番外編:古今愛馬自慢大会
ルードとの出逢いから、ガダン編での競争とその後の話。
「そしたらじわじわとルードが近づいてきたんです。目が合うとちょっとばつが悪そうな感じで顔を背ける仕草がまた…!」
ユフィーラはルードとの馴れ初めを話しながらも、後半はまだ出逢って一日も過ぎていないのにどれだけ可愛いかの自慢話に変わっていた。
「ユフィーラの馬キラーは秀逸だったぞ。帰っている最中ジョニーが何となく不服そうにしていたもんな」
「ふふ、ジョニーが屋敷に着いて降りた私を後ろから軽く小突くのがあまりに可愛らしくて。思わずわしゃわしゃと撫でてしまいました!」
「相変わらずユフィーラは私らの馬に人気だねぇ」
パミラが夕食のデザートのりんごシャーベットを食べながら笑む。
「そういえば、この前ギルバルトにパミラさんの話をしていたら、耳がピクピクって動いたんです。パミラ、という言葉を自分の主の名前だとしっかり覚えている賢い仔なのですねぇ」
「あ、そうそう何だか知らないけどパミラって言葉に反応するんだよね。自分の名前はギルバルトなのに」
「…ん?…ああ、それでなのか!この前さ、ランドルンと馬房で渡り鳥の餌の話をしていた時に、残ったパンで少し乾いた物がいいなって話をしてて、「パンの耳は?ランドルン」って言ったらギルバルトが凄い勢いで顔を上げたから何事かと思ったんだよ。それだ!」
「ふっ…そういえばギルバルドが急にキョロキョロし始めたので気になりましたが、パン…耳…ランドルン…とは」
ランドルンがその時の記憶を思い出すかのように口元を押さえた。
「何それーどれだけ『パ』と『ミ』と『ラ』を強調したのよ」
「あはは!してないしてない。普通に話しててギルバルトが反応したから驚いたんだよ」
「えー飼い主の名前でそこまで反応するの可愛過ぎない?」
「愛くるしいですねぇ!」
「なんだかんだで可愛いもんだよ」
パミラがギルバルトのお茶目な部分を優しい表情で話す。
「この前、サミーがルーシアを威嚇していた」
「あらーブライン、それはねぇきっと女同士のやり取りよ。私の方が美しいでしょってやつ」
「私のルーシアになんて非道な真似を…!」
サミーとルーシアは普段から仲が良いが美しさを競うにあたっては、時として争いも辞さないらしい。
「サミーは普段おおらかで移動する時もリズム良くステップを踏むように進む時があるんですよねぇ」
「そうなのよーあれは機嫌が良い時なのよね。美味しい果物を食べた後や自分の毛並みの調子が良い時とかそんな感じなのよ」
「そうだな。ブラシかける時のサミーの重心のかけ方は確かに凄いな」
ダンも得心がいったように頷いている。
「そしてルーシアもツンとお澄まししてるんですけど、首元から体を撫でてあげるとゆっくり重心をかけてきてくれるのですよ」
「私の自慢の気高き馬だからな。私そっくりだ」
「目を背けながらも、もっと撫でていいのよって仕草もなのです?」
「なんでだ!」
「ぶはっ」
「あはは!」
ガダンが噴き出し、アビーは正面から堂々と笑う。
「この前なんかさ、俺がフィナンに会いに行った時に何故かハーヴィも寄ってきたんだよ。何でか不思議だったんだけど、ちょうどハーブを収穫したあとだったからなんだよなぁ、あれ」
「うん。俺の手がいつも植物の匂いをさせているから好きみたい」
「俺の手を食べようとするから焦ったわ」
「ああ、魔術のかかった雑草一番食べるのハーヴィだから。あいつの鼻は一流」
「いや、一流なら手を食おうとしないだろ」
「あはは。そこはハーヴィの知ったことではないからねぇ」
ガダンが突っ込むのをパミラが笑いながら馬に寄り添った返答で返す。
「それをいうならフィナンもでしょう。甘い匂いさせていると寄ってきますよ」
「あー…確かに。香りの強い焼き菓子作った後はずっと手の匂いを嗅いでいるからなぁ」
「フィナンの名前の由来からバターが一番好みかと予想します!」
「だからこの前フィナンシェを食べた後に俺の口元に寄ってきたのか。納得」
ダンが頷きながらりんごシャーベットをお代わりしている。
「そうそう、マクレーンがこの前ご飯だって声掛けてもずっと一点を見つめていたんだけど、ランドルン、あれ何だかわかる?」
「一点を…ああ、あれは瞑想してるんですよ」
「瞑想!?馬だぞ」
ダンの質問にランドルンの返答が信じられなかったのか、ジェスが驚く。
「ええ、ありますよ。私が彼女と良く外に出る時に湖や草原あたりで私が目を瞑って瞑想しているのを知らずと覚えたのでしょうか」
「馬って瞑想するんだ」
「待て待て、それはマクレーンだけだ。普通はないからな」
ブラインの納得の速さにガダンが突っ込む。
「皆さん自慢の仔達は本当に賢い仔ばかりなのですねぇ。私もルードを毎日これでもかと愛でなければですね!」
「…ユフィーラ。それも勿論大事だけど、すぐ隣で不貞腐れそうなテオルド様を忘れては駄目よ」
「え?」
アビーが慈愛の籠もった笑みでユフィーラに悟りの言葉をかける。
「そうそう。あまりにルードに一心で構っていると主だけでなくレノンも同じく不貞腐れるぞ」
「はい?」
「…おい」
ダンの暗にレノンとテオルドを同じだと揶揄した言い方に、静かに珈琲を飲んでいたテオルドが反論する。
「確かになぁ。フィナンもユフィーラが大好きだが、レノンはちょっと違うよなぁ」
「そうなのです?」
