使用人集結
寝台の掛布で戦うに戦い、最後にはへばって寝てしまったユフィーラは連日遅くて疲れている筈なのに艶々したテオルドに起こされふらふらしながら食堂に降りていった。食堂には使用人全員が集まっており昼食を摂っている最中だ。いつの間に連絡でもとっていたのだろうかとユフィーラは首を傾げた。
「今日は魔術師としての意見を聞きたい」
昼食を終えて珈琲を飲みながらテオルドが辺りを見回してから切り出した。その言葉に諸々有能過ぎる使用人達は、瞠目したり面白そうなに片眉を上げたり、微笑する者や使用人同士驚くように目配せしたりと様々だ。誰一人『魔術師』の言葉に眉を寄せる者はいなく、テオルドからの頼み事に些か楽しみな様子すら見せていた。それを見てユフィーラは彼らに対し勝手にほらみたことか!と鼻が高くなる。
「先々週あたりから一人の魔術師団員が体調を崩した。それを皮切りに現時点で五人に増えた。経緯を聞くと、魔力を使用した後の回復が遅くて倦怠感が続くというものだった。他に症状はなく、全ての病に関する魔力と血液検査にも引っかからなかった」
使用人…元魔術師団のメンバーは静かに話を聞いている。
「王国の要人や騎士団にも確認したが同じ症状の者は誰一人いなかった。魔力量が多い者が魔術師団に基本的に多い。魔力量が多い人間に罹りやすい風邪なども調べてみたが、どれも症状に合わない」
そう言うと、俯いて聞いていたブラインが顔を上げた。
「その五人、魔術師団のどこの位置にいる奴ら?」
「一人は俺の周辺で動く者、三人は魔術研究者、あと一人はリカルドの側近の一人」
「場所はばらばらだな…性別はどうです?」
ダンが両手を組んで後頭部に回しながら天井を見る。
「全員男だ。俺とリカルドの周りにいる者は男だけ、魔術研究所は約半数弱が女性だが、今回の症状の人間には含まれていない」
それを聞いていたアビーが口を開いた。
「女性の魔術師は前線で出るっていうよりは後方支援に長けている人が多かったわ。あと研究でも男性が先に進むとするなら女性はその周辺をミスのないように調えていくような研究が多かったかも。勿論そうでない女魔術師もいたけど、若干名よね。内容が異なるから研究所も分けられている。今でもそう?」
「ああ。今でも攻撃防御それぞれに分けられている。勿論本人の希望は聞くが、大体が自分の能力を最大限活かせる場所を望む者が多い。それぞれ長所を伸ばせる部署に配属しているつもりだ。今回罹った者は攻撃側の研究室の方だった」
ユフィーラから魔術師団のことを詳しく聞くことはないので、学びを前提に聴きに撤する。カウンターでいつものように肘をついていたガダンが指で規則的に頬を叩きながらテオルドを見る。
「旦那、事態のある程度の予測は?」
「幾つかリカルドとは思案は出しているが、どれもしっくりこない」
「どれもねぇ…魔力だけ増えない、それによる倦怠感のみ。なんだかなぁ」
「そうですね…私も第三者、つまり外側から思うことは…病の有無は未発見を含めるなら確実に違うと判断できない状態ではありますが…五名が罹った出所がばらばらですね。でも大まかな場所は魔術師団内ではある…」
ランドルンが顎に指をあてながら一点をみて呟くように話す。
「ああ。俺とリカルドは当事者の位置にいるが今のところ罹ってはいない。色々思索してみたが身近に居るからこそ見えていない部分があるのかもしれない」
「主…五人は今隔離状態なのですか?同じ状態の者がその後出たということは…」
「ああ。五人とも魔術師塔の泊まり用の個室に隔離している。それからは同じ症状の者は今のところ出ていない。症状が出た順番は、始めに俺の側で働いていた者、程なくしてリカルドの側近、それから一気に研究所から三人だ」
ジェスの質問にテオルドが思い起こすように時系列を話していく。それまで一言もなく聞いていたパミラが真剣な眼差しでテオルドを見た。
「旦那様、その症状になった人はどういう流れで魔力が戻らないということに気づいたの?」
