似たもの親子
「念じれば通じるといっただろうが」
急いで待ち合わせ場所に向かったユフィーラはその場で足踏みをしてそわそわと待ち構える。そしてハウザーが戻ってきたところを駆け足で近寄り、木の上に居た青年に遭遇して色々教えてもらったことを一気に話した後のハウザーの一言がこれであった。
「…あ」
「次回からちゃんと使え」
そう言って今までよりゆっくりと手を伸ばしてユフィーラの頭を撫でてくれた。
以前シモンに肩を突き飛ばされてから、伸ばされる手がまた少し怖くなってしまったユフィーラに対し、ハウザー始めテオルドや使用人の皆も殊更優しく対応してくれることが何よりも嬉しく有り難いことだった。
「それにしても、この森に詳しい人間が居るなんてな」
ハウザーの言葉に、どういうことだろうと首を傾げていると、彼曰くこの森は少し特殊なのだそうだ。そこにずっと居られる人間は滅多にいないという。
「お前が無駄に構えるのも何だし、俺が渡したそれで事足りるからな」
ハウザーと共にガダン特製のピタパンサンドに舌鼓を打ちつつ、この森の逸話を聞く。
パリスの森は別名、人を選ぶ森と言われている。入った人間の魔力や人間性に寄って森のイメージががらりと変わるそうで、森が望まないような人間だとおどろおどろしい森に見せ恐怖を植え付けて早く森から去らせ、そうでない人間にはそのままの森の姿を。まるで意志をもっているかのような動きを見せるのだとハウザーは説明する。
「まるでトリュスの森の中心部のようですね」
「ああ、かもしれんな」
「中心部と言えば、先生にお尋ねしたいことがありました」
ユフィーラは以前テオルドに言われた七色の蝶の話をハウザーに伝える。
「余計なことを…」
その時のハウザーの表情は珍しく目元を手で覆っていたのでその様子をじっと見つめていたら片手で顔を覆われユフィーラは必死にむがむがと足掻いた。ようやく外れたと思った時にはハウザーはいつも通りに戻っていた。
「あの七色の蝶は先生の魔術なのですか?」
「…まあ偶然の産物みたいなものだ。たまたまあの場所で魔術を試していたら近くにいた蝶が突然変異したんだろうよ。闇の反転魔術だな」
ユフィーラに魔術のノウハウは詳しくわからないが、ハウザーの魔術の能力は特等魔術師に匹敵する以上だと聞いたことがある。ユフィーラにとってもあの七色の蝶は最期だと思っていたその時も、ずっと側に居てくれた存在でテオルド曰くずっとユフィーラを守るように大量の蝶が群がるように守っていたと言っていたのだ。
「偶然の産物とは言え、あの綺麗で美しい蝶たちのおかげで私の命が繋がれたのだとテオ様は言っていました。私はテオ様と先生に命を救ってもらったんですね」
そう言って微笑む。それをじっと見ていたハウザーが更に珍しく眉を下げた少しだけ困ったような笑みを見せた。
「……お前が助かって良かった」
そう言って、優しく頭を撫でてくれる。それがとても優しくて、温かい。目を瞑って堪能してると、ふいに鼻をむぎゅっと摘まれた。
「ぅがっ」
「休憩は終いだ。中心部に向かうぞ」
「むがが」
そう言ってぱっと手を放しさっさと歩いて行ってしまったので、歩幅が!と訴えながらユフィーラも後を追った。
それから一刻ほど過ぎた頃。
「せ、先生!もしかしてもしかしなくても、いやもしかするならば―――」
「落ち着けお前は」
大木の根本の周辺を見廻り少し薄暗い箇所を覗いた時、くすんだ緑色と橙色の蕾でユフィーラの手の平に収まるくらいの小さな薬草が、狭範囲だが群生しているのを発見し興奮で言語がおかしくなるのをハウザーが通常仕様で突っ込んでくれる。
ハウザーが屈んでじっと薬草を見つめ、少し顔を傾けて眺めながら元に戻してユフィーラに向く。
「これだな。良く見つけた」
ユフィーラは両手を拳にして掲げた。
ハウザーの保存魔術で周辺の土と共に掘り上げて半分ほど保存し、「残しておけばまた新たに生えるだろうからな」と、この地点に座標魔術を施した。
「思ったよりも早い時間に達成できたな。このまま研究所に行くぞ」
「今から行ってもご迷惑にならないですか?」
「ああ。この量でどれほど作れるか、それ以前に出来上がるまでどれだけ使うかもわからん。繁殖させる方法を試すには研究所でやらせる方が早い。薬の開発もそこでやる方が効率も上がる。夕食前には帰れるようにはするが、できそうか?」
「はい!ガダンさんのピタパンサンドの効果はまだ継続中です!」
「そりゃ何よりだ」
そこそこの量は採れたが、作り方すら何もわかっていないのだから薬草が増えることに越したことはない。
ハウザーはテオルドと屋敷の方にそれぞれ報告がてら連絡魔術を送ってくれて、その後転移で王宮まで連れて行ってもらった。ちゃんと到着直後に魔力薬を上納済みである。
「何だハウザーか」
王宮正門から先の分岐点の真ん中を進み王宮手前にある要塞のような造りの建物の前にいる門番の許可を得て入っていった。
二階の一番奥にある扉を開けて直ぐ様目に入ってきたのは、机に頭を抱えながら唸る人物。ハウザーは溜息を吐き、ユフィーラは具合でも悪いのかなと首を傾げていると、その人物がこちらに気づいて見てからの第一声である。
「リセッカの栽培方法を調べてくれ」
