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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一日24時間を私にください
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番外編:古今酒に十の徳あり 2






「ガダンさんのおつまみ…!」

「今日の葡萄酒に合いそうなチーズが沢山あるじゃない」

「お。この手羽中の唐揚げ美味そうだな」

「ナッツ種類多くて良い」

「野菜スティック数種類のディップが堪らないわね」

「私は揚げ芋にこのディップをつけようと思う」

「好きなのだけ食べればいいんだって」

「凄い数ですね…!イーゾも喜ぶだろうな」



ガダンが残りの料理を運んできたところを、ランドルンとユフィーラが手伝う。



「こうやって手伝う体で、一番目に食べたいものを自分の側に置くことができます!」

「言ってる時点で台無しだけど」

「ブライン、置けないので酒を少し動かしてください」



本日に限っては屋敷全員とハウザー達も参加なので、カウンターは酒を中心に置き、料理や肴はテーブルに置く。


というのも、以前使用人達だけでネミルの歓迎会をやったのだが、格好良いことを言った割には歓迎会というものをやっぱり自らも参加してみたくなったユフィーラは、ネミルだけでなくハウザーと、ギルの元で働くことになったイーゾも新人さんであり、そして今まで姿を現さなかったギルも含めて『歓迎会』をしようではないか、と要はこの言葉を免罪符にして美味しいガダンの料理や皆が持ち寄るお酒やつまみ、そして楽しい場を自分も存分に楽しみたかったとはお首にも出さない。



「先生からは何でも王様からいただいたという、とっておきのお酒があるとか」

「何?ユフィーラ、ハウザー氏を呼んだのは正解だねぇ。良くやった」

「偉い偉い。ユフィーラのおかげで美味しいお酒にありつける」



希少な酒に目のないガダンとパミラのご機嫌が上昇する。ハウザーから実際には元王家の懐刀のギルが滅多にないお誘いに喜んで王様から強奪してきたという恐れ多い話だが、それをわざわざ話すことでもないだろう。そして酒に罪はないのだ。



殆どの準備が揃ったところでハウザー達がタイミング良く到着した。



「先生、いらっしゃいませ!ギルさんとイーゾさんもお誘いに応じていただきありがとうございます!」



いつもの白衣姿でない、とてもその辺を歩いたら女性達から囲まれるのではないかと思うほど男前の、黒に近いグレー一式の素敵な装いのハウザーと、黒髪に相変わらず黒い装いだが、センスの良い襟袖の上着と装飾品を品良く身に付けているのはギルだ。口元も本日は飲食をするので隠していない。


同じく口元を隠していないイーゾも黒が多いが、ハイネックの服は焦げ茶色という本日のネミルの服と全く同じ色なのは双子だから通じるものがあるのだろうか。



「お招きありがとー。こんなこと滅多に参加できるもんじゃないから楽しみでさ」

「ふふ。お酒もお料理も対応する面々もどれもご満足いただけるかと思います。私が満足な毎日なので間違いないですね!」

「お前は相変わらずぶれないな」



そういってハウザーがゆっくりと手を伸ばすのを、ユフィーラは触れた頭の手を持ち少し上に力を加えた。



「先生、最近ルード達との触れ合い中、何だか小さくなったような気分が拭えません。それはきっと先生の下にかける重力の可能性もあるのです!なので力加減は程々…うぐぐ」



これ以上小さくなるのはと説明している間にもハウザーは顔色を変えず、だが僅かに口角を上げながら徐々に力をかけてくるのをユフィーラは必死に贖うのをイーゾが呆れた表情で見ている。



