訳アリ使用人の過去3
ランドルンが目を見開いた先に居たのはブラインだった。
「時たま書庫で夜中にあれこれしてるの知ってるから。あんたの男爵家は当主本人だけ関わっていたけど、俺の伯爵家…元だけど、一家総出でどっぷり関わっていたから。本当に最悪」
無表情の中に存分に嫌悪感を滲ませて吐き捨てるように言うブライン。
「俺はずっと拒否していたのに最終的に一服盛って研究所に拉致しようとするんだから更に終わっている。一応血縁なのに。だから絶縁してやった。諸々の悪事の証拠を後生大事に保管していたからね。それで伯爵を脅した」
ブラインは兄弟の中では変わり者で話が通じず疎ましがられていたと、なんてことない口調で言う。
「激昂していたけど、先に裏切ったのは向こうだし。漏らされたら一族終わるって分かっているのにやるんだから権力と金に溺れた阿呆だよね。結局当時の副団長に全部渡したけど。奴らには写しの紛い物渡した。何で俺が彼らを庇うと思ったんだか」
俺記憶力良いから覚えているんだよねとブラインが何気なくいうが、ユフィーラが出会った当初にもジェスの言葉を一語一句覚えていたことを思い出す。ブラインが再びランドルンを見る。
「あんた始めここの人達は俺の趣味もやること全て嫌厭しなかったし好きにやらせて放っておいてくれたし、それが案外居心地良かった。…ところで何の装飾品だったの?ブレスレット?首飾り?…それとも指輪かな」
その言葉にランドルンが瞠目し口を開く。
「先ほどパミラが言っていたように魔力が吸収された直後は混濁魔術のようなものも加えていたのだと思います。私が倒れる直前まで着けられていた装飾品は…男爵から代々に伝わると言われていた指輪でした」
「嘘だよそれ。カールが用意したやつだと思うよ、伯爵も俺に渡してきたし。拒否したら今度は俺が元々身につけている指輪に細工しようとしてきたし」
ランドルンは首を横に振りながらも、半ば予想していただろう話に額に手をあてた。
「ブラインの所は伯爵自身の身を削ってでも、ですが私の所は金の工面程度で身を削るのは私の役目だったと…本当に人間とは業が深い」
「まあ報いは受けたけどね。双方取潰しの一族崩壊」
「その筆頭貴族が私の生家の元侯爵家だったってことだがな」
二人の話に追従するように参加したのはジェスだった。
「あの時、既に心酔していた我が主から行動する時機を諭されていなければ私は侯爵家の傀儡として日々搾取される未来があっただろう。私の父は信者というよりは金の成る木だと欲深さを前面に出していた。本当に情けなくて恥ずかしい限りだ」
ジェスは嫌悪感も顕に吐き捨てるように話す。
「今後はカールを中心にこの国は動くだろうなんて、国を下から支える侯爵当主が言って良い言葉ではないし謀反と何ら変わらない。大貴族の一つと言われても所詮一貴族に過ぎないのに。幾ら育ててくれた恩があるとはいえ、その頃には我が主に心酔していたから、全部証拠を揃えて引導を渡してやった」
「そうねぇ、その大貴族の一つだからと鼻高々にされていた子息の魔術師から言い寄られて、宗教みたいなカール説を熱弁されて。入信も婚約も断り続けていたら、冤罪かけられて魔術師団首にさせられるんだから溜まったものじゃないわよね」
婚約というよりは妾の扱いだったんでしょうねと魅惑的な琥珀色の瞳を瞑り長い足を組んで肩を諌めながらアビーがうんざりしたように話し始めた。
「大した技術も能力も持っていない親の七光り子息があんなに高価で怪しい魔力の籠もった指輪。しかも自ら作ったなんて信用皆無だし恐ろしくて着けられないわよ。あれは今思えばその類の物だったのだと思うわ」
そんな理不尽な理由で魔術師団を去らなければならなかったアビー。ユフィーラは思わず眉を寄せてしまう。
「でもあのまま受け入れてたら間違いなく渦中の出来事に巻き込まれていただろうから。平民の私なんてあっという間に葬り去られてしまうわよ」
「そりゃそうだ。俺も無駄に目立ったが為と正面から堂々と衝突したことで今回の首謀者に仕立て上げられるとこだったんだからねぇ」
更にとんでもない暴露をしてきたのはカウンターでいつものように肘を着くガダンだった。
「首謀者…」
