訳アリ使用人の過去1
声のする方に向くとそこには能面のパミラ。何も感情を宿していない表情。それが逆にパミラの想いの重さを物語るかのようだ。テオルドもまさかパミラ本人から話すとは思っていなかったのだろう。
「パミラ…いいのか」
「旦那様は私の名前も夫のことを敢えて出すこともしないだろうし、私自身がユフィーラに聞いてほしいと思ったんだ。勿論これは皆でなく私個人としての考えだから。それに皆何となくは噂とかで知っていても私の詳しい事情はわからないよね。その前にさっさと退団したから」
そう言ってユフィーラを見る。灰色の髪を今日もぴしっとひっつめ髪にして、こげ茶色の瞳をしたパミラはいつも通り優し気な笑みだが凛としていた。
「私と夫…トニーはお互い平民出身でね。魔術師団に所属する前はそれぞれ細々と魔術師として好きなことをやっていた時の仲間みたいなものだった。その後馬が合って婚姻してから二年目くらいだった。トニーは魔力量も比較的多くて、我が夫ながら攻防両方にいけるほど優秀だったの。それでカールの部署に異動になった。夫の能力が認められて嬉しかった。―――でも暫くしてからそこの部署である噂が出てきたんだ」
少し目を伏せながら物思いに耽るような表情は夫のトニーさんを想っているからだろうか。パミラの今まで見たことのない女性としての愛しさが溢れる表情だからこそ、もうその人がこの世に居ないことがユフィーラの心を苦しくさせる。
「トニー始め数人の魔術師が色々な検査を受けさせられているって。それが不治の病に対する解呪の適性検査。カールは解呪研究として部署を確立させて、トニーは万が一の時に動けるように解呪の仕方を率先して教わっていた。カールからは滅多にないが、有事としてお願いする時があるかもしれないと説明され、それは国にとても有意義なことだからって。そしてその代償を途中まで何も説明されていなかった…魔力だけでなく命を削る代償があることを」
当時のことを振り返るようにパミラの視線は彷徨う。
「それから一年も経たないうちに魔術師団員全員と、入団した際には適性検査を受けさせる義務がいつのまにか施工されていた。私も受けて、幾つか候補に上がったらしいけどお声はかからなかった。今思えば…私って結構納得いかないと食って掛かっていたから、後々面倒だと思われていたのかもしれない」
判断基準はカールに心酔している者か、純粋に魔術を役に立てたい者、他にも何かに困っていてそれを褒美として与える代わりに声をかけていた可能性があるとパミラは言う。パミラ曰く、自分のような癖のある人間には、カール側も有能でも危ない橋を渡ることはしなかったんだろうと。
「それから暫くしてトニーが体調不良を訴えることが増えてきた。酷い時は目眩とふらつきで起き上がれないほど。数日休養していても窶れた顔が戻らないのはおかしいと伝えても、頑張らないと団長に迷惑がかかるって。私は勿論何度も止めたんだけど、まるで何かに憑かれたかのように聞いてくれなかった」
その時のトニーは既にかなり洗脳されていたのだろうとパミラは語る。
「私はトニーの同僚に不調になる原因が研究内容にあるのではないかと聞き出そうとしたの。尋ねていった皆も殆どが窶れた者と数名の欠勤。でもやらないと団長に申し訳ないって。でもね、それ以外の会話はいつも通りなのに、カールや研究の話題を出すと明らかに妄信するような発言。国の為でもなく魔術師団の為でもなく、カールの為だって皆声を揃えて言うの。異常でしょ?」
テオルドからの補足で、魔術師団そのものはカールが全体を担ってはいたが、実質的に副団長だったリカルドが半分以上担っていたという。カールは解呪研究が今後に必ず役に立つからと、力を入れていたという。
リカルドも人心掌握に秀でていたが、カールのそれは今考えると妄信的な歪んだもので対照的だというテオルドにパミラも「あれはまるで宗教の教祖だよ」と同じ意見だった。
「その状態はうちのトニーも一緒だった。普段はいつも通りなのにカールと解呪の話題に関しては何も聞いてくれないし届かない。その数日後に事態が急変したの」
トニーが復帰しては休養を繰り返していた時のことだそうだ。