「これいつもか?」

「そうだよー大体二人の定例の挨拶みたいなもの」

「挨拶には違いありませんが、重力には断固として…!」

「ほらほら余所見するな」



そんな掛け合いをしていると、ネミルが明るい笑顔で近づいてきた。



「イーゾ!待っていたよ。ハウザー氏、イーゾの頭領さん、少しご無沙汰してました」

「おう」

「あれ、何か魔術師団で見た時より良い顔してるねー」

「はい。皆さんのおかげで日々楽しく穏やかに過ごさせてもらってます。イーゾはお役に立ってますか?ご迷惑は―――」

「ふざけんな。毎日散々こき使われているんだ。役立ってるに決まってる」

「そうそう。そこそこ使えるから重宝してるよー」

「そこそこ!?」



ギルの遠慮ない言葉だからこそ、イーゾをちゃんと評価してくれていることを理解したネミルが笑う。



「あはは。それは何よりです。イーゾは僕と違って素直なので、褒められて内心とても嬉しく思っていると思います」

「おいっ」

「うんうん、それなら良かったーもうちょっと任務増やしても問題ないねー」

「あれ以上増やしたら寝る暇なくなるだろうが!」

「大丈夫大丈夫慣れれば移動中に寝れるようになるから」

「何が大丈夫なんだ、それは意識混濁状態って―――」

「いつまで玄関で語ってんのーお酒飲めないから早く来てーお客人も早くね」



そこで酒が飲めないことに不満顔のパミラが顔を出してようやくハウザー一同も食堂へ向かうこととなった。




「それでは僭越ながら、私が乾杯の挨拶をさせていただきます!」



そして新しい仲間の為の歓迎会…半分以上は私利私欲の為に開催を熱望したユフィーラがグラスを掲げる。その手にある中身は薄めの果実酒である。



「挨拶が長いと酒好きの大好きな皆さんが不貞腐れてしまうので手短にー」



そこで数人の使用人がすっと目を逸らす。



「改めてネミルさん、イーゾさん、そしてなかなか顔出ししなかったギルさんの三人をお迎えできたことに、そして出逢いに!かんぱーい!」



満面の笑みでグラスを掲げるユフィーラにテオルド始め使用人一同、ハウザー達がグラスを掲げてそれぞれが乾杯の声をあげた。


そこからはハウザー達が参加しても普段通りとほぼ変わらない風景となる。



「このホットサンドが…おいふぃ!」

「フィー、チーズが伸びてる」

「この蒸留酒にこの癖のあるチーズがまた…ねえねえ、これかなり年代物よね?」

「ああ。何でも一世紀…?くらいだったか」

「そーそー。一世紀は過ぎてる。あの歯噛みした顔が見たくてさー」

「こりゃやばいねぇ。それ聞いて余計味わいに深みが出るよ」

「これは…旨味と渋味が合わさって希少価値は高そうですね…」

「手羽中も手羽先も両方美味いな!」

「イーゾ鶏肉好きだって言っていたよね?はい」

「ああ。手羽元も全種類あるのか…この前もらったランチボックスも美味かったな」

「ハーブナッツのハーブが香って最高」

「あ、栽培していたやつよね?良い香りだしてるわーそしてシャキシャキの葉野菜のサラダが堪らない…!」

「揚げ芋だけでなく、チーズがけの温野菜もこのディップに合うな…」



ハウザー達が持ってきてくれた一世紀物の蒸留酒始め、イーゾが持ち寄ってくれた隣国で人気の葡萄酒と例の加工肉店でのサラミも好評だ。いつもより三人増えただけなのに料理も酒もどんどん減っていくのだが、それを見越してかなり多めに作っていたガダンの先見には恐れ入る。


ユフィーラは何故か本日テオルド始め使用人一同から、薄めの果実酒で頼むと切に請われ首を傾げたが、お酒を沢山飲むよりも楽しい場が好きなので頷き、薄めの果実酒をちょびちょび飲みながら皆が楽しく賑やかにしている場を見て心が嬉しくなる。



それでも眠る獅子を起こすべく、刺客は無自覚にもその獅子へ牙を剥こうとしていた。




皆が程々に酒が入った頃だ。


ネミルとイーゾが仲良く話しながら、時折ギルに何か言われネミルがにこり、イーゾは不貞腐れるような表情にユフィーラは同じ顔なのに表情だけでそっくりに見えない不思議さをじっと観察していた。


すると、その視線に気づいたのかイーゾがちょいちょいと呼ぶので果実酒を持って向かうと、開口一番に果実酒を指しながら言われた。



「お前のそれ果実水みたいなもんだろ」

「これでもお酒なのですよ?薄めですが」

「酒弱いのか?」

「弱くはないと思いますが、眠くなってしまうと思います」



するとイーゾが先程まで散々ギルに揶揄われた腹いせなのか、ちょっと悪い顔でにやっと片方の口角だけ上げる。



「これ俺が持ってきた葡萄酒なんだけど、こっちの赤は甘めだ。飲んでみないか」

「まあ」

「あ、僕も少しだけ酔っ払ったユフィーラさんを見てみたいです!」



双子の二人の言葉に四方八方から視線が集まる。



「止めとけ」

「え。止めて」

「今日は心穏やかに…!」

「場は熱くなるんだけどねぇ」

「色々な意味で冷や汗もかきますね」

「好きに飲んでも良いんだけど、でもなぁ」



テオルド始め数人の使用人から素早い反対運動が勃発する。それを見てネミルは「そうなんですね、皆さんが言われるなら…」と直ぐ様意見を変えたが、同じ双子でも性格は異なるもので。



