後日談:一日24時間を私にください 3
そして再度自分で入る入らないで賑やかに騒ぎながら、最終的にユフィーラはお姉様二人に余裕で言い負かされ、普段しない全身マッサージや、さらさら艶々のオイルなどを塗られ全身ピカピカに磨かれた。
その際にハウザーの魔術の反転でテオルドに傷を消してもらったことを伝え、背中をどうだという風に仁王立ちでばーんと…ほぼ全身を見せると、アビーは目を潤ませて喜び、パミラは「慎みはどこいった」と突っ込んでいた。
湯上がりに肌のケアまでしてもらい、髪を乾かした後部屋に戻ると、そこには見たこともない大きなドレッサーが設置されていた。
「我が伯爵家当主からの婚姻祝いよ」
華美過ぎず、とても使い勝手が良さそうな調度品ではあるが、流石に物が高価過ぎると恐縮するユフィーラに「私が凛として進む道筋のきっかけになってくれたユフィへの御礼も兼ねてなのよ。父が大喜びでわざわざ私にユフィーラが好きそうな型を聞いてまで自ら選んでしまった物なのよ」と言われてしまえば、いただかない訳にはいかなくなってきてしまう。
それでもと思っていると、モニカから「子爵家との関わりもそうですが、リューセン様に遠からずいつか関われる手段ができたのだという意味もあると思うので…」とまで言われてしまえば、ユフィーラではテオルドに対して強力な伝手にもならないとは思うが、もうここはいただいてしまおう!と儲けました魂に引火させた。
アリアナに促されドレッサーの前に座る。
「今日はこれでもかと自由に最高に綺麗に可愛くできるってことなのね!」
「ほどほどにしてよ。ユフィーラの良さを消さないで」
「私がそんなことするわけないでしょ。ユフィーラの良さを最大限に活かすのよ」
アビーがふわふわのメイクブラシをシャキンっと指で挟みながら「じゃあ始めるわよー」と、どこかの舞台女優の楽屋ですか、とでもいうくらいの沢山の化粧品がドレッサー台に並ぶ。
「ユフィは普段化粧をしない分どれだけ変わるかが楽しみね」
「元々の良さを更にアビー様が押し上げてくれるでしょうから、わくわくしますわ」
「任せてー男性陣の目ん玉をころころ転がすくらいにはしてみせるわ」
「ほどほどにしてよー」
ユフィーラからしたら、周りにいる女性陣こそ容貌が驚くほど整っていて美しく、自分と比べるまでもないと理解している。
だが今の自分の顔はとても活き活きしていて嫌いではない。卑屈な感情も無く、寧ろ自分の周りにこれだけの美人揃いがいる己を褒めてあげたいくらいなのである。共に歩く時など、どうだ綺麗どころを連れているだろう!とついつい自慢して歩きたくなるくらいの見た目も性格も良しの女性達ばかりなのだから。
アビーのまるで精巧に魔術でも使っているのではないかというくらいの軽やかな手捌きを、ユフィーラは目を閉じながら感じている。半刻ほど経ってから「完成よ。目を開けてみて」と言われ、ゆっくりと瞼を上げると、そこには自分の顔ではあるが自分ではないような、ちょっとしたお化粧をした令嬢のように様変わりしていた。
「うゎゎ…こんなに綺麗にしてもらえるなんて。アビーさんは天才ですねぇ…」
元々色白であるユフィーラの肌は少しだけ白粉をはたき、頬には僅かに頬紅を施している。
目元は元々大きめな瞳なのでと、細い筆で目元のラインだけをはっきりさせてから、薄い茶色の煌く粉を瞼にブラシで撫でるように付け、睫毛はくっきりと沢山生えているので艶だけを出す化粧をしてもらった。
