番外編・古今デザート論争
中期症状の厩舎での出来事の後と、本編後の話です
それはこんな一言から始まった。
「ん~~!」
食後のキャラメルフランを一口食べたユフィーラは至福の瞬間に浸る。
ガダンのキャラメルフランは大きなケーキ型で作ってくれていて、そこから好きな大きさにカットして提供してくれる。カラメルプリンも勿論美味しいのだが、ユフィーラはどっしりとしていて、中も食べ応えがある濃厚なキャラメルフランの方が好きなのだ。
同じくしてキャラメルフランが大好物なブラインはユフィーラの約1.5倍の大きさにカットしてもらい既に完食済だ。
「相変わらず美味そうに食べるなぁ。作り甲斐があるな」
ガダンがカウンターからにやっと口角を上げる。
「ガダンさんの作ったものならば幾らでも美味しく幸せに食べられます。どんどんどうぞ!デザート二品でもいけます!」
ふはっとガダンが笑うのをランドルンが肩を竦めながらユフィーラに話しかける。
「ユフィーラさん、あまり調子に乗らせると食事が全部デザートで出てきてしまいますよ」
「ふふっ。それも魅力的ですが、ガダンさんの食事もそれは素晴らしいので配分は今のままが一番なのかもしれません。ブラインさんはお替りですか?」
「うん。食べる」
そんな時少し遅れて食事をしていたジェスが呟いた。
「騒がしい。キャラメルフランぐらいで」
食堂がしんと静寂になる。
「あんたさ、要らないならそのキャラメルフランちょうだい」
そしてブラインより幕が切って落とされた。
「これは私に出されたものだ」
「キャラメルフランごときなんでしょ?」
「ごときとは言っていない。勝手に置き換えるな」
「似たようなものでしょ」
「全然違う」
「…おい、まだ残っているから」
ガダンが落ち着かせようと声をかけるがブラインは止まらない。
「良いよ、ジェスので。キャラメルフランなんざとか言ってるから」
「より悪い言い方に置換するな」
「だってどうでもいいんでしょ」
「そんなこと言っていない」
「ブラインもさ、最近良く話すようになったわよねぇ」
そう言いながらアビーは紅茶のお替りを珈琲派以外に淹れていく。
二人がやいのやいの揉め始めたので、ガダンがやれやれと言いながら新しくキャラメルフランを取り分けた皿をユフィーラは受け取りに行く。
「止めとけ。巻き込まれるぞ」
「あら、大丈夫ですよ。私が美味しいのが嬉しすぎて騒がしくしたのもありますし、ブラインさんは大好きなキャラメルフランを貶されたと勘違いされているだけですから」
そう言いながら新しいキャラメルフランを持って二人のところへ行った。
「ブラインさん、お替りどうぞ。カラメル多めですよ」
「いいよ、あんたがそれ食べな。俺のはここにあるから」
「おい…勝手に持っていこうとするな!」
「ジェスさん、こうなったらそちらを渡してこちらを食べた方がゆっくりと――」
「これが私のだ。それにそっちは大きさが少し小さいだろう」
「まあ。よく見てください。確かに私が持っている方が僅かにカットが小さめですが、その分カラメルの比率を見てください。どこを食べてもカラメルが絡め放題ではないですか」
「どうでも良い」
「キャラメルフランにおいてカラメルとのハーモニーはなくてはならない過程なのです」
「どうでも良い」
「ハーモニーと言うならば、私の一番好きなチェリーパイにおいてですが――」
「おい、なんでそっちに向かったんだ!」
「巻き込まれる以前に自ら飛び込んでいったかぁ…」
ガダンが呆れたように笑いながらカウンターに肘を付いて眺めている。ブラインは隙を見てジェスのキャラメルフランを狙うが、ジェスもしっかり皿を持っていて隙が見当たらない。
「カラメルとの比率を理解しないなら食べちゃ駄目だよね」
「好きに食べさせろ!」
「好きに食べる。正にその通りです、ジェスさん。ただ、好きに食べるにもカラメルあってのキャラメルフランなのであって―――」
「何なんだこいつらは!」
「始めに余計な一言を言ったのはジェスだからねぇ」
そう言いながらマイペースにパミラは自分のキャラメルフランを食べている。