「ふーん…ユフィーラ、お前皆に守られるのは良いが、時と場合によっては前面に出ることも必要だとは思わないか?」

「まあ…」



優しい口調ではあるが、要はお前守られてばかりで悔しくないのか?であり、これは体の良い煽りである。



「おい、止めとけ」

「うんうん。僕もそのまま果実酒の方が平和だと思うけどなー」



普段口では一切勝てない二人からも言われたイーゾは、酒も程々に入り負けるわけにはいかないという意固地に発展する。それが後に後悔の嵐に苛まれるのだが、現状で知る由もない。



「なるほど…そんなに皆が言うのなら諦めるか。ユフィーラのここぞという勇ましい姿は今後も見られない確率は高いだろうな」



そう言って、自分に注いだ葡萄酒を飲み干そうとした、その手を止めた者がいた。


ユフィーラである。



「イーゾさん。侮ってもらっては困ります。私は先生にぐりぐり撫でられ背は然程高くないかもしれません」

「元からだろ」

「そして私の頬が良く伸びるのは引っ張られる為のものでなく、ご飯を沢山詰め込む為のもの…!」

「元々柔らかかった」

「いや、何の話だ?」



ハウザーやテオルドの突っ込みから更にイーゾから論点がずれていると指摘されたユフィーラが人差し指を左右に振る。



「最もこの中で飲まなそうなひ弱な存在、か弱そうな見た目、そして飲んでも数口でおねむになるお子ちゃまのようだと…更に背や頬のことまで言われて、私としてはここで引き下がるわけにはいかないのです!」

「いや、そこまで言ってないし、背と頬は自爆だろ」



イーゾの鋭い突っ込みに、ユフィーラは歴戦の猛者の如くにこりと微笑み、イーゾの手から葡萄酒の入ったグラスを取り、先ずは自分の果実酒をくいっと飲み干す。そして空になったグラスにイーゾの葡萄酒を移し替えた。



「フィー、それはかなり強い酒だ」

「ユフィーラ、お姉さんは止めといた方がいいかなーと思う」

「ナッツあげるから」



そう言う面々の訴えも虚しく、ユフィーラの瞳は決意に溢れていた。


ユフィーラは側にあった葡萄酒をイーゾのグラスに改めて注ぐ。そしてグラスを掲げてイーゾの煽りに対抗してみせようと女傑をイメージして微笑んだ。



「それではいざ」

「何で戦闘系」



お互い掲げてグラスを傾ける。



「あー…一気にいっちゃったよ…どーするのこれ」

「まあまあ、責任はイーゾ本人に取らせるさ」

「へぇ、あんたも知ってるんだ、ユフィーラの酔い方」

「そーなの。ここに来る前にハウザーと飲んでて僕天井から見ていたから」

「何で天井」

「うーん、仕事柄?」



そんな話をしている間に、ユフィーラの潔い飲みっぷりにイーゾが対抗するように葡萄酒を再度注いだ。



「イーゾさんも良い飲みっぷりですねぇ」

「そりゃな。ある程度飲んでも酔わない体質にしてるからな」

「まあ、色々と大変なのですねぇ」

「それなりにな。でも今はネミルも居るし悪いことばかりではなかった」

「ふふ。それは今までのイーゾさんの生き方にちゃんと反映されているのでしょう」



尋常に開始した割には二人の会話は穏やかである。これは意外に大丈夫な時もあるのではないかと思っていた皆はこの一時の気の緩みを激しく後悔することとなる。





それは一人の新人の犠牲から始まった。



「ユフィーラさん。その葡萄酒にはこのチーズが合うってパミラさんが教えてくれましたよ」



葡萄酒だけを飲んでいたユフィーラへネミルが気遣いの言葉をかける。この時点で食べ物大好きなユフィーラが酒だけを飲むということが如何に普通ではないということに、ネミルは当然気づかない。



「まあ、ありがとうございます。ネミルさん。気遣う今のネミルさんに息苦しそうな感じは見受けられないことに安堵しています。ここの皆さんとイーゾさんに囲まれて幸せで固かった殻が少しずつ剥がれてきているのですねぇ」

