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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一日24時間を私にください
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天井裏の人物






「大丈夫かい?何故僕が庇うのを止めたのかな?」



眼鏡の男性が手を伸ばしながら声をかけてくる。その手を丁重に辞退しながらユフィーラは立ち上がって彼らから少し離れて服についた汚れを叩いた。



「飛び火で貴方が標的になる可能性と、それをしたことによって更に私に対して男漁りの上乗せで言ってきそうだったので。私個人だけなら良いのですが、今後旦那様に影響を及ぼすのは望みません。ですが助けて下さろうとしたお心遣いに感謝致します」



そう言って深く頭を下げる。



「それでもさ、あの男の動きは明らかに君に害を及ぼそうとしていたよ」

「そうですねぇ」

「…それを敢えてさせようとした?」



なかなかに察しの良い眼鏡の男性にユフィーラはにっこりと微笑むに留めておく。確かにそれの目的もあったが、同時に体が強張って固まってしまったのも本当だった。そこは僅かに生えているプライドで言わないでおく。


そしてユフィーラは黒髪の青年にもお礼を言う。



「あの場を収め、重ねて庇っていただきありがとうございました」

「敢えてという他に動けなかったりした?」

「さてどうでしょう。これでも一応か弱い女性の部類に見えますかねぇ」



ふふと口に手を当てながら微笑む。この黒髪の青年も勘が鋭いようだ。



「あんなに直ぐに手が出るとは思わずちょっと驚いたのもありました。前にお会いした時に相当印象が悪かったのかもしれません」

「ふぅん。それは向こうもだと思うけど」



黒髪の青年はどうやら情報通のようだ。

ユフィーラは目の前にいるブルーグレーの瞳に真っ黒の装いと、話し方。ここに来るまで足音させずに来たこと。前にどこかで感じたことのある気配、そして今とても良いタイミングで助けてくれただろうことを併せて、とある人物が頭の中で浮上したので聞いてみることにした。



「それと、ご無沙汰してます?と言ったほうがいいのでしょうか」



そう言うと、黒髪の青年は目を丸くした。



「あれ、わかるのー?」

「多分、あの方なのかなとなんとなく」



そう言って人差し指を上に上げ、上…天井を指す真似をする。気配のようなものしかわからないが、ハウザーの診療所の上から感じたことのあるものだった。



「へえ…気配みたいなもの?」

「はい。先生からお名前を聞いたことないので、何と声をかけたら良いかわからず」

「あー、そっかそっか飲んだら覚えてないんだもんね」

「え?」

「いやー?何でもないよ。僕はギル。よろしくね」

「改めて、ユフィーラと申します」



天井裏の人物こと、ギルはにこりと笑むと切れ長のブルーグレーの瞳がまるで猫のように三日月になる。中性的で人形のような美しい顔が人間味を帯び魅惑的になった。



「え、まじ…」



ふと後ろで眼鏡の男性が呟くのを二人で見ると「いや。なんでもない。それはそうと」とにこりと笑いながら眼鏡の男性が問う。



「受注を断ったこと以外で言われ放題だったことを、どうして一度も言い返さなかったんだい?」



その言葉にユフィーラは人差し指を顎に当て答える。



「例えばですが、何かをもらったり差し出されたりしたとして、それが要らない、必要ないと思ったらそのまま返しますよね?そうすると相手の元へ返ります。それと同じことで、悪意のある言葉をもらっても要らないと思って突き返せば、相手にそのまま返る、と思っています」



それは昔男爵にいる時に培ったものだ。全部受け止めて都度相手のために色々考えていたらユフィーラはあっという間におかしくなって病んでいただろう。眼鏡の男性は目を見開いた後に「へえ…そんな考え方もあるのかぁ」と呟く。



「相当心が広いんだね」

「逆ですよ。広くなれないから手前でお断り申し上げるのです。ちっぽけな心に入れるのは若干名だけで充分ですから」



そんな善人のように言われても困る。ユフィーラはただ降りかかる攻撃を最小限に止めて、流しているだけに過ぎないのだから。



「処世術みたいなものかな?」



ギルが言うのが一番しっくりくるだろう。ユフィーラは一つ頷いて、眼鏡の男性に向き直る。



「お試しの保湿剤がもし合いましたら今度は買ってくださったら嬉しいです。用事は大丈夫ですか?私事に巻き込んでしまい、ごめんなさい」



ユフィーラの言葉に眼鏡の男性は微笑んだ。



「うん。ちょっと視野を広げる良い経験になったかもしれないかな。じゃあ、僕はそろそろ。また会えると良いね」



そう言うと、ギルの方をちらりと見てからユフィーラに手を振り去っていった。ギルが何も言わないので多分怪しい人物ではないのだろう。



「あの人の前では言えなかっただろうけど、本当はあの副団長の立場を彼の行動によっては良くない方に誘導するつもりだった?会話同様流すならもっとやり方があっただろうからね」

「そうですねぇ」



ユフィーラは基本温厚ではあるが、テオルド始め大事な人達のことに関しては時と場合で牙を剥く。正直なところ、前回テオルドへの理不尽な口撃は到底許せるものではなかったのだ。


