ユフィーラの煽り節再び
その後はハウザーとギルも加わって、全員で今後のアッカラン侯爵対策会議だ。
首謀者はネミルだが、実際裏で暗躍していた裏幕はアッカラン侯爵だ。ネミルに対しカールの名を存分に利用し操っていた大貴族のコンラッドと、その息子シモン。
そこでネミルから、コンラッドとの全ての会話を記録する魔石を自ら作り、それが消えないように更に自分が考えた保管魔術にしまっておくという素晴らしい証拠を持っていた。もしかしたら今後屋敷での彼の仕事の一つになり得るくらいの功績に近い代物だった。
「アッカラン側にお前の証拠は?」
「記録する魔石を向こうも持っているなら。それ以外に証拠を残す物を渡してはいません」
ハウザーの言葉にネミルが的確な返事を返す。ハウザーは顎を撫でながらギルを見た。
「ギル」
「はいはい確認ね。イーゾ、行くよ」
「わかった」
イーゾがネミルの為に何を言うでもなく動いてくれる姿にネミルは嬉しそうに微笑む。
「イーゾ、頼んだよ」
「…任せておけ」
少し照れくさそうに返したイーゾはギルと共に出て行った。
「さて、いよいよ大詰めだな。これで大貴族の一つが潰れ、その派閥も衰退するだろう。そうするとかなり今後やりやすくなるな。国王には改革時だと進言せねばな」
「いい加減使えない大貴族は一掃するように言っとけ」
「そう簡単に言うなよ。色々柵が面倒なんだからさ」
リカルドとハウザーが国の今後について話を詰めているようだ。
「ギルが戻り次第動くか…息子も同時にいくか?」
「そうだな。あのぼんくら息子はユフィーラさんの事もだけど、以前から婚約者…もう元か。合計三人もの婚約者への度重なる不遜な態度を始め、あちこちで貴族至上主義を掲げて不満が募っている状態だ。ネミルへの教唆もしているからな。いつでもいけるよ」
その会話を耳にしながら、ユフィーラはこてんと首を傾げる。するとテオルドがユフィーラの元に来て、彼もこてんと首を傾げた。
「フィー」
「はい。テオ様」
「俺はな、礼をまだ返していないんだ」
「まあ…奇遇ですねぇ。私も返したいものがありまして」
そう言って、二人で微笑み合う。それは穏やかなほのぼのとした雰囲気では全くなく。
気配を察知した似たような色合いの男前二人が胡乱げな視線を寄越す。その近くでは何故かそれを感知したネミルが直感的に身震いしていた。
数日後、ユフィーラは昼前の麗らかな陽気の中、王宮内の騎士団方面に向かう道のりを歩いていた。手には小さな籠を持って。
騎士団の入口が見えてくると、そこには動揺した様子の男性が彷徨いている。そしてユフィーラを見つけると、凄い速さで駆け寄ってくる。
「おい!お前!!――――っぅわっ!……なんだ?今のは!」
血相を抱えて走ってきたのは白い騎士服ではないシモンだった。
そして出会い頭ユフィーラを突き飛ばすか、肩でも掴もうとしたのか、耳飾りによってテオルドのかけた防御魔術が反応し弾き飛ばされ尻餅をついていた。
本当にこのような人物が騎士団の副団長『だった』なんて、この国の未来を憂いそうだったが、今後の未来はきっと明るくなるだろう。
そして。
此処で会ったがなんとやら。
「まあ。貴族式の最近のご挨拶は何とも物騒なのですねぇ。ごきげんよう」
そう答えると、尻餅をついていたシモンは険しい顔で起き上がりながら、怒鳴ってきた。
「お前が何かしたんだろう!」
「はい?」
「お前がうちの団長に何か余計なことを言ったんだろう!?今朝一番で団長から疑わしい取引をしているという情報と証拠があがっているから、連絡があるまで自宅待機だと言われた!」
「そのお話の中のどこに私が関わっている内容が?」
「あと婚約のこともだ!お前ハインド伯爵家の令嬢と仲良いんだろう!?」
「そうですね、それが何か?」
「あのハインド家がしゃしゃり出てきて婚約解消になったんだぞ!」
「それが私に何の関係が?」
「お前が令嬢を唆して何か言ったんだろう!」
最早その辺で躓いてもユフィーラのせいにでもされそうな立派な濡れ衣の数々である。
「私は旦那様のおかげで恐れ多くも魔術爵という位置にいますが、そもそも爵位だけで身分を振り翳すことが大嫌いなのでしませんし、人を陥れることもしませんね」