「ガダンさんのチェリーパイの黄金比率は素晴らしいのです。水分多めのフィリングの中にも、表面のぱりっとしたパイ生地との組み合わせが―――」
「チェリーパイはどうでも良い!」
「おっと、それは聞き捨てならないな、ジェス。俺もチェリーパイの生地のしっとりな部分とサクサクな部分の差の対比とチェリー独特の甘みが好きなんだよ」
「あら、ダンも参戦したわね」
「ダンさん!流石チェリーパイのスペシャリストですねぇ」
「だろ?」
「どこがだ」
「ジェスさん、チェリーパイは濃厚な甘さだけでなく甘酸っぱさも兼ね揃えているという合せ技を持っていまして――」
「スペシャリストの件を聞いている」
「混沌としてきましたね」
ランドルンは珈琲を飲みながらこちらを傍観している。
「フォーク置いてよ。皿離して」
「これは私のだと言っているだろう。お前のフォークをこちらに向けるな!」
「ダンさん、チェリーパイは瑞々しさとその中にあるぷりっとしたチェリーの食感が絶妙ですよね」
「ああ。しかもチェリーが余った時はフレッシュな物を甘さ控えめなクリームと一緒に添えてくれる時があるんだ」
「そ、そんな素晴らしい特典が…!特典と言えば、この前フロランタンで余ったアーモンドを他のナッツと組み合わせてキャラメルコーティングしたものが最高でした!」
「あ、それ私も好き!しかもお酒にも合うのよね!」
「どれか一つの話にしろ。もう静かに食べさせてくれ…!」
ジェスの懇願にも近い訴えに、またもや食堂は静寂となる。
「…確かにそうですよね。賑やかな食卓は良くても、騒がしくしては折角のガダンさんの美味しい食事が堪能できません。ジェスさん、申し訳ありませんでした」
少し興奮気味だったユフィーラは、はっと気がついてジェスに向かってぺこりと頭を下げる。
「ふん…分かれば良い。もう―――」
「では冷菓子、焼き菓子、ケーキ・パイのどの分類から話し合いを挑みましょうか」
「そこから始めるのか…!」
フォークを置いて頭を抱えてしまったジェスの隙をずっと虎視眈々と狙っていたブラインは見逃さない。さっと皿を強奪していく。そしてユフィーラはジェスがご立腹モードにならないようにささっとお替り用のキャラメルフランをジェスの前に置いた。
あまりに素早い見事な連携プレーに暫し呆然としてしまったジェスは悔しそうに八つ当たり気味にユフィーラを睨む。
「食い意地の張った女だな!」
そんな嫌味を言われたところで、食べ物に関してのあれこれはユフィーラにとっては寧ろ賞賛に値する。
「まあ。ジェスさん、私の食い意地は常に張っています。ここで張らずにどこで意地を張れというのでしょう」
「胸を張ることか…」
「はは!良いねぇ。食べさせ甲斐があるねぇ」
ユフィーラの欲にまみれたガダンが作る食への執着にジェスが敗退した。その後はそれぞれ分類別にした菓子談義と切り替わる。
和気あいあいとした話し合いの中、一言も発さず最近目が合わないテオルドが珈琲を飲み終えて立ち上がるのをユフィーラの視界にはしっかりと入っていた。
目が合わなくても会話はしてくれるのだ。少しは。
「ところで旦那様は、ガダンさんの作るデザートは何がお好きですか?」
去ろうとしていたテオルドは立ち上がりユフィーラに背を向けた状態で一言。
「全部だな」
そして再度食堂は静寂となった。
「我が主…なんと立派な心遣い…」
「えーそう?取り敢えずと言った感じがするけどねぇ」
「おっ旦那嬉しいねぇ」
その一言で締めくくり去ろうとしたテオルドに対し、デザート論争で既に迎撃モードに入っていたユフィーラは本日に限っては攻める体である。
「あらまあ、旦那様。見くびらないで下さい。私は知っているんです」
「…は?」
「旦那様はガトーショコラの時だけは違います」
「!」
「いつも召し上がるペースより、少しゆっくり、且つ一口を小さめにカットして少しずつ時間をかけて食べています。勿論ガダンさんの作るもの全てが美味しいことが大前提ですが」
その場に居た全員がテオルドを見た。テオルドの向きはそのままだ。
「へえ。良く見てるねぇ」
「ふふ。いつも真っ直ぐ見ていますからね!」
テオルドは目元を押さえてからさっさと食堂から出て行った。