口唇には淡い赤みを帯びたサーモンピンクのような色の紅をひき、その上から艶出しの重ね塗りをして完成だ。そしてアビーが最後に顔全体に魔術で何かを施していた。もしかして顔を変えられてしまうのだろうかと一瞬慄いたが、「何か勘違いしているようだけど、化粧崩れしないように魔術をかけただけ。泣いちゃうかもしれないからねー」と言われ心底安堵した。
それでも今までしっかり化粧をした自分を見たことがなかったので、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情のユフィーラとは裏腹に他の女性陣は呆れた表情である。テオルドに対して。
「ほら見てみなさい。元が良いんだからここまで良くなるわけよ。今まではテオルド様が散々やるなと口煩く言うもんだから、今日くらいはいいわよねー」
「そんなに…なんて独占欲…」
「だってほら、当の本人が疎いしわかってないから旦那様は心配で仕方ないんだよね」
「なるほど…ユフィーラさんの表情を見る限りはそうなのでしょうね」
など色々耳に聞こえては来るが、皆には敵わなくても少しでも近づけているのならば、今日の自分は特別に綺麗だと褒めてあげようと思う。
「さて、次は私達の番ね。モニカさん、助手よろしく」
「はい。承ります」
続いてはパミラが髪型を整えて綺麗にしてくれるらしい。
アリアナ曰く、モニカも手先が器用で、自分の髪型も全部自ら結ってしまう程だという。そう言えば初めてモニカに会った時も、綺麗に編み込んで結っていたような気がするが、目の見えない箇所はどうやってやるのだろう。ユフィーラは未だに自分で複雑な編み込みはできないのだ。
パミラがブラシを持ちユフィーラの髪に触れる。梳かしながらモニカとここをあそこをどうすると話しながらも手を休めずにどんどん編み込んでいく。
「モニカさんにある程度教わったから大丈夫だと思うよー」
「パミラ様の手先の器用さには驚きですわ。ちょっと説明するだけですぐ理解していただけるものですから」
そう言いながらモニカもパミラの反対側の髪を手慣れた動きで、どんどんユフィーラの髪を素敵に変えていってくれる。そしてモニカが小箱のようなものを開けると、そこには朱色のグラデーションのような淡い色のダリアとそれに合わせた同色の実が付いた小さな枝の素敵な髪飾りが。
「これ庭師さんが作られたのですよね。とても素敵ですわ」
「なにこれ凄い!ブラインやるじゃない!魔術で上手く色を混ぜたのねぇ」
「え!ブラインさんが?」
「そう。お願いしたのよ。生花を使いたかったから髪に飾る花をよろしくって」
「その庭師は…形が崩れないように魔術をかけているのかしら」
「そうね。型崩れしないようにと、花びらや実が落ちないように、それと鮮やかな状態で保てるようにね」
なんとブラインまでが協力してくれていたらしい。しかもブラインが担ってくれたのはこれだけではないらしく、後でお楽しみにと言われユフィーラはまだあるのかと驚く。
編み込んだ髪をハーフアップに纏めてその髪飾りを周辺に指していく。左右の髪は少し垂らして下ろし、残りの髪は後ろへと流す。
「なんて素敵な髪型なのでしょう…編み込みから花が生えているように見えます…」
「よし、こんなもんでしょ。ピンだけじゃ心許ないから、魔術でも止めておいた。頭振り乱しても髪型は大丈夫だよ」
「流石に今日はユフィーラも大丈夫でしょ」
「そんなに年中無休で前後左右に私の頭は動いているのでしょうか…」
アビーとパミラが同時に厳かに頷いているので、ユフィーラは一応今では妻という名目なので、嬉しくても今後はぶんぶん首を振るのを控えようと決意する。
「ああ、良いわね。このドレスにぴったりのお化粧と髪型。完璧だわ。さあ、ユフィ。ドレスを着付けましょう」
「え。アリアナさんが着付けて下さるのです?」