「…はい?」

「ネミルさんの人となりをちゃんと把握できなかった人達はなんて勿体ない時間を費やしてきたのでしょう。残念を通り越して哀れでなりません」

「…え、は、はい…?」

「それを以前より見出していたテオ様始め、ここの使用人の皆さんのご尽力から、ネミルさんの本来の本質が開花されたなんて私としてはついつい胸を張ってしまいます」



ふふっと口元を押さえて話すユフィーラの表情、顔色、口調全てにおいて通常だ。

少なくともネミルにはそうにしか見えない。だからこそ逃げるタイミングを逃してしまった。



「それでもネミルさんはまだまだ慣れるまでに時間がかかるのでしょう。少し俯きながらも、これで大丈夫かな…?的な俯き加減と上向き加減の仕草がもうとてもいじらしくて可愛らしくて」

「!!」



周辺の皆がようやく気づく。


やっぱりか、と。


イーゾ以外は。



「あ、あの…」

「そして気恥ずかしさと嬉しさが相互してしまう時はついつい両手の指先をもにゅもにゅと揉んで心を落ち着かせているのですよね?」

「もっ、…」

「あの仕草が立派な青年なのに、何だか上手く木の実を割れない子栗鼠のようで、堪らなくなるのですよねぇ」

「っ!!」

「ふはっ。あれは確かにちょっと可愛いと思っちゃったなぁ」



ここでその場面を見てしまったことがあるだろうダンが噴き出す。ネミルは自分の無意識な癖を公開処刑さながらに開けっぴろげに暴露されたことに真っ赤になる。



「ああああの、そ、それはっ」

「まあ、恥ずかしがることはないのです。それは貴方の皆さんに知って知ってという気持ちの表れが、まだ表面に出ていないがための準備期間のようなもの。今までずっと掘り起こされることがなかっただけでゆっくりと見せていけばいいのです」



そうではない、もにゅもにゅは見せなくても良いものではないのかと言いたいネミルは、あわあわしながら、何とか説得しようと試みるがユフィーラの饒舌は口を挟ませないし、元より酔っ払っている時に人の会話を聞く能力はほぼ皆無である。



「毎日毎日精一杯楽しく満たされて過ごされていますか?」

「え…は、はい」

「それは貴方が過去と今を見据えて切り開いた道です。堂々と渡って良いのですからね。沢山、沢山頑張りました。貴方は素晴らしい」



そう言って、ユフィーラはネミルの頭と頬を交互に撫でる。ネミルはトマトくらい真っ赤になって硬直してしまっている。



「…何だこれは」

「言ったろ、止めろって。俺は知らんぞ」

「あーあ。ネミルはあとどれくらい持つかなー」



イーゾの愕然とした表情にハウザーとギルがそれみたことかと投げやりに応じる。



「今まで撫でられた経験はあまりないですか?私も最近知りましたが、嬉し恥ずかしいですよねぇ」

「……は、……はぃ…」

「ハグはもっともっと嬉しくなりますよ」



そう言ってネミルにふわりと軽くハグしながら背中をぽんぽんと叩く。

ピキンっとネミルが完全に固まった。



「っ…!」

「包まれる感じがとても充足感というか満たされた感がありますよねぇ。そうそう、パミラさんは包む手と腕の加減が最高なんですよ」

「ん?私?お酒注ぎにくるならやってあげるよー」

「まあ、ネミルさん良かったですねぇ」

「…」



パミラはユフィーラの対象にさえならなければ問題ないと、ネミルにもどんと来い的な漢前な対応を見せる。ネミルに至っては完全に限界を超えたようだ。そんな赤く固まった弟的なネミルを見たユフィーラは最後に撫で撫でと頭をひと撫でしながら離れる。自分より年上なのだが。


そしてくるりと振り返る。次の標的を見定めて。



「そんなネミルさんを遠くから、そして影からずっと見守っていた片割れさん」

「っ!」



ネミルの羞恥プレイを見てしまったイーゾが思わず後退るが、それを数人の使用人が止める。



「己が蒔いた種だろう。刈り取れ」

「無茶苦茶恥ずかしいけど、意外に癖になるわよー」

「まあ、身を以てどういうものか体験されてみてください」



ジェスやアビー、ランドルンと三人に囲まれ座っていた席に戻されたイーゾは目の前に来たユフィーラに慄く。今までここまで相手が近づいて恐怖を覚えたことがないほどだった。



