久方ぶりの王都
第二部開始です。
よろしくお願いします。
今朝も今朝で美味しいガダン作の朝食に舌鼓を打ち、幸せな朝を迎えていたユフィーラのすぐ側でその空間に見合わない言葉の応酬が繰り広げられていた。
「騎士団に用事なんてないだろうが」
座りながら足を組んでいるハウザーが呆れたように呟き、出された珈琲に手を伸ばす。
「幾らでもある。今までは放置していただけだ」
「それはそれでどうなんだ」
ユフィーラの前以外では定型で無表情のテオルドが当然という態度で返す。食堂のテーブルを挟んで対岸のようにいがみ合っている二人を、ユフィーラは会話のリズム感が良くて案外馬が合うのかなぁなんてのんきに思いながら最後の紅茶の一口を飲み干した。それらを使用人一同は毎度のことながら生温かく観て…見守っていた。
本日ユフィーラはトリュセンティア王国近衛騎士団へ手用の保湿剤のお届けを直接納品することになっていた。元はハウザー経由で依頼され、今までは彼に届けてもらっていたのだが、近衛騎士団長が是非一度だけで良いから直接会ってお礼を言いたいのだと言伝をもらったのだ。
ユフィーラとしてはそんな大層な代物でもないのに、わざわざ国の偉人的な人物に会いにいくのは恐縮…本音を言うと面倒臭いということは勿論お首にも出さない。しかし近衛騎士団長からリカルド、リカルドからハウザーへと伝達されてしまっては、行かざるを得なくなってしまった。
当然のことながらリカルドはテオルドに伝えてもらう選択肢はなかったようだ。確定でユフィーラに伝わらないことが明白だと確信していたのだろう。
ハウザーは面倒なら放置しろと言われはしたが、そうもいかないので了承すると、研究所に顔を出すついでだからとハウザーも一緒に行ってくれることになった。
外出ということで、本日のハウザーは外出仕様の服装だ。
いつもの白衣姿と適当に結った癖っ毛のくすんだブロンドと無精髭は鳴りを潜め、深みのある濃いワイン色の上下にダークグレーのシャツ、髪は後ろに流し髭も剃っていた。改めて見るとガダンと良い勝負の色気のある男気溢れる姿である。
だが、ここで何故か出勤前のテオルドが出張ってきた。
「まあ。今日はこれからお仕事ですよね?テオ様、無理はしないでくださいね」
「してない」
「先生と一緒に保湿剤を近衛騎士団長さんに届けてくるだけなのですよ。騎士団訓練場に出撃迷子になったりしませんし、騎士団と逆方向の魔術師団に迷子到着したり、最悪王宮に突撃迷子することもないですよ。華やか過ぎてどちらかと言うと正門に逆戻りしそうですしね」
「魔術師団なら迷い込んで来れば良い。対応するように行っておく」
「まあ」
「何で全部迷子関係に該当する流れになっているんだ」
「旦那も騎士団に連れて行かずに魔術師団で取り込もうとしないで」
有能な突っ込み担当者になっているハウザーとガダンがテンポ良く返してくる。
「また旦那様の過保護な囲い込みが始まったわねぇ」
「通常仕様だからもう慣れた」
「見ていて楽しいし今日も平和だって思うよな」
「愉快な観察対象が常時あるのは生活の彩りですよね」
「主を監視するなど…!」
「誰よりも近くで見ているジェスが言うなって話よね」
訳アリ使用人一同も相変わらずである。
「そろそろ仕事に行って来い」
「今日はいつもより遅らせても問題ない」
「主、リカルド団長が吠えますよ」
「最近弛んでいるから丁度良い」
「団長様の迸る大声も勇ましそうですねぇ」
「そこで乗るな、お前も」
ハウザーは二人への突っ込み対応で既にお疲れ気味だ。テオルドは耳元でじわじわ絶妙に急かしてくるジェスによって、ようやく不承不承出発して行った。
「朝からあいつはああなのか」
