アリアナの思惑
「クリラント嬢、立場上言えないのなら無理には聞かないけど、その判断をする前に私の話を聞いて下さる?」
あれから馬車で移動し程なくしてパンケーキ専門店に到着した。ハインド家の力なのか何故か奥の個室に通され、「込み入った話をしたいのよ」とアリアナが説明したことで納得がいく。注文を終え、先に提供された紅茶を飲みながらアリアナが切り出す。モニカは少し悩むような表情をしたが頷いた。
「はい、どうぞ。それとよろしかったらモニカと呼んでください」
「ありがとう、モニカ嬢。私のことはアリアナと。まずは私の家、ハインド家は領地経営の他に商売関連にも力を入れていることは知っているわね」
「ええ。幅広く商いをされていることは存じています。ここ最近では服飾関連にも進出されているとか」
「そうなの。良く知っているわね」
「私の領地で服飾類の素材を生産しておりますので、そういう話題は流れてくるんです」
「そう。領地のことを学んでいなければ知り得ないことだわ。自分の領地を良く勉強されているのね」
その言葉にモニカは瞳を輝かすが、すぐに消え去ってしまう。
「ありがとうございます。…ですが、婚姻後は完全に侯爵家に入ってしまうので、この学びも無駄になってしまうのですが」
「モニカ嬢には確か弟が居たわね。彼が子爵家を?」
「ええ」
「そう。実は今服飾の素材に関してうちの方で少々問題が起こっているのよ」
「問題、ですか。あの…そのお話を私に話しても大丈夫なのでしょうか?」
その言葉にアリアナは微笑む。
「問題ないわ。私もまだ様々なことを学んでいる最中だけど、これでも家ではある程度の権限を貰っているの。特に今回の服飾関係は力を入れているわ」
アリアナの父、ハインド伯爵は商才があり一代で莫大な力と財産を手にしている。国にも貢献していることから陞爵を受けたが辞退したという変わり者だ。アリアナ曰く、侯爵になると色々縛りが出てくるので伯爵のままが良いというのが伯爵の真意だそう。
「アリアナさん凄いですねぇ…まるで女傑の女伯爵のようです!物語で読みました!」
「あら、物語でなく本気で狙っているのよ」
「「え」」
アリアナは紅茶を一口飲み喉を潤してから、話を続ける。
「まだこの国には女性で爵位を持っている者はいないわ。でも国自体女性が爵位を持つことを禁止している訳ではないの。女性でも同じくらい国に貢献でき、領地経営も問題ないと判断されれば、継げるのよ。まだそういう女性が居ないだけ。私は女伯爵になりたいの」
アリアナの願望にユフィーラは目を輝かせる。
「女伯爵…!」
「ユフィはその言葉自体が好きなのね」
アリアナが困った子ねとでもいうように、妹を見るような優しい笑顔になる。
「……羨ましいです」
そこでぽつりと溢された言葉にユフィーラとアリアナは同時にモニカを見る。モニカは思わず出てしまった言葉に自身驚いた様子で「いえ…」と答え紅茶に手を出す。
「話の続きだけど、素材を依頼しようと思っていた相手先を調べ進めるうちに、どうも依頼している素材より格下の品質を流そうとしていることがわかったのよ。金額はそのままでね」
素材一つで売上が左右されることがあるだろう。品質を偽ったら信用を失いかねない大変な事態になるのだ。
「そんなことが…」
「あるのよ、実際。その相手というのが…アッカラン侯爵家の腰巾着の男爵家だったわ」
その家名にモニカが瞠目する。
「こちらが何も調べないとでも思ったのかしらね。それかそこまで詳しく調べられないと高を括っていたのか、素材を誤魔化せる程に無知だと思われているのか、我がハインド家の情報網を馬鹿にしているのか。どれにしても愚かな行為だわ」
服飾に関しては自分が主軸として動いているから女だと軽く見られているのもあるかもしれないわね、とアリアナが肩を竦める。そこで我慢ならないと言った風にモニカが口を開く。
「信じられません。生産する者としても、商売として素材を貶める行為も。格下品質の素材でも、各々それに見合った衣服が作れて、その分安価になれば平民達も手が出やすいのに…」
話に乗ってきたモニカにアリアナはにこりと微笑む。
「そうよね。モニカ嬢の領地はとても丁寧な作業と安定した素材が流通していると聞いているわ」
「はい。我が子爵家は領土こそ広くはありませんが、土地の大きさに見合った服飾の素材を生産しております。素材に合った土壌、動物繊維にはその生き物にとって環境を良くすることも」
ユフィーラは令嬢とは綺麗な格好をして美しい所作やマナーを会得して、将来のある貴族に嫁ぐというイメージがあった…物語の中でだが。だがアリアナが他の令嬢と違う部分が多々あるのを知ってはいたが、モニカも自分の領土をとても大切にしていることが会話から垣間見える。