「そうそう。旦那とリカルド団長がいなかったら危なかったねえぇ。何しろわんさかと証拠を捏造されていたんだから。普段の行動も把握されてそれに連なる証拠制作。ほら、俺さ。この辺じゃ容姿の色合いがちょっと珍しいだろ?んで粗雑で傷物の容貌だから何でも噂を上乗せできちゃうんだよ」
そう言って、指で深紅の髪と朱色の瞳含めた顔全体をくるりと示しながら右目尻辺りを指差す。
「元は外の国の人間なんだけど、この傷も相まってどこぞの諜報だとか暗殺者だとか幾らでも足せるんだよ。ただのちょっと手先が器用な一介の魔術師なだけなのになぁ。凄腕の暗殺者とかならこんな所に傷付けさせないって」
片側の口角だけを持ち上げながら困ったように笑うガダン。
「本当だよな。俺もしがない羊飼いだったのに魔力と体力があるからって特待のような扱いで魔術師に抜擢され連れてこられたと思えば、俺がその部署に誘われる度に近くにいる鳥や小さな動物が相手を攻撃するんだよ。そりゃ動物を信じて怪しいと思うよな」
両手を少し大袈裟に広げながら話すのはダンだった。
「俺自身思うように使えないと知った途端、今度は生き物を自在に操る危ない人物だとか吹聴されて、あっという間にお役御免状態。多分俺、最速で入団退団したんじゃないのかな」
とんでもない理不尽な理由にユフィーラは唖然としてしまう。だが、ダンとしてはそのおかげで今はここで大好きな馬と共に過ごせているのだから、と微笑む。
訳アリとは聞いていたが、使用人全員が元魔術師団長繋がりが原因だったことにユフィーラは驚きを隠せない。
(テオ様はそんな皆を使用人という体で救ったのだわ。それと同時に無意識に自分の為でもあった)
それは普段のテオルドの様子を見れば分かる。リカルドから聞く魔術団での彼とは違い、寛いで気を抜ける場所になっているからだ。無表情でも種類はあるとユフィーラはテオルドを通して学んだのだ。
魔術師団にいたテオルドがその後の話を纏める。
「それらの件が頻発した後、リカルドと国王側が隠密を使って調べたことで、主犯のカール始め関わっていた貴族、洗脳されていた魔術師の中でも己の欲望に忠実な者が粛清を受けた」
カールと主に貴族を纏め上げていたジェスの生家、侯爵家当主は死刑、カールの生家と他の関わった貴族は没落の一途を辿った。片棒を担いだ魔術師は国宝を用いた魔力停止という今後魔力を使うことが一切不可能になる刑と国外追放、その彼らに騙され洗脳を受けた魔術師は国王が洗脳解除の国宝で対応し、その後虚偽がないように取り調べをしっかり受けたとのことだ。
「カールは、魔術師団を私利私欲で悪用し、本国だけでなく隣国の要人にも解呪を施して莫大な財産をせしめていた。そして大量の魔力を蓄積させたとんでもない魔石も自宅で発見された。…これを使用する意図は最後まで分からなかった。他の罪人に聞いても彼らもその魔石の存在すら知らされてはいなかった」
テオルドの話に全員が静かに聞き入る。
「後日分かったことだが、カールは全てが晒される最後の一月は何かに憑かれるように誰も関わっていない何かの研究に没頭していたようだが、叶わなかったらしい。それが何だったのか周辺は勿論本人に聞いても最期まで答えることはなかった」
カールが膨大な魔力を蓄積させた魔石で何を成し遂げようとしたかはもう彼が死んだ今となってはわからない。
「俺は皆が知っているカールしか知らないが、国王とリカルドから聞いた話だと、昔は魔術の研究と国を豊かにし、より良い未来をと願うとても良い魔術師だったそうだ。何が彼を変えたのか。金か権力か、…人だったのか誰も分からない」
だが例えどんな理由があったとしても到底許される範囲をとうに超えていたがな、とテオルドは言葉を添える。
「死刑が決まった後、最期の時まで彼は何か吹っ切れたような、そして穏やかな清々しい表情をしていたそうだ。リカルドが最期に聞いた言葉は『何も変えられなかった』だったそうだ」
カール元魔術師団長は一体何を成したくて、何を変えられなかったのか。気にはなるが、それ以上に彼の行いはあまりに常軌を逸していたし、それが原因で沢山の魔術師が亡くなっているのだ。同情の余地は微塵もない。
テオルドは一息吐いてから、改めてという感じで皆に向き直った。
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