ユフィーラの第六感
「ネミルさんは努力家なのですね。今色々と魔術師団が大変な状況なので、旦那様はとても助かっていると思います」
そう言うと、ネミルはぴたっと真顔になってから少し困った表情になる。
「副団長から、今起こっている話を…?」
「はい。薬師として依頼されまして。ハウザー氏と共に薬の精製を担う予定となっております」
その言葉にネミルは数回瞬きをする。
「薬師として、ですか。ハウザー氏とは…この前貴女と一緒に居た方ですよね」
「はい。今の症状の緩和が僅かにでもできればと。どこまでできるかすら未知数ですが」
「そうなんですね、それはとても助かります。副団長に助言などをされて今回のような話に?」
ネミルが尋ねるのをユフィーラはこてんと首を傾げながら答える。
「私がですか?まさか。旦那様発信です。私はしがない薬師なので魔術に対しては無知も良いところなので提言なんかできません」
そう答えながら大きな荷物を僅かに上げる。
「物申すとしたら、それはシンプルなハムにするかピリリと刺激のあるペッパーハムのどちらかで、敢えてそこは両方試すべきだと豪語することくらいでしょうか」
「…その中身は…?」
「差し入れです。うちの料理人の最高に美味しい二種類のハムと卵とカリカリベーコンまで入れたスペシャルサンドイッチですね。ちょうど昼時なので皆さんの分も」
ガダンにお願いしてユフィーラも朝早くから手伝った渾身の昼食である。
驚いてもらおうと直接渡したくてと微笑むユフィーラにネミルは目を丸くしてから声を上げて笑った。
「ぷっ…ははっ!それは副団長が驚きと喜びの二種類を味わえるわけですね」
「あら、上手いですねぇ」
屈託なく笑うネミルは年相応の青年に見える。その様を見ながらユフィーラは話を続ける。
「旦那様と団長様には許可はとってあるのですが、これを渡したら症状の出ている五人のところへ伺わせていただきますね」
「え?五人の所へ?」
「はい」
「でも…まだ何も解明されていなくて、もし何かの病だった場合は…危険なのでは」
「旦那様より病なども予防できる防御魔術をかけてからになるので大丈夫だと思います。直接ご本人の口から聞きたいこともあるので」
「そうですか、了解です」
程なくしてユフィーラはネミル先導のもと魔術塔に着いた。そこには既に魔術師団長のリカルドが待っていた。
「あ、やっぱりネミルが行っていたか。ユフィーラさんこんにちは。今回はわざわざありがとう」
リカルドが片手を上げながら今日も美丈夫度最高の素敵な笑顔で迎え入れてくれる。
「団長様こんにちは。今日はお世話になります」
「こちらこそ出向いてもらって助かるよ。早速彼らと話すかい?」
「はい。皆さんそろそろお昼時なので被る前にと。旦那様はまだ所用中なのですね、それならこれを皆さんで。我が家最強の料理人によるスペシャルサンドイッチです!」
大きなバスケットを渡すとリカルドの表情がぱっと明るくなった。
「おお!まさかあのガダン作のサンドイッチか!あいつの噂は聞いてはいたが直接食べたことがなくてな。これは嬉しいなぁ」
「ふふ。沢山ありますので…あ、症状のある方々も食事は通常のものです?」
「ああ。症状以外に不調はないからな」
「なら先に五つ分…失礼しますね」
ユフィーラは一つ足した六人分のサンドイッチを取り出した。
「じゃあ行こうか。ネミル、ここまで彼女を連れてきてくれてありがとう。あとは私がお連れするよ」
「あ、はい」
「ネミルさん、ありがとうございました。良かったらこれをどうぞ」
ユフィーラはサンドイッチの一つをネミルに差し出す。それを反射的に受け取ったネミルが何故か慌てた。
「あ…いえ僕は…」
「あら、もしかしてサンドイッチや人から食べ物を貰うのは苦手ですか?それなら…」
「いえ!…いえ、嬉しいです。いただきます!」
そう言ってサンドイッチを大事に抱えながらユフィーラを見つめるネミルに思わず微笑んでしまう。
「ふふ、良かったです。私だけでなく旦那様も絶賛する料理人なので是非ご賞味くださいね。では失礼します」
軽く一礼してからユフィーラはリカルドと魔術塔内の五人を隔離する部屋に向かった。
「あいつが急に来て驚いただろう?」
「いえ、前にお会いしていたので旦那様がすぐに動けないのかなと予測できました」
「あいつはテオルドに良く懐いていてな。しかもテオルドが鬱陶しいと思う手前で引くもんだから、なかなか強かなんだよ。でも勤勉な良い奴なんだ」
「そうなのですね…とても不思議な方でした」
「不思議?」
「ええ。ところで団長様」
ちょうど部屋の前に辿り着いてリカルドに向き直る。
「ここまで来てしまってから何なんですが、旦那様が万が一を考えて防御魔術をとお話していたのに、今ここに居ません…」
「ああ、大丈夫だよ。間に合わなかったらとこれを渡されている」
