今日も今日とて
その後の出来事は、後日リカルドとハウザーが屋敷に訪れて聞かせてくれた。
「表では何事もなかった風な噂をたてて、実はテオルドが重傷だということを秘密裏にアッカランだけに流しておいた。多分ここぞとばかりにネミルを主犯にするつもりで証拠を持って国王に進言しにいくだろうと想定していたんだが。面白いくらい思った通りの動きをしてくれた」
ハウザーが肩を竦めながら言った。
あの後、コンラッドは有頂天の気分で、ネミルを蹴落とす証拠を手に登城してきたそうだ。そして国王に魔術団で実は爆破があり、実はカールの息子でネミルという魔術師による者の仕業で、一連の出来事を魔術団長と副団長が隠しているのだと訴えた。
そしてネミルが魔石を改造している主旨を話している箇所だけの記録魔術の魔石を提出した。――――が、何も記録されていないことが分かり、コンラッドは目を剥いた。
コンラッドは始めから脅す材料、又は国王に裏切り者としてネミルを陥れるつもりで大金を払って記録魔術が施された魔石を購入していた。その証拠を手で遊ばせながら「あそこの金庫ゆる過ぎ。片手で余裕だった」とギルが本物を持って報告してきた。
コンラッドが国王に提出した魔石はギルが入れ替えた偽物だった。
他にもネミルを密かに探っていた侯爵お抱えの隠密をイーゾが追い詰めて、寝返らせている。
ネミルが取っておいた証拠と優秀な使用人達の情報と証拠、そしてリカルド達が揃えた証拠の総演出で、アッカラン侯爵家はものの見事に没落の一途を辿った。コンラッドもシモン同様魔力を制御されて今後は国の資源と化す。
残念ながら過去のカールとの証拠は隠滅されてしまっていたので、そちらでは裁けないのだが、逆にだからこそコンラッドは死刑ではなく、シモンとその母親諸共、平民でもない奴隷として国の辺境の地で一生働くこととなった。
辺境の地でもアッカラン侯爵の悪行は知れ渡っているので、どのような扱いを受けるかは火を見るより明らかだろう。今後の彼らに幸あれだ。
国王からは「保湿剤忘れないでっていっておいてー」との言伝を預かった。
ユフィーラはふと気になっていたテオルドの国王に対する態度はあれで良いのかとリカルドに尋ねてみた。
「テオルドだから許されるんだよ。国王にあんな態度とる人間は他にいないから面白いんだって。それに魔術爵位も副団長も全て自分が望んだことじゃないのに謙る理由がないって言い切っているし、いつでも辞めれるっていうんだからそりゃ許すしかないよな?それ以前に身分にも権力にも驕らずやることしっかりやるんだから、口が悪い出来た子供みたいな感じなのかもな」
とのことだった。ならばテオルド個人の能力を買っていただいている素晴らしい国王様ということで保湿剤のギフトセットを贈呈しようとユフィーラは決めた。次回からはしっかりと請求書を添えて送るが。
それからリカルドが思い出したように含み笑いをしながら、ユフィーラがシモンに物申している時、テオルドのことを稀有で最高で最強の格好良い旦那様と言った時、耳を真っ赤にして目元を覆っていたそうだ。
ユフィーラとしては当然のことを言ったので、首を傾げるばかりである。
「今日から雇ったネミルだ。仕事を一通りやってみて合うものを最終的にやってもらう」
「ね、ネミルと申します。よろしくお願いします!」
この日、諸々の手続きを終えたネミルがテオルドの屋敷に使用人としてやってきた。
ネミルには国宝を使用し、テオルドが許可を与えない限り一切屋敷から出られず、裏切り行為も出来ない措置がされた。ネミル自身は破る気は毛頭ないので全然構いませんと晴れやかに答えていた。
テオルドがネミルを雇うという選択を考えた際、当然使用人達には事前に話していた。全ての使用人がカール・ダーマー関係の被害者だ。ネミルの境遇を踏まえても理性では分かっていても本能は別だ。
だが、ここで夫を殺されたパミラが一番始めに賛成の手を挙げた。続いて他の使用人も反対の意見もなく皆賛成の意を示したのだ。
