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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一日5秒を私にください
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契約結婚




ここ最近体調があまり芳しくなかったので、極力部屋で大人しくして、楽になった時のあいまに現状の自分に合う薬を精製したりしていた。デスパで作成した痛み止めは中期のことも考えてなるべく今は使用しないでおきたい。


ふらつきや倦怠感などの体調不良に合った薬を試行錯誤し、試薬を繰り返して総合的な体調不良用の緩和剤が出来上がった。効果は数時間で段々効きも悪くなるだろうから、また改良しながら並行していこうと考える。デスパの方も同時進行して、効能の高いものを精製していく予定だ。


精製後少し休憩し、体調を確認してからスープを作って、夕方前にユフィーラは街へ向かった。暫く家から出ていなかったので、食料がそろそろ底を尽きそうだったからだ。


必要なものを幾つか購入してから、ユフィーラは肉屋に訪れ、若奥さんからはお試しで渡していた手用クリームの好評価をいただいた。ハウザーや月影亭の女将さんからも好評だったので、新しい香りも加えながら製作中だ。注文ももらえたので、だいたいのお届け日を伝えてから、狩りたての新鮮な肉と、大人気惣菜からチーズ入りコロッケとクリームコロッケを頼んで、代金を支払い家路に戻る。



袋の中から揚げ物の匂いに頬を緩ませながら歩いていると、診療所前に誰かが佇んでいるのが見えた。真っ黒なローブで顔は見えないが、背が高いので男性のようだ。診療所は閉まっているし、誰かと待ち合わせかなと思いながら、自分の部屋に繋がる診療所横の上り階段に向かおうとすると、そのローブの人物はこちらに気づき話しかけてきた。


「おい」

「はい?」


どこかで聞いたことのある声だと振り返る。

黒いローブにフードを目深に被り、口元しか見えないその人物は、そのフードから藍色のさらさらした髪が見えて、ユフィーラはふと思い当たる人物に内心驚く。


(あら…まさかまたお会いできるとは)


首を傾げて声をかけられた人物に話しかける。


「もしかして、森でお会いした魔術師の方ですか?」

「ああ」


簡潔な答えが返ってきて、その後沈黙が続く。ユフィーラが逆側に首を傾げる。せっかくの出来立ての揚げ物が冷めてしまうのは何より避けたい。


「あ、もしかして診療所に御用ですか?今日先生は午後から会合とのことで、不在ですよ。診察は明日でないと無理かと」


そう聞いてみるも彼は何も答えずこちらを見ている。


暫く待ってみるが、何も言ってこないのでもう帰ってもいいかなと思い、揚げ物の袋の温かさを確認し、再び階段に足を向ける。


「では私はこれで失礼しますね」


そう言って階段を上がろうとすると、後方から「この前の話」と声をかけられたので振り向く。


「契約結婚のことでしょうか。」

「ああ」


もしや今になって不敬だと責められるのだろうか。どちらにしろここで話すことではないし、何より揚げ物は温かいうちに食べることをモットーとしているユフィーラには、刻々と揚げたてが失われる時間が耐え難く、かなりお腹も空いている。


「周りの目がありますので、良ければ私の部屋へどうぞ。扉は開けたままでいることが前提ですが、他に不安があれば防衛魔術でもかけてくださいな」


あとは本人が決めるだろうと思い、ユフィーラは階段を上がって部屋の鍵を開け扉を開いたままにして部屋に入った。


買い出しの食材などをしまい、出来上がっているスープに火をかけ温めている間、パンと、揚げ物に付け合わせる葉野菜を取り出す。すると、少し開けておいた扉がきぃっと更に開く音がして、その先にはあの魔術師が立っていた。


「扉はそのまま開けておいてください。私、朝から何も食べてなくて、お腹がとても空いているので食事させてくださいね。良ければご一緒にいかがですか?」


そう声を掛けたが、彼はその場から微動だにしない。だが、ここはユフィーラの唯一の聖域なので、好きにさせてもらおう。先程からお腹がくるると鳴って仕方ないのだ。


「デスク近くにある椅子へどうぞ。流石にずっと立っていられると食事し辛いです」


ユフィーラは都度話しかけながらも食事の準備を進めていく。温めたスープをよそい、袋からまだ十分に温かい揚げ物を確認して思わず微笑む。葉野菜が盛り付けられた皿に乗せてパンも出す。無言で入ってきたが、一応お客様なのでポットから湯を注ぎ、紅茶だけデスクの近くへ置いた。


過去の自分の食事から考えると素晴らしすぎる食事内容と、それを働いてお金を得て食べられることの感謝を込めて「いただきます」と小さく呟いて、食事を始めた。大好物のクリームコロッケを口に入れると、ベシャメルソースの濃厚な風味と肉屋自家製のベーコンの旨味が見事に合わさって相変わらずの逸品だ。嬉しすぎて握り拳を天に向かって突きつけたいのだが、本日はお客様がいるので、お淑やかにしなければと口元を手で押さえるのだが喜びは我慢できずににまにましてしまう。


