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一日5秒を私にください  作者: 蒼緋 玲
一日24時間を私にください
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婚約解消に向けて






アリアナが貴族らしい所作で給仕に紅茶のお替りを促す。心得た給仕の素早い対応でまた温かな紅茶が足され、一口飲んだモニカが話し始める。



「ご存知とは思いますが、アッカラン侯爵家嫡男のシモン様…もうシモンでいいですわね」



モニカのその言葉から少しずつ雲から晴れ間が覗くような清々しさの表情に変わっていく。



「シモンは二度の婚約解消をしております。侯爵家側から相手不足だったと世間では言われておりますが、実際は一人目の伯爵令嬢は度重なる暴言で心の病に、二人目の子爵令嬢は婚姻するくらいなら命を断つと親を脅したそうです」



シモンの人となりはユフィーラが会った時と何も変わっていないらしい。



「そこで次に白羽の矢が立ったのが当時婚約者が居なかった私でした。我が領地は先程話したように領土的に大きくなくても、服飾の素材が順調でした。弟が継ぐという話をしましたが、弟個人はその素材関連の先導に立って動きたい、つまり領主として継ぐのではなく、動ける責任者が良いと言っておりました。なので本来私が婿を迎えて我が子爵家を守り立てていく予定だったのです」



話しながら徐々に憂鬱な表情に変わっていくモニカ。



「そんな時に侯爵がこの子爵家に目をつけました。申し込む側なのに横柄な態度。格上のうちがもらってやるという言葉を前面に出され、終始傲慢で家族一同辟易しておりました。父がやんわりと断る方向に進めようものなら、弟が継げば問題ないとか、高圧的に侯爵が流通を独占してやるとか何一つこちらの利になる話はありませんでした」



シモンだけでなく父親も似たような性格の持ち主らしい。



「私の父は政略でも恋愛でも婚姻はお互い思いやれる相手であればと願っておりましたので、頑張って奮闘してくれましたが、事あるごとに権力や家柄をだされ、最終的に脅しのような形で不利な条件で婚約を承諾せざるを得ない結果となってしまいました」



望まない婚約を強要されたモニカ始め家族の心痛は如何ばかりだったのだろう。



「素材の流通独占も、侯爵は大貴族と縁が繋がるのだからそれに勝るものはないだろうと。正直言いますとこちらには何の利もないですし、あるのは周りからの憐れみの視線のみ。紹介された相手は自らの利ばかりを押してくる貴族ばかり。彼らは貴族の権力に胡座をかいている状態です。先程のブティックの前で言われたこともあまりに似合わないドレスを買ってやると言われ、丁重にお断りすると二言目にはこちらは大貴族だぞ、格上に口答えかと。俺の言うことを聞いていればいいものをと捨て台詞を吐かれお一人で帰られた、という経緯ですね」



そう言うと、モニカがユフィーラの方を見る。



「ユフィーラさんへの暴言の数々と似たような言葉を私も会う度に言われておりました。女の幸せは立ち位置の良い貴族に嫁ぐこと、それだけで一生贅沢な時を過ごせるんだから良い気なものだとか、家の采配を全部やるのは当たり前、常に夫の一歩後ろを歩み何事にもすぐ対応できるように精進しろ、それで跡継ぎを確実にすぐに産め、それしかできることはないだろうなど。私が子爵家の領地に詳しいことを知ると、女の癖にでしゃばるな、男の仕事だと。婚約期間、会う度に苦痛でなりませんでした」



その時を思い出したのかモニカの表情が痛ましいものと腹立たしいもので交差する。



「そんな御子息ですから、そのご両親も同じような思考です。侯爵は自分の利益になることしか考えていない。夫人は素材の良いもので素晴らしいドレスを何着も作れ、勿論贈り物として。侯爵家に嫁ぐのだから当然だと。正直二番目の令嬢と同じ手法を決行したくなったことは一度や二度ではありませんでした。でも彼らに有利な状態で逃げるのは嫌だったのです」



モニカが決意を示す凛とした表情になる。とても儚げな容姿の雰囲気だが、芯がとても強い人なのだなとユフィーラは感じた。



「アリアナ様、どうか力を貸していただけないでしょうか。勿論私の父に許可を取ってからになりますが、十中八九両手を上げて賛成するはずです。こちらに出来ることならば何でもします」



そう言ってモニカは深々と頭を下げる。アリアナは一つ頷いて顔を上げさせた。



「ありがとう、その言葉を待っていたわ。何となく言われたからとか、なあなあな気持ちでは意味がないの。覚悟を持ってもらわないと。あなたは一見大人しそうな感じに見えても、自分という根本の考えに芯があるわ。それがちゃんと前を向けて進めるかを確認したかったのよ」