「勿論よ。あれこれ指図して人を動かしたって何も良い物は生まれない。私も直接関わって動いてやってみて、気づくことも沢山あったわね」
そう言いながら立たせたユフィーラに、アビーがちょっと休憩ねと冷たい果実水を渡してくれて水分補給をさせてもらった。
ユフィーラは着ていたガウンを脱ぎ、アリアナのまるで職人のような見事な手捌きでドレスを着付けられていった。
最後に同色の少しヒールのある靴を履いて大きな鏡の前に立つ。
首と肩、腕の透けている部分からは、もう傷跡はどこにも見当たらない。そしてふわりと揺れる柔らかな生地と触り心地が最高級のシルクのドレスとの組み合わせが、まるで純白の羽のように見えて何とも美しい。そして胸元下にあるふんわりした大きなリボンがユフィーラをより笑顔にさせたのだった。
ノックされてパミラが応答し、扉が開く。
そこには艶消しの漆黒に紺色の刺繍が複雑に施されている軍服式の服を着たテオルドが珍しく髪も後ろにぴちっと流した状態で現れた。
普段のテオルドもとてつもなく格好良くて素敵なのだが、本日のテオルドの婚姻式仕様の姿は格別だった。
普段顔が少し隠れるような前髪を全て後ろに流しているテオルドは、本日は美麗だけでなく精悍さも兼ね揃えており、ユフィーラはぽぽっと頬が赤くなる。
後方から「あら、頬紅いらない…?」とアビーの声が聞こえるが、テオルドをずっと見ていたらもしかしたら要らなくなるかもしれない。
そんな最高峰のテオルドもユフィーラを見て目を丸くして固まっていた。そして僅かに眉を寄せたので、ユフィーラはへにょんと眉を下げた。
「あの、テオ様。皆さんにお化粧も髪型もドレスまで、とても素敵にしてもらって、私にしては綺麗になった方、だと自負しています。でもテオ様の男性らしさと美しさを兼ね揃えた姿には相応しくないかもしれ―――」
「アビー…」
「何ですか。これでもテオルド様の希望も聞いての折衷案ですよ!」
「旦那様。傍に居るんですから問題ないでしょうに。ユフィーラが似合わないのではと勘違いしてますよ、絶対」
アビーの応戦とパミラの言葉にテオルドははっとなり、ユフィーラの方に近寄るが、口元を覆いながら目を背ける。耳がほんのり赤かった。
「フィー…勘違いするな。俺は想像以上にフィーが可愛くて綺麗でアビーにやり過ぎだと言いたかったんだ」
「…はい?ではテオ様的には及第点をいただけたのですか?」
「満点なんか遥かに超えている。男共に一切見せたくないから認識阻害でもかけようか悩む」
「え、止めて」
「この超大作を人様に見せないとか許せない」
「それは流石に私も反対運動を最前列で」
「まあ…そこまでなんですの…」
女性陣からの猛反対に少し憮然とした様子のテオルドだったが、どうやらユフィーラのおめかしに不服だったわけではなく、ほっとしたユフィーラは微笑む。
「私は皆さんにとても素敵にしてもらって凄く満足していたので、テオ様にも気に入っていただけたなら良かったです。テオ様はどこかの王子様と言うよりも、全世界を網羅する美しさと強さを兼ね揃えた大魔術師のようですね!」
「フィーは全てにおいて俺の唯一。褒める言葉は安易過ぎて言葉にしたくもない」
あの人嫌いのテオルドが。
ここまで人を想う言葉を羅列している。
彼から出る有り得ない言葉の連続に、聞き慣れた筈のアビーとパミラは熱い熱いと手を振っており、アリアナとモニカに至っては顔を赤くしてしまっている。
「熱いしあっまい…甘いよ、もう」
「慣れたとはいえ、猛毒よねある意味」
「これ、は…式まで私は持つのでしょうか」
「モニカ。慣れよ、慣れ。…私もまだ未熟者ね。あてられるわ…」
