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一日5秒を私にください  作者: 蒼緋 玲
一日24時間を私にください
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ユフィーラの煽り節






「おはようございます。体調は如何ですか?」



事件が起きた翌朝、ネミルの意識が戻ったとの連絡があり、ユフィーラは魔術団の救護室へ向かった。

テオルドが処遇を言い渡す前にユフィーラが先に会うということになり、その際にテオルドに一つのお願いをしていた。テオルドが不服と同時に心配そうな顔をしたが、ユフィーラは微笑みながら守ってくれるのでしょう?と耳飾りに触れる。


そしていつもの薄いグレーのローブに身を包みネミルの居る救護室へと入った。


ネミルは寝台から上半身だけ起き上がり、ユフィーラの姿をみると愕然としていた。



「副団長の奥様…何故ここに」

「これでも薬師なのです。先程ネミルさんの診察をしていたお医者様からハーブティーなら飲んでも良いと許可をもらったので、淹れますね」



そう言ってネミルの承諾を得ずに共に持ってきたワゴンに乗った茶器一式を使っててきぱきとハーブティーを淹れ始める。ブライン新作のレモンバームのハーブティーだ。


レモンの爽やかな香りが部屋に漂う。ユフィーラはティーカップでなく、大きめのマグカップを二つ用意した。



「はい、どうぞ。お砂糖は少しだけ入れてあります」

「…あ、りがとうございます」



ネミルが辿々しく受け取るのを見て、ユフィーラも自分のカップを持ち寝台から少し離れた椅子に腰掛けてカップからまずは香りを楽しむ。そして一口飲んだ。



「んー良い香りですねぇ、気持ちが穏やかになります」



そう言ってもう一口飲むのを、カップを持ったままだったネミルも恐る恐る口を付ける。



「……お、いしい」

「ふふ。自慢の庭師が作ったハーブティーなのです」



ユフィーラも再びカップに口を付ける。


暫く部屋にはレモンバームの香りと、ハーブティーを啜る微かな音だけが流れる。半分ほど飲んだユフィーラはワゴンにカップを戻しネミルを見ると、ずっと寝ていて喉が乾いたのかあっという間に飲み終わっていた。



「もう一杯飲まれますか?」

「あ、……いえ、もう大丈夫です」



ユフィーラはネミルからコップを受け取ってワゴンに戻し椅子に座り直した。



「少しは落ち着かれましたか?」

「…はい」



ネミルは諸々恐縮しきった様子で俯いている。そして何故ここにユフィーラがいるのだろうと思っていることだろう。だがユフィーラにはここにいるれっきとした理由がしっかりとあるのだ。