「うん。他の馬を撫でている時恨みがましい目で見てる時がある。そっくり」
「まあ」
「おい」
ブラインのあけすけな物言いに、テオルドが再度反論の二文字を繰り出すが、使用人達に効果はあまりない。
「言葉には出さずとも察してくれという視線がとても分かり易いですね、…共に」
「我が主にもしっかりと目を向けてくれないと…!」
「あらまあ」
「おい、ちょっと待て」
ランドルンの痛恨の一撃とジェスの主を思うが故の、実際にはとどめの一撃に、ついにテオルドが優雅に組んでいた足を戻す。
「同じではない」
その言葉に対して、使用人達からは生温かい視線で返されテオルドは憮然とする。
するとそこへ、ユフィーラの渾身の死角からの斬撃が炸裂する。
いつものことだが、完全なる無意識の攻撃である。
「テオ様、レノンと一心同体だと面と向かって言われ照れてしまうのはわかります。でもレノンはたっぷり甘える時に頭部にふいっと息を吹きかけて、その後すりすりとしてくれるのです。テオ様の仕草と一緒ですよ!レノンと本当に仲が良いのですね!」
テオルドがちゃんと目の前にある珈琲をどかしてから、テーブルに沈む。
使用人は全員口元を押さえたが、数カ所で噴き出す音は免れなかった。
その後も我が愛馬の自慢大会が繰り広げられ、顔の形、毛並みの艶や色合い、立ち姿、靭やかなおみ足の形や、最終的には蹄の裏側までと、全員がどれだけ愛馬を大切にしているのかが、改めて理解できる有意義な時間が過ぎていった。
それから後日、ユフィーラとテオルドの愛馬自慢が何故か白熱と化して、どちらの愛馬が早いか競争まで発展するという事態が発生した。
結果に対して、これは更に後日に馬たちだけで走らせた方が良いのではという話になり、皆の時間が合った時にピッタの牧場で走らせてもらうこととなった。
ピッタは「何でお前達のお遊びにワシの所で…」とぶつぶつ言いながらも、元々ここの牧場出身の馬達に会いたかったのか、ご機嫌で準備をしているとダンから聞かされていた。
当日、ユフィーラ達はそれぞれ愛馬に跨って、ピッタの牧場を訪れていた。
この頃には屋敷に新しい使用人となったネミルも居たが、外出はまだ出来ないことと、イーゾが来てくれていたので、彼と留守番をお願いした。久々に兄弟水入らずで沢山話せればと思う。
「良い天気に恵まれましたねぇ!」
「雲も程よくあるから眩しすぎずに走りやすいだろう」
ユフィーラ達はピッタの牧場に到着して、少し草原を走らせてから、それぞれの馬たちの準備を始める。
「ふふ。今日もルードは素敵。頑張ってね」
「レノン、頼んだ」
「マクレーン、颯爽と走る貴女が一番美しいですよ」
「サミー、女王の貫禄を見せつけてやってね」
「ギルバルトは私が自分の名前を呼んだら爆走するのかな?」
「ルーシア…お前が誰よりも美しい」
「ハーヴィ、終わったら美味しい雑草食べにいこ」
「フィナンは俺の手を食べる気か?」
「ジョニー、好きに走ってこいよ」
ピッタからいつでも良いぞと言われ、いつもの草原から少し奥に入ったレースのようなゲートがついた草原に移動する。ゲートから離れた飼い主達は終着地点に移動し、我が愛馬の健闘を祈った。
そしてゲートが開放された。
馬達は敬愛する主を乗せているとなれば、それぞれがとても勇ましい疾走をする優秀な馬達である。
だが乗っていないとするならば、時には馬の個々が前面に出ることもあるのだと、後にピッタは語った。
それは例えば、その瞬間の一番気になることの本能に忠実になり。
「あ、やっぱりあの辺の雑草はハーヴィが間違いなく好物」
例えば、速さより優雅さを突き詰めたり。
「あらーサミー!そのステップ最高に綺麗―!」
時にはその場で動かず蹄を鳴らして威嚇していたり。
「ルーシア…!威嚇している相手は既に先にいるぞ…!」
時には軽く体慣らしに程度に草原の広さを体感していたり。
「お。最近はたっぷり走らせていなかったもんなぁ。フィナン、好きに走ってこーい」
往々にしてマイペースに違う方向に走っていったり。
「流石は我がマクレーン。惑わされずに我道を進む貴女が誇らしい」
往々にして周りに合わそうとするが、すぐに興味が失せたり。
「あ、やっぱり呼んだ方が良かったか。ギルバルトでは来ないのかなぁ…でも自分の名前を大声で呼ぶのはちょっとなぁ…パーミーラ…って早!」
そして。
大好きなご主人の元へ急ぎたかった……が、共に走ることがそれに勝ったり。
ルードとレノンが物凄い速さでコースを走ってくる、と思ったら二頭共に急に方向転換をして楽しそうに疾走して遊んでいる。
「まあ…ふふ。テオ様、二頭ともお互い認め合っているようで仲良く並走していますねぇ。皆さんの馬も皆それぞれ楽しそうで何よりです」
「そうだな。彼らにストレスなく過ごしてもらうことが一番だ」
個々が好き好きに。
それこそ自分の飼い主と同じように。
ピッタが「なんだかなぁ、お前達の馬版を見ているようだ」と言って大笑いしていた。
それからピッタが持ってきてくれた美味しいりんごと野菜をそれぞれの愛くるしい相方に食べさせてやり、晴れやかな運動日和の中、騎乗して草原を走ったり、作られた障害物を軽く飛び越える練習をしたり、小柄な遊び相手を鼻で突いたり各々のびのびと過ごしたのだった。
不定期更新です。
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