「ぶっきらぼうな口調と裏腹にとても熱い思いを持っていらっしゃる。それをネミルさんに一心に注がれていたことが、ようやく実を結びましたね」

「っ…」

「そして彼が幸せに向かうことによって、共に、そして自分自身にも目を向けられるようになって、今自分の居場所が整った感じでしょうか」

「い、いや、そこまでまだ―――」

「勿論それをご本人達に面と向かって言うことは恥じらうのもわかります。今まで一匹狼として誰とも密に関わらず孤高であられた」

「…ぐっ」

「それが自分より強い相手、しかも自分を無駄に欲さない、能力だと口では言っているけどそれだけではないだろう雇い主とそのまた雇い主と。諸々が己より秀でていると理解した上で、その立場が存外居心地が良いと思われているのではないかと」

「…わかった。けしかけた俺が全部間違っていた。だからもう―――」

「わかってくれましたか!自分自身を見直すきっかけで、ネミルさんを守らないと、という兄的な思いと、どこかで誰かの弟的位置に居たいという相互の思いが、ようやく前に進みだしたのですね!良い子良い子」

「!!!」



ユフィーラが優しく、でもネミルのように密着はせずに敢えて少し触れる程度でイーゾの頭を撫でる。イーゾも顔がじわりと赤くなる。



「貴方もきっとこうして撫でてもらったことなどないのでしょう。私は程々にしておきますので、あとはギルさんか先生にお願いしてくださいな」

「…」



イーゾ、終了である。


使用人達の目が生温かくなり、数人がイーゾの肩をぽんぽんと叩いてやる。

ユフィーラは辺りを見回して、ふと一人居なくなっていることに気がつく。



「あら。ギルさんが消えました」

「だろうな」

「先生?」

「自分が標的になるのを避ける為だろ」



肩を諌めながらハウザーが返すのをユフィーラがこてんと首を傾げる。



「まあ…ギルさんがとても見目麗しい男性なのは確かですものねぇ。でも皆さん誰もがとても可愛い綺麗格好良い男らしい面子の集まりですので大丈夫だとばかり…」

「そういう問題ではないんだが、今のお前には何を言っても無駄だからな」

「あらまあ、相変わらずつれないのですねぇ」

「一つ一つ真摯に対応してみろ。精神疲労困憊だ」

「まさか。私如きが」

「あるんだよ。普通とは全く異なる形態でとんでもない方向から襲ってくるんだからな」

「ギルさんは帰ってしまわれたのでしょうか」

「居るだろ、恐らくその辺に」



そう言ってハウザーが人差し指を上に指す。ギルはこの時ほど内心敬愛する主を憎んだことはないだろう。



「そうですか、どこかには居るのですね。では折角なので皆さんにもあまり知られていないギルさんの仕事以外での素晴らしさを知らせる良い機会なので」



慈愛の権化とも言われるパミラ直伝の微笑みを模倣しながら、ユフィーラが酔っているとは思えないほど、朗々と滑舌良く口火を切る。



「ギルさんは仕事柄堂々と表舞台には出ることはありませんが、いつもどこかで先生を見守っています。それは勿論先生の人柄から成し得たことかもしれませんが、それだけではないと思うのです」



テオルドや使用人一同は興味を示す。


何でもギルは名前すら幾つも持っていて、どこの誰か、年齢不詳で、諸々不明な点が多すぎる存在とのことだ。それでもハウザーに呼ばせているものと同じ名前でユフィーラにも名乗ったことはある意味凄いのだと言われたが、ユフィーラとしてはハウザーのおまけのようなものだと思っている。



「私程度ではギルさんの凄さや功績は計り知れませんが、診療所の上に住まわせてもらっていた時、先生との関わりでなんとなく気配は感じ取れていたのです。私に対しては小娘くらいにしか思っていなかったのでしょうが、日々天井から感じる先生への想いというか常に心から――――」



その時、もう耐えられなかったのかギルがいつの間にか現れて、ユフィーラの口を塞いでいた。



「むぁ…」

「うん。わかった。隠れてごめん。僕が悪い。頼むからそれ僕にだけ聞かせて?」



そう言って、食堂の端にある数人掛けのソファにユフィーラを連れて行ってしまった。



「凄い…瞬間すら見えなかった。流石王家の懐刀だね」

「音無しよ、気配も無し。何でユフィーラはわかるのかしらねぇ?」

「それはユフィーラだからこその能力だろうな」

「もっと聞きたかった」



使用人勢がぼやく間も視線はソファへ向けられている。イーゾとネミルもようやく自分の羞恥プレイから復活しつつあり、二人を見守る。


ギルが何度も人差し指を自分の口元にあて、「もっと声下げて欲しいなぁ」と懇願する様子は、通常ではまず見られないだろう姿にハウザーが片眉を上げ面白そうに見物していた。