アリアナの言葉にモニカは頷き「令嬢として楚々としていろと良く言われましたが、『はい』と返事はしても内心は『冗談ではない』といつも思っておりましたわ」と言って微笑む。その笑顔は清楚なイメージだけではなく、とても強く靭やかで美しい。



「モニカ嬢が先ほど思わず溢れた本音、『羨ましい』。自分も子爵家と領地を共に守り立てていきたい。大事にしている場所を欲と権力に塗れた人間に掻き回されるのは我慢できないといったところかしら」

「ええ。本音を言いますと、塵ほども関わらせたくない、ですわ」



二人が貴族令嬢特有のスマイルを見せる。それはとても美しく可憐なのに、とても勇ましい。元の性格はそれぞれ違っても本質は似ているのかもしれない。



「好機ね。私も父とは、いい加減あの侯爵家への対応をしなければと考えていたところだったのよ。一石二鳥…いえ、素材流通の件も、ユフィーラへの行いも併せて上手くいけば四鳥になるわ。モニカ嬢、今後徹底的に侯爵家を調べにいくわ。今暫くは彼との付き合いを我慢していただけるかしら?確実に仕留めたいのよ。私達二人と両家に少しでも瑕疵があるのは困る。完全に相手側の完敗にしたいから。そして婚約破棄ではなく解消で進めるわよ。当然子爵家側から」

「はい。勿論仰る通りに。私もシモンが何か口を滑らせないか神経を尖らせておきます。何せあの人は私のことを領地のおままごとをする愚鈍な女だと思っているでしょうから」

「ええ。相手に勘付かれることだけ注意してくれるなら幾らでも。…素材の件だけでなく、ようやく今までのことを侯爵家に仕返し…いえ、御礼ができるわね」



そう言ってにこりと微笑むアリアナは強かで美しい。一つ頷いたモニカがユフィーラを見て話す。



「ユフィーラさんから聞いた先程の話なのですが、もしかして騎士団に届けたというのは化粧水のことかしら?」



ユフィーラは首肯する。



「はい。といっても化粧水ほどの高価な物ではなく、屋敷の庭師の花を譲ってもらって作っている保湿剤ですね」



そう答えると、モニカはぱっと表情が明るくなった。



「やっぱり!実は前にシモンが私の家に訪れた際に、騎士団長から無理矢理手用の化粧水のようなものを貰ったと…気を悪くさせたらごめんなさい。私の家に捨てていったことがあって…」



申し訳なさそうな顔をするモニカだが、そもそも本人から申告されているので得に何も思わないので首を振る。



「彼が帰った後に、私それを開けてみましたの。そしたら、確かラベンダー…普段使っている香水よりも、とても自然で良い香りがして。行儀が悪いとは思ったのだけど、捨てられたものだから私が貰っても構わないと思って使ってみたら、私の肌にあってベタツキ感も残らなくてとても使い心地が良かったのです」



捨てられた保湿剤がまさかのモニカが密かに使っていてくれたことにユフィーラの目が丸くなる。



「でもシモンにどこの物なのか聞けないし、どこに行けば買えるのかずっと悩んでました。でも縁があってアリアナ様のご親友として紹介でお会いできるなんて…どうか私に買わせてもらうことはできますでしょうか?」



ユフィーラは驚いてアリアナを見る。アリアナは当然よとでも言う風に顎を上げる。



「モニカ嬢、お目が高いわ。ユフィの作る保湿剤は全て天然素材から始まって、屋敷の庭師の植物も一級品以上。その花の香りは格別。しかも柑橘系は香りのみを抽出するから肌への刺激もない。ユフィの精製能力と使う心地良い魔術でとても良い物が出来上がるの。因みに私は今手用と全身用はユフィ製品のみ。そしてお試しの顔専用もとても良かったからそれも確定ね」