そう言ってリカルドが懐から取り出した。
「これは旦那様の…?」
「あらゆる防御魔術を組み込んだ指輪」
それはテオルドがいつも指に嵌めている指輪の一つだった。
「大きめだからユフィーラさんの親指なら何とかいけるかな?試してみて」
ユフィーラは頷いて親指に入れてみると少しだけ緩いがすぐ抜ける程ではない。その指輪は少し太めの形をした銀の素材に数多の恐らく術式と思われるものが刻まれている。今までテオルドの指に嵌まっていた物を自分の指に嵌めているという何とも嬉しいようなくすぐったい気持ちになる。
「旦那様の指輪を嵌めれるなんて…何だか感無量です!」
「………ちょっとあいつに一言物申したくなってきた」
「はい?何か?」
「いや、何でもないよ。彼らは個室に居て、それぞれに観察兼医療の者がついているから有事の際も問題ない。話は通してあるから」
「ありがとうございます。終わり次第ご報告に伺います」
「うん。頼んだよ」
そう言ってリカルドは去っていった。
その後ユフィーラはそれぞれ五人の魔術師に症状の状況とちょっとした世間話を交えながら短時間で済ませ、サンドイッチと治った後に使ってもらう魔力薬のお裾分けをした。魔力薬に至っては想像以上に喜ばれた。流石魔術師だ。
全員終わってから、外に居る人に聞いたことを纏めたいからと残っている一部屋借りて、細かく書き記す。半刻ほどで終え、部屋を出たところで観察員と話していたテオルドを見かけた。
「まあ、旦那様です」
「フィー」
テオルドが話を終えユフィーラの元に来る。
「終わったのか?」
「はい。皆さんへのお話は半刻程前に。今は一室借りて報告書を書いてました。あ、それと指輪ありがとうございました」
そう言って親指から指輪を抜いて渡し、続けて書類…白いシンプルな便箋にだが、書いたものも渡した。
「ああ、助かる。何か気になった点はあったか?」
「そうですね…思った通りだったという感じでした」
ユフィーラはテオルドと魔術塔の階段を降りながら話をしていく。リカルドには報告書を共に見るから出向く必要はないらしい。
「パミラさんが言っていた通り、皆さんの最近の話や状況を聞いてみると、部署がばらばらの皆さんの共通点が一つだけありました。あくまでも私の思っていた予測からその質問をしてみたのですが…勿論テオ様がそれを踏まえた上で今後諸々調べて確認してもらえれば」
言ってから少しだけ残念な気持ちになる。ユフィーラの対人への感情の機微なことが時には落胆することに繋がるとは。今まではその相手が大体思った通りの人でその答え合わせのような状態だったが、今回に限っては何故という気持ちにならざるを得ない。
明るい表情も気さくな話し方も。
サンドイッチを受け取った時の素顔な顔も。
魔術を褒められた時の照れた顔も。
とてもではないが考えたくはなかった。
あの瞳の濁りを見るまでは。
初めて会った時に見えてしまった苛烈な歪みを見るまでは。
テオルドはユフィーラのどことなく憂鬱な表情に気づいたのか頬に触れる。
「どうした?」
「いえ…もし報告書を見て不快にさせてしまったらごめんなさい」
そう言ってテオルドの漆黒の瞳を見る。
彼の瞳がどろりと濁るのを見たことは一度もない。あの濁りをどう介錯して表現し言葉にすれば良いものか。人の見えない内面を模すかのように。瞳に一瞬それが宿るかのように。
「ここに来た理由は、症状のある魔術師の方から話を聞くためでもありましたが、もう一つ目的がありました。確証がなかったし私の勘違いであればと。テオ様に言うのはその後だと思っていました」
「確証?」
ユフィーラは頷く。
「私の直感、というのでしょうか。気になる人が居てその人に会ってからテオ様には伝えようかと。勿論その人が今回のことに関わっているかは不明ですが、多分何かしら……負の部分を抱えているのではないかと」
テオルドはユフィーラの言う事に言葉を返すのでなく頬を撫でてくれている。
「俺が不快な思いをすると?」
「場合に寄っては不愉快ではあるでしょう。しかも私の言う事はこれといった証拠があるわけではありません」
テオルドはユフィーラの言葉に何を察したのか便箋を開いて中身を読む。一歩間違えば職場の仲間を中傷するようなことを言うユフィーラをもしかしたら一瞬でも厭うかもしれない。
それでも言わないわけにはいかなかった。
今までユフィーラに散々甚振り嬲ってきた人物達と同じ瞳をしていたから。
彼の瞳に一瞬、時々垣間見えるその濁りの闇のようなどろっとしたものを。
誰かに害を成そうとする歪んだ瞳を彼の瞳の中に見つけてしまったから。
「これは……ユフィーラが初めて会った時からか?」
「はい。なので、今日会うことがなかったら何かしら理由をつけて会う機会を作っていたと思います」
そしてユフィーラはテオルドを見据える。
「彼を…ネミルさんを調べてください」
不定期更新です。