「な!?」
「私が何かを言ってハインド家が動くわけがないでしょう」
少し考えれば分かることである。要はシモンはそれらを自分の行いを省みるでなく、誰かのせいにしたいだけなのだ。
「まだあるぞ!団長から俺の普段の素行も問題となっているって言われたんだ」
「まあそれはそうでしょうねぇ」
「お前がそうやって俺を追い落としたのか!!」
「まさか。あなたは大貴族の侯爵子息なのですよね?私にどんな権限が?」
「あの孤児上がりに頼んだに決まっているじゃないか!あの死に損ないが!」
カッチン。
ユフィーラはゆっくりと目を瞬く。
「素行云々は今に始まったことではないかと。今までの積み重ねでこのような結果になったのではないですか?」
「な、んだと?お前…―――」
「要は私だけでなく、そう思っている方々は沢山いたということですね」
「女風情が生意気な口を叩くな!」
「男風情がぎゃあぎゃあとみっともないですねぇ」
「……は?」
「この上なく見苦しいです」
シモンの口がぽかんと開く。今までの過去の応酬からまさかユフィーラの口から完全なる反撃がくると思ってもみなかったのだろう。
「な、な、何を、お前誰に向かって」
「元副団長のアッカラン侯爵御子息でしょうか」
「そうだ!貴族に対しての口の聞き―――」
「アッカラン侯爵御子息の功績は」
「へ?」
急に話が変わり、シモンはすっとぼけた返答をする。
「アッカラン侯爵御子息はとてもとても偉いのでしょう?どれだけの功績を国へ残してきたか教えてくださいな」
「っ……大貴族のアッカラン侯爵の嫡子だぞ!」
「それは貴方のお父様、ないしは先代以前のアッカラン侯爵家の功績ですね」
「…え?」
「アッカラン侯爵まで伸し上がったのは貴方の功績のおかげなのですか?」
「…い、いや」
目を彷徨かせながら答えを探すシモンにユフィーラは止まらない。そして功績など皆無なのだろうから考えるだけ無駄なのだ。
「では親の、または昔活躍した先代以前の功績に胡座をかいている状態だと」
「な、お前何様――」
「ならば他に功績を教えて下さい」
「っ!」
シモンは答えられない。それでもユフィーラは続ける。
「騎士団副団長に拝命するにあたって、何が決め手になったのですか?学園時代に圧倒的に武術に秀でていたとか、何かの試合や大会で良い成績を収められたとか」
「っそれは…」
「それとも誰隔てなく、どんな相手でも紳士に対応されて人気が……それはないですね、貴方を見れば一目瞭然です」
「!言わせておけば…!」
「もうすぐで百です」
「……は?」
ユフィーラは口元だけ微笑む。
「私の旦那様が魔術団に入ってから現在までの収めた功績の数です。魔術団長様に確認したので、間違いありません」
「!!」
「旦那様は孤児上がりの身分でしたが、それでも自分の力で這い上がり、自分の力で魔術や技術を身に付け、自分の力で今の地位に上ったのです。どこかの身分だけをひけらかして何の努力もしてこなかった能無しの坊っちゃんとは経験も人柄も全てが違うのですよ」
「!!!」
「そして身分関係なく私のような平民を娶ってくれた稀有で最高で最強の格好良い旦那様なのです」
もうそろそろこの辺で理解してもらっても良いだろう。
こういう思考の人間がいることは様々な人間がいる以上仕方のないことかもしれないが、テオルドに事あるごとに絡み、それを妬んで今回のように相手を蹴落とそうとする卑劣な事態を引き起こす相手には相応の報いをいい加減に受けてもらうべきである。
「それと死に損ないとは私の旦那様のことですか?何故そう思われたか定かではないですが旦那様は元気ですよ?」
「…え」
「今日も元気にお仕事に行かれています」
「え、だって…大怪我したって。魔術団で爆発騒ぎ――――」
「え?先ほど寄ってきましたが、いつも通りでしたよ」
「な…んで…」
「どこで知られた情報なのでしょう。お父様のアッカラン侯爵からでしょうか」
「!」
「それを理由に魔術団の不祥事として物申しに行くつもりでしょうかねぇ」
「っなん、でそれを…」
シモンの視線が右往左往する。