そしてユフィーラが相手のことを慮ってギルの耳元で手を添えてこそこそと何某かを話した後、ギルはソファの背凭れに沈み両手で顔を覆った。内容は微塵たりとも慮らなかったらしい。



「…おお。ギル兄が崩れるとか先ず見られることはないな…」

「これが皆さん言っていた酔わせたら不味いと言う…」

「まあ、見る側ならこれとなく愉しい一興なんだけどねぇ」



イーゾとネミルが呟くのをガダンが幾つか料理を取り分けている。



「もし余ったら是非もらいたい」

「ぷっ…イーゾ、この前のランチボックスかなり感動していたよね」

「おお、持って帰りな。これはユフィーラのでさ。酔った所からの記憶が一切無くなるんだ」

「「え」」

「恥ずかしいのは言われた俺達だけで、翌日ケロッとして寝てしまいましたなんていうんだから堪ったもんじゃない。でもユフィーラの本心からの言葉なんだよ。普段思っていても気遣って言わない言葉。だから俺達もついつい、な」



ガダンが片目を瞑って他の料理を取りに行った。



「全く記憶が…」

「俺達は記憶に鮮明に残るんだもんな…」



双子は珍しく同じ表情でギルの頭を撫でるユフィーラを見ていた。


程良くして頭撫でに飽きたのか、ユフィーラが出陣するのを周りは戦々恐々として見守る。

てくてくと歩いた先に居るのは王家の蒸留酒をお代わりしたばかりのハウザーの元だ。


そのグラスを見ながらユフィーラがこてんと首を傾げる。即座にハウザーがそのグラスを手に持った。



「先生、ギルさんの先生への想いを再確認してきました」

「そうか。俺は頼んでないがな」

「またまた」



ユフィーラは持っていたグラスに半分ほど残っていた葡萄酒をくいっと飲み干すのをハウザーが胡乱げな表情で見る。



「飲み過ぎだ」

「並々蒸留酒を注いだ先生の言葉とは思えませんねぇ」



そう言いながらも見渡してお酒を探すユフィーラに、皆が一丸となり濃度の高い酒を隠す。そしてブラインがさっとユフィーラの前に薄くした果実酒を差し出した。



「ん」

「まあ、ブラインさんありがとうございます」



ユフィーラは颯爽と流れるようにブラインから受け取り、ブラインの頭を撫でる。まさかの不意打ちにブラインは目を丸くしながらも「…別に」と離れて行き、自分の席で突っ伏してしまった。


以前散々辱められた使用人一同は身の毛がよだった。普段絡まれない人物ばかりいっていたが、必ずしもそうではないのだと。そして何とかまだ標的になっていない人物を犠牲にと、使用人達の瞬時の判断の結束は目覚ましいものがあった。



「ユフィーラ、ハウザー氏と乾杯でもしたらどうです?」

「ああ、いいね。久々でしょ?一緒に飲むのなんて」

「おい」

「さっきからちょっとだけハウザー氏が寂しそうにしてたような気が、しないでもないわね!」

「こんな時だからゆっくりと積もる話もあるだろうしな!」

「無いが」



所々ハウザーが言い返してはいるが、使用人の被せ気味の連打にハウザーが呆れたような表情になる。とどめに、ことんとつまみ数種類を二人の間に置いたジェスがハウザーに一睨みされるのを意地でも視線を合わさずにそそくさと去った。



「では皆さんのご期待に添いましょうかね!」

「添う必要あるか?」

「乾杯!」

「…」



聞く耳もたずなユフィーラがグラスを掲げるのを、ハウザーはやれやれという風に軽く掲げて付き合ってやる。だがこれだけで終わるわけは勿論無い。


ユフィーラは掲げた果実酒を一口飲んだ後、テーブルにグラスを置き、んしょんしょと椅子に登った。そしてちょこんとお行儀良く座りながらグラスを再び持つ。



ハウザーの膝の上に。



この稀有な風景にイーゾは酒を噴き、ギルは復活して攻撃されない近い場所まで移動し、使用人はテオルド以外に初めて見る珍しいものに皆して視線を集中させているのを、ハウザーは虚無の表情で蒸留酒に口につけた。