ユフィーラの大事な大好きな旦那様なのだ。



「とはいっても、ギルさんが止めてくれて助かりました。あれでも若干頭に血が昇っていたので、私が怪我をしたら旦那様が悲しむと途中で気づいて少しだけ焦りました。でもあの時に体が硬直してしまったのも確かですが」

「動かなかった、でなく動けなかった?」

「はい。昔の名残で」



ギルは黙ってしまい、それ以上聞いてくることはなかった。ハウザーから聞いてないかなと思ったが、わざわざ聞かれないのに楽しくない話をする必要もないだろう。



「ところでさ、手は大丈夫?擦り傷できてるでしょ」

「まあ」



ギルが手の平を指さす。シモンに突き飛ばされた時に擦ってしまったのを気付かれていたようだ。



「これでも薬師なので、問題ないですよ」

「僕ね、仕事もう終わってハウザーの所に行く予定だから、ついでに寄って消毒だけでもしてもらったら?」

「あら…ついでにお叱りも受けそうな未来が…」

「きっと喜ぶから行ってあげたら?」



ユフィーラは頬に手を当てながら一考する。まだ時間もあるしせっかくだからとギルと共に診療所へ向かうことにした。



「それならば美味しいフィナンシェを多めに買ったので、それで何とか矛先を変えることにします!」



転んだ時に袋が少し飛んでしまいケーキだったらアウトだったが、焼き菓子は無事だったので問題ないだろう。菓子の入った袋を少し掲げてちょっと悪い笑顔を見せると、ギルも片眉を上げて、「良いね。僕のも有るなら上手いこと君と話を合わせてあげるー」と言ったので、裏取引は成立だ。


しかし訪れた診療所ではハウザーから開口一番「傷を増やしてんじゃない」とお叱りを受け擦り傷の処置をしてくれた。どうやらユフィーラの知らぬ間にギルが魔術で手紙を飛ばしていたらしい。軽く頭にきたので、ギルには少しばかり潰れたフィナンシェを渡して溜飲を下げた。


ハウザー曰く、シモンは権力のある大貴族の子息でそこまで文武に秀でていないのに副団長になったのは半ば縁故の押し売りであったようだ。あの通り典型的な貴族至上主義で、親子共々同じ穴の狢以外の貴族以外からは相当煙たがられているらしい。騎士団団舎で会った他の騎士達はシモンの腰巾着ということだった。


更にあの性格であるので、28歳になった今でも未だに婚姻しておらず、今の婚約者が三人目らしい。花形の近衛騎士団副団長がそれで良いのかとユフィーラは思わず遠い目になった。


まあ頑張ったなと手を挙げてきたハウザーにユフィーラは一瞬震えが奔り、その行く先を凝視してしまったが、ハウザー始め大切な人達は大丈夫なのだとゆっくり深呼吸を繰り返し、負けるもんかと鼓舞をする。


それを見たハウザーは「しっかり見ていろ。殴らない」と言い、ゆっくりとユフィーラの頭に手を乗せる。その温かさにユフィーラは心が解れるのを感じて微笑む。その後も何度かハウザーが試してくれ、ギルも参加し始めて擦り傷ができた手をすりすりと撫でるのを「卑猥な撫で方をするな」と怒られ、また父親みたいだと言われていた。





「お前に依頼することがあるかもしれん」



ハウザーが入れた珈琲と、フィナンシェを味わっている時にふとそんな話が出た。



「薬師としての、という意味でよろしいのでしょうか」

「ああ」



ハウザーが2つ目のフィナンシェを一口で口に入れる。ギルは潰れたフィナンシェを美味ければ良いし形は腹に入れば同じだしねーと診察台に寝転がりながら美味しそう食べているのをユフィーラは若干悔しい思いで見届ける。



「それは緊急ですか?」

「もう少し情報が入ってきてからにはなるが、ほぼ確定だ。だが薬に使う薬草がこのあたりには無い。マジーよりも希少な部類に入る」



マジーはユフィーラが魔力増加の為にハウザーから過去に仕入れたことがある。あれから自家栽培が上手くいって常時採れるようになったのは本当に運が良かった。痛み止めのデスパの薬草とマジーよりも採取しづらい薬草とはどんなものだろう。



「それはもしかしてテオ様が連日遅くなっていることと関係していたりします?」

「その通りだ。詳しくは確定してから奴から聞け。そしたら俺と共にそれを緩和させる為の薬草を採りに行く。精製方法が確立されてないものだからそれなりに時間はかかるだろう」



どうやらテオルドが現在関わっている事態に関する薬らしい。ハウザーですら精製方法がわからないのにまだひよっこのユフィーラに果たして出来るのだろうか。顔にしっかり出ていたらしくハウザーが言葉を重ねる。



「お前は感覚と閃きが冴えているからな。俺の知識と合わせればそのうちできるだろうよ」

「まあ…なんて楽観的な考え…」

「薬なんて作れたら儲けもんだと思うくらいだ」



そして数日後、実際にテオルドから、薬の依頼に関する話を聞くことになる。







不定期更新です。

誤字報告ありがとうございます。

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