街で買い出し
「そこでルードが…―――」
青毛の馬、ルードをお迎えした日の夜。ユフィーラは本日寝るテオルドの寝室で今日の出来事を詳しく話していた。因みにどちらの寝台で寝てもテオルドは常に一緒である。
テオルドは身振り手振りで話すユフィーラを優しい眼差しで聞いていた。
「そしたら―――…あ、ちょっと私興奮して話し過ぎました」
ユフィーラはようやく気づき、もう遅い時間になっていることでより焦った。
「いや?目を輝かせて話すフィーを見ているのは飽きないからな」
寝台で肘をついて横になりながらそう話すテオルドが掛布を捲る。
「フィー、そろそろおいで」
相変わらず魅力最大値のテオルドの笑顔にユフィーラはぽぽっと顔を赤くさせながらも抗えるはずもなく、いそいそと隣に入り込む。
背中まで掛布を掛けられてきゅっと抱きしめられるとなんだかんだ一日外にいた疲れがじわりと滲み出てきて、眠気が襲ってくる。
「そういえば…名前はすぐに決まったみたいだが、既に決めていたのか?性別もまだ分からなかっただろうに」
そう言われてユフィーラは顔を上げてテオルドの綺麗な漆黒の瞳を見る。
「男の仔だということを教えてもらって、その仔が佇む姿をみてぱっと思いついたんです。これしかないって。外では旦那様と呼びますでしょう?普段はテオ様。テオルド、のルドの部分が何だか勿体なくて」
そう言うとテオルドが目を丸くした。
「なので少しだけ変えてルードにしました。凛々しく孤高にいるようで、でもとても人懐こくて心が優しい可愛い私の愛馬になりました」
にこりと微笑んでユフィーラは名の由来を言う。一瞬だが、壁を聳え立たせていたルードの佇まいをテオルドに似ていたとは言わない。そしてテオルドの名前を余すことなく普段から使えることはとても贅沢なことではないか。
テオルドはとろりと蕩けるような笑みを見せながらユフィーラの額に口づけを落とす。
「ルードは幸福者だな。今頃きっと―――」
「そうなんです。もしかしたら初めての場所で緊張しているかもしれないので、数日間慣れるまで毛布を持って馬房で休もうかなと思っているのですよ!」
「…………おい」
「何なら馬房の裏でシーツだけ敷いても良いのですが―――」
「おい」
馬房で寝るのに他に方法はと考えながら話すユフィーラの話をテオルドは眉間に皺を寄せながらユフィーラの頬を包んだ。
「なんだ。俺は一人で寝ろということか?」
「あ…いえ…その」
ユフィーラがルードの側に居るということはと、要はそういうことになるのであると今更ながらに気づく。
「フィー?」
「ひ、ひゃいっ」
続いてテオルドの雰囲気がとても甘やかなものに変わり、声も少し掠れた蕩けるような声音になる。なのにどことなく意地悪なものも含まれているのは絶対に勘違いではないだろう。
「俺とフィーは夫婦…だな?」
「ははっはははははいっ」
「ぶっ」
あまりのどもり具合に、テオルドは顔を背けて噴き出すが、ユフィーラはそれどころではなく気づきもしない。
「夫婦とはどんなものだ?」
「えっ…ん?え?」
次に問題形式に置き換わり、ユフィーラは瞬きをする。そして真面目に考えてしまった。
「す、健やかなる時もー病める時もー喜び…」
「おい、止まれ」
そうじゃないという風にテオルドは人差し指でユフィーラの口を止めた。その姿がやけに色っぽくて、またしてもぽぽんっとユフィーラの頬が染まる。
「始めこそ契約という隔たりがあったが、今はれっきとした本物の夫婦だな?俺達は」
「はは、はい。そうですね」
近い位置にあるテオルドの端正で整った美貌があることが既にユフィーラの心臓にはあまり優しくはない。早鐘を打つ速度がより速まる。それを存分に分かっているテオルドは更に顔を近づけて口づけを一つ落とす。
「フィーに忘れられないように俺も日々精進しようと思う」