「隣の席も空いているが」

「ありがとうございます、お気遣い不要です」



気遣いではない。

断じてない。

誰もが思う。



「お前は毎度誰かしらの膝に座るのか」

「いえ。テオ様と先生だけですね」



その言葉にハウザーが目を丸くする。


てっきりその日に選ばれた相手と思っていたのだが、そうではないとユフィーラの口から答えを得る。ハウザーが使用人達をみるが皆首を横に振っている。



「お膝に乗りたくなるのはテオ様と先生だけなのです。不思議ですねぇ。多分ここで勝手に判断しているのかもしれません」



そう言って、胸元をとんとんと叩く。



「…そうか」

「はい。先生のおかげで、ほら。だいぶ大きくなりましたよ!」

「膝の上に乗っているからな」

「頭に手も届くのです!普段はジャンプしても届きません!」



そう言い、ハウザーの頭にぽすんと小さな手を乗っける。


元は王族だ。

とんでもない美丈夫であるが、その雰囲気からそうやすやすと接触できるような相手ではない人物なのだが、ユフィーラはにこにこしながら遠慮無しにセットされた髪を撫でている。



「…おい」

「いつも診療所のお仕事お疲れ様ですのご褒美なのです」

「何で力加減がそんなに強い」

「まあ。普段の己の行いを思い出してみれば良いのです」



ハウザーのセットされたくすんだブロンドが明らかに通常よりも崩れている。これは相当力を込めているのだろう。



「これで少しは背が縮んでしまえばいいのです!私の切ない気持ちを思い知れ!」

「無いな」



そう言いながらハウザーがゆっくりと手を伸ばすのをユフィーラは手をどかしさっと避けながら滑らかに動き、ジェスが見繕ってくれた皿を取りハウザーに差し出す。



「どれが蒸留酒と合うのでしょう。ささ、お一つ召しませ」

「どこの台詞だ」

「酒場の女傑女将の台詞ですね」



ハウザーはそう言いながらもそこから癖の強いチーズを選んで口に放る。ユフィーラもその皿から揚げ芋を取りバジルディップに付けて食べる。



「おいふぃでふねぇ!」

「そうだな」



そんなほっこりしたやり取りに周囲も段々と和やかな気持ちになり、それぞれが再び美味しい酒と料理に移行する。




そしてそれらを何も言葉を発せず蒸留酒を飲みながら見ていたテオルドの側に、音もさせずにギルが忍び寄った。



「ねえ、気にならないの?」

「何がだ」

「うちの主とお嬢ちゃん」

「構わん」



その返答にギルが首を傾げる。


今のテオルドの表情は良く魔術師団で見る表情だ。

無。

それは彼にとって通常仕様だ。


それが変わるのはユフィーラのみ、その表情が様々に変わるとハウザーから聞いていた。


そしてそう言っているハウザー自身もだと言うことは本人は知らないのだろう。ユフィーラに対してだけ、表情が手のかかる妹のように接する呆れた中にも優しい表情をすることを。勿論ギルはそのことをハウザー本人に言うつもりはない。



「構わんってことはさ、気にはしてるんだよね?」

「当然だろう」



即座に返してくるテオルドにギルは些か驚く。

テオルドは人嫌いと同じくらい表情も感情も動かないことで有名だったのだ。

それが今はどうだ。こんなにも違う。



「あれがユフィーラの本心だから」



そういうテオルドの視線がふと優しくなる。



「それを存分に出させてやりたい。我慢させることはしたくないからな」

「ふーん…」



そんな会話を交わしている時、ハウザーから気になる発言が耳に入った。



「そういえばリボンは捨てたのか?」



その言葉にテオルドがピクッと反応する。



「まあ、失礼千万ですねぇ。私が先生からもらったものを捨てるわけないでしょう。この前もらった飴の袋もちゃんと取ってあります!」

「それは捨てろ」



ユフィーラはハウザーからの言葉にどこ吹く風で相変わらず膝を陣取っている。



「先生からいただいたリボンは先日街へ行った時に、獰猛な動物なのに可愛いマスコットになって売られていたのです」

「…ん?」



ユフィーラは手の平を上にしてこのくらいです、と手の平サイズを模倣させていた。とても面白い予感がする。



「その中でジャガーを見た時に先生そっくりだと天啓が降りてつい購入してしまったのです!初めに買ったテオ様そっくりの黒豹とお隣同士でお部屋に飾ってあるのですよ!そしてそのハウザージャガーの首にはいただいたリボンを可愛く結んであります!」