「それでネミルさんの悲願は果たされましたか?」

「…え」



ネミルがユフィーラに視線を向ける。ユフィーラは微笑みを崩さずに続けた。



「ネミルさんのお父様は貴方の行いを誇りに思っているのでしょうか」

「な、にを…」

「カール・ダーマー」

「!」



ネミルの薄茶色の瞳が見開かれ、どろっと濁る。その様子を見てユフィーラはやっぱりと確信する。


テオルドを助けた時は彼の心情は素直な元の彼だったと思いたい。それでも何年も洗脳を受けてきた思考は簡単に剥がれるわけではないのだ。



「彼の望み通りに生きてきた貴方の今の心境は満足してますか?」

「…それは…」

「お父様が望み喜ぶと思っていたから続けていたのでしょう?ご存命だったら貴方を褒めてくれますか?良く頑張ったなって頭を撫でてくれるのでしょうか?」

「…」



何も返さないネミルを差し置いてユフィーラは更に続ける。



「苦しんだ彼らに全く関係がない貴方の父親の欲の為に奪った、人の魔力を、人の尊厳を、人の生命の源を、引き継いで奪い続ける息子を偉いと褒めてくれるのですか?」

「!」

「私の大事な旦那様を傷つけるだけでなく、最悪殺めることができてしまう魔石で得るものはどんなに素晴らしいものなのか是非聞かせてくださいな」



ネミルが手を握り微かに震えているが、ユフィーラは手を緩めるつもりは一切ない。テオルドは体だけでなく心も傷がついたはずなのだから。



「師は……父は僕が、魔力枯渇に…なったり、極限まで頑張った時、に、お前のおかげで私の夢が叶うって…言ってくれ、ます」

「それだけですか?」

「え…?」

「他には何を?」

「……それ、と…僕の魔力が、力と、知識も必要なんだと…」



何とかカールの言葉を良い方に信じようとするネミルに気分が悪くなってくる。勿論カールに対してだ。



「なるほど。あとは?」

「あ…と?」



ネミルは黙ってしまった。



「ネミルさんはお父様と呼ばないのですか?先ほど師と呼んでいましたので」

「……皆の場ではそう呼んでいました」

「では二人っきりの時は貴方はお父様と、お父様はネミルと呼んでくれていたのですか?」

「…」



何もわからないのだろうか。

家族というものを。


ユフィーラも人のことは言えないが、遠くで異母姉が父親、継母と楽しく過ごしているのを見ていたから何となくは分かる。


ネミルの『それ』は決して父子の会話などではない。

それを理解させたい。

そして父親に固執するのでなく、ちゃんと見てくれる人がいることを知ってほしい。



ユフィーラは再び微笑んだ。



「カール・ダーマーという人物は自分に子供がいることを何故か誰にも知らせていませんでした」

「…」

「そして彼は何かを成す為に特殊な魔石に魔力を溜め込んだ。貴方はその目的をご存知ですか?」

「…いえ」

「息子なのに?魔力や力や知識を血反吐を吐きながらも頑張って貢献していたのにですか?」

「…っ」



カールという人物が何故魔力を魔石に溜めていたのかわからなかったが、一つの要因となるかもしれない手掛かりは昨日とある人物が教えてくれた。



「私の知り合いにとても優秀な、とある界隈の方がいるのですが、その方からこんな情報をもらいました」



ネミルが憔悴したような表情でユフィーラを見る。



「カール・ダーマーは平民出身の花屋の娘さんをそれはとても大切にしていたそうです。ですが、彼は娘さんを大事にし過ぎて、自分の屋敷に閉じ込めて誰にも会わせなかった。しかも婚姻すると皆に知られてしまう為にそれすらしなかったのだとか。やがて彼女は身籠り、そして子供が生まれた。同時に彼女は産後の肥立ちが悪く亡くなってしまわれました」

「…っ!」

「生まれた子供は双子でした。彼は彼女との愛を育んだ結晶と思えず、彼女を殺した憎き相手という認識から逃れられなかったようです。そしてその双子を自分の欲望の糧の道具にし――」

「っそんな、わけないっ!」



そこでネミルがユフィーラの言葉を遮る。



「師は!…ち、父は僕に期待していた…、お前が私の夢を叶えるんだって期待してくれていたんだ!」

「貴方を苦しめ、極限まで魔力を削ってまで叶える父親の夢って何です?父親が可愛い我が子にそんなことをしますか?」

「それはっ、その時だけで僕がもっといっぱい頑張れば、良くやったなってきっと…!」

「ならば一度でも『頑張ったな、ありがとう』とか『自慢の息子だ』とか『大好きだ』と言われたことがありますか?」

「……あ…」

「親子とは家族とはそういうものなのでは?自分の分身ですよ?沢山可愛がって愛情を注いで、時には叱咤激励して、言葉や態度や行動で大好きだよと伝えてくれるのではないのですか?」



