カチンへのお返し
「近衛騎士団の皆様に保湿剤をそんな風に扱われているとは知りませんでした。とはいえこちらの配慮が足らず、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
そう言ってユフィーラは頭を下げた。茶髪の騎士始め周りの騎士達は急に謝罪をし始めたユフィーラに瞠目した。
「は?」
「近衛騎士団団長様からは皆様にもご好評だと聞いておりましたので、調子に乗ってお届けしてしまっておりました。団員さんに直接聞いておけば良かったと悔やんでおります。――――そうすれば捨てられてしまった保湿剤を本当に望む方に使っていただけましたから」
「…え?」
彼らは未だに理解していないようだが、ユフィーラからしたらそんなことはどうでも良いので、にっこりと微笑む。
「ちょうど先程納入いたしましたが、これを最後に控えさせていただこうと思います。『本当のこと』を教えていただき感謝致します」
そう締めくくり再度お辞儀をした、その時だ。
「ユフィーラ、どうした」
「あれ、何故頭を下げているの?うちの団員が何か…あれ、テオルドがいる。珍しいな」
騎士団団舎からハウザーとウルバーヌが共にこちらに歩いてきた。テオルドの顔は完全なる能面状態だ。それらの様子を見て、茶髪の騎士始め数名の騎士がさっと顔色が変わったのが視界に入ったが、ユフィーラは華麗に記憶から削除してウルバーヌに向かって深く頭を下げた。
「ムルシオ団長様。此度の件、私の浅慮によって無理に納入させてしまったこと、誠に申し訳ございませんでした」
「え、何?どういうことだ?」
ウルバーヌが訳が分からないという表情をする。ハウザーは騎士たちを見て何かを感づいたらしい。
「お二方をお待ちしている間にこちらの近衛騎士様方が、平民の薬師が作った保湿剤は貴族出身の近衛騎士が使うことはなく、粗悪品に違いないから、皆様は団長様からいただいた後に使わずに捨てていると親切に教えてくださったのです…あ、私がその薬師だとは知らずに世間話のようなものだったのだと思いますが」
その言葉にあたりはしんと水を打ったように静かになる。ハウザーは片眉を上げ、ウルバーヌは愕然とした表情になった。茶髪の騎士たちは明らかに焦ったような態度や表情になったが、当然ユフィーラは見なかったことにして続ける。
「!お、おいっ…」
「団長様が喜んでくださったヴァーベナの香りなのですが…」
茶髪の騎士が何か言おうとするが、先ほどあれだけ宣ってくれたのだからもう充分だろう。ユフィーラは相手が貴族だということも騎士だということも関係なしに言葉をぶった斬る。
「…ああ、あれは私個人がとても気に入ったものだ」
「はい。そう仰っていただいたことはとても嬉しかったのですが、近衛騎士様達には安っぽい香りだったそうで、花を含めた素材も、作っている環境も悪いのだろうとご指摘をいただいたのです」
先ほどまで明るく和やかだったウルバーヌの声がぐっと低くなる。
「……何だと。…シモン、どういうことだ」
「はっ。い、いえ…」
「団長様」
ウルバーヌには申し訳ないが、ユフィーラはもうこの人達に喋らせたくもないし言い訳もさせたくないので、無礼も承知で遮断させてもらう。
「あくまでも私の主観とはなりますし、贔屓目もあるかもしれません。ですが私が提供してもらっている花も、精製する場所も、それぞれを担ってくれている皆さんが心を込めて作り出し、整えてくれているものなのです」
「…ああ、そうなのだろうな」
「はい。私には勿体ないくらい素晴らしい環境なのです。とても居心地が良くて、保湿剤の精製も捗るのです。ですが――――」
そう言って一瞬彼らの方を見やる。彼らは一様に真っ青になっていた。
「近衛騎士様方からしたら、それでも粗悪品に変わりないのですよね。私は平民なので、その界隈での配慮というものが足らずに、ずっと納品し続けておりました。…ですが、使われずに捨てられてしまうのならば、必要だと思って下さる方々にお届けしたいのです。ですので今回の納品分で終了とさせていただきたいと思います」
ウルバーヌ程の人物がもしそれでもと請われたとしても、ユフィーラは今後一切近衛騎士団には納品はしない。