ハウザーがうんざりとした様子で聞いてくる。
「いえ、ユフィーラと一緒に行くことが引っかかっているんだと思いますよ。道中も一緒、その後も一緒となれば、ね」
アビーが苦笑しながら皆が飲んでいた茶器を片付けていく。
「あそこまで露骨にされると反発はしたくなるな」
「ははっ、あんたがそれだから旦那も反応過多になるんだろうよ」
いつもの定位置であるカウンターに肘をつきながら笑っているガダンは、ハウザーに対しても口調は変わらない。
「自分より先に一緒に暮らしていたことを、実はかなり根には持っているのですよ」
「知るか」
「ユフィーラを獲られると思ってるのかも」
「獲るか」
ランドルンとブラインの冗談交じりの牽制もハウザーは肩を竦めながら軽くいなす。
「まあユフィーラにとっては恩人なんだからって理解はしていても本能は別物みたいなんだよねぇ」
「先生のおかげでここまですくすく育ちました!」
「好き勝手にのびのび育っていたな、お前は」
パミラが一応の主人のフォローを入れてみるが、ユフィーラの言葉はだいたい別方向に飛んでいく。
「そう言えばここまでは転移ですよね?ユフィーラと一緒に馬で行くんでしたらうちの馬に乗っていきますか?」
ダンが尋ねると、ハウザーは首を振る。
「いや、こいつは俺の転移で一緒に連れて行くから問題ない」
「流石、主と同等の魔力を持つ御人なんですね…」
テオルド命のジェスでさえ、ハウザーの持つ膨大な魔力と能力に関しては一目置いているらしい。
「馬といえば…ユフィーラは自分専用の馬をもつ気はないのか?」
「私ですか?」
ユフィーラは以前使用人達にも言われていたことを思い出す。あの時は自分に命の期限があるという状態だったので、無責任なことはできないと辞退したのだが、今は先を考えられる。
未来のことを考えられるのだ。
未来を思って生きることは何と幸せなことなのだろう。ユフィーラは自分自身で生き物を飼うという責任を今ならば遂行できることに嬉しさもあるが、同時に緊張感も湧く。
「一つの命を預かる責任、ですよね。まだ自分事でいっぱいなのですが、そんな私でも自身だけの仔と共に生きても良いのでしょうか…」
移動手段の一つに選択されている馬だが、体だけでなく心も預ける相手であるとユフィーラは個人的に考えている。
「良いんじゃないか?まあうちらの馬はユフィーラなら皆乗せてくれるだろうけどなぁ」
「ハーヴィもユフィーラ好きだし」
「そうねぇ、でもユフィーラだけの、ユフィーラを大好きな仔が側にいてくれるっていうのも良いものじゃない?」
皆が賛成の意を示してくれる。
「俺も賛成だな。ユフィーラは息をするように馬に寄り添うことができるし、厩舎の手伝いも率先して喜んでやってくれるからな。馬たちはそういうのを常に見ているよ。今度一度見にいってみるか?うちの馬たちが輩出された軍馬専用牧場があるんだ」
ダンの牧場という言葉にユフィーラは目を輝かせる。
「すぐに決めなくても良いんだよ。必ずしも一度目で相性が良い馬と会えるとは限らないからな。何度か見に行ってピンときた相手がそのうち見つかるよ」
馬のことを誰よりも分かっているダンがにっこり微笑む。
(皆の馬はとても可愛くて優しくて…更に私だけの大事な馬で家族のような…)
今まで自分が生きるだけで精一杯だったユフィーラだが、生家を抜け出し逃亡して、ハウザーと出会って、テオルド始め使用人の皆と出会って、未来の道が広がった。
出来ることが増えたユフィーラはまだ拙く追いつかない部分があるかもしれないが、皆が言ってくれているこの機に進めても良いのかもしれない。きっかけというものは大事だ。ユフィーラは優しい表情で見てくれている使用人達を見渡したあとに、ハウザーを見る。