これはユフィーラがあの男爵一家と物語から知ったものだ。男爵では異母姉に対し叱咤激励は一切無く猫可愛がりするだけだったが。


ネミルは首を振りながら「違う…僕は…」と呟いている。そしてユフィーラはとどめを刺す。



「貴方はカール・ダーマーから愛されてなどいなかったのですよ、ただの一度も」

「っ!黙れ!!お前に何が分かる!!!」



我慢出来ないといった風にネミルが目を血走らせて怒鳴ってくる。



「ぬくぬくと生きてきたお前が知った口を聞くな!」

「分かるから言うのです」



そう返すと、ネミルは「は?」と訝しげな表情をする。



「私は旦那様に出会う数年前まで、とある貴族の下人として物心ついた時から働いてきました。実は男爵の正当な後継者だったのに、母親が亡くなってすぐに継母とその娘を父親が迎え入れ、私は生まれてから一度も家族から愛情というものをもらったことはありませんでした。もらうのは侮蔑の言葉や暴言と暴力。ずっと奴隷さながらの扱いを十六年間受け続けてきました」



ネミルが呆然とした表情でユフィーラを見る。



「そんな時に嗜虐的な人物に売られると耳にしてしまい、私は逃げてこの国に来たのです。旦那様やハウザー氏に出逢わなかったら、私はここに存在すらしていませんでした。私も似たような境遇だからこそ言えます。カール・ダーマーは貴方への愛情は微塵もありません」



愛の形というものは人それぞれなのかもしれない。だが、これだけは絶対に違うと言い切れる。これが愛情というのなら、平民の女性に向けたものは何だったというのだ。



「あ、愛情は人それぞれだろう!?僕のところは―――」

「ならばお母様に向けたものは愛情ではなかったと言うのですか?」

「っ!……ぅるさい…うるさい、うるさいうるさい!黙れ!!!」



その時ネミルの体から蠢くように魔力が溢れ出してきた。ネミルは頭を押さえて「ぅぅ…あぁぁ…」と唸っている。魔力は次第にネミルを取り囲むように荒れ狂う動きに変わっていく。


魔力暴走だ。


それでもユフィーラはつかつかと敢えてネミルの近くに近づき手を振り翳した。



そして。





パシンッ





ネミルが呆けたような表情で叩かれた頬に手を添えてユフィーラを見ていた。濁りのあった瞳が徐々に戻っていく。


そして叩いた瞬間に、ユフィーラの耳飾りからパリンという音が聞こえて思わず耳飾りを確認する。そこにはいつもの耳飾りの感触。ということはテオルドがかけてくれた防御魔術が発動してくれたのだろう。



「いい加減に現実を見なさい!自分でも薄々気づいているはずです。洗脳を免罪符に目を背けて逃げ続けた先に何があったか胸を張って言えるのですか!」



ネミルやイーゾには申し訳ないが、カール・ダーマーがどれだけ優秀な魔術師だろうが、何だろうがユフィーラは彼が到底好きにはなれない。一人の女性を愛することは素敵なことだが、例え亡くなって悲観に暮れたとしても、それを子どもたちに憎しみとして向けるのはとんでもないお門違いである。そんなに愛しているのだったら自ら後を追えばいいではないか。


双子に何の罪があるのか。

どうして傷つけるのか。

己の欲望に忠実に生きていた自己中心的な人間のせいで。


ネミルが、イーゾが、そんな亡霊の影に苦しむ必要なんか塵ほどにもないのだ。


また耳飾りがパリンと鳴る。ユフィーラはローブから小さな小瓶を取り出して蓋を取り、ネミルの口に無理矢理押し込んだ。急に口に異物を入れられたことに驚愕の表情をしたネミルがごくんと思わず中身を飲んでしまう。


