後日談:一日24時間を私にください 1
ユフィーラはその場に立ち竦み呆然として周りを見渡した。
よくよく思えば、普段と僅かに何か違うかなと思い出す節が幾つも散りばめられていたような気がする。
屋敷の皆が浮足立っているような雰囲気なのは前々から感じていたのだが、それをユフィーラに知らせることがなかったので、特殊魔術師として何か良いことでもあったのかな、くらいにしか考えていなかった。
とある日のアビーと。
前々からアビーは新作の化粧品を購入した時など、ユフィーラをお人形代わりに色々試してみたり様々な化粧を屋敷の中だけだがしてくれていた。色々な種類があり、やり方も教わったりはしたが、自身で購入することはなく、贈り物としてアビーから言われた時も多分勿体なくて使わないからと辞退していたのだ。
それにテオルドからは屋敷にいる時と外では共にいる時は良いが、一人の時はしないでくれと懇願されて、お子様顔でそんなに変なのかなぁと思いながらも承諾すると、あとでアビーから逆の意味なのよと言われ、まさかと微笑んだ。
ここ最近アビーがお化粧を試してくれる時は、どんな色が好きなのか、暖色系か寒色系かとか、きらきらしたパウダーが好きかとか、紅の色は淡い桃色か濃い赤かどちらが良いかとか色々聞かれたので、都度似合うかはわからないが、個人的に好きな方を答えていた。
とある日のジェスと。
ユフィーラが保湿剤作りを一段落させて食堂でお茶を淹れていた時のことだ。
ふらっとジェスが現れ、知り合いから沢山貰ったからと可愛らしい柄の包み紙のフルーツゼリーを渡された。その場で一つ食べてみると、ぷるんとして瑞々しく、果物本来の香り甘さがとても濃く感じて思わず絶讃したら、ジェスが目を逸らしながら「なら良いんだ」といってささっと去ってしまい、ユフィーラはこてんと首を傾げた。
そして別の日には、玄関内近くにある花瓶に繊細なレースの花瓶敷が敷かれていて、ユフィーラは思わず感動してブラインの選んだ花とその花瓶敷に視線を行き来させながら眺めていたら、ジェスが通りかかったので花瓶敷のことを聞くと、「最近仕入れた」と言ったので、細かい模様が繊細で美しくて花とよく合うと褒めたら、「なら良いんだ」とまたもやそそくさと去っていき、ユフィーラはこてんと首を傾げた。
とある日のダンと。
ユフィーラが馬房のお手伝いをさせてもらっていると、ふとダンが「作るのにざっと計測な」と呟きながらユフィーラの直ぐ側にある柱に印を付けていた。ユフィーラと同じ背丈の高さだったので、もしかしたら背が伸びたのかもしれないとしゃきんと立って再度測ってもらったら、変わりなくがっかりした。ついでにダンの背も測ろうとしたのだが、届かなくて歯噛みしていると、笑われながら頭を撫でてもらったので溜飲を下げた。
とある日のネミルと。
ネミルが最近魔力を枯渇手前まで使い続けているらしく、ユフィーラが魔力薬を持って訪れると、保管魔術の強化の挑戦をしているとのことだった。それでも枯渇ぎりぎりまで減らすのは苦しいし、体調に異変を伴うこともあるからと、魔力薬は何時でも作れるから遠慮厳禁なのだと数本まとめて渡した。
それでもネミルがはにかみながら更に頑張りますと言い始めたので、ユフィーラは椅子を向かい合わせにして、まるで面接のように言い聞かせ始め程々が大事なのだと、自分のことは高い棚の上に置きながらこんこんと話しつけた。
とある日のランドルンと。
書庫で調べ物をしている時に、ランドルンがガダンからどこぞの教団の教祖のようだと言われたと聞いた。ランドルンの美麗な容姿と掌握するような話術から、ユフィーラも思わずぶんぶんと頷くと、ランドルンが聖職者のようだと言われたこともあるらしく、ユフィーラは想像を膨らませる。
物語で読んだ最高峰に美しい神父や聖職者の話を興奮しながら伝え、それがランドルンの容姿ととても似ているのだと話すと、「では私がそうだとしたらどのような色の服が似合いますか?」と聞かれたので、漆黒で妖麗な感じなのも、真っ白で清楚なのも良いのだが、ランドルンはやはり本人が着ていたローブの銀色がとてつもなく似合うのだと必死に説明する。
