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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一日24時間を私にください
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一から精製する薬作り






その後のゼルザはご機嫌で薬草の栽培方法を請け負ってくれた。ハウザーから採取できた環境を説明されて、顎髭を撫でながら宙を見ている。



「まあ…この周辺の環境だと難しいかもしれんなぁ。温室で気温や土壌は何とかなっても海風に似た再現は最難関。似たような環境が完成してもリセッカがどれだけ対応できるか…これが可能になったら今後飛躍的に薬関係が急発展するかもな」

「リセッカに関しては俺とユフィーラ専属だぞ」

「わかっとるわ。それでも多少は俺に融通利かすことくらいは良いだろうに」

「それはこちらへの報酬次第だな」



ぽんぽんと小気味の良い応酬が続く様はまるでちょっとした喜劇を見ているようだ。



「明日からの精製に研究所の一室を借りるぞ」

「ああ、好きにしろ」



行くぞとハウザーに声をかけられ、ユフィーラはゼルザに向き直る。



「ゼルザ様、薬草の件、どうかよろしくお願い致します。お部屋の提供も快く対応して下さりありがとうございます」

「お父様でいいぞ」

「はい?」

「お祖父様の方がいいな」

「耳を貸すな、行くぞ」



ハウザーに言われ、ユフィーラは一礼して辞去する。



「先生のお父様はとても面白い方なのですねぇ」

「あれ本気だぞ」

「はい?」

「忘れろ。明日から暫く研究所に通うことになるが問題ないか?」

「はい。薬と保湿剤共に依頼分は出来上がっていますし、急なものも対応できるように多めに作っていますので」



ハウザーは頷いて明日の朝食後に迎えに来ると行って、ユフィーラの家まで転移で送ってくれた。


ハウザー本人だけでなくユフィーラを連れて共に転移するというのは、前にジェスさえも驚嘆していたが魔力もさることながら魔術の技術も相当なのだとか。実は高度な魔術を難なくやっているハウザーは凄いのだなぁと改めて感心してしまう。




帰宅後、夕食の場にてブラインにゼルザとの会話でブラインの植物への改良の手法がどれだけ凄いことを事細かに伝え、ゼルザも研究員に欲しいくらいだと絶賛していたことを話すと、「別に応用の応用を重ねただけだし」とそっぽを向いて呟いていた。そしてほんのり耳は赤い。きっと喜んでくれたようだ。



「まあ気分乗ったら話してやってもいいけど」



でも研究員とかごめんだし、との言葉を聞いてユフィーラはテーブルの下でぐっと握り拳を作った。


ダンからは「出た、使用人キラー」と多分お褒めの言葉をいただいた。ユフィーラは使用人自慢大会があるとするならテオルドが圧倒的優勝、ユフィーラも準優勝を勝ち取れるくらい盛り沢山に幾らでも湧いてくるのだと満面の笑みで伝えれば、使用人一同もじもじ動作、流れ弾を受けたテオルドは目元を覆っていた。





翌日、ユフィーラはハウザーと共に研究所に赴いた。昨日訪れた二階の一番奥の部屋の手前にある一室を借りて今日から薬の精製研究に入る。


部屋の中に入ると流石は研究所というだけあって、様々な機材や設備が所狭しと並び充実している様を見てユフィーラはぽかんと口を開けた。



「うわわ…これは凄いですねぇ」

「緊急まではいかずとも一応な。使える機材や設備が不足するという精製以前の問題を無くせるならそれに越したことはない」



ハウザーは登城時の正装ではないが、外出用の服装の上着を直ぐに鬱陶しそうに脱ぎ、白衣に着替える。普段は適当に結った髪に無精髭と白衣の組み合わせなので、すっきりした肌と髪型に白衣は何だか新鮮だ。



「ここの白衣は借りないんだな」



ユフィーラが荷物から出した作業用のシンプルな形のグレーのエプロンにハウザーが尋ねる。



「先生の白衣と研究所の白衣はちょっと形が違うのですねぇ。でも両方共裾と袖が長いので私が着たら服に着せられた感でちょっと。小柄なもので」

「何で長さが統一していると思ったんだ」



ハウザーの突っ込みを聞き流しながらユフィーラは邪魔にならないように髪を纏め上げる。



「精製の順は何か決まっていますか?」



ハウザーは保存魔術で保存した数株のリセッカを取り出す。



「無効化が一番なんだろうが、どこにどうひっかかるか未知数だからな。やりたいものから試してみろ」

「はい。ではリセッカの鑑定魔術から始めて緩和、中和か無効化、先を見て病の場合の薬もということですので、流れの状況に併せて進めていきます」

「ああ。俺もちゃんとした精製は久しぶりだからな。頭が鈍ってなければ良いが」



その会話を最後に二人はそれぞれの机に向き薬の精製研究に突入した。



別々にリセッカの鑑定をするのも理由があり、使う魔術の魔力によって多少異なる場合もある。そこから何が生まれるかわからないので、ある程度煮詰めるまでは個々でやっていこうということになった。取り敢えず二株預かったユフィーラはリセッカの全体を観察する。