「「「「「「「「「ぶはっ」」」」」」」」」

「おい、ふざけるな。返せ」

「まあ、一度与えた物を返せなんて、漢前が廃りますよ」



ほぼ全員が一斉に噴いた。ギルは口元を誰よりも早く押さえたのでどうにか咳き込む体で済んだ。


そこから返せ返さないの応酬が繰り広げられている。それを見ながらテオルドが先程の話の続きだろう「だがな」と話しだした。



「ああやってハウザーとも楽しんでいるが、その分ユフィーラは全力でいつも俺に関わってくれる。それにあいつは彼女にとって必要だから」



その言葉を聞き、ここまで人間らしくなったのかと。それを動かしたのが、ユフィーラ始めハウザーだったのだ。そしてハウザーもこの二人によって何かが変わった。

良い方向に。



「へえ、それはそれは」

「それに酔っている今だけは…是非向こうへ居て欲しいと切に願う」

「…うん?」

「今来られるくらいならずっとあそこにいることを我慢できるな」



まさか…と思っていると、往々にしてそういう時には次なる動きの伏線となる場合が多いのだ。


ユフィーラが「リボンは返しませんよ!」とハウザーの膝から飛び降りたかと思ったら、軽快な足取りでテオルドの方に近づいてくるのを誰よりも早く察知したギルは直ぐ様逃亡を図り今度は成功した。






その後は終始穏やかで賑やか、一部の場所では羞恥全開な場所もあったような気はする。



「ほらほら、抱擁してあげるからぐいっとその葡萄酒を注いで献上してくれるーってか飲みなよねー」

「え、あの、いや、それはまままたの機会に…!」



ある場所では絡まれていたり。




「あー…酒の間にこの黄金色のスープが何とも言えないくらい美味くて染み渡る…」

「あ、美味い?それは嬉しいねぇ」

「それはガダン渾身のコンソメスープです、美味でしょう。これもお持ち帰りされては?このスープは以前私が気分が落ちた時に試飲させてもらったのですが、これがまた―――」



ある場所では酒の間の休息の逸品に違う意味で酔いしれながら、うんちくが長くなり。




「食事も美味けりゃ酒も美味い。一日の疲れが取れるなぁ!」

「毎日でないからこそ、思う存分楽しもうって思えるわよね」



ある場所では酒と食事とその生活での生き甲斐を語り。




「ユフィーラのあれ。どうにかならないの?あれ喰らうと数日間顔見れなくなる。しかも向こうは通常。ねぇどうにかならないの?」

「知るか。俺はたまにしか来ないだろうが」



ある場所では普段まず話さない、しかも一応目上だろう相手に絡む者。




「君も我が主同様、尊敬する主を見定めてついてきたのだな。わかる、わかるぞ…!私と主との馴れ初めだが―――」

「はいはい。わかったわかった」



ある場所では同類だということから、あれこれ語りたくて絡む者。





そして。



「私の唯一」

「…ああ」



テオルドの膝にちゃっかり飛び乗ったユフィーラが頬を包み言い聞かせている。テオルドの表情は先程のハウザーと同様の虚無だ。「テオ様。聞いているのですか?」と言葉を変えてくるユフィーラに対しても「聞いている」と毎度しっかりと答えてしまう為に、それに感動したユフィーラがまた賛辞を並べてくるので、テオルドの精神的ダメージは計り知れない。


だが、適当に流す、無視をするという選択肢は彼の中にはない。

そのうち膝の上ですうすう寝ることを願いながら、テオルドは諦めの境地でこの状況を受け入れ続けたのであった。






酔い方にも色々ある。


酔って取り敢えず絡む者

酔って酒飲め攻撃する者

酔ってうんちくが過ぎる者

酔って敢えて上の者に物申したくなる者


そして


酔っているが為、滅多に出さない心の奥底を溢れさせ、一途に相手にそれを伝える為、酔っていることが全くわからず、更に言うなら記憶すらなく、相手にとってはあまつさえ羞恥を根刮ぎ愛でる者。


様々である。



それでも。



独りで飲むことも時には一興であるが、皆で賑やかに飲み交わし、会話をすることで、今までにない何かが芽生えたり、絆を深められたり、相手の本性が垣間見えたり、相手に向き合ったりすることも、また酒の場ならではなのかもしれない。







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