引っかかりとその先に見えるもの
「魔術師同士でのやり取りや食事、会話などは当然ありますよね?五人の皆さんそれぞれの経緯というのは詳しくは聞いていますか?」
「ああ。ただ、魔術師は研究気質や元々社交的ではない者も多く、関わる相手も限られている。ちょっとした用事で他部署に出向くことはあっても短時間、いつもと違うことを長時間に亘って行ったという話は聞いていない。あとはここ一月仕事以外で通常生活をする行動以外は特になかったそうだ」
「その五人がそれぞれテオ様とリカルド団長様、そしてその側にいる方達と一月の間関わりが多かった…」
「側近の二人は仕事柄他の部署と関わることもあるが、時間は僅か。研究者の三人は更に関わる回数も少ない」
ならば。
これが病ではないならば。
ユフィーラはテオルドから今までの話を聞いて、閃いた仮説が近いのではないかという結論に至る。昔ハウザーと良く薬の話をしていた時に聞いた病の症状は、病の菌が体を巣食い、抵抗し撃退するために体内で治癒力が菌と戦い、それが発熱や嘔吐、魔力増減などに表れるのだ。テオルドの言葉では、それが彼らには無いという。
彼らの症状は病として判断できない。
倦怠感と魔力が増えないことだけ。
魔力が……増えない?
本当に増えていないのか。
物事を違った局面から見た時にまた違う見方にならないだろうか。
「……魔力が増えないのではなく、魔力は増えているのに、何か原因があって同じ量が減り続けているのだとしたら…それは似たような症状にならないでしょうか」
ユフィーラの言葉に全員がはっとした。
「第三者の私が言うのは躊躇われたのですが、魔力に関してだけは私にもあるものです。状況が少しでも好転するのであればということで言わせてもらいます。もしこれが病なのならば、他にも既に感染している人がいる可能性がある。そして感染しない病があるのなら隔離した五人で後に止まるはず」
ユフィーラが話すのをパミラがじっと見つめているが視線が合わない。別の何かを思い出しているように感じるのは気のせいだろうか。
「勝手な助言を申し上げるならば、この事態が改善されるまで暫くは魔術師団の皆さんの体調始め管理を細かく見ておいた方が良いかと考えます。有り体に言うのなら、もしかしたらこれは作られた症状なのかもしれません」
その言葉に場が凍る。
「何かの目的でそういう状態になるように仕向けた人物がもし居るとするならば。団員の皆さんは近しい相手でも何か口にするものをもらったり、物品なども控えた方が良いかも知れません」
テオルドが眉を寄せてユフィーラを見る。
「魔術師団の中にそれを広めた者がいると?」
「勿論確証は何もないです。ですが、そんな小さな範囲だけで誰かが未完成の危ない魔術を展開したという訳でもないのに、全体でなく若干名だけの魔力量の状態がおかしくなるなんてことがあるのでしょうか?魔術師の方々は常日頃、魔力を主に使用してお仕事されている人ばかりなはずです。だからこそ常に気に掛けていると思うんです。それなのに数名がこのような状態になった…いえ、故意にさせられたのではないかと考えます」
「誰かが何らかの理由でこの状況を作ったということか。うちの魔術師団から」
「本音をいうならそうです」
食堂はしんと静まり沈黙が続く。
現在進行系で職場を共にしている人達のうちの誰かがこの状況を起こしているとユフィーラは言っているのだ。テオルドは眉を寄せたまま視線を俯かせている。
ユフィーラは部外者だが、だからこそそう想定すると、するんと引っかかっていたものが解けたような気がしたのだ。とはいえ確証もなくあくまでも意見のひとつなので、あとは皆の意見を聞いて進めてもらえればと思う。
「あのさ…。この症状というか、この現象…あの時と似てる」
静まり返る中、声を発したのはパミラだ。
パミラの発言にぴりっと皆の空気が張り詰める。
「ユフィーラは元魔術師団長の話を知っている?」