その耳が仄かに赤かったのを目撃したのはユフィーラ以外全員の使用人達であった。
**********
「こんな至福の画があっていいのでしょうか…」
ユフィーラはほうっと溜息を吐いて目の前に置かれた二つのアフタヌーンティスタンドを見つめた。
本日の午後、アリアナが屋敷に訪れていた。
その際にハインド伯爵家のお薦めの菓子の数々をお土産に持ってきてくれたのだ。勿論ガダン特製の菓子類も盛られている。即ち二つのスタンドにそれぞれの最強の料理人達の菓子が綺麗に飾られているのだ。
「アリアナさん、これは…まさしくお菓子の楽園の絵画です」
「大袈裟よ。でも料理長が喜ぶわ。ユフィーラの所の料理長も相変わらずの腕前ね。このプチガレットはバターの香りが芳醇でとても美味しいわ」
「ふふ。アリアナさんに言われたら胸を反らせて喜びそうですね」
ユフィーラがここに戻ってきてから暫くして、アリアナから訪問伺いの手紙が届いた。
ユフィーラは返事にテオルドとこれからもずっと一緒に居たい、負けたくないという正直な想いの内容を綴って送ったのだが、返ってきた言葉はアリアナがテオルドから身を引くような内容で、今では純粋にユフィーラと会いたいという主旨に、初めての女の子のお友達ができたとユフィーラは拳を握り両手を天に掲げた。名前も呼び捨てでと言われたが、なんとかユフィーラ側は、さん付けで話がついた。
「はふ…このマカロンはやはり神の域ですねぇ。鮮やかな彩りと独特な食感、クリームの対比がもう…」
「最近料理長はバターに拘っているの。パウンドケーキ一つでも風味が違うのよ」
「バターの香りってなんであんなに香ばしいのでしょうねぇ。焦がしたものもまた違った芳醇な香りで…」
そんな話をしていると、応接室の外で話し声が聴こえ、その一人がガダンであることがわかった。アリアナの了承を得て席を立ち、ドアから顔を覗かせると、ガダンがランドルンと話していた。
話し終わるのを待ち、ガダンにアリアナからの賞賛の声を届けた。それに対しガダンはドア越しにアリアナに声をかける。
「ハインド伯爵令嬢いらっしゃいませ。お褒めの言葉を下さったと聞きました。感謝を申し上げます」
ガダンの普段の砕けた口調が貴族のアリアナの前では丁寧になるのが新鮮だ。
「いえ、こちらこそいつも素敵なアフタヌーンティーを提供していただいて感謝するわ。それと呼び名は名前で結構よ。言葉遣いも。わたくしはここにユフィーラの友人として訪れているだけなの」
「へぇ。ではアリアナ嬢で」
にこっと口角を上げる男らしい色気のある笑顔にアリアナは少し頬を赤らめた。
ユフィーラはというと、アリアナの口から出た『友人』という言葉に感動して、ガダンにぱあっと嬉しさ満開な笑顔を向け、拳を握って自分の胸元でしゃかしゃかと上下に動かす。それを少し眉を下げ微笑しながら、よしよしとあやすようにガダンが頭を撫でてくれた。
「あ、ガダンさん。ガレットに使用しているバターはいつもどこのものを使っているんですか?」
「ん?バター、か。バターはちょっと拘っているんだよなぁ。なんで?」
それを皮切りにバターの話で盛り上がる。ガダンが懇意にしているバターは隣国から取り寄せているようで、それがなんとアリアナの料理長が修行で行っていた国の中で有名な牧場のバターとのことだった。
しかもその料理長とガダンは何度か隣国で会ったことがあったそうで、アリアナが興奮気味に話を聞いていた。
「へえ、あの人がハインド家の料理長になっていたんだねぇ。道理でこっちの店で見つからない訳だ」
「わたくしも以前料理長から料理人でもないのに、とてもセンスがある男性が居たと聞いていて。貴方が呟く言葉から想像が広がりとても良い刺激を受けたと言っておりましたわ」
そのままアリアナのたっての願いでガダンもその場に参加することとなりお菓子の話に華が咲き、好きな菓子についての熱い論議が始まった。
そこに紅茶の替えを運んできたアビー、ガダンに用事のあったランドルンも加わる。
アリアナはユフィーラの人となりと、テオルド自らが選んだ屋敷の使用人の立ち位置、元魔術師団で優秀な者達だったことを理解しているからか、話し方も気さくで物怖じせず、身分云々で厭う発言が一切ない。
