロス…」

「ジェスだな」

「…もう言葉だけの表現では言い尽くせません」



ユフィーラのきょろきょろと輝く顔で見ているのを、テオルドが優しい眼差しで見つめている。


そしてとどめにはテーブルの上に並べられた料理の数々だ。



テーブルの周りにいつも皆が座っている椅子が今日は並んでいない。

そして全ての料理が大皿で提供されており、カトラリーの類はテーブル横に設置されたワゴンに積み重ねられたお皿と共に置いてある。


そして見たことのない白い木目調のハイテーブルが数カ所に置かれており、まるで立食用に作られたものに見える。端には大きなソファとローテーブルも二箇所用意されていた。


カウンターの半分には様々な酒や飲み物類が置かれ、残り半分は座って食事ができるようになっていて、側には大きなワゴンにグラスが置かれている。



全体像を見てから、これはまさかとユフィーラは瞠目した。


以前ガダン達とビュッフェという個々好きなものを取って好きに食事ができる形式がとても魅力的だという話をしていたのだが、もしかしてそれを再現してくれたのではないかと思ったのだ。


そこに並べられた料理はオードブルから、数種類のサラダに数種類のパンとサンドイッチ、パスタやグラタン、ユフィーラの大好物を始め、皆から人気の高い品や、お酒に合うつまみコーナーもあり、スープコーナーや軽めのデザートコーナーもある。




そして一番目立つのがテーブルの中央にあるもの。




アフタヌーンティースタンドのような蜷局形のものが立てられている。


そこには数多の色とりどりの小さなケーキが綺麗に並べられていて、まるで一つの大きなケーキを模倣しているかのようだ。更にそのスタンド周辺には焼き菓子と可愛らしい包みに入ったフルーツゼリーも置かれていた。



今現在までいっぱいいっぱいで限界まで到達しそうな心の歓喜が、再度爆発的に噴き出しそうになり、喜びを伝えきれずに叫びたいユフィーラは両手を口で押さえるしかなかった。しかし多少の濁点音は出てしまったかもしれない。


しかしお色直しをしてもらい、綺麗にしてもらったのに嬉しすぎる雄叫びをあげて、花嫁として、人としての尊厳を台無しにしたくなかったので、ユフィーラはこの思いを込めて咆哮したいのを耐えるしかない。


胸元を押さえながら、ぜいぜいとしているユフィーラに、テオルドが耳元で「少し発散させた方がいい」と囁かれ、ユフィーラはテオルドの許可を得たことで、料理や花から離れた所で喜びの地団駄を踏みながら、両手を上に掲げているちょっと残念な姿を皆がほっこりとした様子で見てくれていた。


花嫁として、素敵なワンピースを着ているレディとしては完全に無しの行動かもしれないが、誰もがあれがユフィーラだからと理解してくれているからこその温かい見守りなのである。




「今日は参加してくれて感謝する。乾杯」




そしてこの世のどの新郎よりも短い挨拶と音頭をとったテオルドに皆が違う意味でほっこり見守った。



そこからはいつもより人数が多くても、いつもと違った食事形式でも、ユフィーラにとっては、大好きな皆と楽しく囲むいつもの食事の時間となるのであった。







不定期更新です。

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