(蕾も開花手前のものがある…もしかしたら蕾と花で効果が変わるかもしれないから、蕾は最後。まずは根っこと茎、その次に葉…)



頭の中で順序立てながらユフィーラは集中モードに入った。現在の薬作りはだいぶ方法が確立してきたが、お初の薬草からの精製方法を生み出していくことは初めてだ。似たようなところでマージの魔力増加量の増強以来かもしれない。よく集中し過ぎて、人が来ても気づかなかったり、滅多にないが食事の時間すら忘れていたこともあったくらいだ。



そこから暫くの間、部屋には機材と魔術の展開音のみが鳴り響く。



ユフィーラはリセッカのそれぞれの部分を慎重に切っていき、それぞれをシャーレという研究専用の浅い透明の入れ物に入れて鑑定魔術をかける。花と蕾の部分は後にとっておく。



(茎は緩和効果がせいぜい…葉は緩和というよりは…もしかしたら他の用途に回した方が良いのかも。一番効能が高そうなのが根っこの先の部分)



白い紙にそれぞれの結果を記していく。続いて開花手前の蕾に緩く促進魔術をかけ少しだけ咲いた所で止める。他の開花手前の蕾を促進魔術の程度を変えながら咲き方に変化をつけてそれぞれ調べていく。蕾も同様にしっかり蕾んでいるものから開花まではいかないが少しふっくらしているものと全て分けていった。



(効能が高いものだけが良いとは限らない。弱いものと併せて精製することで向上変化が起きることもある…けど、回数はかなり多くなりそう…)



ハウザーと二人で未知の薬作りに一体どれくらいかかるのだろうと、少し不安が湧いてくるが、ここは先ず鑑定を終わらせてからあれこれ悩めば良い。ユフィーラは一瞬途切れそうになる思考を戻して再度集中させた。





「おい」



どこかで声が聞こえるが、もう少し。その声を放置してユフィーラは鑑定魔術を施す。



「ユフィーラ…一旦止めろ。枯渇手前になるぞ」



そう言われたのと同時に目の前が何かに覆われ視界が真っ暗になり、ユフィーラは瞬きを一つする。目の前を覆っていたのはハウザーの手であった。



「まあ…何か?」

「何かじゃない。自分の魔力を見ろ」



そう言われて首を傾げた矢先にくらっと目眩が起こった。



「あら……先生、止めてくださってありがとうございます」



そう言うとようやく覆われた手が離され、ぼんやりとハウザーの顔が見えてきた。机に置いてあった魔力薬を渡され、ユフィーラはゆっくりとした動作で魔力薬を飲みながらぎりぎりまでやっていたことを忘れないうちに紙に書き記す。



「お前の集中力は大したものだが、そのうち倒れそうだな」

「今までは元にある薬からの改良が殆どでしたからねぇ。一から考えること自体が初めてなのでちょっと勇み足の状態になっていたようです」



魔力薬の効果が出てきたのか、目眩もなくなり周りの景色も鮮明に戻ってきた。



「取り敢えず昼食を摂ってから、お互いの鑑定合わせでもするか」

「まあ……もうお昼…」



あれから二刻を有に過ぎていたらしい。同じ格好で座っていたので体の節々が痛む。少し体を動かしながらユフィーラは荷物から箱を二個取り出した。楕円に近い形の目の細かい木で編み込まれた籠に多様なミニおかずとサンドイッチが入った、ガダン特製のランチボックスだ。


ユフィーラはガダンにまたもやお強請りをしていた。ガダンからは、構わないけど王宮周辺にそれぞれの食堂があるし、王都で気分転換がてらお店に行くのも有りだぞと言われたのだが、ユフィーラは薬の精製に取り組む時に限り転換、つまり状況を変えることを好まないのだ。


人によっては気分が一新して何か閃くということがあるのかもしれないが、ユフィーラに至っては折角詰めていたものが霧散されるような感覚に陥るので、こればかりは仕方ない。


それに気分転換はガダンの拵えてくれたもので十分事足りる。きっと昨夜残った物をリメイクして味に変化を加えて新たな一品になっているとか、好物を投入してくれているとか、こってり味とさっぱり味の一品を敢えて隣に置いてくれているのだとか、それを発見する時間こそがユフィーラにとって気分転換になるのだと伝えると、ガダンが小声で「…キラー直撃…破壊力が…」とカウンターの肘からテーブルに顔がずり落ちていくのをユフィーラはメニューでも考えているのかな的に首を傾げていた。



そして何日かかるか分からないので、比較的簡単なサンドイッチをとお願いしたのに、朝渡されたものはなんとも可愛らしいミニパスケットに入ったランチボックスだったのだから、雄叫びと同時に両手を天井突き破るくらいの気持ちの勢いで掲げるしかないではないか。


ガダンの優しい心遣いで勿論ハウザーの分も作ってくれているので、ユフィーラはきらきらした目でランチボックスを凝視しながらおいふぃ!と味わっているのをハウザーが隣で苦笑いしていた。







不定期更新です。

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