魔術塔へ
「ユフィーラ。依頼を受けてくれるか」
ようやく羞恥プレイから立ち直ったテオルドがユフィーラに問う。
「原因を突き止める為に詳しく調べてはいくが、もし装飾品がどう身について浸透しているか見当がつかなかったりした場合、その状態でも緩和できる薬が欲しい。中和できるものがあれば尚良しだ。もし可能ならば今後それに近い病が出た時に一時的に効果のある物もできるなら有り難い」
「はい。私ではまだまだ知識不足もあるので、先生に今お話してもらったことを伝えて、何種類のものができるのか検討してもらいたいと思います。それでもできない可能性もあるということは念頭に入れておいてもらえればと思います」
テオルドも薬草から必ずしも望むものが出来る方の可能性が低いから問題ないと答えてくれる。
そしてユフィーラが個人で知りたいことが明確になるかの判断がこれでできれば良いのだが。
「それと現在罹っている五人の魔術師の方々に今の症状の詳しい状態を直接聞きたいのです。それが今後薬の精製に多少なりとも関わるのではないかと早ければ明日にでもお話を聞くことは可能ですか?」
「ああ、それは構わない。ハウザーと共に来るのか?」
「いえ、私一人でと思っています。先生が一緒だと緊張する魔術師さんが多そうで」
「まあ…そうかもな」
ハウザーが元王族だということを隠してはいないので、膨大な魔力と魔術の技能を持つ彼を知らない者がいるとは思えないし、緊張から話してもらえないもの困るのだ。
「わかった。魔術塔には話を通しておく」
「ありがとうございます。テオ様が近くに居たら少しだけ仕事中の姿が見られるかもしれませんね!」
「ああ。間違いなく会えるように調整する」
ぼそっと言ったテオルドは立ち上がり使用人の方へ歩いていく。
「じゃあ、話した情報を元に可能なことや気づいた点などあったら報告してくれ。個人で動くことが多いかもしれないが、必要なものがあれば申告を。今回は全員参加でやってもらうが、今後は内容によっては向き不向きがあるだろうから、都度自身で決めてくれ。報酬は魔術師団から支給される」
テオルドが使用人達に今後の方針を説明し、数人の使用人が会話に入って内容を詰めている。ユフィーラはその様子をカウンターで静観しているガダンの元へ移動して小声で話しかけた。
「――――ああ、それは構わないけど」
「本当ですか?材料は足ります?」
「食材内容をこれから連絡魔術で送ろうとしてたから大丈夫」
ユフィーラのとあるお願いに片眉を上げながら面白そうにガダンが首を傾げる。
「ありがとうございます。私も手伝いますのでよろしくお願いします」
「今回のことに必要な行動的な?」
「かもしれませんし、何もないかもしれません」
ユフィーラがここ最近のテオルド周辺で思うことと今回のことが重なっているとは限らない。でも薬師としての名目で行けるのはここしかないのだ。
「危ないことはしないって約束はしてもらわないとかねぇ」
ガダンの勘の鋭い言葉にユフィーラは微笑む。
「はい、勿論。赴くからこそ確認したいことがあるんです。テオ様に思っていることを伝えるのはその後です」
ユフィーラが薬師として依頼されたのも併せて少しでも掴めることがあれば良い。
後にハウザーにテオルドからの主旨とユフィーラの一度魔術師団へ赴く内容を連絡魔術を使って伝えてもらった。ハウザーからは帰りに診療所に寄って薬草を採りに行く日程を決めること、そして万が一危ないことをしようものなら仕置きだと、全身が震える返事が届いた。
翌日の昼前。
ユフィーラは王宮正門前に大きなバスケット型の荷物を持って佇んでいた。
「あの、すみません。私魔術師団に用事がある者でユフィーラ…ユフィーラ・トリューセンと申します」
門番の一人に声をかけると、凛と立っている騎士が一つ頷いた。
「はい。テオルド副団長の奥方様ですね。お話は伺っております。ご案内は必要ですか?」
「いえ、魔術塔の場所はわかっているので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
そう言ってお礼を言うと、大きい荷物を持っていることから頼まれるだろうと思っていたのか、門番は少し驚いた表情をしながらも軽く会釈をして立ち位置に戻っていった。
バスケットに入った大きな荷物ではあるが、薬のように瓶の重さはないので小柄なユフィーラでも持てる。何なら昔は重い荷物を何度も運ばされたことだってあるのだから、外から見ればハラハラものだが、ユフィーラは至って余裕なのである。