「急に王国病院から連絡。トニーが危篤だって。意味わからなかった。急いで病院に向かうとトニーはもう意識すらなかった。そして医師から聞いて何より驚いたのが、トニーの魔力量が異常に低くて、しかも増えない状態。ほぼ同時に搬送された魔術師はまだ辛うじて意識があったから、その時彼に話を聞けたの」
パミラの口から当時の話を聞くのはユフィーラと同じであっただろう使用人の皆も口を挟むことなく聞きに徹している。
「不治の病の解呪を連日させられていたこと。何一つ相談もなく不調になる原因をトニーが止めなかったことに私は頭に血が昇りかけた」
パミラの眉間が僅かに寄る。
「でも違った。寿命の削られない病の解呪だってカールに言われていたって。勿論そんな解呪はない。大小なりとも有るからね。以前トニーははっきり言ったことがあるって言ってた。妻がいるから寿命を削る解呪はしたくないと。今思えばトニーはカールに洗脳されていた状態なのにちゃんと私のことは考えてくれていた。カールや解呪の話題以外はいつも私を見ていてくれたのに」
一度目をぎゅっと瞑ってパミラは静かに瞼を上げる。
「解呪の後は記憶が混濁状態のようになるみたいで、意識のあった彼もぼんやりとしか覚えていないって言っていた。今考えるとトニーもふらつきながら悪酔いに近い酩酊状態になっていたから」
「俺が解呪をした時はそんな副作用なかったが…リカルドからも聞いたことはない」
そう言うテオルドにパミラは「うん。本来はそうなんだと思う」と不思議な答えが返ってくる。
「結局そのまま魔力も何故か戻らず、生命力は下降を辿るだけ。そんなトニーが最期に少しだけ意識が戻った。でも再度目を瞑ったらもう開いてくれなかった。その時の魔力は殆ど残っていなかった。これがどういうことかわかる?病の中に魔力を吸い取るなんてものはない。全く増えないなんて普通はないんだよ」
ユフィーラがテオルドから聞いた症状の話と酷似した内容だ。
「誰かに、どこかで、何かで、吸収されていたんだよ。解呪で酷使されたと同時に魔力も吸収されてしまった。だから本人も知らぬ間に寿命も魔力も削られて限界がきて死んだ。当時は寿命が削られるなんて誰も何も言わなかったからね。今思えば故意に隠していたんだろうけど」
パミラの淡々とした話し方の中にどれだけ激情を抑えているのだろうと思わずにはいられない。
「それから私が証拠を集めようとした矢先に寿命が削られる可能性をカールがこれ見よがしに公表した。その後血眼になって探っても既に諸々隠滅されてたよ。亡くなった魔術師は自ら寿命が削れることを分かっていて、自分の可能性の為、国の為に使いたいと話していたと。そんな訳ないのに。私はトニー本人から最期を聞いていたから」
愛する妻を残して亡くなるトニーの無念は如何ばかりだったのだろう。
「それをカールに何度訴えても奴は彼自ら望んだことだったの一点張り。どんなに周りを調べ尽くしても皆洗脳者は勿論トニー同様死んでしまった人からは聞けない。副団長に訴えて動いてもらう頃には全部隠されて消されてしまった。もう何も証拠がなくなって、絶望して魔術師を喰い物にする魔術師団に信用なんて皆無になって辞めた」
なんてことだろう。パミラの想像以上の過去にユフィーラは戦慄く。
同時にどうしようもなく目が潤む。でも何が何でも溢すものかと気張る。ここで感情を流すのはユフィーラなどではない。パミラは淡々と話しているが、その裏側から痛い辛いと慟哭している姿が透けて見えるからだ。
いつも通りの表情のパミラはにこりとテオルドに向かって微笑む。
「旦那様、私らを頼ってくれてありがとう」
「…礼を言うのは違うだろう、寧ろ…」
「ううん。今、この場で頼ってくれたのは旦那様。私達を信頼してくれて、且つ今後前に動けるように采配してくれた。それが全て。それに…トニーと同じ症状を聞けたから」
そう言ってからユフィーラを見る。
「ユフィーラから見て、彼らが何でこの症状になったんだと思う?配慮とか確信も何もいらないから思ったことを言ってみてくれる?」
そうパミラに言われ、ユフィーラは一つの可能性、でもそんなものがあるのかどうかすらわからないが、皆の何か閃くきっかけになればと口を開く。
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