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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一日24時間を私にください

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懺悔と処遇






イーゾから連絡があるまでユフィーラ達はリカルドの執務室に居た。テオルドから散々お叱りを受けたユフィーラは若干憔悴状態だ。ギルと共に来ていたハウザーが肩を竦めながら声をかける。



「それにしても良くあいつを解放させたな」

「彼には酷なことですが、イーゾさんの話を聞いてどうしても元魔術師団長が二人に情があるようには感じられなくて。ネミルさんの拠り所がそんな人だけということがどうしても我慢なりませんでした。イーゾさんに気付けないくらい洗脳という覆いをした状態で。なのでちょっとだけ焚き付けて彼の根っこの思いをよいしょっと引っ張れれば良いなと。思った以上に上手くいって良かったです」

「お前も結構言うんだな。ちょっとなんてもんじゃなかったぞ、あれは」

「え、そうですか?」

「うん。あれは僕でも心引き裂かれちゃう感満載だった。隙すら与えずに煽って煽って積み重ねていくんだもん」



ハウザーとギルが揃って言うので、見渡すとテオルドとリカルドも頷いているのでユフィーラは首を傾げる。



「でも洗脳というものがどの程度で、どこまで根深いのかわからなかったので全力でいくしかなかったのは確かです。そこに気遣いも配慮も優しさもいりません」

「お前にしては珍しい。あそこまで言葉に攻撃の棘を含ませるとはな」



ハウザーが眉を上げて面白そうな表情をするので、ユフィーラはにこっと微笑む。



「それはそうでしょう。大切な旦那様の睡眠を削り、心を疲弊させて、治ったとしても怪我をさせたのですよ?私を何だと思っているのですか」



ユフィーラだって怒る時はあるのだ。昔だってそういう感情は時にはあった。でも何もできなかったから秘めるしかなく諦めるしかなかっただけだ。


今は違う。自分の喜怒哀楽をちゃんと表現しても良いのだ。テオルド始め使用人の皆が表に出してくるようになったと喜んでくれるのだから前面に出すしかないではないか。



「ですが、今回のことによって今後役に立つだろう薬ができましたし、旦那様が色々考えて想ってくれていることを使用人の皆さんが知って前を向いて歩き始めたり、イーゾさんの憂いも払えました」

「俺の件を細かく言う必要ないだろう…」



リカルドがにやにやして見るのを払うかのように目を逸らすテオルド。



「あら、優先順位としては上位です。ですがまだ怒りが残っていたのでばしっと物申させてもらって、差し引き無しになりました!」

「テオルド、良い奥さんをもらったな!」

「黙れ」

「お嬢ちゃんの普段の温厚な会話から、選ぶ言葉の一変ぶりが爽快だったよ。良い性格してるね」

「何だか照れますね!」

「照れる要素ないだろ」



そんな会話をしていると、イーゾからギルに連絡魔術が届く。どうやら二人の会話は終わったらしく、ネミルから全て話すとのことだった。



ユフィーラは自分の出番は終わったからそろそろお暇しようと思っていたら、テオルド始めリカルドにも居て欲しいと言われたので、同行させてもらうことになった。





部屋に入ると、イーゾは立っていて、ネミルも寝台から起き上がり腰掛けていた。その表情はすっきりとした長年の蟠りが氷解したような清々しい顔だった。


ユフィーラは大きなワゴンに乗っていたほかほかのタオルと冷たいタオルをネミルに手渡す。



「このままだと目元がふっくら腫れてしまいます。せっかくの整った顔が台無しなので交互に乗せてくださいな」



ネミルはまだ赤くて潤んでいる薄茶色の瞳を丸くしてからふわりと柔らかく微笑んだ。



「…ありがとうございます」

「今からココアを淹れるので、それまで目元に当てておいてくださいね」



そう言ってワゴンに戻り皆の分のココアを作っていく。ユフィーラ的にちょっと落ち着きたい時にはミルクたっぷりのココアというイメージだ。皆に配り、お替りはご自由にの流れとなる。




その後、リカルド主導の元、ネミルへの聴取が始まった。ハウザーとギルは今後アッカラン対策に噛む予定なので離れた場所で待機している。



ネミルはカールが捕らえられた直後に一度だけ入ったこともないカールの私室に入ったそうだ。そこで見つけたのは魔力を吸いとっていた元であろう濃厚な魔力の気配のする魔石と、机に飾られたドライフラワーとそこに添えられていた花屋の名刺。


それが何故か気になって名刺と魔石を持ってカールが亡くなった直後に姿をくらました。その後花屋の名刺を調べてみると、花屋の看板娘が自分の母親だということがわかった。母親は花屋の上にある一室を借りていて、現在は空き家だったのでネミルはそこを契約して根城にした。