「ふざけるな、今忙しい。去年の小麦の収穫率は雨が続いたせいで例年より減少した。雨でも多少は持ち堪えるよう改良を考えねばならんが良い案が浮かばん。期限が迫っている」
そう言いながら整えていない黄色に近いブロンドをがしがしと掻き、ふさふさの顎髭を撫でながら眉間に皺を寄せている。
その姿にユフィーラはふと似ているなと思った。
「先生。確かお父様は研究者ですよね?もしかして…」
「ああ、こいつだ。良く気づいたな。顔は似てないんだがな」
「顎髭を撫でる仕草がそっくりだったので」
「「は?」」
流石は親子。本当に何言っているのかという『は?』の声のトーンも同じである。
「ハウザー、その子が例の?お前が唯一――――」
「そんなことどうでも良いから栽培方法が最優先だ。事前に連絡はしただろう」
「そんなもんは小麦の改良が円滑に進んでいる場合に決まっとるだろうが。今は小麦のことしか考えられん」
「おい、ふざけるなよ」
「おまえこそふざけるな」
親子なんだなぁとユフィーラは二人の応酬を見守っている。研究者の他の人達がまた始まった…とぼやいているのでいつものことなのだろう。
小麦、と聞いてユフィーラはある人物から聞いた話がもしかしたら何か閃くきっかけになるかもと二人の言い合いを遮断することにする。時間は有限なのだ。
「あの、先生のお父様ですね。初めまして、ユフィーラ・トリューセンと申します。先生のおかげで私はこの国で平民としての生活と、薬師として働けるようお力添えを沢山いただきました」
「ん?おお、私はゼルザでここの研究責任者だ。うちの愚息が世話になっているようだな。こいつにも人としての心がまだ―――」
「おい、戯言も大概にしろ」
「お前のその人の言葉に被せる悪癖をどうにかしろ」
「安心しろ、他ではやらん」
「あのー」
再度始まりそうな舌戦にまたもやユフィーラは遮断を決行する。
「小麦の話なのですが、水に強い種の改良が進まないとのことで」
「ん?ああ」
「役に立つかはわかりませんが、もし何かきっかけになればと思いまして。小麦の生態に似ている花があるのです。確かダイアンサス…という花だったかと思います。小麦と育て方が似ていると聞いたことがあって。ある日その種を蒔いた翌日から連日大雨が続いた時があったのですが―――」
突然のユフィーラの小麦から花の話にゼルザは眉を上げるが、話を遮られることはなかったので続けさせてもらう。
「その時に種そのものに魔術を重ね合わせて改良したという話を聞きました」
「それは何度もやっている。火水雷土風全てで何度も改良を試みたが全部今のところ失敗だ」
「そうなんですね。改良したのは私のお屋敷で植物を育てている庭師なのですが、魔術で一度水をたっぷり含ませて火で柔らかく乾燥する一歩手前まで。それを何度か繰り返すと種が実物より少し大きく変化してくるそうです」
ユフィーラの話の展開に、素人が何をと思っていたゼルザの表情が変わる。
「そして今度は水に腐る手前まで浸してから風と火を上手く利用して急速乾燥?して水を欲するように種に覚えさせる…」
「続きを」
ゼルザの瞳がきらんと光り輝き始める。
「はい。それも数回繰り返していくと今度は大きさはそのままで少し皺のような物が種にできるそうです。そして最後に火水風を合わせ蒸し風呂のような状態に種を暫く置き続け、風だけで仕上げるのも繰り返す。最終的に水にも日照りにも湿気にも強い種が出来上がったと聞いたことがありました」
「でかした!」
大きな声で叫んだゼルザは瞬時に連絡魔術を誰かに飛ばした。間もないうちに数名の目に光のない研究者が部屋に到着してゼルザの説明のもと、その研究者たちに目にも光が宿り、是の返事をこの上なく元気よくしてから飛び出ていった。
「いやいや、火と水でそれぞれ極限まで耐えさせて種に飢餓感を加えさせるとは。更に最終では蒸し風呂地獄でとどめを刺すとは何たる嗜虐的思考…君、ユフィーラと言ったか。見た目に似合わずやるな!うちの研究室に入らんか?」
「おい、止めろ」
「あ、いえ。私でなく、うちの庭師の言葉をそのまま―――」
「その庭師に研究者に是非」
「え。それは嫌です」
思わず本音が飛び出てしまった言葉にゼルザは目を丸くしている。
「彼はとても屋敷周辺に生息している植物達が大好きで、とても大切に育てています。私の保湿剤もその庭師から譲ってもらう香り高い花が沢山でとても自慢できるお庭なんです。そのお庭を彼が放置して研究所に来るとは思えませんし、私個人としても断固として止めるかもしれません。ですが、植物に関する雑談として先生のお父様と話を交わすことをお伝えすることはできると思います。ただ、とても人見知りな部分もある方なのでお約束はできませんが」
ブラインもユフィーラにとって花を抜きにしてもあの屋敷には絶対居て欲しい存在なのだ。本人が望むなら涙を飲む覚悟はあるが、ブラインが研究者を望むことはないだろう確信がある。何と言ってもテオルドと使用人が大好きなのだ。
「わははは!ユフィーラとやら、はっきり物を申すのだな!気に入った。ハウザー、勿体ないことをしたな」
「糞爺は黙れ」
「お前が黙れ」
もうこれが恒例なのだろうとユフィーラは生暖かい目で見守りに撤することにした。
不定期更新です。