ユフィーラ達のあけすけな無意識の賛辞の数々に、女性陣が虫の息手前になりそうな頃、テオルドの元に連絡魔術が届く。
「準備が整ったようだ。では皆半刻後にトリュスの森へ。アビーとパミラ、彼女達と共に転移移動を頼む」
「了解。ようやく人連れの転移が安定してきたから良いけど」
「そうそう。テオルド様みたいにほいほいできないんですからね、普通は」
「アビー様、パミラ様、お手数かけますがよろしくお願い致します」
「はいよーじゃあ私達も準備して向かおう」
「あ、皆さん!私をこんなに綺麗にしてくれて、それと事前に色々動いて下さってありがとうございます!」
ユフィーラは心から溢れる嬉しい気持ちを込めてお礼を言った。四人は手を挙げたり声を返したりしながら部屋から出て行った。
「フィー、その耳飾りを外して貰えるか?」
急なテオルドからの申し出にユフィーラは今度は違う意味で目を丸くする。そしてきっと目力を込める。
「これはテオ様からの初めての贈り物なのです。返すことは不可ですし、返せなんて男が廃りますよ!」
くわっと綺麗な格好で怒りを顕にするユフィーラに、テオルドは何故かとろりと微笑むのでユフィーラはその壮絶な笑みに仰け反りそうになるのを負けるものかとぐっと拳を握る。
「返せではない。外して今日だけこれに代えてくれるか?」
テオルドが懐から取り出した小さな漆黒の箱の中をパカッと開ける。
そこには白を基調とした、だが細い黒と紺色の線模様が複雑に練り込まれた石の、雫型よりも細長い耳飾りがあった。
「え…テオ様これは」
「この魔石には光と水の魔術が込められている。光に導かれ水と命に満ちたこれからの二人の行く末の安寧を願い作ったんだ」
そう言ってテオルドはユフィーラの付けていた耳飾りを外しながら新しいものと付け替える。
「ああ、似合っているな」
微笑むテオルドにユフィーラはドレッサーの鏡に体を向けられて見てみると、黒と紺色の線が混ざり合って、色は淡く透けているので、白の魔石をより眩く魅せているように見えた。
「わぁ…なんて魅力的な耳飾りなのでしょう…これは今日しか着けられないのでしょうか」
「いや。いつでも付けれるが婚姻式用に細長めに作っているから、後で魔術で大きさを変えることはできる」
「で、では形はこのままで小さくできるのですか?この雫が細くなった形がとても素敵なのです」
「ああ。わかった」
ユフィーラがぱあっと笑顔になるのをテオルドは愛しそうに頬を優しく撫でてくれる。
「テオ様、そういえばトリュスの森って言ってましたよね?」
「ああ。式はそこで行う」
「トリュスの、森で?」
昨夜から部屋から出ていなかったので、屋敷の何処で執り行ってもらえるのかなのと思っていたユフィーラは、またしても驚きの連続である。
「ああ。驚くぞ」
「まあ…心臓が止まらないことを祈ります」
テオルドが顔を寄せて耳元で囁く。
「その時は俺が必ず復活させる。……言葉で言い表すことは難しいが、…時には言葉にすることも大事だな。…フィーは、この世界で一番美しく、誰よりも愛しい俺の妻だ」
テオルドからの讃美にユフィーラはほわりと頬が熱くなるが、それ以上にテオルドの真摯な言葉に嬉しくなる。
「ふふ、ありがとうございます。今日だけはテオ様の横に立って踏ん反り返って堂々と歩けますよ!」
「いつも堂々としている」
「まあ。それ以上に仰け反る勢いということです!」
「ひっくり返らないなら何でも良い」
軽口を言い合いながら、テオルドが持ってきてくれた口元が汚れないガダン特製のお菓子を少し摘む。
半刻過ぎた頃にテオルドの転移でユフィーラも共にトリュスの森へ向かうことになった。
不定期更新です。