そして持ってきた魔石を幾日もかけて解析し、相手の魔力を魔石に吸収して溜め込むカールの手法を解いていった。この時点で何故自分がこのことを続けているのか、これを続けた先に何があるのかと、ふと思うことはあったが、まだどこかで亡きカールに認められたい、でも小憎たらしいなど、何をどうすれば最良なのか分からず、結局昔と同じ思いで繰り返していた。



そして数カ月後に完全に解析して、更にネミル自身が相手の装飾品や小さな魔石に触れて魔術を密かに施して渡すなど改良していった。街にすむ人間から適当に世間話がてら渡したり、つけている装飾品に触れて様子をみていると、少しずつだが魔石に貯まるのを確認した。


だが、実験がてらに人数を多くしてしまった為に街周辺でおかしな風邪が流行っていると噂になってしまい、暫く静かにしていようと思った矢先に、ネミルの部屋に訪ねてきた人物がいた。それはアッカラン侯爵だった。



ネミル自身アッカラン侯爵に直接会ったことはなかったが、何度かカールとアッカランが会っている場面を目撃していたので顔を覚えていた。


アッカラン侯爵…コンラッドはへらりと笑い、自分はカールとは旧知の仲だったが、カールが捕らえられる直前に逃げろと助けられ、上手く逃がしてくれたんだと宣うコンラッド。


コンラッドは言葉巧みにネミルにカールの後を継ぎたくはないか、カールに認められたくはないかと、カールの魔石研究の存続をさせるために誘ってきた。


ネミルは心のどこかでやはりまだカールに認められたいという気持ちが残っていて承諾した。コンラッドは満面の笑みで君の後ろ盾は任せろと言っていたが、わざと謙る態度の胡散臭さが垣間見えていたネミルは一切信用はしていなかったが、お互いに利用する間柄となった。


お互い関わりを表に出さないという密約を交わした。コンラッドはネミルの魔力と知識の高さに目をつけて、魔術師団に入れば魔力の宝庫だと誘惑し、ネミルを魔術師団に入れるように裏で取り計らった。


その後のやり取りは連絡魔術だと有事の時に追われる可能性があるため、自分の息子が騎士団にいるので、そこでやり取りしてくれと言われた。魔術団に入ってからは不遜で常に上から目線のシモンが連絡係のようになっていた。




そして無事魔術団に入ったネミルは顔も素性も知られていないので、母方の平民の息子ということにして魔術団で過ごしていた。


だが、月日が経つにつれて魔術団での生活が思いの外居心地が良く、貴族でも忖度しないリカルドと孤児上がりなのに類まれなる能力と、上に一切媚びないテオルドとの出会いでネミルは心が揺れ始める。この二人を自分は現在進行系で騙し続けているのだ。


それが段々と苦痛になってきた頃、コンラッドからの連絡を放置していたネミルの元に内密にコンラッドが訪れた。そして暗示のようにカールの話題を出され、期待されている息子をカールは望んでいるはずだなどと巧みに誘導してきた。


しかもコンラッドから双子のもう一人、イーゾについて調べられ、このまま協力を続けないと全権力を使って消すと脅されたのだ。ネミルはイーゾがこの頃には巷を賑わす暗殺者だとは思いもしていなかったので首肯するしかなかったし、彼が狙われないように会いに来るイーゾを今まで以上に邪険に扱った。


一方でこうやって流される方が楽だとも思っていた。


それを聞いていたイーゾは自分に対する態度の理由の一端がわかり眉を寄せていた。



そしてネミルは魔術団に魔の手を伸ばし始めた。

症状が出始めて様子見していたところ、急に魔力が魔石に溜まらなくなったかと思えばまた溜まり始めたりと、おかしな現象がみえて、ネミルはテオルドに何度か症状のある五人の様子を聞いてみたが、変わりないの一言で終わってしまったので強く言えず、悶々としていた。



そんな時、コンラッドからそろそろ魔石の力を見せる時ではないかという誘いを受けてネミルは悩んだ。魔術団の敷地内で魔石の魔力を解放し暴走させて、リカルド等に責任をとらせようという算段だ。息子が嫌いな副団長、私は騎士団長が嫌いだから両方だなと意味の分からない理由を述べられた。


何度か話を流していたが、『情が湧いたのか?お前は入団からずっと彼らを騙しているんだ。あの二人がそんなお前を許すと思うか?お前の味方はカールだけだろう』と言葉の毒を注入するように何度も何度も囁いてきた。


ネミルも今まで何度も目を覚ますきっかけはあったのに、テオルド達に嫌われたらとか、これで父親に今度こそ胸を張れるのではないかとか、心の動きがあちこちに彷徨い、結局また楽な方を選択したのだった。


そして魔石を敷地内の土に埋め、暴走させる手筈を整えたが、思った以上に早く魔石が顕現してしまい、魔術師からテオルドに報告されてしまった。テオルドを直接攻撃するつもりはなかったので、思わず止めるような発言をしてしまったが、ネミルは自分の仕出かした罪悪感に耐えきれず逃げてしまおうと思った。