「……ん?」
ちゅっちゅっとユフィーラの口唇を啄みながら、テオルドが囁く。
「男として…雄としてもルードに負けるわけにはいかないからな」
「ちょっ…、テオ様とルードはそもそも種別が―――っ」
「練習練習」
「っ…」
そしてユフィーラは悟りを開く。
寝る前に男、…雄の話題すら決して口にはしまいと。
それからユフィーラは時間が許す限りルードをお世話や散歩をすることにした。ルードは思ったよりも早く新しい馬房を受け入れていて、先輩馬達の数頭は記憶があるらしく、警戒心を前面に出すこともせずに思ったよりも早くレノン達に受け入れられていた。
ルードはユフィーラにとことん甘えるのだが、レノン達もユフィーラが好きなのがわかっているらしく、嫉妬するよりは自分の主を自慢するようにその場を譲ったりする気遣いもできる馬社会で良い位置を熟知しているかのような行動を見せたりしていた。
やはりそこは人間と違って、馬独自のコミュニケーションがあるらしく馴染むのが早かったことにユフィーラは安心した。対人間に関しても馬ほどではないが、レノン達の過ごす姿や穏やかさ、ダンの動物好きの神対応や、愛馬に接するテオルドや使用人達を見ながら、ルード自身もここは大丈夫なのだと理解できたようだ。
ユフィーラ以外に近づくことはないが、蹄や歯をカチカチ鳴らして警戒することもない。でもユフィーラは訪れた時ここぞとばかりに甘えて、近くに居たテオルドとレノンが妬ましそうな視線を投げていたことをユフィーラは知らない。
それから更に数日経った頃。連日テオルドの帰りが遅くなっていた。帰宅する時間も日が変わるか否かのぎりぎりになることが多くなり、先に寝ていろと言われてはいるが、できるだけ待てる時は待つようにしていた。
それでも夜中を過ぎることもあり、ユフィーラが眠る後ろから抱きしめるように彼も眠りにつく様子でようやく気づく時もざらだった。何でも魔術師の数名の体調不良が続いているらしい。抜けた人員の仕事の配分や自分の仕事も併せて、多忙の毎日になっているとのことだった。
「薬草が集まって良かったぁ」
この日は先日ルードと共にトリュスの森に薬草を採りに行った時に見つからなかった薬草類を求めて王都の街に買いに来ていた。薄いグレーのローブを羽織り、必要な薬草を幾つか購入し、まだ時間があったので途中で友人のアリアナ伯爵令嬢御用達の菓子店を訪れ、最近アリアナからの手紙で綴られていたバターに拘ったフィナンシェを屋敷の皆にお土産として購入してから、街をぶらりと歩いていた。
街並みの景色を見ながら歩いていると、装飾品店の前でふと足が止まった。
そこは少し高級そうな店でユフィーラが個人的に入ろうとは思えないが、ウィンドウに飾られた耳飾りに目が釘付けになったのだ。
(わあ…形も素敵だけど色合いが特に…)
ユフィーラはあまり装飾品に興味がないのだが、その耳飾りは小さい雫型の華美ではないシンプルな作りで、何より惹き寄せられたのが、漆黒の宝石に紺色が混ざったような、まるでテオルドの漆黒の瞳にユフィーラの紺色の瞳が混ざったような素敵なものだった。
(黒と紺色の混ざり具合が何ともいえないくらい美しいわ)
ついついじっと眺めながらふと値札を見ると、流石高級店らしくとても小さな耳飾りでもかなり良いお値段であった。ユフィーラに手が出せない程の高額ではないが、ぱっと思いつきで買うには躊躇してしまう値段だった。
(むむむ…今すぐには無理だけど…もう少しお金を貯めて…でも次来た時に売ってなかったら凄くがっかりしそう…でも、衝動買いできる値段ではないなぁ)
「んー…もうちょっと青が濃ければなぁ」
そんなことを思いながらじっと見ていると隣で男性らしき声が呟くのが耳に入り、ぱちりと瞬きをして隣を見ると、一人の男性が顎に指を当てて前屈みになっていた。
不定期更新です。