「一人目の俺の近くにいた者は、演習をやった後にいつもにないふらつきと目眩があったそうだ。彼は慎重な性格で使った魔力もいつも通りだったから、ただの体調不良だと思っていたそうだ。他、倦怠感以外は特に不調はなく、翌日になっても魔力が戻らないのは明らかにおかしいと気づいたんだ」
「ふーん…旦那様の側にいた人は直ぐに気づいた…他の人もすぐに報告したの?」
「いや、リカルドの側近については恐らく一人目とほぼ同時期だったかもしれないが迷惑をかけられないと我慢して申告が最後だった。その後研究者の三人のうち一人が体調がおかしいと呟いたのを残りの二人が知って同じ症状だと判明した」
パミラは頷きながら更に追随する。
「五人全員症状は一緒?魔力を消費して戻らないということに気づいた感じ?」
「ああ。全員消費した魔力が元に戻らないという症状だ。リカルドの側近については申告が遅れたことで、遠征の補正魔術をかけ直しに行った時に卒倒しそうになって一番重い状態だ。三人の研究者は研究中に少しずつ削れる魔力の戻りが遅いことに気づいた流れで、俺の側にいた者と同じ少しの倦怠感と目眩がするくらいの軽度で済んでいる」
その話を聞いてパミラは考えるように黙ってしまった。
「旦那、魔力薬の使用は?」
「ユフィーラが作ってくれた物を始め、魔力薬を飲んで一時的には増えるんだが、少し経つと元に戻るような感じがすると言っていた。リカルドの側近は現在魔力薬が手放せない」
魔術師団内でのことだが、部署はばらばら。
魔力を使用した後に何故か戻らない症状。
魔力薬は聞くが時間が経つと増えた分だけ削られる感覚。
病関係の検査は全て陰性。
隔離状態で現在まで同じ症状の者は出ていない。
現在分かることはこれだけだ。ガダンの言う通り病にしては魔力薬の効き目も偏った症状も感染率もどれもこれも微妙におかしい。
何だろう。何かがとても引っかかるのだ。
「ユフィーラはどう考える?」
「え?私ですか」
テオルドの言葉に全員の視線がユフィーラに注がれた。
「私は魔術師ではないので、その視点からの考えはできないのですが…それ以外の外から見るという視点なら」
「ああ。それが欲しい」
「確かに。ユフィーラは独特な視点を持っているからねぇ」
ガダンもカウンターから手を動かしながら賛成の意志を示す。他の皆も頷いているので、ユフィーラは今まで聞いてきた話をもう一度頭の中で纏めてみる。
「私は今ここで聞いたことと、魔術師でないという観点から気になったことを。まず、不調である五名の方々が隔離されていて、それ以降は出ていないのですよね?」
その言葉にテオルドが頷く。
「隔離してから何日経ちますか?」
「三日だ」
「その間五名の状態は?」
「同じだ」
「魔力薬以外の薬などは?」
「何飲ませても効果はなかったから隔離してから飲んでいない」
「…」
「どうした?」
薬を一切飲んでいないのなら個々で回復ないしは悪化が出てきてもおかしくはないのに皆一緒。リカルドの側近が一番悪い状況だが、それ以上にはなっていない。他の四人も今後そのままの可能性はある。
病…というよりは、何か…何かされた…または投与された?それとも…
そして減ったままの魔力は戻っていないのか『戻れない状態』なのか
「五人の方が病とするならば、何某かの症状の変化があると思うのです。五人それぞれ違う人達なのですから。でも全く同じ症状で、良くも悪くもならず継続状態を維持している」
ユフィーラの話を誰もが言葉を挟まずに聞いている。
「テオ様、その五人の方はテオ様や団長様に良く関わる方々ですか?」
「俺とリカルドの側近に関しては言わずもがなだ。研究員三人も新しい魔術の話でここ一月は多く接していた」
「他に多く接している人はいらっしゃいます?」
「リカルドのもう一人の側近は今遠征に出かけて不在だ。連絡魔術で確認したが症状は出ていない。俺の方はこの前ユフィーラも会ったネミルくらいだな」
「ネミルさんに症状は?」
「まだ出ていないな。申告もない」
「…」
そこで突然ユフィーラの頭の中に身勝手な仮説が湧き起こる。あの時に本能的に感じたこと。とはいえこれは今すぐ言うわけにはいかない。もう少し話を聞かなければ。
不定期更新です。