使用人兼特殊魔術班
「ここからは話す内容は命令でなく提案だ」
テオルドが使用人…元凄腕魔術師達を見渡す。
「俺は副団長としての功績は成しはしたが、魔術師として、人としてはまだまだ未熟だと思っている部分はある。皆には今後俺の補佐、特殊魔術師として貢献してもらいたい。リカルドには既に許可を得ている」
テオルドの発言に使用人一同はまさかという表情だ。ユフィーラもいつの間にそんな話が通っていたのだろうと内心驚くが、すんとすまし顔に撤する。
「特殊魔術師と言っても、この屋敷での仕事は今まで通りであって欲しい。それぞれ魔術師として得意分野でやりたいことをこの屋敷で担ってもらい、時には今回のような有事に補佐をしたり助言をもらいたい。内容によって前線に出るのも構わない」
だが、とテオルドは一度言葉を切る。
「これは俺の身勝手な願いだ。個々思うことがある者もいるだろうから勿論断ってくれても構わないし今まで通りここでの仕事を全うしてくれれば良い。ただ忖度なく言うのなら、俺から見た皆それぞれが特級で有能な魔術師だ。その才能を埋もれて欲しくはないと言うのも本音だ」
使用人全員がテオルドから視線を外さない。テオルドは使用人…元敏腕魔術師で仲間であった七人を順に見てから口を開く。
「この屋敷でも、外でも。俺には皆が必要だ」
直後。
ジェスが姿勢を崩し蹲った。確実に嗚咽がセットだろうことは間違いない。
ガダンはカウンターに両肘を付きにこにこしながら顔を左右に動かしている。可愛いか。
ブラインは軽く頷いてから、そっと顔を逸らした。耳が赤いのは見なかったことにする。
アビーは両手で口を覆い目を潤ませながら首を激しく上下に動かしている。目が回りそうだ。
ダンは満面の笑みと体全体で丸を表現している。座った状態でのその体勢保持に驚愕である。
パミラは反抗期の弟の成長を見た姉のような優しい顔で片手でOKのサインをだしている。姉御肌全開だ。
ランドルンは眼鏡を外し目頭を押さえながら「言うのが遅いんですよ全く…」と呟いている。全力で歓喜の裏返しだ。
「我が主。私は元よりここに骨を埋める覚悟で来ております。主の進むべき道が私の何よりの喜び」
鼻を啜りながら思いの丈を伝えるジェス。
「旦那が俺らに向き合ってくれる日が来るなんて嬉しいねぇ。腕が鳴る」
片眉を上げながらにやっと、心底嬉しそうに微笑むガダン。
「植物と戯れている間に魔術師兼務とか余裕だし」
未だに目を合わせないが言葉に機嫌の良さが表れているブライン。
「テオルド様のその言葉、待っていました!こちらこそ幾らでも使って欲しいくらいだわ!」
アビーが感極まったように待ち侘びたと心から伝えてくる。
「主の性格からかずっと言ってくれないままかなぁと思っていたから喜びも一潮だな」
手を頭の後ろに組みながら噛み締めるように天井を見ながら話すダン。
「遅い遅い、旦那様。うちらの魔術師の腕が錆びちゃうところだったよ」
からかうように、でも嬉しそうに腕を擦る仕草をするパミラ。
「ブランクがある我々がどこまで進言できるかはわかりませんが、さぼっていた分は取り戻さないとですね」
眼鏡をかけたランドルンがまだ僅かに瞳を潤ませながら、微笑を添えて皆の言葉を纏める。
「さてと!通常の仕事をさっさとこなして、やることを決めていかないとだわ!久々に魔術師の血が騒ぐー!」
「アビーは攻撃前線派だから、屋敷内でやらかさないようにしろよー」
「個性強いメンバーであれこれやって議論したり面倒そうだけど、それ以上に楽しそうが勝るかも」
「中心に主がいるのなら上手いこと纏まると思いますよ」
「主を前に私は駒の一つと思って酷使でも何でも…!」
「え、それは嫌だ。睡眠大事」
「ははっ食事も大事だなぁ。それぞれ優秀だから柔軟に対応できるだろうよ」
使用人兼特殊魔術師の皆がわいわい賑やかに今後の話で盛り上がっている。
