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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一日24時間を私にください
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トリュスの森での再会






翌日の朝のことである。

あれからテオルド達の話し合いは長丁場になり、ユフィーラはハウザー経由でゼルザからトリュスの森のリセッカの栽培が上手くいっているとの報告をもらい一度採取しに行く予定であったので一足先に休ませてもらった。



いつもの温かさに包まれて目覚めたユフィーラはシャリンって音と共に耳に違和感があることに気づく。耳に触れてみると、固いものが確認できた。首を傾げながら断腸の思いで大好きな温もりから離れ、洗面所にある鏡を見て目をこれでもかと見開く。



「あわわわ…」



耳に着いていたのは白金をベースにした素材に黒と紺色の煌きを持つ雫型の耳飾り。

顔を鏡に付くぐらい近づけよく見ると、あの装飾品店で見たものよりも雫の形が丸みを帯びていて、色合いも黒の割合が多かったのだが、この耳飾りは黒と紺色が半々で綺麗に混ざっていた。



「はわわわ…」



驚愕と歓喜が湧き、その場に座り込んでしまった。


寝る前は勿論着けてはいないし、そもそも持っていない。これを着けてくれた人物は一人しかいないのだ。


ユフィーラは即座に聞きに行かねばと立ち上がる時間すら惜しく、手足を最大限に活用して高速ハイハイでテオルドの元へ向かう。寝台には既に目を覚まして肘を着いて横になっていたテオルドが目を丸くしてこちらを見ていた。



「て、テオ様…これ、これは一体、いつ…――――――まあ…どうされました?」



ユフィーラは四つん這いの格好で首を傾げる。テオルドが枕に顔を埋め背を向けて肩を震わせているからだ。


ユフィーラはゆっくりとハイハイを再開させて、寝台に辿り着く。



「テオ様?」

「――――っ…くくっ――はあ、…苦しかった。あの時も寝起きだったな」



そう言ってこちらを向いて、ユフィーラの耳に触れながら「良く似合う」と言ってくれた。その瞳が僅かに涙目なのはこの際流すことにした。



「テオ様、これは…」

「ああ。フィーに」

「この耳飾りの形は」



そこでテオルドが少しバツの悪そうな表情をする。



「実はこの前アリアナ嬢から連絡をもらってな。フィーが装飾品店で俺とフィーの瞳の色をした雫型の耳飾りの話をしていたと聞いた」



テオルドは少し眉を下げながら耳飾りのついていない耳の部分を弄りながら話す。



「以前から何か贈り物をしたいと思っていたんだが、なかなか良い魔石が見つからなかった」

「魔石…え、これ魔石なんですか?」

「ああ。元は透明に近い白い石だ。それに二人の瞳の色…俺の魔術に黒と紺色を混ぜて組み込んだ」



ということはやはり、あの店のものではなくテオルドの手作りということだ。



「……テオ様が一から作ってくれたのですか?」

「ああ。贈るなら一番初めは自分で作ったものと決めていたからな。ちょうど良かった」



耳に触れてシャリンっと鳴る耳飾りに更に愛しさが募る。



「今まで人に贈り物なんてしたことなかったし自分の装飾品も適当に作っていたから、こんなに集中したのは初めてだったな。…案外楽しかった」



そう言って寝台の上の台からちゃらりと何かを取ってユフィーラに見せる。



「…これはテオ様の?」

「ああ」

「装飾品店で見た時には思い出しませんでした…」

「まあ普段は髪で隠れているし、寝る時は外しているからな」



テオルドの耳飾りは装飾品店の物よりも少しだけ細長い黒色の雫型だ。それを知った時にふわっと思わず無意識に笑みが出る。



「そっかぁ…私頭の中のどこかでテオ様の耳飾りの形を覚えていて、きっとあの装飾品店で見た時に無意識に惹かれたのかもしれません。そしてテオ様からもっと素敵な耳飾りを貰えるなんて。もう思い残すことは―――」

「なんでそうなる」



口唇を摘まれてふがふがなりながらも口元は笑みを止めることはできない。ついつい耳に触れたくなってしまう。



「テオ様本当にありがとうございます。一生物の宝物です!」



満面の笑みでお礼を言うと、テオルドの表情がとろりと蕩ける。



「今まで何も贈らなくてすまなかった。そのあたりが俺にはまだ未熟だと今まで何人に言われたことか…」

「まあ…私も食べ物は遠慮皆無なのですが物を貰うのは慣れてなくて、恐縮していたかもしれないのでちょうど良かったのかもしれません」



ふふっと口元を手で押さえて微笑むとテオルドは顔を寄せて何度も口付けを落とす。案の定真っ赤になってはふはふするユフィーラを満足気に見たテオルドは耳飾りの効果を教えてくれた。