綺麗で美しく格好良いなんて自分と比べると世の中は世知辛いと達観したくなるが、そんなアリアナが大事な友人だということがこんなにも誇らしい。アリアナはモニカの領地に対する想いを確認したかのようにすっと表情を引き締めた。
「貴女の領地の服の素材、植物や動物の繊維ね。あれらの流通先は婚約者の侯爵家が殆どになっているのかしら?」
その言葉にモニカははっと顔を上げ、下を向いてきゅっと口唇を噛んだ。
「…はい。婚約するにあたっての条件の一つでした」
「詳しく言えないなら答えなくて良いのだけど、婚約自体は貴女側の打診ではないわよね?」
「…ええ」
「どちらかと言うと、向こうがお願いする側のはずなのにちょっと条件がよろしくないのではなくて?」
アリアナの追求にモニカは眉を寄せて黙る。
「まあ家の内情をそう簡単に言える訳ないわよね。…私ね、このような機会が巡ってきたことは何かの縁だと思っているの。有り体に言うと貴女の領地の素材を是非うちの服飾関係に使わせて貰いたいのよ」
アリアナの提案にモニカは顔をばっと上げて目を丸くする。
「我が家の素材を…」
「ええ。更に言うならクリラント家自慢の服飾素材を一手にハインド家だけに融通して欲しいくらいなの。これでもうちの情報網はなかなかなのよ。色々入ってくるわ、良し悪し両方」
その言葉にモニカの目が見開く。
「貴女の婚約は子爵側の希望では無いはず。どちらかと言うと、侯爵側が権力でゴリ押しでというところかしら。誰だって貴族至上主義の塊で、しかも女性軽視という時代遅れの婚約者なんかを相手にしたくはないわよね」
あけすけ過ぎるアリアナの物言いに、ユフィーラはもしかしたらモニカを、ついでのおまけにユフィーラのことも考慮しての話ではないかと調子に乗ってしまいそうだ。アリアナはふとユフィーラに目を向けて、凛とした笑みを見せた。
「あら。あの男のユフィーラへの最低最悪行動はきっかけの一つになっただけ。モニカ嬢のことも。申し訳ないけど、私は服飾事業を成功させたいのよ。この機を逃すわけがないでしょう?二人共利用させてもらうわよ」
「そんな利用の仕方なら存分に!」
少し前のめりになりながら伝えると、アリアナは目を丸くしてからぷっと思わず口を押さえながら噴き出した。
「ふふふ。ユフィは相変わらずね。そこが本当に好きなのだけど」
その言葉にユフィーラはもっと嬉しくなる。
「あの…ユフィーラさんに婚約者が何か…」
二人の会話に左右首を動かしながらモニカが思わず口を挟む。
「私も貴女方を見かけた際に聞いただけなのだけど、まああの婚約者なら有り得るのでしょうねって話よ」
モニカが戸惑いながらユフィーラを見る。話すことは構わないのだが、楽しいものでもないしと躊躇していると、アリアナが「ユフィごめんなさいね。話の流れで出してしまって。でも彼女に決断させるにはこの話も必要かと思ったの」と言うので、アリアナ初めモニカの将来の方向転換のきっかけになるのならばとユフィーラはざっとシモンとの話をモニカに説明した。
「あまり楽しい話ではないですし、婚約者の方への暴言と言われればそれまでですから。ご気分は害されていませんか?」
ユフィーラ的には人として苦手というか関わりたくないくらいの人物だが、曲がりなりにもモニカの婚約者なので、お伺いを立てる。モニカの表情は厳しいというか嫌悪に近いような感じで何度も首を横にふる。
「いえ。…いえ、本当にあまりに酷すぎる愚かな行為で。ユフィーラさん、無礼で無作法な中傷の数々、本当に申し訳ありませんでした」
モニカは平民出身のユフィーラに対し深く頭を下げる。
「え…いえいえ!モニカ子爵令嬢様、頭を上げてください!」
「そうよ。あんな家名以外に何の取り柄もない男の為に頭を下げるなんて貴女の品格を下げることはないの」
一応格上である貴族、しかも目の前にその人物の婚約者がいるという配慮は最早皆無であるアリアナは溜息を吐く。
「こちらは大貴族だからと見栄を張らせて差し上げているのに、その好意に傲ってやりたい放題。一体何品もの売掛けがあると思っているのかしら。うんざりしていたのよ、私も父も。証拠も全て揃っているのにね」
そう吐き捨てるアリアナの言葉にモニカは驚いた様子で見る。
「侯爵家はそんなことを…私の家に対しても勝手気ままに…」
そう言って両手をぐっと握る。その話を聞いたアリアナがモニカに少し顔を近づけた。
「やっぱりそうだと思っていたわ。モニカ嬢、これは転機よ」
モニカが何かを悟ったように見返す姿にアリアナは一つ頷く。
「貴女の家と侯爵の問題を話してくださらない?恐らく協力できると思うわ。貴女にも私にも必ず利があるはず。でも家の事情で難しいのならば、この話はここまで。絶品のパンケーキを楽しみましょう」
その言葉を聞いたモニカは視線を一度落としたが、すぐに戻し覚悟を持った眼差しでアリアナを見つめる。
「お話させてください」
不定期更新です。