「そうやって貴方も侯爵も人を貶して蹴落として蔑んで見下すやり方でしか自分の立場を守れないだなんて――――」
ユフィーラは首をこてんと傾げる。
「なんて哀れで可哀想な人達なのでしょう」
シモンの顔がカッと真っ赤になる。
「貴様っ…言わせておけば!!!」
そう言って拳を振り被ってくるのをユフィーラは僅かに体を固めながら静かな瞳で見つめる。
本当に。
可哀想な人だ。
シモンの拳がユフィーラに当たる前、ブゥンという重低音と共にシモンの周りを薄黒い膜が覆う。その膜には様々な色の魔術模様が描かれていた。
「ぅわっ!!何だこれは!!!う、ぐぅぅぅっ…!」
そして中は見えないが、シモンの苦悶の声が聞こえてくる。
「フィー、やり過ぎだ」
後ろから大好きな人の香りと腕がユフィーラの前に降りてきて、気張っていた力が抜ける。後方から抱きしめられた状態でユフィーラは首だけを後ろに向けた。
「テオ様。この魔術模様の数は凄いですねぇ」
「ああ。今までのも併せてそれなりに仕上がったな」
魔術の膜の中で呻いているシモンをよそに二人の会話は通常だ。
「ユフィーラさん、お疲れ様。それにしてもすごい口撃だったなぁ。あれをビビアンに言われたら私は間違いなく泣くな」
「ふふ、それ以前に団長様が最愛の奥様にそんなことを言わせる行動をする訳がないでしょう」
様子を見に来たリカルドが両手で腕を擦るように震える真似をするので思わず笑ってしまう。その隣で屈強な体格だが快活に笑う笑顔が素敵なウルバーヌも居た。
「いやいやお見事だった!お嬢さ、…でなくユフィーラさん。騎士団でも改めて貴族という在り方を考え直すきっかけにしていかないとだな!」
「ウルバーヌ団長様、この度はご協力いただきましてありがとうございました」
そう言って、ユフィーラは籠から保湿剤ギフトセットを渡した。
リカルドの協力の元、ウルバーヌにのみ今回の事態の内容を通達して協力を仰いだ。
ウルバーヌは凄く良い笑顔で『副団長は残念だったなぁ、でも仕方ないなぁ!』と多分惜しんで、わざとユフィーラが今回のことに関係しているかのようにシモンに通告する際に話を盛って協力してくれた。騎士団長もシモンには色々と困らせられており、あのようなことが多すぎて面倒事が増え、ほとほとうんざりしていたそうだ。
「おお、これはいつものだけでなく、色々入っているな!」
「はい。ヴァーベナと無香料始めラベンダーとローズ、そして最近できた庭師新作のレモンバームは爽やかですっきりな香りですのでお試しくださいな」
「それは有り難い!妻もあれから君の保湿剤の虜になってしまって私の保湿剤をどんどん持っていくものだから焦っていたんだ。これで暫くは取られずに済む。今度は是非妻の分も一緒にお願いできるかな?」
「まあ。それは嬉しいお言葉ですねぇ。どのような保湿剤が入り用か今度教えて下さい」
そんな会話をしている間に膜が薄れ、シモンがようやく見えてきた。
「う…くそ、何だ…これは。体が…重、い…」
魔術の風によるものなのか、折角セットされたシモンの髪はばさばさで、膝をついている。テオルドが抑揚の無い声で答えた。
「全魔力が今後二度と使えなく継続的に吸収される。その魔力は国の資源となる魔術を施行した」
「………え…」
「礼は返すと言っただろう」
そう言うとテオルドはもうシモンのことに興味を失くし、ユフィーラの耳を触りながら耳飾りの欠けた防御魔術の調整を施し始めていた。「お前の今までの行動全ての結果だ」とウルバーヌには言われ、リカルドから「テオルドの特等魔術の一つだよ」と聞かされて立ち上がろうとしていたシモンの体を再度跪かせた。
シモンは呆然としながら、「な、何故…そんなことが許されると…」とまだ自分の状況が分かっていない言葉を呟いていると、道の向こうから一人の男性が訪れた。
「僕も欲しいなぁ、保湿剤」
そう言ってユフィーラ達に近づいてくる人物は、薄い黄みがかったプラチナブロンドを後ろに撫で付けて微笑む浅緑の瞳はとても優しそうで目尻の皺がとても魅力的だ。そして豪奢な上着の装いをしている。
まるで王族のように。
「!…国王様っ」