ユフィーラとていつも何言われてもへらへらしている訳ではないのだ。
テオルドを存分に悪意をもって貶した人物に対する礼儀などあるわけが無い。
間接的に屋敷の皆を馬鹿にされて我慢できるわけがない。
仲介した人すら見下されてこちらが謙る必要は皆無だ。
「なんてことだ…お嬢さんがそんな風に謝罪することなんて何一つないのに…それに私は本当に肌に合って気に入っていたんだ…」
身分関係なく保湿剤そのものを使い易いと喜んでくれることはとても嬉しいことだ。ウルバーヌが額に手を押さえながら呻くように俯いて言うのをユフィーラは微笑みながら答える。
「はい。団長様個人が仰ってくださっていたことを嘘だとは思っておりません。団長様さえよろしければ、個人的にご所望いただけるなら今後もお届けさせてください。近衛騎士団の皆様は貴族の方で構成されているとのことですが、もし保湿剤を望む方がいらっしゃいましたら、その方も個人的にということでよろしくお願い致します」
その言葉をきいてウルバーヌは顔を上げて苦笑しながら、こちらこそ是非そうさせてくれと頼んできた。
「ただ、申し訳ないのですが私の大切な旦那様が孤児上がりだと連呼されるのを耳にするのは心が痛みますし、私がこちらに伺うことで平民風情の妻を娶ったと旦那様が蔑まれてしまうだろう場所に赴くのは流石に憚られますので、今後こちらにお邪魔させていただくことは控えたいと思います。勿論そちらにいらっしゃる近衛騎士様達も不快になるはずですから」
そして更に今度はハウザーに体を向ける。
「先生、折角伝をくださったのに私が不甲斐ないばかりにご迷惑をおかけしました」
ハウザーに対しても頭を下げる。ハウザーはユフィーラの前に来て頭を優しく撫でてくれた。その直後、何故かテオルドが再度手を握ってきて対抗している様子が何とも可愛らしい。テオルドが憤りを収めてくれたことに安堵し感謝する。
最後の仕上げだからと握られた手をぽんぽんとしてから、ゆっくりと外して再度近衛騎士達に向かい合った。彼らの顔色は真っ青のまま、中には震えている者もいた。
「騎士様達が先ほど仰ったように平民出身の薬師の私は国の貴族の方々からは認められないのでしょう。それでも騎士様達が望むように這い蹲りながらも前を見据えて仕事をし、本当に欲しいと願って下さる方々の為に薬や保湿剤を精製することに精進していきたいと思います。貴重な情報とご意見をありがとうございました」
ここぞとばかりに彼らが言った言葉をしっかりと含ませて締めくくる。
これが力の無いユフィーラなりの戦い方だ。
「旦那様、お時間とらせてしまってごめんなさい。そして忙しいのに来てくださってありがとうございます。行きましょう?」
「…ああ」
「先生もご用事は終わったのでしたらもう帰りますか?」
「そうだな」
「それでは団長様、これで失礼させて頂きます」
「いや、後日お嬢さ…、貴女には改めて後日お詫びに伺わせてくれ」
「まあ、団長様。それは必要ありません。私が近衛騎士団という貴族構造を把握していなかったことが悪いのですから。それよりもお試し品の感想を後日先生伝で聞かせてもらった方がお互い今後の為に建設的かと思います」
微笑みながらそう答えると、ウルバーヌは参ったなと言いながら、そうさせてくれと答えてくれたので、一礼してテオルドの手を握った。すぐに握り返してくれたテオルドはシモン達を一瞥する。
「この礼は必ず返す」
踵を返しながら無機質で温度のない声音で淡々と伝えるテオルドに彼らは体を強張らせる。
「ウルバーヌ、俺も帰るぞ」
「…ああ。悪かったな」
「皆揃って良い大人だろうが。…ああ、そうだ。ウルバーヌが俺の使っていた保湿剤を羨ましそうに見て欲しがったんだ。それで仲介した。余計なことをして悪かったな」
既に彼らの顔色は青を超えて真っ白だ。
ハウザーも歩き出したのでユフィーラ達も騎士団団舎から離れる。ウルバーヌの「執務室に来い」と凍えるような声が聞こえたが、それはもう向こうの問題である。
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