中央通りを歩き、真っ直ぐと左右に枝分かれになっている場所を左に歩みを進める。右はこの前行った騎士団舎と騎士棟があり、真っ直ぐは王宮となる。
魔術塔の門が見えてくると、その門のところに先日見たことのある一人の魔術師が誰かを探すようにきょろきょろしていた。そしてユフィーラと目が合うと手を振ってきて近づいてきた。
「副団長の奥様、こんにちは。先日お会いしたネミルと申します!お迎えに参りました」
黒のローブから暗緑色の三つ編みを垂れ靡かせながら小走りで来たネミルは薄茶色の瞳を輝かせながら軽くお辞儀をした。
「ネミルさんこんにちは。私が伺うことをご存知だったのですね」
「はい。勿論副団長が迎えに行く気満々だったのですが、急遽所用で王宮まで行かなければならなくなって、僕が代わりに迎えに行きますと言い捨ててきました」
そう言いながら頬を搔いてはにかむ顔は実年齢は分からないが、幼く見える。
「まあ、あとで怒られませんか?」
「え…後先考えずに言ってきたので、…何とかなります!」
そう言いながら手を差し出してきたので、ユフィーラはぱちぱちと瞬きをする。
「大きな荷物ですね、重かったでしょう。持ちますので」
「ありがとうございます。大きさはありますが、思うより重くはないのです。直接旦那様に渡すので大丈夫です。お気遣いに感謝します」
そう言って軽くお辞儀をすると、ネミルは瞬きをしてからふわっと微笑む。
「了解しました。ではご案内します」
ネミルが手を指し示す方向に共に歩き始めた。
「ネミルさんはずっと旦那様の元で働いていらっしゃるのですか?若くお見受けするのですが」
「僕は19歳になります。18歳の時に入団してますが、副団長の側では半年くらいですね。元は平民なんですが、もう親が居ないので孤児のようなものでコネも何もなく下っ端魔術師の一人でした。それなのに能力を買っていただいて今の場所に置かせてもらっています」
テオルドの側で働くまではその他大勢の一人だったと照れ笑いするネミル。ユフィーラは顔を見ながら首を傾げる。
「それは勿論ネミルさんの実力もあったと思いますが、そうなるのにきっかけがあったのですか?」
「はい。一年前くらいに隣国との冷戦を経て、当時下っ端だった僕はたまたま副団長が森を燃やした相手国に向けて攻撃をした時があったんですが、その時僕が用意していた備品を収納していた保管魔術の腕を買って下さったんです」
「保管魔術、ですか…?」
ユフィーラも書庫や使用人の皆から色々な魔術の名称などを聞いてはいるが、初耳の魔術に逆方向に首を傾げる。
「知らないのも当然です。従来表に出ているのは収納魔術というもので、荷物などを空間に閉まっておけるものです。魔術師の方は基本この魔術を習得して様々な物を収納しています。遠征に大荷物で行く訳にはいきませんので」
そう言えば、テオルドも遠征に出かける時にレノンに荷物を乗せていなかったことを思い出す。そのようなものは向こうで用意されているんだろうな位に思っていたが、なるほどとユフィーラは納得がいった。
「収納魔術とは言葉通り収納の役目を果たしますが、中の物は時間が経つと共に当然ですが劣化していきます。例えば食材などがわかりやすいですね」
ネミルが素人のユフィーラにもわかり易いように説明してくれる。
「僕が発案した保管魔術は、収納した瞬間の状態を維持できるものとなります。要は閉まった時間から時が止まるようなものですね。なので新鮮な食材ならばそのまま新鮮を保つということになります」
「凄いですねぇ…」
「いやいや、僕は生活においてたまたま便利なものを作れただけで、副団長なんか沢山新しい魔術をこの世に出していますよ!」
そうネミルに言われてユフィーラは目から鱗がぽろぽろと零れ落ちる。
テオルドに今まで直接そういうことを聞いたことはなかったし、使用人の皆も最強魔術師だと教えてはくれたが、詳しい概要を根掘り葉掘り聞いたことはなかった。
ユフィーラが思っている以上にテオルドの功績は多大なものらしい。
「なので、そんな副団長から側で働かせてもらう機会を与えられて本当に光栄で…!精進を重ねていきたいと思っています」
話すネミルのきらきらさせた瞳を見つめながらユフィーラは微笑を浮かべた。
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