シモンが驚嘆して跪いたまま頭を垂れる。リカルドとウルバーヌは胸に手を当てて一礼し、テオルドはそのまま、ユフィーラの耳と耳飾りにご執心だ。
「王、申し訳ありませんがこの前は異国の酒はお譲りしましたが、こちらはお断り致します。これがあるとないとでは私と妻の今後が左右されますからな!」
わははと笑いながら国王の頼みを一蹴するウルバーヌ。リカルドからは「何こんなとこで遊んでるんですか」と苦言を呈されている。
「んー楽しそうだから?この前から面白い連絡が何度も来るからさ。気になっちゃって。今回は近場だったから来ちゃったよ」
砕けた話し方に、何が来ちゃっただと更にリカルドに言われている国王なる人を見てユフィーラは首を傾げる。
どこかで見た顔だった。
「こ、国王様!私はそこの孤児あ…魔術副団長に魔力を使えなくなる魔術をかけられました!これは断じて許されないことです!そしてそこの女が私に対して暴言と誹謗中傷を!父から苦情を申請致します!」
シモンが国王に懇願しているのをユフィーラはまだ言うのかと耳で聞きながらも、誰だったかと国王を見て記憶を探る。
「うん?君はそちらの女性に対して何もしていないのかな?」
「当たり前ではないですか!私が平民風情の女などに――――」
「そういうことではないんだけどね、まあだからこその結果だよねぇ」
そう言って国王は懐から眼鏡を取り出した。薄く茶色がかった眼鏡をかけた顔を見てユフィーラは目を丸くする。
そして跪いていたシモンの前に行き少し屈んで眼鏡をかけた顔を見せた。その顔を見たシモンが目をこれでもかと見開いて震え始める。
「うん。思い出したかな。あの時僕も直ぐ側にいた、覚えているね?君がそちらの彼女にしたことを僕は目の前でぜーんぶ見ている」
そう。あの装飾店で話した色眼鏡をかけた男性が国王だったということだ。シモンは最早何一つ言い逃れが出来ない状態であった。
「そして今回の君への処分はね、僕が許可を出しているから」
「へ…」
「そして君達アッカラン侯爵家は終わりだよ。理由は分かっているよね?カール・ダーマー」
「!!…あ…」
「これは反逆罪だよ」
「そ、そん、なつもり、は」
「結果が全て。…ん、わかった」
国王の側に一人の黒服の人物が言伝に近づいた。影というものだろうか。
「さあ、君の父上が意気揚々と僕に陳情しに来たみたいだ。どうなるか楽しみだねぇ」
眼鏡を外しながら微笑む顔はこの前見た優しげな微笑みではなく、どこか空虚で末恐ろしさを感じる――――のだろうが、ユフィーラは違った。
「まあ……テオ様、どうしましょう。私知らずのうちに国王様に保湿剤を渡してしまいました…」
「金はちゃんと払わせたのか?」
「いえいえ、お試し品だったので。…危ないところ、いえまだ危ない状況なのでしょうか」
そんな会話を繰り広げている二人に、国王ドルニドは噴き出した。
「ははっ。不敬になんてしないよ」
「当たり前だ。変装してるんだから不敬も糞もあるか」
国王に対する口の聞き方では決してないテオルドだが、ドルニドはいつものことなのか気にした様子もなく、リカルドも特に何も言わない。
「お嬢さん。この前の保湿剤とても気に入ったんだ。今度送ってくれるかい?そこの団長と同じものを所望したいなぁ」
「まあ…テオ様。私カーテシーなるものも知らずどうすればいいのか…」
「フィーはそのままで良い。保湿剤も面倒だったらやらなくていい」
「ふっはは!」
ドルニドが笑う。その顔はあの時見た目尻がくしゃっと魅力的になるあの男性そのものだった。
「礼儀なんて良いからさ。保湿剤頼めるかい?」
「まあ……毎度ありがとうございます?」
「ははは!」
ドルニドが腹を抱えて笑うのをウルバーヌは目を丸くして、リカルドは溜息、シモンは呆然と、そしてテオルドは無視。
「うん。じゃあよろしく頼むよ、お嬢さん。……そこの子息も連れて行って。父親と一緒にしてあげよう」
影にそう言うと、じゃあねーと手をひらひらさせながらドルニドは去っていった。
不定期更新です。
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