それを聞いたランドルンは銀縁眼鏡をくいっと上げながら、それは美麗な微笑みを浮かべ、「なるほど。嬉しい限りですね」と優しく頭を撫でてくれたので、ユフィーラも嬉しくなった。
とある日のブラインと。
ユフィーラが保湿剤用にブラインの間引きした植物を譲ってもらおうに庭に訪れた時のこと。
ブラインが幾つのかの間引きした花を並べていた。集中していたので、何も言わずに横に並んでしゃがんで見ていると、ブラインはどうやら花の種類を色別や大きさ別に分けているようだった。暖色系統の花と薄い緑の観葉植物を添えてみたり、寒色系の花を少し足してみたり、大振りな花びらの華やかな花の後ろに小ぶりな花を散らばせてみたりと、間引きした花をあれこれやっていて、ようやくユフィーラの存在に気づき息を呑んでいた。
ユフィーラがこの組み合わせは良いですねとか、寒暖合わせるととてもこちらを引き立たせたり、より華やかに見えたりするのですねと思ったことを言ってみた。すると少し思案したブラインがまた幾つか花を合わせてどちらが良いか聞いてきたので、ユフィーラは今度植える目安のようなものが欲しいのかなと思いながら、好きなものを好きに答えていた。
ちゃんと最後には私個人の意見ではありますがと添えてある。ブラインは「…これでいける」と呟いていたので、良い案が閃いたらしく何よりである。
そのおかげか、いつもより多めに花を譲ってもらったのでユフィーラもほくほくで戻って行った。
とある日のガダンと。
その日の夕食のデザートが最近ハマっているキャラメルナッツタルトだと聞きつけ、ユフィーラはガダンがデザートの下準備が早くできるように芋向きの手伝いをしていた。
その間の世間話の中で、ガダンが昔隣国に旅をしている時に出会った、今ではアリアナの屋敷の料理長として働いているエドワードと、最近お菓子の話題に良くなるらしい。何でもエドワードは元は村の小さな菓子店でパティシエとして働いていたのだがアリアナの父、ハウンド伯爵にその能力を見出され引き抜きされてハウンド家の専属料理人になったそうだ。
だが本来菓子作り専門だったので、そのうち屋敷内の菓子専用料理人に戻りたいらしくガダンに色々な菓子のことを語ってくるのだという。
そんな話の中、ガダンから祝い事などで振る舞われる大きいケーキはどうだという話を振られ、ユフィーラは頭の中だけで想像しながら、とても食い意地の張った返答をしてしまった。
一つの大きなケーキを皆と分け合うことも良いかもしれないが、ユフィーラならば大きなケーキよりも、例えばアフタヌーンティースタンドに様々な小さなケーキを何種類も飾り、大きな一纏まりのそれこそケーキの城のようにしたとするならば、もうどれから食べるか悶えながら最高に幸せな時間にしかならないだろうと、つい熱弁してしまう。
ガダンは「流石だなぁ…そんなの思いつかなかった」とお腹を抱えて苦しそうに笑うので、あまりに食い意地が張り過ぎたかなとちょっと恥ずかしくなったが、もしいつかガダンが作る大好きなお菓子やケーキがそんな風に沢山並べられたらと、とても幸福感が満たされたので、羞恥心など投げ捨ててそれの何が悪いと胸をふんぞり返してやろうと、女性としての嗜みよりも、美味しい物を食べることへの欲望をユフィーラはとったのであった。
とある日のパミラと。
昼過ぎに薬の精製を終え、体を伸ばしながら窓の外を見ていると、ちょうどパミラが天日干ししていたシーツを取り込むところだったので、ユフィーラは瞬速で下に降りた。
きらきらした表情で颯爽と現れたユフィーラにパミラが気づき苦笑しながら、「なに。またやりたいの?」というので何度も頷くと、それを持って屋敷に入りリネン室に向かった。
シーツが沢山積み重ねられている所に出来立てのシーツを広げて「いいよ。一回だけね」と言われた瞬間、ユフィーラはシーツの塊にダイブした。
ばふんっと陽の光を吸ったシーツと柔軟剤の爽やかな香り、そして何枚にも積み重なったシーツはまるでちょっとした寝台のように心地が良い。顔を埋めて思いっきり香りを吸う。