すると、暴走し始めていた魔力が次第に落ち着きを取り戻し始めた。



「え…何で…」

「先日出来上がった増減解除薬です。魔力暴走に使えると分かって何よりです」

「…は?」



実際に魔力暴走をお願いするわけにもいかないので試してはいなかったが、これで魔力暴走にも効くという証明ができて何よりだ。



「カール・ダーマーというあなたのことを想わない非情な人間のことなど記憶の彼方に放り投げてしまいなさい。それに貴方を気にかけていた人はちゃんと居ますよ」

「…そんなの居ない」

「いいえ、居ます。貴方が穿った見方をしていただけです―――――どうぞ、イーゾさん」



ユフィーラの言葉の後、扉がゆっくりと開き灰緑の短い髪に茶色の瞳、そして布を口元に巻いていないイーゾが入ってきた。



「お待たせしてしまいました。ネミルさんが意外に頑固で」

「いや、お前煽り過ぎだろ」

「時には荒い治療も必要です。そうでもしないとカチコチのネミルさんの壁はひびすらつけられません」

「―――なんで、イーゾ、が…」



ネミルはこれでもかと目を見開いてイーゾを見る。髪や瞳の色、表情の作り方こそ違うが、やはり二人はそっくりだ。声も話し方が違うだけでよく聞くと同じ声だった。


あの後リカルドが連絡魔術を送ってくれて、テオルドとユフィーラの願いは、国王より許可が下りた。『何だか楽しそうだからいいよ』という言伝もついて。案外ノリが良いのだなとユフィーラは顔も知らない国王に対し話がわかる相手で助かったと不敬にも思った。


その後ハウザー経由でギルにお願いしてもらい、イーゾと会わせてもらった。今回の話と、ちょっと荒療治をする話をすると、イーゾから話す必要があの時はなかったと、カールの花屋の女性への異常な執着行動、そして二人に対し微塵も心がないことを教えてもらったのだ。


イーゾからすると、元よりカールへ肉親という感情は一切なく、逆に片割れを苦しめた憎き相手としての認識だった。





「俺がお前のことを話して頼んだ」

「こちらも動く予定だったので、ついでですけどね」

「それでも、俺がそれを望んだ。…感謝する」

「……んで…何でお前がいるんだ!」



二人の会話を遮り、ネミルが叫ぶ。



「また僕を責めにきたのか…同じ顔で、同じ声で!僕を、僕自身を全否定するのか!!僕の何一つも認めないのか!!!」



それはイーゾだけにでなく、カールに、そして全てに向けたような心の慟哭に聞こえた。



誰かに見て欲しい

誰かに認めて欲しい

誰かに褒めて欲しい



幼い頃に願っていた思いは洗脳という膜で覆われ、本来の心情を異なる次元のものに形を変えてしまったのだろう。


イーゾは無言でネミルの寝台の近くまで行き跪く。



「責めていたんじゃない。お前に早く現状に気づいて欲しかった。…でも俺の粗雑な話し方がお前を惑わせていたんだな。すまなかった」



そう言ってイーゾが頭を下げる。そんな姿を見たことがなかったのか、ネミルが愕然とする。



「ネミル。お前がどんな境遇にいてもどんなに苦しいことがあっても、それでも俺はお前が生きていてくれて嬉しい。俺の大事な片割れだ」



イーゾの言葉にネミルが驚愕した表情になる。



「俺はお前の片割れで、最後までお前の味方だ」



イーゾの簡潔な真摯の言葉が響いたのか。


ネミルの瞳からぽろぽろと涙が溢れてくる。



「…かっていた。…頭の、どこかではわかっていた。それでも洗脳された靄のかかった頭では、どうしても自分の、どこかちゃんと見て欲しいという気持ちが先走って…周りが一切遮断されるような感覚にいつも陥っていた。それでも時々、どうしようもなく虚無な気持ちに、もう、どうしたら良かったのか…」



嗚咽混じりの心の咆哮を吐露するようにぽつりぽつりとネミルが言葉を紡いでいく。イーゾは寝台に腰をかけてネミルの頭を自分の肩に乗せた。



「これからは俺がお前の全部の存在を認めてやる。間違った時は正面から叩き潰してやる。安心しろ」

「………ぅ、ん……うん。…イーゾ、ごめん」

「俺も悪かった」



ネミルの強固な心の壁がようやく崩れ始めた。あとはイーゾの役目なのだろう。ユフィーラはそっと扉から出て行く。



そして恐ろしく険しい顔をしたテオルドに、いくら耳飾りをしていたとはいえ、魔力暴走している相手に平手打ちをかますという無茶をしたことをしこたま怒られユフィーラはいつも以上に小柄になって甘んじてお叱りを受けた。







不定期更新です。

誤字報告ありがとうございます。


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