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一日5秒を私にください  作者: 蒼緋 玲
一日24時間を私にください
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青毛の馬との出逢い






「ピッタさん、この仔たちはこれから馬房へ?」

「ああ、そろそろ一度戻らせようと思っていた」

「そうですか。この籠の果物をもらっても良いですか?」

「ああ、構わんが…あんたまさか…」

「あの仔の優し過ぎて怯えも含んだ鋭い瞳がとても気になって」

「うーん、ユフィーラでもちょっとあれだけ警戒している仔は危ないかもしれないな」



ダンもピッタも良い顔はしない。



「はい。あの仔に直接近づくことはしません。少し離れた所まで行くことは大丈夫ですか?」

「あいつが人間を攻撃したのは傷つけられた時の一度だけだ。元から攻撃的だったわけではない。近づいて何かしようとしなければ問題はないとは思うが、絶対とは言えんぞ。それでもやってみるか?」



ピッタはそう言って、青毛の馬を見る。

ピッタとしても、もし誰かにもう一度寄り添えることができたらと、皆可愛い子供のようなものだからそう願うのだろう。でもユフィーラを傷つける可能性も勿論あるから無理強いはさせたくないのだ。


ユフィーラは困った表情のダンを見る。



「ダンさんはこれからピッタさんとお話があるのですよね?私ここに暫くいても構いませんか?」



ユフィーラの表情を見てダンは溜息を吐きながらがしがしと頭を掻いてから苦笑した。



「その顔は言っても聞かない類だな?好きにやってみたらいい。ただ危ないと思ったら無茶せずに引くこと」

「!…はい!」



満面の笑みで答えたユフィーラにダンはやれやれと方を竦めながら、ぽんと優しく頭を撫でてくれた。



「じゃあピッタ爺、馬たちを移動させよう。手伝うよ」

「ああ、じゃあ無理だけはするんじゃないぞ」

「はい。ピッタさんありがとうございます。あの仔の性別は?」

「雄だ。本来はとても優秀で人懐こい良い仔なんだ」



ピッタが青毛の馬を見る目はまるで慈しむ親のようだ。ユフィーラは微笑みながら一つ頷く。


ユフィーラは近くにいた馬たちが馬房に行く様を眺めながら、青毛の馬の方を再度見る。居る場所は変わらず、今は周辺の草を食べているようだ。扉になっている柵の箇所を動かして、ユフィーラは籠を持って草原の中に入る。


すると、青毛の馬が顔を上げてこちらを見るのを視界の中でわかったが、ユフィーラは敢えて視線を合わせない。真っ直ぐ彼に向かって進むことはせずに、外回りを迂回してゆっくりと歩く。


ゆっくり周りの壮大な景色を楽しみながら、視界に少しだけ青毛の馬を入れる。微動だにせずにこちらを見ているのが分かる。そのまま周り込むように進んでいき、半分程近づいたところで木陰になっている木の近くに来た。



(少し汚れてしまうかもしれないけど、パミラさん許してね)



昨夜まで雨続きだったので不安はあったが、朝から晴天だったからか芝生に触れても濡れている様子はなかったので、そこに腰掛けてそのまま仰向けにごろんと横になる。屋敷の近くにある池に寄った時などは良くこうやって横になってぼうっと過ごすことがとても好きだ。



(ああ…なんて贅沢な時間なのかしら)



広大な草原と心根が優しい傷ついた馬と一緒にここに居る時間。視界の中には相変わらずこちらを見つめる気配がある。ユフィーラは籠からりんごを一つ拝借してかぷっと齧る。



「ん、酸味と甘味が絶妙だわ、美味しい」



そう言って少しだけ青毛の馬の方を見る。



「いつもこんなに美味しいりんごを食べれるなんて羨ましいわ」



そう言って視線を外して、またしゃくりとりんごを齧る。噛む度にりんごの匂いが鼻腔を擽り、ユフィーラは自然と笑顔になる。



(…ガダンさんのアップルパイが食べたい。今朝コンポートを食べたばかりなのに…いえ、食べたから余計に食べたいのだわ)



ユフィーラは目を瞑りながら、ガダン作の美味しいりんごのデザートを連想する。



「アップルパイにコンポート。焼きりんご…りんごのタルトタタンにりんごたっぷりのパウンドケーキ………」



頭の中がりんご一色になり、端っこに辛うじてガダンの顔。口の中もりんごになり目を閉じたままりんごをまた齧る。



「りんごゼリーにりんごのシャーベットも一級品…キャラメルりんごのバニラアイスはもう至福の……」



この時点でユフィーラの頭も心の中もあっという間にガダンのりんごデザートに侵食され始めていた。決して青毛の馬のことを忘れてしまった訳ではない。ほんの少しだけガダンのりんごデザートの比率が勝っているだけである。


口の中が完全にりんごデザートしか受け入れられない状態になりつつあったユフィーラは、口をたくたくと動かしながら、今夜のデザートメニューは帰る頃には決まってしまっているだろうか…朝がりんごならきっと夜は違うデザートの確率が…―――――ともうりんご以外考えられなくなり、ついでにうとうとし始めた。






ふと気配が動く感じを察し、ユフィーラはようやく今の現状へ戻ってきた。



(危なかったわ…睡眠をも誘うガダンさんのりんごデザート恐るべし…)