アリアナも美に対する意識が強いが、その彼女からの賛美は何より嬉しい限りである。ユフィーラは口元をもにゅもにゅさせ緩むのを止められない。



「ありがとうございます。モニカ子爵令嬢様からそう言っていただけて嬉しいです。是非お届けさせていただきますね。香りはラベンダーがよろしいでしょうか?」



他に無香料始め数種類の花と柑橘系の名称を挙げる。モニカは目元を緩ませてラベンダーがとても好きな香りなので、それでお願いされた。



「それと、よろしかったら私のことはモニカと。アリアナ様との接し方もですし、シモンへの凛とした対応。是非お友達になっていただきたいわ」

「え……」



更にびっくりな言葉にユフィーラはまたアリアナを見る。アリアナはふっと微笑んでまたもや当たり前よね、と言う表情になる。



「人として見る目がモニカ嬢にはあるのね。私の親友が誇らしいわ」

「身分云々で選ばず、人間性で見つけたアリアナ様も流石ですね」



美しい令嬢二人が微笑み合いながら談笑している場面は眼福ものだ。その二人が一斉にユフィーラを見ると、思わずぴゃっと背筋が伸びてしまう。



「是非こちらこそ!敬語は誰に対してもなのでご了承ください。モニカさん、と呼ばせていただきますね」

「ありがとう、ユフィーラさん。あなたの保湿剤から感じた安らぐ効果はとてもリラックスできたわ」



鬱屈とした未来に光が差し始めたモニカの表情はとても明るい。是非アリアナと共に両家で切り開いていって欲しいと願う。


ちょうど良い頃合いにパンケーキが運ばれてきた。真っ白な大きめの皿の上には今までに見たことのない厚みで見るからにふわふわ感漂う完璧な焼色、その上には雪化粧の如く粉砂糖が振りかけられ溶け始めたバターが乗った小ぶりなパンケーキが三つ。周りを彩るのは綺麗にカットされた苺とブルーベリー。ふわっとした生クリームも添えられて、メープルシロップが好みでかけられるように置かれた。



「なんて厚み…まるでパミラさんが施す枕のよう…!」



ユフィーラの表現にアリアナが噴き出す。



「ちょっと、笑わせないで。これから毎晩枕を見てパンケーキを思い出したらどうしてくれるの?」

「うふふ、私も今夜寝る時に思うことは間違いなくパンケーキのことだと思いますわ」



モニカも同じく堪えきれずに口元に手を当てて笑う。



「パミラさんが魔術でふっくらしてくれる枕は本当にお日様で日向ぼっこしたような匂いとふわふわ感が正に…」

「ユフィ、わかったから。食べましょう」



ユフィーラの使用人自慢は話し出すと止まらない。出来立てのご馳走を目の前にユフィーラも我に返り、初めての分厚いパンケーキにナイフとフォークをしっかり持っていざ挑む。



力を殆ど入れなくて良いくらいのふわっと切れるパンケーキに生クリームを少し添えて口に運ぶ。



「!……んむぅぅぅ…!」



柔らかいパンケーキがしゅわっと蕩けるように口の中に広がり、熱で少し溶けた部分と冷たい部分の生クリームがバターと混ざり、またパンケーキにとても合う。ユフィーラは目をきらきらさせながら続いてメープルシロップをかけてぱくりと口に入れる。THEパンケーキの王道の味だが、厚みのある柔らかさとそこに浸透していくようなメープルシロップとの合わせ技にユフィーラはもうもぐもぐし続けることしか選択肢がなくなる。


令嬢らしからぬ美味しさの表現を前面に出しまくった食べ方をするユフィーラにアリアナとモニカは思わず微笑んでしまう。



「まあ…ふふ。見ているだけで美味しいこと間違いない表情ですね」

「でしょう?この顔を見たくて色々な所に連れて行きたくなるのよ。それに自分でも改めて今まで食べているものをとても美味しくいただけることが増えたわね」

「このパンケーキのふわふわ感とそれに添えられた生クリーム達がこれでもかと所々主張してくるのが堪りません…!少し酸味のある果物を間に挟みながら最後まで飽きずに食べ尽くせますね!」



この美味しさを上手く伝えたいが、本音を言うと「美味しい!」の一言で充分なのだ。



「今後もないでしょうが、私が綺麗なドレスを来て貴族のようにお茶会や舞踏会参加は不可能だと確信しました。こんな美味しいものを前に表情と声に出せないなんて耐えられませんので!」



これも紛うことなき本音である。それ以前にぎゅっと腰を絞るコルセットはできれば一生着けたくはない。



「そうね。ユフィはそのままずっと美味しい顔をしていて欲しいわ」



アリアナが美味しそうに沢山食べる妹を見る姉のようによしよしとユフィーラの頭を撫でてくれるので、満面の笑みで返しはするが食べる手と口は止まらない。



「こんなに楽しいティータイムは久々です…本当に美味しい」



ぽつりとモニカが囁くように溢してパンケーキを食べる。



「そういえば、ユフィ。モニカを見かける前に何かお店の話をしていなかった?」



そこからユフィーラの見つけた耳飾りの話から装飾品のそれぞれの好みへと話に花が咲いたのである。







不定期更新です。

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