「元…リカルド団長様の前任の方と言うことでしょうか」
「知らないみたいだね。旦那様、元団長のことを教えてあげてください。私早々に辞めたから、大まかな話しか知らないし、詳しい経緯がわからないので」
「…それがこの件に関わることなのか?」
「多分」
ユフィーラはこれから始まる話…恐らくアビーが以前言っていた、彼らの訳アリに関することを聞いてしまっても良いのか判断がつかない。それが表情に出ていたのかパミラが微笑んで言う。
「ここに居て、ユフィーラ。私個人として聞いてもらいたいのよ」
「パミラさん…」
「わかった。ユフィーラ、少し長くなるが聞いてくれ」
ユフィーラは頷いて姿勢を正し、テオルドが話し始める。
「リカルドが副団長の時に団長だった人物の話になる」
ユフィーラは頷きで返す。
「俺は殆どをリカルドと過ごしていたし、身分関係なく人間が嫌いだったからそういう揉め事は全部彼に押し付けていたから直接被害を被ったことはなかった。前魔術師団長、カール・ダーマーは事件後に没落したが元子爵家の次男で、初の魔術爵を賜った人物だった。だがその彼が中心となり、魔術師団とこの国に甚大な被害を齎し大罪を犯し続けていた」
とてつもなく不穏な話題にユフィーラは目を見開くが話の腰を折らないように頷きのみで返す。
「結論から言うと、彼は私利私欲で魔術師団を使い、莫大な富を築き、魔石に膨大な魔力を蓄えていた。何人もの魔術師の犠牲の上に」
前魔術師団長として地位の高い者ほどあってはならない出来事に若干慄く。
「カールは人心掌握に長けていた。どんな人選だったかは不明だが、相手の悩みや物事に肯定を示しながら寄り添い、それをいつの間にか己の考えに引き寄せ、あっという間に崇拝させるように導いていた」
当時のカールは次男の為、子爵家を継ぐことはできない。だが魔術爵を賜ったことで、後継ぎが生まれれば爵位を存続できることができるのに五十歳を超えても誰一人伴侶を迎えなかったという。結果子爵家没落と共に魔術爵位も剥奪されているとのことだった。
「今では本人の意志なく遂行することはできないが、数年前までは魔術師団に入団した魔術師全員にある検査を受けさせていた」
「検査?」
「ああ。魔術師の魔力量やそれぞれの適性を見極め、不治の病関連の危険な解呪をやらせるためだ。その法を施工させたのが、カールだった」
「!」
ユフィーラは瞠目する。
「天使と悪魔の天秤もその一つだ。実際不治の病は何種類かあって、魔術師がどの病の解呪に適しているか適性検査という名目で入団義務の一つとしていたんだ」
テオルドに関してはその頃から前より、魔術師団自体にも権力も身分も興味なく、リカルドが無理矢理入れたのだからそんなものやらないと突っぱねていたので、その検査を始め諸々の面倒なことを放置していたらしく「俺が入りたかった訳ではないからな。勝手に入れたリカルドが全部尻拭いしていた」と飄々と答えている。
「でもテオ様は私の病を…」
「あれはリカルドが奥方を解呪する様子を見たから、何かの役に立つかもとたまたま覚えただけだ」
その結果フィーを救えた、とテオルドは目を細める。
「施工されてから数ヶ月経った頃、魔術師団内で体調不良者や急に何日も休む者が増え始めた。そうした者達は圧倒的にカールが解呪研究と称した部署だった。調査が入るが何も出てこない。その理由は後に判明したが、カール含めた彼の信者が上手く隠蔽をしていたからだった」
カール自身も色々暗躍して動いていたのだろうが、妄信する魔術師達がそれを知られないように上手く立ち回っていたようだった。
「カールは不治の病を魔術師に解呪させる方法で要人から莫大な金を受け取っていた。それがようやく表に出てくるようになったのは――――」
「私の夫を始めとした魔力量が多かった魔術師が次々に死んでいったから」
そこに普段はのんびり朗々と話す声とは思えない抑揚の一切ない静かな声が響き渡った。
不定期更新です。