「その顔はもう決まったようなものだな。こういうのはきっかけで決めた方が良い。現状の条件が問題ないんだからな」
「…はい!」
時には勢いも大事なのだとユフィーラは元気良く返事をした。ハウザーがユフィーラの小さい背を安定させるべく、頭をぐりぐりと撫でてくれるのを気にせずにこにこ微笑む。
「まあ、旦那が妬くのも分かる気はするんだがねぇ」
「そもそもユフィーラを初めに目をかけて救ってくれた人ですし、開始地点が違うんですから」
「…主の方がきっと…」
「二人は系統が違う」
「ああ、それわかるような気がするわ!理知的で冷淡なのにユフィーラ専属で甘々な美麗偏差値最強のテオルド様と、整っているのに野性的で粗雑に見えるのに気品があるハウザー氏」
「ある意味国の最高レベルの双璧をユフィーラは無自覚に制覇してるしねぇ」
「更に俺らの愛馬もだぞ」
少しずつ頭を撫でている手に重心をかけていくハウザーに対して、それを阻止しようと彼の両手を持ち上げようとして全く動いていないユフィーラとの攻防を見ながら皆口々に好き勝手に呟いていた。
国家試験で訪れた時以来だったトリュセンティア国の王都に、ユフィーラはハウザーの転移で連れてきてもらった。華やかな王宮へ続く街並みを見ながら、前回来た時とは心持ちが異なるからかまた違った景色に感じる。
「わあ…久しぶりに来ましたねぇ。何だか前に見た時とまた違った景色のように見えます」
目をきらきらしながら眺めているユフィーラをハウザーは優しい眼差しで見つめる。
「先生、本来なら王宮手前に転移できたのではないですか?」
「ん?」
「もしかしてわざわざ街並みを見せてくれる為にこちらへ転移してくれました?」
「さあな」
そう言いながらハウザーはゆっくりと歩く街並みの先にある王宮に向かって進んでいくのをユフィーラは小走りで追いつく。ハウザーはいつでもユフィーラに最良の状況を作ってくれるのだ。
「いつもありがとうございます」
「なんのことだかな」
会話を交わしながら王国手前の門まで歩いていく。門番がハウザーを視認して、伸ばしていた背筋を更に伸ばして敬礼した。ハウザーは本当に元王族なのだなぁとユフィーラは若干失礼な感動を覚え、じっと彼を見上げると、その意味を大方予想していたハウザーにまたもやぐりぐりと頭を撫でられ、急いで髪を整えることとなった。
「ハウザー殿、登城ご苦労様です。お待ちしておりました」
「ああ。ムルシオ近衛騎士団長は団舎か?」
「はい。ご案内致します」
「いや大丈夫だ、引き続き勤めを頼む」
「…はい!」
ハウザーにそう声をかけられた門番は目を輝かせて再度敬礼をした。門番は同行している平民のユフィーラにも一礼してくれて自分の勤めに戻っていった。
「普段ではない先生を見られるのも良いものですねぇ…そしてその荷物はそろそろ私が持ちますので」
そう言ってハウザーが出かける時から持ってくれていた沢山の保湿剤を貰おうと手を伸ばした。
「このままで構わん」
「まあ、私が構うのです。先生に持たせ続けていて、騎士団の方々にこんな偉い人に荷物持ち扱いさせるなんて!とか思われたら大事ですから。それに大量の保湿剤を頑張って持っている小さめの私を見た人達がまあまあ頑張っているんだなって、もしかしたら思ってもらえるかもしれませんしね!」
「お前の本心は後者だろうが」
「八割そうですね」
「清々しいくらい我欲だな」
ハウザーは軽々と重量の保湿剤を上に持ち上げ、ユフィーラは何とか自分に利を得るため、ぴょんぴょんと飛びながら奪取しようと果敢に挑む。
その時、騎士団舎入口の方から一人の大柄な人物が近づいてきた。
不定期更新です。