そろそろ終わりにしたいと思うのだが、もう少しだけ…と何度か頭で繰り返しているうちに、精製での疲労がじわりときて少しだけうとうとしてしまう。その間パミラは他のリネンを片付けながら、時折ユフィーラの頭を優しくぽんぽんとしてくれるので、嬉しくて余計に眠くなってしまった。
ふと何かが頭に乗っていることに気づき、少しの微睡みから目を開けると、パミラがふわっと軽い布をユフィーラの頭に輪っか状にして、まるで天使の輪のようだねと言った。何でも最近、新しく増やした仕入れ先から軽めの生地を幾つかお試し品でくれたのだと教えてくれ、残った生地で輪っかを作って乗せてみたのだという。
その生地を触ると、とてもさらりと触り心地が良く柔らかかったので、これでどんなリネンになるのだろうと思うと嬉しくなった。
とある日のアリアナとモニカと。
今回は街ではなくアリアナの屋敷でモニカと三人でお茶会を開いてもらった。モニカからはおかげさまで子爵家もそれぞれが好きなように動き始め、弟は精力的に現場で働き、モニカは事業全体を管理しながら子爵と都度話し合いながら活動していると感謝を述べられた。今はハインド家と共に製造拡大に向けて新しい素材を元に動いているのだそう。
深窓の令嬢のように儚げで柔らかい笑顔だが、元来芯が強いモニカはアリアナと性格も話も合うようだ。最近では二人が街へ出る時など、いつものドレスでなく動きやすいワンピースを着てみたいという話をしているらしく、着るならどんなものが良いかという話題でユフィーラも共に盛り上がる。
ユフィーラとしては令嬢のようなコルセットがっちりのドレスを自分が着ることはちょっと遠慮したい。
ワンピースといっても色々な形があるので、腰がきゅっと絞られた物や、ふわりと柔らかさを出すフレアタイプ、タイトなスッとしたものなど様々だ。三人で和気藹々と話しながら、料理長エドワードの美味しいアフタヌーンティーをいただきつつ、思う存分堪能した。
とある日のハウザー達と。
薬の納品に行った時、ハウザーが腕を曲げて何故かユフィーラの前にすっと出された。
ギルは何故か口元を押さえている。ユフィーラはこてんと首を傾げながら潜れと言うことかなと、輪っかになったハウザーの腕の中に頭から潜ろうとすると、何故か途中でぐっと首を締められて頭をぐりぐりされたので、非常に解せなかった。
ギルは大笑いしていた。
とても珍しい姿を見た。
そしてギルからきらきらした物は濃い色の方が好きなのかと耳飾りを指差しながら聞かれたので、濃い色と言うよりもテオルドとユフィーラの瞳の色、黒と紺が混ざっていることが好きなのだというと、にっこりと瞳を三日月型に細めながら微笑んだ。
そして、とある日のテオルドと。
ある日テオルドから依頼を受けた。
そこそこの量の保湿剤のギフトセットのようなものと魔力薬を頼みたいと言われた。魔術師団で入り用なのかなと思ったが、先日ちょうど諸々の注文をこなした後で、特に忙しくなかったので詳しい内容は聞かずに了承した。
そして先日、テオルドからユフィーラの一日の時間を全部欲しいと言われた。行きたい所があるのだとトリュスの森以来のお誘いとくればユフィーラは嬉しくて二つ返事で承諾した。
生まれて初めての海と浜辺をゆっくりと散策し、お互いを思い遣る時間をたっぷりと取り、そして初の屋台体験をユフィーラは興奮しながらも美味しいものを沢山食べた。
そのまま屋敷の皆が寝ているからと、何故か転移で部屋まで来た時に、ふと小さな子供ではないのだから静かに歩けば問題ないのにと首を傾げたが、湯を浴びた後のテオルドによる寝る前の夜の練習に駆り出され、それ以上考える間もなくユフィーラは、きゅぅっと意識を深淵に沈めた。
夢の中では腕や背中を中心に体中がとても温かく、内側から何か凝った悪いものが滲み出して消えるような感覚が、とても気持ちが落ち着くようなゆったりとした心地で、ユフィーラは夢見心地でそれを享受していた。
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