ネミルは暗緑色の長い三つ編みだった髪をばっさりと切っていた。イーゾに切ってもらったらしく、肩より少し上で整えてもらっていた。そして漆黒のローブでなく、ここに来る際にイーゾから贈られた茶色のローブを羽織っていた。二人の瞳の色だ。仲良しだ。
食堂に集まった使用人全員達と初対面したネミルは、何を言われても覚悟の上で、目を背けずに皆と対峙していた。
そして始めに動いたのは―――――パミラだった。
立ち上がってネミルの前に行き、じっと顔を見つめる。ネミルも目を逸らしたい気持ちを鼓舞して見つめ返している。パミラが瞬きして首を傾げた。
「カール・ダーマーは鮮やかな緑の髪に水色の目」
「!」
「色合い違うね。顔も…似ていない。母親似なんだね。良かったじゃない」
「っ!」
「私はパミラ。この屋敷の雑用全般を担っているの。よろしくね」
そう言って、手を差し出した。ネミルは瞠目して固まったが、すぐに手を出して握手をした。
「よろし、くお願いします」
「うん」
そう言って戻っていく。ネミルの表情が僅かに緩んだ。
「俺はダン。主に力仕事と皆の馬の世話をしている。よろしくな」
ダンがにっこりと人好きのする笑顔で挨拶を。
「ガダン。厨房メインで働いてる。よろしくねぇ」
いつものようにカウンターから肘をついて挨拶するガダン。
「アビーよ。メイドをやっているわ。男性のメイドって…どうなるのかしら」
そこからメイド談義に入ったのは仕方あるまい。
「ジェスだ。家令を担っている。主の側にいるのは私だということを忘れるな」
側にいる、という単語にユフィーラが異議を唱えてまた話が脱線することになる。
「書庫を管理しているランドルンと申します。今度是非保管魔術の方法を伝授していただきたいですね」
その言葉に使用人全員が「「「「「「え」」」」」」と魔術師魂に火が点き、そこからネミルのミニ講義が開催された。
「ブライン。庭師」
無駄に長くなった自己紹介の最後を締め括るに実に相応しい短い紹介であった。
「片割れを…ネミルをよろしく頼む」
そして今日のことをネミル以上に心配していたイーゾが、ギルの許可を得て屋敷を訪れていた。そして皆に頭を下げる。
「あらー表情の作り方は違うのにやっぱり双子だから似てるわね」
「目があっちの界隈の目」
「あ、やっぱり?俺も思ったなぁ」
「へぇ、じゃあそれなりに有名なのかねぇ」
「何々?どっち系?あっち?」
「なるほど、そういうことでしたか」
「どっちなんだ!」
イーゾの素性は知らされていなかったが、流石は特殊魔術師達の審美眼である。ユフィーラは目をきらきらさせながら答える。
「流石ですねぇ、皆さん!そうなんです、イーゾさんはその界隈では有名で一匹狼的な誰ともつるまない孤高の人なのに、その界隈の人は皆憧れて狙っていた人気者だそうです!」
「なっ…」
イーゾが焦る。
「おいっそんなこと言ってネミルの立場が悪くなったら…!」
「…まあ、侮らないでいただきたいものです」
「は?」
自分の生業が原因でネミルが不利な状況になることを懸念したイーゾが止めるが、ユフィーラはゆっくりと首を振り手をさっと使用人方向に流し御覧くださいの手振りをする。
「なるほどなるほど。何か困ったらネミルを出汁に動いてもらおう」
「何に困るんだかねぇ。どうせ酒の手配だろ?俺も混ぜろ」
「私が街で悪い奴に絡まれていたら助けてねー」
「はは!この前元貴族を簡単にシメていた人間のいうことじゃないよなぁ」
「ふむ…使い道を模索しておこう。主の為に」
「その前に気づくだろテオルドさんは」
「何でも屋のようですね。私も考えておきましょう」
使用人の会話をイーゾは呆然として聞いていた。ユフィーラは胸を張って微笑む。
「こんな皆さんが私は大好きなのです」
「……そうか。…安心した」
ユフィーラの言葉にイーゾが安堵したように片方の口角を僅かに上げた。
イーゾが帰っていき、そこからは親睦会ならぬ昼食会となる。勿論ガダンの粋な計らいによって、イーゾにはお土産のランチボックスが持たされた。