簡単に説明するとあらゆる防御の詰め合わせだ。ただし一度発動されるとただの耳飾りになるので、その時はまたかけ直してくれるらしい。「発動しないことが一番なんだからな」と言うテオルドだったが、近日それが早々に発動されるとはこの時誰も予想しなかったことだろう。


食堂できらきらした表情で耳飾りの素晴らしさを必死に伝えるユフィーラに使用人の皆は温かい目で見ていた。ただ防御の数を聞いて、誰もがそれを施せるのはテオルドくらいだと言われ、ますます大切な大好きなユフィーラの旦那様は凄いのだと再認識したのであった。






陽が真上に昇る前に、ユフィーラはルードと共にトリュスの森へ向かっていた。



「まあ…相変わらず成長するのが早いのねぇ」



久々のトリュスの森の中心部に到着したユフィーラは聳え立つ木々の葉の多さや、周りの草花の数に目を丸くした。



「テオ様や先生の魔術を美味しくいただいてここまで成長したのなら、きっと二人の魔力が心地良いに違いないわね」



ルードから降りて、ここまで連れてきてくれた労いの言葉をかけながら、ユフィーラは森を見渡す。いくつかルードの好物のりんごと葡萄を与えながらゆっくりと中心部へ歩いていく。


相変わらず太陽の射す箇所は少なく、見る者からすれば不気味なのかもしれないが、少しだけ陽が射した時の美しさはどこの森よりも美しく、薄暗くてもそれ以上に木々や草花が咲き乱れ、大好きな場所だと改めて思う。



「確かこの辺り……―――ここだわ」



ユフィーラが最期と思って座った木の根元から少し歩いた影の多い場所の根っこ部分に、ハウザーから聞いていた目印を見つけた。リセッカ専用の促進魔術と、認識阻害魔術に防壁魔術もかかっているらしく、ユフィーラとハウザーのみがそれを見つけられるらしい。他のものには見えないし薬草も採れない状態になっているそうだ。


ユフィーラは自分の魔力を少しだけそのあたりに施すと、リセッカの薬草が姿を現した。



「まあ…こんなに育ってくれたのね。良かったわ、ここの環境が合って」



リセッカの薬草はゼルザの開発した方法により、元気にのびのびと育っていた。今回の精製において、元々無意識に行ってはいたが同じ薬や保湿剤でも効果はそのままで中身や精製方法を少しずつ変えていくことを学んだ。そうすることで効きづらくなった場合にも対応できる可能性があるからだ。



「少しだけ分けてね。また暫くしたらよろしく頼むわね」



幾つか採取してから、ユフィーラは緩く促進魔術をかけた。薬草用の袋に仕舞い、ルードの居る場所へと戻る。時折耳飾りのシャリンと微かになる音にテオルドからの初めての贈り物だと思い出す度に嬉しくなってしまう。



「ルード、おまたせ。まだ時間があるから少しこの辺を散策してから帰りましょうか。最近は忙しくてルードと一緒の時間が少なかったものね」



ルードもだいぶ今の住処に慣れ、レノン達とも仲良くやっているようで活き活きと日々過ごしているが、やっぱりユフィーラとの触れ合いが少なかったことは不満だったらしく、ここぞとばかりに体を擦り付けてきたので、喜んで!のおもてなし対応でユフィーラはひたすら撫でくりまわしていた。


真っ黒に近い艶のある毛並みに顔周りの白い毛並みがまた魅力的で眉間の傷の勇ましさも兼ね揃えているユフィーラの愛馬は今日も美しい。


暫くいちゃいちゃしていると、ルードがすっと顔を上げ遠くを見た。ユフィーラも顔を上げ、ふと最近知った気配を感じる。そして同時にもう一つ。ユフィーラはルードの見ている方向に目を向けた。