「ああ、美味しい…あ。魔術師様。お話でしたらいつでもどうぞ」


目を合わせてその漆黒の瞳を見ながら伝えはするが、現在はクリームコロッケの方に軍配が上がってしまうので視線はすぐ皿に戻る。相変わらず、彼は無言のままだが、デスク近くの椅子には座ったのを視界で確認して安心して食事を続けた。


食事中もひたすら無言なので、活躍された魔術師団の人なのに暇なのかなと失礼なことを考えながらも、食事を終えたところで、話しかけられた。


「あの契約」


そう切り出されて、ユフィーラは満足してお腹を擦りながら対応する。


「はい。それがなにか?」

「契約しても良い」

「―――まあ」


文句の一つでも言われるものだと思っていたが、まさか了承の方だとは微塵も思っていなかったのでびっくりだ。


「――何だ」

「魔術師様が何故考えを改められたのかなと不思議でして」

「―――――テオルド」

「はい?」

「名だ。テオルド・リューセン」


テオルドの漆黒の瞳を見つめると、微かにとくんと胸がざわめく。


「テオルド、様ですね」

「様はいらない」

「私は平民ですから。爵位持ちでしたよね?それもあの時聞こえました」

「…本当に何も知らなかったんだな」


ユフィーラが知るのはあの森での話の内容だけだ。


「魔術師団の副団長。その地位に就くのに爵位が必要で叙爵された」

「あらまあご立派ですね」


令嬢から大人気なので地位的にも上だとは思ってはいたが、まさかの副団長とは。ということはあのブロンドの上司は恐らく団長なのだろう。二人共、物凄い大物だったということだ。


知らなかったとは言え、かなり大胆で無礼な行いだったのではと思い、ユフィーラはへにょんと眉を下げた。


「そこまで高位の方だとは知らず、申し訳ありませんでした。副団長様なら、契約結婚とはいえ平民とは流石に難しいのでは?」


幾らテオルドが了承しても爵位があり、魔術師団、しかも副団長の地位ならば周りが許さないのではないだろうか。


「俺は元は孤児だ。この国では王国騎士と魔術師は能力重視。不当な圧力をかけられないように騎士爵や魔術爵を授けられる」


耳に響く緩急のない低音の声が心地良く耳朶を打つ。こんなに喋ることもあるのねと、もっと聞いてみたいと目を伏せて耳を澄まして待つ。


すごく間が空いた。


「おい」

「もっと」

「なにが」

「もう少し長く」

「なにを」

「言葉数」

「なんで」

「いえ」


粘ってみたが、三文字しか引き出せない自分の実力の無さが憎い。


「私のことはある程度お調べに?」

「ああ」

「ではそれらを含めてテオルド様は私が提案した契約結婚をされるということでよろしいのですか?」

「―――ああ」

「嬉しいです!では話を詰めていきましょう!」


二文字でも言質をとったと、弾けるような笑みで返すと、テオルドは僅かに目を丸くした。


少しお待ち下さいと声をかけ、紅茶の残りを飲み干し、食器類を流しに置いてから、真っ白な数枚の紙とペンを持ってきた。


先日話した内容を思い出して書き出していく。


「前にもお話しましたが、この部屋はお借りしているものなで一緒に住めません。通い婚で構いませんか?」

「―――叙爵された際に家を賜っているから問題ない。部屋もある」

「まあ。では使用人の方はいらっしゃいますか?その方達には契約結婚だとお話して問題ないですか?」

「信用できる奴等だが―――契約だとは言わなくて良い」


契約が切れた後に面倒ではないかと思ったが、テオルドがそう言うならばそれに従おう。


「わかりました。では森で出逢って意気投合した、的な感じでお話を合わせておきますか?他に案があればそれに従いますが」


契約結婚であるということを言わないならば、婚姻に至る経緯を合わせておかないと必ずぼろが出そうだ。


テオルドはそのことを想定していなかったのか、暫く固まっていたが、「…それでいい」と呟いたのでそれで決定した。


「偽装であることを教えないのならば、多少仲睦まじくしていないと疑われてしまうので、ご多忙だとは思いますが、時間が空いて気が向いた時にでも食事の時間などご一緒にしてもらえると嬉しいですね!」


追記しながら書いていく。


「こんなものでしょうか。他にご要望はありますか?」


書き終えた紙を渡す。テオルドの目線が紙に向いている間に全く飲んでいない紅茶を引き取り、新たに入れ直して同じ場所に置いた。


「部屋は別々だ。遠征や泊まり込みも多い。年に一度の王宮主催の舞踏会も断っている」

「お部屋はどこでも構いません。副団長様はとても忙しいのですね。舞踏会はそもそも私は平民ですし、マナーも何もできませんので正直助かります」


へらっと笑むと、テオルドは不可解な表情になる。無表情のままなのだが、よく見ると意外に瞳の動きが違うような気がする。


「私に直接物申してくるご令嬢方には迎撃可能ですが、隙をついてそちらに向かったら、適当に上手く言っておいてくださいな」


そうしてくれないと、契約結婚した意味がないものね。私だけお得になってしまう。


「テオルド様と一年ご一緒できるのを楽しみにしています」


テオルドは少し目を伏せてから再度ユフィーラを見た。


「契約は一年だ。それ以上超えることはない」

「はい」

「後から延ばすとごねるのは止めてくれ」

「不可能なので大丈夫ですよ」

「不可能?」


訝しげに聞き返されて、しまったとユフィーラは口を噤む。

この契約結婚にあたり、ユフィーラは自分の病のことを誰にも言うつもりはない。


精一杯望むように前を見ようとしているのに、可哀想だとか、憐れだとか気を遣われたくない。この契約結婚がなくても周りに気づかれないように少しでも過ごせるように薬作りに精を出していたのだから。