全員がきっとテオルドが何時かはと、寄り添うのを待っていた。そしてそれがテオルドの性質上、難しいことも分かっていながら彼らはいつでも受けとめられるように側にいてくれた。そして誰一人ここでの暮らしを、魔術師としての仕事を厭う人達は居なかった。
ユフィーラは感動の感激で頬を上気させながら目をこれでもかときらきらさせ、テオルドを見る。テオルドはほっとしたような少しだけ気弱な微笑を漏らした。
きっと。もし断られたら、躊躇されることも視野に入れ、緊張していたに違いない。
ユフィーラの大好きな旦那様は感情を動かすのが苦手な部分はあるが、一度懐に入れた人物には、時間を経てゆっくりでも心を寄せていってくれるに違いない。
アビーが淹れてくれたお替りの紅茶を飲みながらパミラがユフィーラを見る。
「ユフィーラが旦那様を動かしてくれたのかな」
「いえ、私は皆さんはきっと待っているはずですと言っただけで、全ての決断はテオ様自身です」
ユフィーラがテオルドに伝えた言葉を参考にするか否かは彼次第であり、彼はそれを自身で考えて答えをだしたに過ぎない。そんな格好良い自分の旦那様をもっと知ってほしいと自慢するべく、ユフィーラは存分に無自覚に無意識に曝け出す。
「テオ様は皆さんが望むことが最優先です。自分の思いは後回しどころか完璧に秘匿するでしょう。でも私は知っているのです。垣間見えたのです。テオ様は皆が前を向き歩み始めて、自分の元から去ることがとても寂しいと思った筈です!」
「おい…!」
「私と系統は違いますが、甘えられず格好つけたいお年頃なのです!」
格好良い旦那様自慢をする筈が何故か羞恥暴露話に移行していることを勿論ユフィーラは気づかない。鼻の穴を若干ふがふが荒くしながら語り口調になる。
「待て。俺はそんな風に言っていない」
「ではそうではないと断言するのです?」
「…っ」
そこで詰まることこそが、ユフィーラが言った通りであるという証拠なのである。更にユフィーラはとっておきの一言、テオルドにとっては渾身の一撃が投下される。
「魔術師としては勿論、人としても…人としても!逸材だと俺は思っている。と言っていました!」
ぐしゃっとテオルドがテーブルに撃沈した。
使用人の皆はにやつきが止まらない…ジェスだけが再度蹲って滂沱真っ只中だ。
「皆さんの心遣いによって、テオ様は―――――あら、テオ様?」
「とどめを刺しただけだから、少ししたら復活するんじゃないかねぇ」
「追い討ちとも言う」
「ダメ押しという言い方も有りよね」
「再起不能にならないことを願うばかりですね」
「何事も慣れが一番なんだよな、これは」
「相変わらずの破壊力ね、ユフィーラ」
「…?恐れ入ります?」
その後テオルドが息を吹き返すまでに皆で紅茶や珈琲を一服しながらガダンが急遽出してくれたチーズクラッカーに舌鼓を打つ。
ユフィーラは突っ伏したままのテオルドの隣に座りこてんと頭をテーブルに着けテオルドと同じ位置に置いた。
「テオ様」
「………なんだ」
不貞腐れるような、それでいて少し恥ずかしげな声。
「いつの間に皆さんを特殊魔術師という名目に決めたのですか?」
テオルドがゆっくりと顔を上げ少しバツの悪そうな顔でユフィーラを見る。今までは無表情だった彼が表に感情を出してくれることがこんなにも嬉しい。
「フィーと話して、お前が力尽きて寝ている間に連絡魔術でリカルドに報告した。あいつは宝の持ち腐れが解放される、と大喜びで承認してたくらいだ。実際彼らは今すぐに魔術師団に返り咲いても良いくらいの魔術師だ」
ユフィーラは頷きだけで返す。
「これで彼らの能力が存分に発揮される。この屋敷を起点として」
「ここから離れずに。それがとても重要な事項ですよね」
その言葉にテオルドは照れるのをちらっと睨むように置き換えてまた顔を埋めてしまった。その仕草が爆発的に可愛らしい。ユフィーラは思わず彼のさらっとした藍色の髪を撫でる。微かにぴくっと動くが拒否されなかったので存分に愛で撫で尽くす。
それを使用人が温かい眼差しで見ていた。
不定期更新です。