「あら」



少し遠くにある木の一つに登ってこちらをみている青年。黒一色の装いに口元には同色の布を巻いている。灰がかった緑の短い髪に茶色の瞳。ユフィーラは首を傾げた。



「少しご無沙汰してました?」

「また気づいたな」

「出来た仔なのです」



そう言って手に擦り寄るルードを撫でる。現時点でルードが威嚇していないので、青年がユフィーラに何かする可能性は低い。ルードはここ最近自分ではなくユフィーラを中心に警戒心を向けるようになってくれていた。ダン曰く、我が主を守ると言う想いが芽生えているのだろうという、主冥利に尽きる喜びだ。


青年が木から飛び降り、こちらに歩いてきた。



「変わった人間だな」

「森渡りでもされているのです?」

「は?」

「この森もパリモの森同様に人によっては入り辛いそうで。それを森から森へと…」

「渡り鳥じゃないんだよ、たまたまだ」



青年がかったるそうな表情をする。



「この前は薬草の生息場所を教えてくださりありがとうございました。お陰様で薬草も見つかり薬も無事出来ました」

「あそ」



青年は興味無さそうに返してくる。それに対してユフィーラは逆方向に首を傾げる。



「ここに居ても気分悪くはならないんですね」



青年が片眉を上げて顎を上げる。



「魔素がちょっと濃いくらいだろ?俺には問題ない」

「ならば魔力が多いか森に選ばれたのですかねぇ」



後者ならばユフィーラはともかく森に危害を加えることはないということなのだろう。



「そういうもんか」

「多分。森もですが、ルード…この仔が貴方が近づいてきても然程警戒していないので。私に危害を加えようとする相手にはこうはなりません」

「あー…確かに動物は何故か寄ってくることが多いな」

「馬は特にらしいですが、動物は本能的にわかるのかもしれませんねぇ」



ユフィーラの手にここを撫でろと押し付けてくるルードを撫でながら、青年を見ると動物に好かれると言われたことが嬉しかったのか、黒い布越しに頬を掻いていた。ユフィーラは瞬きをしながら僅かに首を傾げる。



「こちらへは用事で?」

「あー…まあな」

「それは私かその周辺での出来事の確認みたいなものでしょうか」



そう返したユフィーラに青年の動きが止まる。


パリモの森でユフィーラがたまたま一人の時に彼に出逢い、たまたま薬草のことを聞いてたまたま教えてくれて、トリュスの森でもユフィーラが一人の時にたまたま出逢った。


ハウザーにパリモの森で会った青年とその服装を話した時に聞いた、有り得そうな職業をいくつか教えてもらい、ギルもそんなもんだぞと言われ、なるほどと得心がいったのだ。


身軽で足音のしない動き。口元に布をあてていることで印象がわからなくなる部分はあるが、真正面から改めて見ると髪は短いが良く似ている。確信はさきほどの頬の掻く姿がまるでそっくりだったからだ。



「あなたが私に望むことは何でしょう」

「…」

「私はしがない薬師なので役に立てるかは不明ですよ?」

「どこで気づいた」



先程のだるそうな話し方とは違う抑揚のない声。青年の茶色の瞳には濁りや歪みはないが、微かに刹那的な危うさが垣間見える。ユフィーラは頬を掻く仕草をする。



「以前彼にお会いしたことがあるのですが、そっくりです」



利き手も、頬を掻く顔の傾けの角度も同じだ。



「前回は殆どお顔をしっかり見ていなかったので、というのは建前で薬草探しに神経を向けていましたから。探索中あなたの気配はするのに薬草が見つかる気配がなくて、正直その気配が逆になればいいのになぁと思っていたことは本音です」

「……ふはっ」




微妙に失礼な物言いに青年は思わず噴き出した。そしてユフィーラを見て気を取り直したように話しかけた。



「あんたの敵ではないよ」

「あら、そうなんですね」

「信用するんだ」

「ルードをですね」



微笑むと、青年はユフィーラの隣にいるルードに目を移してから肩を諌める。



「静かな威嚇するなよ。何もしないから」

「まあ、ルードは『やるならわかってるんだろうな』みたいにその綺麗な瞳で私を守ろうとしてくれたの?なんて心強いのかしら」



そう言いながらルードが大好きな白い毛並みの部分を丁寧に撫で、ルードは目を細めながらぶるるっと鼻を鳴らしている。自分を差し置いて馬といちゃつくユフィーラに毒気が抜かれたのか青年は呆れた表情になる。



「何なんだお前達。まあ良い。敵意はないから安心しろ」

「それは良かったです。では理由はなんでしょう」

「ネミルを殺しにきた、で通じるか?」



突如出た不穏な言葉にユフィーラは目を丸くした。







不定期更新です。

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