残りの余生を悲観的に生きるなどごめんだった。例え短くても良い人生だったと、自分を褒めてあげたいのだ。自己満足だとしても。

勘ぐられないようにユフィーラは微笑んで上手く言葉を繋げた。


「誓約魔術をしますので、問題ないかと。私がかけてもいいのですが、テオルド様の方が魔術に長けているので、その方が確実だと思いますがいかかでしょうか」

「―――わかった」


言葉を掘り返されることはなかったので、ユフィーラは安堵した。


「希望は」

「え?」

「内容が殆ど俺寄りだ」

「え?そうですか?」


ユフィーラはこてんと首を傾げる。

これがお互い想い合っているのならば、とんでもない内容なのかもしれないが、ユフィーラは胸が高鳴るが、それがどういうものの感情かすらまだわかっていない。それを解明できるかもしれない一緒に住む条件で充分だと思っていた。


でもテオルド的には私の利が少ないという。


「そうですねぇ。あ!お屋敷には庭はありますか?」

「広くはないがある」

「それなら庭の使っていない一画をお借りしたいです!薬草を育てたいので。それと、できれば部屋はその一画が見えるところだと有り難いです」

「わかった」


いつか小さな家を買って庭で薬草をこれでもかと育てたかった願いも叶えられるとは!


ユフィーラは思わず両手を握り目をきらきらさせる。


「他は?あとからあれこれ言われたくない」


これだけ叶えたいことが実現されているなら、もう他には―――と思ったところで、一つだけ願いがぱっと頭に閃く。


「あの…もしご迷惑でなければ……、一日一回で良いので、ぎゅっとしたいです!」

「……ぎゅ?」


本日一番の不可解な顔と声をテオルドから引き出すことができた。まだ良いというならば、ここは押してみようとユフィーラは張り切る。


「お仕事行く前でもお帰りの時でもいつでもいいので、こう、ぎゅっとしたいです!」


両手を腰に回すように動かして説明する。テオルドの表情が少し険しくなる。


「抱き締めるということか」

「はい!あ、抱き締めるのは私なのでテオルド様は無理しないでくださいな。私が、こう、ぎゅっとしたいだけなのです。10…いえ、5秒で。一日5秒だけいかがでしょうか!」


契約結婚、薬草栽培、そして胸が高鳴る解明と、更に心をざわつかせた抱擁までできるとはなんて贅沢なことだろう!


ついつい推し進めるように、言葉を連ねながら何度も腰をぎゅっと回す仕草を続けていると、テオルドが一瞬だけ目を柔らかく細めたような気がした。


「わかった」

「!」


願いが通ってユフィーラは満面の笑みになった。


「ありがとうございます!」


ユフィーラはうきうき顔で、新たな紙に清書し始める。暫くそれを眺めていたテオルドが新しく入れた紅茶に口をつけているのが視界に入り更に顔が綻ぶ。


ユフィーラとテオルドの二枚分の誓約魔術用の書類を作成し、自分の署名部分に名前を書く。一つ二つならば口頭でも誓約できるが、これだけ数があるならお互いわかりやすいように書面に残して誓約魔術をかける方が良いだろう。


「ではテオルド様、お願いしても良いですか?」

「ああ」


紙を渡すと、テオルドはさらさらと署名してから少し手を翳すと魔力の小さな織が顕現して、ユフィーラは目を輝かせるが、すぐにそれは消え去った。


「できたぞ」

「早っ」


そう言って二枚のうち一枚をこちらに返してきた。


「契約成立だ」

「はい!いつから始めますか?」

「いつでもいい」

「ではきりの良い来週からで良いですか?」

「それでいい」

「わかりました!」


住んでいる場所を教えてもらい、諸々話がまとまると、「じゃあ」といって、テオルドは立ち上がり扉から出たところを、引き止めた。まだ仄かに温かさが残っている袋を渡す。


「あまりに空腹過ぎたので、一人で食事してしまいごめんなさい。これ近所の肉屋さんの絶品揚げ物なんです。良かったらどうぞ」


そういって半ば押し付けて「では来週!」と言って部屋に入った。


体調はいまいちだったのに、薬の効果もあるだろうが、何より気分が高揚していて元気が漲るよう。


(たった一年だけど)


それでもこれから一年をめいいっぱい色々な経験をして楽しんで、テオルドもその一年が少しでも穏やかに過ごせますようにとユフィーラは願った。




誤字報告とても助かります。

ありがとうございます。

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