手詰まりと朗報
「じゃあ効能の高低を照らし合わせると、大体蕾、花、根、茎、葉の順になるのは一緒か」
昼食後に二人がそれぞれ鑑定魔術した結果を照合してみたところ、大まかに同じ結果であった。
「無効化に近い状態にもっていけそうな蕾がどこまで効能を発揮してくれるかは精製してからでないとわからんな」
「はい。もしかしたら低いものと高いものを合わせて新たに効能が高まる、逆に下がる可能性もあるかもしれませんね」
「そうだな。あらゆる可能性はあるが、何通りも試してみないことにはどうしようもない。まずは幾つか精製してみるか」
「わかりました。先生の精製は始めて見れます!」
「一応医師だからな。治療魔術が効かなかった時に応急処置の薬くらい作れなかったら使えないだろ」
ハウザーには魔力の残量に気をつけろと言われたので、すぐ近くの見える所に置いて再開させた。
「ユフィーラ。今日はもう終わりだ」
そう言われて瞬き一つすると、目の裏が疲れを帯びたようにじわりと潤む。
外を見ると薄暗くなっていた。ユフィーラもちょうど集中力が途切れたところだったので、返事を返して片付けを始める。この日に出来たのは緩和の手前程度のものだった。明日はそれを重ねて効果を高められるか試してみようと思いながら帰路に着いた。
その晩のユフィーラは寝台に入った瞬間に意識がふわんと落ち深い眠りについてしまった。
翌日、翌々日と精製に取り組んだが、ここで蕾の欠点が見つかった。蕾のみの精製だと緩和と無効化の間くらいまで効果が出たのだが、重ね合わせた時一気に効能が落ちたのだ。他のものと掛け合わせてみたが、結果は変わらず。蕾がリセッカの部分で最も効能が高かったのでユフィーラは思った以上にショックを受けた。
「蕾以外の部分は五回以上重ね合わせると効果が止まってしまいました。まさか蕾の弱点が重ね合わせとは…」
「まあそんなもんだ。希少な薬草だからこそ解明が他の薬草より少ないからな。緩和の効能の高いものは取り敢えず出来たから上々だ」
「はい…」
折角の高い効能の部分が一番活かせないのがとても悔しい。ユフィーラは蟀谷を揉みながら何か閃きがないか奮闘するが何も出てこない。
その時扉がノックもなくバンっと開く。そうする相手はこの研究所では一人だけだ。
「栽培方法わかったぞ」
精製のほうでは手詰まり状態に陥っていたが、嬉しい朗報にユフィーラは目が輝く。
「思ったより遅かったな」
「お前ふざけるなよ。そこそこ大変だったんだぞ」
ハウザーの言葉に即座に返すゼルザ。
「ゼル様、連日ありがとうございます!」
「おお、やっぱ女の子は可愛いな。愚息はいかん」
「早く報告しろ」
ここ数日で何度かお父様だお祖父様だと会う度に言われ、流石にそれはと思ったユフィーラが発案した『ゼル様』にゼルザはあだ名みたいで良いなと殊の外喜んでくれていた。因みにユフィーラの呼び方は『ユフィちゃん』だ。ハウザーは殊の外嫌そうな顔をしていた。
「一通りの方法が全く掠りもしなくてな。その時ユフィちゃんが、トリュスの森と雰囲気が似ていると言っていただろう。あそこの特に中心部はパリモの森と同様人を選ぶ特質のようなものがあるからな」
そういえば以前テオルドがユフィーラは選ばれた、と言っていた。つまりそういうことなのだろうか。
「何人か行かせたが途中で魔素によって不調者が続出してな。今朝俺が行ってみたら何の問題もなかった。こいつほどではないが俺も多少魔力強いしな。いや、久々に外に出た」
ハウザーを顎で示しながらゼルザが話しているのだが、一体何日ここに籠もっていたのだろうとユフィーラはそちらが正直気になった。
「中心部に巨大な木があってな。そこの周りに蔓延る木の根元の一箇所が一番魔素が濃くて少し湿気が多かった。パリモの森は魔素は濃くないが海風がある。トリュスの森は海風がないが魔素が濃い。上手く魔素を使って似たようなものに変化できないか、とな」
中心部とはもしかしてあの思い出の場所のあたりだろうか。
ゼルザの言葉にハウザーが目を丸くする。
「闇の魔術を応用したのか」
「ああ。闇はなかなかに使いづらいが、使い慣れれば応用率が一番だと俺は思っている」
ゼルザも闇魔術の使い手ということだ。光と闇の魔術の希少価値が高いのはユフィーラでも知っている。
「水と風。それに闇魔術の応用で海風に近い状態を木の根元周辺に継続的にかける。土は元々魔素が濃いからそのままでいけそうだ。そこに一株植えて促進魔術をかけた結果がこれだ」
そう言って、白衣から保存魔術のかかったリセッカを取り出した。そのリセッカは橙色の花が満開状態に咲き、しかも瑞々しい。
「満開で、生き生きしてます!」
「だろ?これで多分いけるぞ。何度か確認作業はするがな。確定したらお前が継続してかけ続ければいけるだろう。認識阻害もかけとけ。だが成長はマージやデスパに比べると数倍遅いことも覚えておけ」