イーゾは今回の件が終わり、去ることはせずにそのままギルの元へ残ることになった。ネミルの近くに居たいことも勿論だが、思った以上にギルとの関わりが自分に合ったようだった。
ギルは「意外に何でも使えるんだよね。いつか敵になるのも面倒だから置いといてあげることにしたんだよ。まあ僕よりはまだ弱いけど」とこの前ハウザーの元に薬と保湿剤を納品した時に話してくれた。
暗殺者として有名なイーゾと王家の懐刀と言われていたギル。二人共どれだけ強いのか今度見てみたいとユフィーラは思ったが、辺りが焦土化するから止めておけとハウザーから言われたので断念することにした。
そして今日も今日とて、ガダンの美味しい昼食の時間が始まる。
しかし。
「まあ…テオ様、これは一体どういうことでしょう?」
「始めが肝心だからな」
何故かユフィーラはテオルドの膝に乗せられている。
「確かに始めは肝心です。メインのマスタードチキンを全力で攻めるか、敢えて序盤にビシソワーズという優しい味わいのスープから守りで固めていくかは―――」
「待て、何と戦っている」
テオルドの突っ込みは本日も秀逸だ。
ユフィーラとテオルドの話が噛み合わないのに楽しく会話出来ているのを、ネミルは顔を真っ赤にさせてぽかんとして見ている。
「面白いでしょ?旦那様はネミルを牽制する為にやろうとしている行動がユフィーラには全く通じていないの」
パミラの言葉にネミルは頷きでしか返せない。
「それを止めることを一切せずに生温かく観るのが私達の楽しみの一つなのですよ」
ランドルンがそう言いながら楽しそうに眺めている。
「旦那と食事の狭間で奮闘しているユフィーラは可愛いだろ?」
沢山食べろよと言いながらガダンがカウンターに戻っていく。
「でも頑張ってそれでも振り向かせようとするテオルド様も可愛いなぁと思うのよ」
「主を可愛いなどと…!」
「ジェス、顔赤い」
アビーの主なのに可愛い発言と、否定しながらも同意を顔で示しているジェスと、的確な角度で突っ込むブラインと。
ネミルはこの不思議な空間にいつの間にか緊張が解れていることに気づく。
「始めはこんな風に皆で食べていなかったんだよ」
隣で気持ち良いくらい良く食べているダンが言う。
「始めは、ですか」
「ああ。それぞれ個性も癖も強くて好き勝手に動いていてさ。それがいつの間にかこうやって皆で食卓を囲んでいることが増えた。誰かに言われるでもなく自然にな。その中心にいるのはいつもユフィーラだ」
ダンの言葉にネミルがユフィーラとテオルドを見る。
ユフィーラは届かないパンを取ってくれとお願いしながらマスタードチキンを美味しそうに頬張っているのを、テオルドが蕩けるような見たこともない表情でパンに手を伸ばしている。
それはとても幸せそうで。
「そのうち伝染するぞ」
「伝染…」
「ああ。なんてことない普通の日々が如何に大事だってことがさ」
「大事に…」
ネミルは目の前にある、マスタードチキンをぱくりと口に入れる。ピリッとマスタードの効いたチキンの中で甘酸っぱい風味と旨味がじわりと口の中に広がる。
「美味しい…」
「だろ?皆で囲みながら食べると一層美味いんだよな」
そう言ってダンも食事を再開する。
「テオ様、私の頬はミルクパンではありませんよ!前にも言いましたが、私の頬は美味しい物を詰め込む為にあるのです!」
「分かった。片方で良い」
「まあ…片頬のみだけで味わえと?両方で味わってこそガダンさんのマッシュポテトのクリーミーさが際立つのです!」
そう言ってユフィーラがスプーンに乗せたマッシュポテトをテオルドの口にぱくりと入れる。
「…!」
「隠しペッパーが効いて美味しいですねぇ、テオ様」
その二人の姿を見てまたもやネミルが顔を真っ赤にするのを使用人が口を揃えていう。
「「「「「「「慣れだ」」」」」」」
本日もユフィーラの大好きな皆で囲む食卓は平和である。
完結です。
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