そして逃げる途中でユフィーラに会い、テオルドとのことでお礼を言われ、手を心配されて保湿剤を渡された時、以前にサンドイッチを受け取った時のことも思い出す。今まで人に寄り添われたことが一度もなく、歓喜とも羨望ともとれる焦がれるような温かい気持ちが心に広がった時、ネミルはようやく我に返り、テオルドの元へ走っていったのだった。



一通り話が済み、ユフィーラは皆にココアのお替りを淹れる。因みにイーゾはその間ココアのお替りを三杯目もしていたのは大人の礼儀として流すこととする。甘い飲み物を好きなのは男女関係ないのだ。



リカルドとテオルドがネミルの話からおおよそ調べていたことと照らし合わせて、食い違いがないことを確認してからテオルドが立ち上がってネミルの元へ行く。




「ネミル、全てを加味した結果の処遇を伝える」



テオルドの言葉にネミルは立ち上がり胸に片手を当てた。凛とした佇まいと真摯な薄茶色の瞳にはもう歪みも濁りも見えなかった。



「はい。どのような処罰でも受け入れます」



その言葉にイーゾが痛ましそうな表情をする。



「副団長、危険な目に遭わせてしまい本当に申し訳ありませんでした。団長、本当にお世話になりました。―――――副団長の奥…いえ、ユフィーラさん」



初めて名前で呼ばれてユフィーラは瞬く。



「最後だと思ったので名前で呼ばさせてもらいました。僕は貴女がしてくれた心遣いと叱咤してくれたことを心より感謝しております。…初めてで、とても…温かかった。ありがとうございました」



そう言ったネミルの表情はとても晴れやかで。

まるでようやく迷子から戻れた時のような安堵した表情で。



やっと長年の淀みから這い上がって本来のネミルに戻れたのだとユフィーラは胸がいっぱいになる。ネミルは再度テオルドに向き直り、沙汰を待った。



「ネミル。お前は魔術団を除籍となる」

「はい」

「今後の処遇だが―――――これから一生俺預かりとなる」

「―――――――はい?」



ネミルの顔が何を言っているのかわからないという表情になる。



「お前は今後俺の屋敷で使用人として働くことになる。屋敷からは出られない。そこで一生償え。これは国宝を使用して契約するので絶対となる。そこから出る場合は俺の許可の元一時的には出ることは可能だが、それはお前次第だ―――――ユフィーラ」

「はい」



イーゾもてっきり片割れが処刑か国外追放、国の魔力源になると思っていたのか驚愕した表情になっている。


もしネミルの行いにより人が亡くなったり、命が脅かされたり、大勢の人間に影響がでて国に多大な損害が出ていたら当然だがこの処遇は不可能だった。どこかでネミルが本能的に自制し、留まったからこその結果である。


勿論症状に罹った五人にはリカルドより真実が知らされ、ネミルの今後の話もして皆から了承を得ている。五人の魔術師達は、誰もが『それでも彼はいつも気さくで気遣ってくれていた』と口を揃えて言ったという。


誰にも気遣われなかったネミルが誰かに対してできていたのだから何とも皮肉な話であるが、それが功を奏したことには違いない。



テオルドに声をかけられたユフィーラは言葉を引き継ぐ。



「罰としてなので当然お給金はありません。ですが三食寝床付き、服など必要なものは支給されるので必要ありませんよね?今後は現在従事している使用人の仕事を一周していただき、どれが一番合うか、それ以外に新しく仕事を設けるかを判断します。その間に誰かの役に立てばもしかしたらお駄賃くらいはもらえるかもしれませんね!」



ネミルはようやく内容が頭に入り理解してきたのか目と口は開きっぱなしだ。



「屋敷の使用人の皆さんは元魔術師団長の件に巻き込まれて辞められた方ばかりです」



その言葉にネミルはハッとしたように口を閉じる。



「なので、それを引き継いでやらかそうとしていた貴方は彼らに何を言われても全部我慢してくださいね?罰なのですから。一番下っ端使用人の貴方は私の自慢の格好良い先輩使用人達に日々扱かれて叱られて、可愛がられて。そして自分のした行いに苦しんで苛まれて、それでも日々楽しんで喜んでせいぜい屋敷内でだけ幸せになれば良いのです!」



そう締めくくると、ようやく治まり始めていた赤い目元から、またぼろぼろと涙が滂沱のように溢れていく。



「ネミル。返事は」

「……は、ぃ……はい!」



テオルドの言葉にネミルは涙声で答え深く頭を下げた。


そしてイーゾは皆から顔を背けて目元を手で覆っていたので、ユフィーラは多めに持ってきていた乾いたタオルをささっと渡してしれっと元の位置に戻っていった。







不定期更新です。

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