「わかった」
「ゼル様ありがとうございます!引き続きよろしくお願い致します」
「うむ。可愛い孫の為だ。爺は気張るさ」
「誰が孫だ」
精製の方は先行き不安ではあるが、リセッカは栽培方法が見えた。ユフィーラはまた明日気を取り直して頑張ろうとぐっと拳を握った。
帰宅後、夕食時にリセッカの栽培方法の朗報をユフィーラは皆に報告していた。今日はまだテオルドは戻っていない。
「そっかぁ。リセッカの継続維持が出来ただけでも良しよね。これで残り株を気にせずに挑めるわね」
「はい。できれば精製も早いに越したことはないのですが、焦ると良いものができないことは過去から経験済みですから」
「焦るとミスも出てきますから良い判断だと思いますよ」
「ユフィーラ連日頑張ってるもんなぁ。ルード達が寂しがっているから明日出かける前にちょっとだけ声かけてあげてくれ」
「そうですね。ルードやレノン達にちょっと揉まれたくなってきました」
少し癒しと元気をもらって改めて頑張りたい。
「そうしてあげな。そういえばブライン、柔軟剤用に頼んであるレモンバームの方は仕上がってる?」
「微妙。香りの強さが弱い」
「時期が早いってこと?」
「違う。前回と同じ方法で育てているのに」
「同じなのに今回は違うの?」
「うん」
今回のレモンバームは香りがブラインとしてはイマイチらしい。
「へえ。俺も出来上がったら少し料理に欲しかったんだが、納得がいかないのか」
「うん」
「レモンバームは是非完璧に仕上げて欲しい。私が個人的に好きな香りだ」
「…ジェスが柑橘系の香りが好きだなんて何か驚きだわ…」
「私を何だと思っているんだ」
そんな会話が繰り広げられる中、俯いて考えていた様子のパミラがブラインを見る。
「ねえ…土も植物を育てる魔術もいつも通りなのよね?」
「うん」
「気候は?」
「問題ない」
「それならさ…もしかしたら耐性がついているんじゃないかな」
「耐性?」
ブラインが首を傾げたのをパミラが頷いて説明し始めた。
「前にね、洗濯してる時に今までは問題なくしっかり洗えていたのに、一時期過ぎたら何だか洗いが足りなく感じた時があったんだよね」
パミラは腕を組んで思い出しながら話していく。
「洗濯機も洗剤にも問題はない。なのに汚れがとれない。原因不明だったんだけど、ある日ふと洗濯時にかけている魔術が問題なんじゃないかと思ってさ」
「俺の魔術が衰えたってこと?」
ブラインがきつめの口調で言い返すのをパミラは首を横に振る。
「そうでなく。ほら、例えばダイエットしている時に急に体重減らなくなる時期ってあるじゃない」
「さて。やったことがないので何とも」
「ランドルン、シーツをカピカピにされたいの?」
「それで?」
ブラインがランドルンのからかう言葉を遮断する。
「それと似たようなものかなって思って、いつも使う魔術でなく同じ効果を与えるんだけど魔術の中身を少し変えてみたんだ。そしたらしっかり洗えてた。要は同じことを続けていると、時には相手や物にも耐性がついて効きづらくなるんじゃないかなって」
「あーあるねそれ。料理でもある。同じ調味料と同じ素材なのに何か僅かに違うんだよねぇ」
ガダンが得心いったようにカウンターから頷き、続けてアビーも頬を擦りながら言う。
「魔術ではないけど化粧水もあるわ。肌が慣れたのか何か効果薄れてる?って感じるの。今はユフィーラが素材を微妙に変えながら作ってくれているからなくなったけど」
「魔術自体は変えずに中身を少し弄る感じ?」
「そう。少しずつね。効果が変わってしまわないように」
「やってみる」
ユフィーラは皆の話を聞きながら頭の中で何か一瞬閃いた気がした。
(耐性がついてしまう……)
仮にだ。リセッカが無効化の薬として記憶されているということは、過去にそれを精製した者がいるということだ。もしそれを作り続けたことで今現在生息しているリセッカの効能が変わってしまっているという考えは飛躍し過ぎているだろうか。
例えば精製した誰かが残った部分で繁殖を試みようとして植えたものが耐性がもしついていたならば。もしその近くに自然のリセッカが生えていて、それを吸収して耐性をつけたのだとするなら本当に高い効能の部分が現在では殆ど意味がないとするなら。
そこでユフィーラはパッと思い出す。
「…葉だわ」
「え?」
すぐ近くにいたパミラが聞き返したので首を振る。頭の中で色々試行錯誤してみるが、閃きから発展はまだできない。
(もし、葉の部分が一番効能の強かったものだとするなら、精製の仕方がまた変わ…――――――――)
寝台に横になり、これは今夜は考えて眠れなく……なるなんてことは全くなく。
今夜も、ものの数分でユフィーラはすぅすぅと寝息をたてていた。夢現の中、温かく包まれる感覚にユフィーラは笑みを溢した。
不定期更新です。