そんなことを考えながら、ゆっくりと目を開けてりんごを食べる仕草で少しだけ青毛の馬の方に首を動かすと、全く動かなかった場所から僅かにこちらに近づいてきているのを確認できた。しゃくしゃく咀嚼しながらユフィーラは微かに微笑む。りんごを持っていない手で少しだけ自分の芝生近辺に成長促進魔術を展開させた。青毛の馬がこちらを凝視しているのを視界の端に収めながら、半分程減ったりんごをまた一口齧る。



(私との相性以前に魔力が合わないのなら、あの仔にとってはこれ以上何もしない方が良いものね)



馬自身に魔力はないが、相手の魔力を感じることができるそうだ。それも馬によって好みがあるそうなので、今のうちに知っておいて欲しいと思ったのだ。視界にぎりぎり見える範囲から馬は逃げていかず、ずっとこちらを見ていた。多分魔力自体は厭う感覚ではないのだろうとユフィーラはほっと安心して目を瞑り、またしゃくりと香り豊かなりんごを齧った。


半刻ほど経っただろうか。ユフィーラはまたうとうとしていたらしく、ふと今の状況を思い出してゆっくりと首を動かしてみると、青毛の馬が始めの距離から半分ほど縮めてこちらに近づいてきていたのだ。


ぱっと目が合うと、今度は馬の方からすっと分が悪そうに目を逸らす。その姿がとても可愛らしくてユフィーラは微笑みながら、芯だけになったりんごを籠の隣に置いて新しいりんごを籠から取り出してころころと少しだけ馬の方に転がしてからまた目を閉じた。


暫くは動く気配もせず、まだ早かったかなと思いながらも再びうとうととし始めた時、少し先の位置からしゃくしゃくと音がしたことにユフィーラは心が小躍りするくらい嬉しくなった。それでもまだまだ長期戦なのだと飛びつきに行ってしまいたい気持ちを抑えて、少し経ってから今度は寝そべったまま籠からりんごを取り出して、また馬の方にころころと転がした。


そして再度目を閉じると、大して経たないうちにまたしゃくしゃくと音がする。更にもう一回それを繰り返してから、ユフィーラはその場からは動かずに青毛の馬の方に首だけ向きだけを変え目を開けて見つめる。


ユフィーラが十歩ほど歩いたらもう青毛の馬の直ぐ側だ。馬はこちらをちらちら見ながら様子を伺っている感じがする。ということはまだ完全に人間を拒否しているわけではないのだと、少し安心した。そして眉間近くに斜めに奔った傷が見えた。



「……あなたはまた人間を信じてみたいのかしら」



囁くような声で独り言のように声を発する。



「でも簡単にはできないわよね。それだけとても傷ついたのだもの。体も心も…信じていた分だけ怖いものよね」



そう言って目を閉じる。

ユフィーラは前に居た屋敷の時、その気持ちはもう枯れ果ててしまっていた。もうあの中では人間を信じることは一切できなかった。



「私の時はね…信じられる人が誰も居なかったの。でもあなたにはピッタさんが居るわ。ダンさんだって居る…彼はきっと年を重ねたらピッタさんのようになりそうね」



ダンの未来を簡単に想像できてしまって、つい微笑んでしまう。



「うちにはね、あなたの仲間が沢山いるの。男の仔はレノンにフィナン、ジョニーにハーヴィとギルバルト。女の仔はルーシアとサミーにマクレーンよ。皆それぞれ好きに穏やかに過ごしているわ」



そこにこの仔も居たら良いのに、と心から思う。青味を帯びた黒い美しい毛並みに額から鼻にかけて斑にある白い毛並み。そして眉間にある傷。再び目を開けて視線を向けると、こちらを伺いながらもユフィーラが魔術をかけた芝生の一部を食べているのを見て更に笑みが深まる。



「あなたはとても勇ましくて凛々しくて……それでいて繊細で。毛並みも心もとても美しい。今は瞳に警戒心を潜ませているけど、それでもとても綺麗で純粋で清らかな瞳」



そしてこちらを見た瞳をじっと見つめる。



「あなたの煌めくような青毛の毛並みも、それを彩る真っ白な毛並みもあなたの欠点なんかじゃなく、寧ろあなたを引き立たせるものなの」



そう言いながらユフィーラは微笑む。



「前の飼い主は本当に見る目がないわ。そんな人の為にあなたがずっと傷つく必要なんてないの。その眉間の傷だってあなたの一部よ。良く言うのよ?完璧な造形美よりも一つ欠けている方がより魅力的だって」



ユフィーラが話している間にも青毛の馬は少しずつ近づいてくる。



「私、あなたにとても興味があるの。はっきり言うのならば、あなたを私の居る屋敷に迎えたいの。あなたと一緒に色々な所に行ってみたいし、あなたにブラシをかけてあげたいし、お世話を沢山させてもらいたいわ」



もう二、三歩の距離まで近づいてきて、馬はじっとユフィーラを見続けている。



「決めた。あなたが私を選んでもらえるように、何度でもここに通うわ。あなたがまた信じることができるようになるまで」



そう言って微笑みまた目を閉じた。


伝えたいことは伝えた。言葉は理解できなくても、ユフィーラの気持ちを、魔力からでも何でも良いから僅かにでも伝わっていれば良い。







不定期更新です。

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