勿論使用人側も不躾な態度を取らないのもあるが、この屋敷に訪れた時には年相応の可愛らしい表情を見せたりと楽しんでいてくれている様子がユフィーラは嬉しかった。
「確かに粉状のアーモンドの使い道は多彩ですわ。でも一番それを生かされるのはやっぱりマカロンだと思うのです」
「そうかなぁ、アーモンドとバターの組み合わせには勝てないと思うんだがな。フィナンシェ然りパウンドケーキにも合う」
「確かに焼き菓子に入ると香ばしくてコクのある味わいになりますよね」
「ナッツそのものが好きなのよねぇ。粉だけでなく固形も入っていれば尚良しね」
「スノーボール!ころんとしてさくさくっとしたスノーボールも捨てがたいです!」
「わかりますわ。アーモンドとバターの組み合わせは多様にあるもの。ただ、バターを使用せずに卵白と砂糖だけであの逸品ができるものは少ないと思いますわ」
博識であり、しかも料理長と一緒に菓子の知見を深めているアリアナとガダンは話が合うようだ。
「まあそうだな。おれは苦手だが、あの食感こそが好きだという女性も多いなぁ。あと種類が豊富にあるし、付ける色味、それにあうクリームを思索していくのは菓子職人の腕次第だな」
「そうですわね。どんなに素晴らしい素材でもそれを実現できる知識と発想力、そして腕前ですわ」
「その辺は魔術の組み合わせと通ずるものがありそうですね」
「あ、そうかも!色々融合させたり、魔力の込める加減とか量とか」
「なるほど…わたくし魔術はそこまで得意ではないので勉強になりますわ」
更に一人の令嬢と三人の魔術師の会話は白熱していく。
そんな中、ユフィーラはというと。
置いてけぼり状態になり話についていけずしんみりと。
なんてことは全く無く。
彼等の会話を背景音楽のように耳にしながらも、きらきらした目で二つのスタンドを眺めていた。
そして存分に観察した後に、いそいそと自分の皿に一つずつ盛っていく。
ガダン特製のプチガレットに季節のクラッシュゼリー、ドライフルーツのスコーン。対してハウンド家の料理長から持ち寄られたマカロンとミニパウンドケーキに一口サイズにカットされたキッシュタルト。
一皿の中に彩る品々にユフィーラはうっとりとしながら、一番目に攻めるものを吟味していた。口元はにまにまと緩みっぱなしだ。
そんな時、扉が開いたままの応接室に人が入ってきた。
ユフィーラの隣に座っていたアビーがすぐに気づき立ち上がってその場から退き、他の者も続いて気づいたが案の定、ユフィーラは皿に乗った魅惑的な菓子の順番を決めるのに必死だ。
アリアナが立ち上がり挨拶をしようとするのを、その人物は手を上げて制す。お菓子選別に夢中で入室したことに気づかないユフィーラに対し溜息を吐きながら傍まで歩く。
ユフィーラがようやく二つまで絞ったところで、急にソファの隣がどすんと大きく沈み、体がふわんと浮いて体が沈んだ方に傾いた。
こてんとユフィーラの体が誰かの腕に当たる。隣を見ると仕事から帰ったままの服装のテオルドが座ってこちらを見ているのを認識して、ぴしっと固まる。
「――まあ…テオ様お帰りなさいませ。今日はお早いお帰りで…お迎えもせずに失礼致しました」
そう言って入室しても全く気づかなかった己のばつの悪さに、テオルドからふいっと視線を外すユフィーラ。その態度にアリアナは首を傾げるのだが、実はユフィーラのこれは始めてではない。ガダンの作る食事やお菓子の数々を見て興奮するとこうなってしまうのである。
毎度のことなので使用人達は生温かい目で見守っていた。
「アリアナ嬢と会うのは聞いていたからな。別に構わない」
「左様でございま―――」
「俺が応接室に入ってから気づきもしなかったな」
「…!」
さっとテオルドを見ると無表情の中にもこちらをからかう様子があり、状況が芳しくないユフィーラは今度はささっと顔ごと逸らす。
「ぶっ」
明らかに噴き出したランドルンの顔を今度こそ見るべく、ぐりんと顔を向けるが、ランドルンはいつもの如く美麗な慈愛の微笑みでこちらを見ている。
「くっ…またもや…」
「フィー?」
テオルドがユフィーラの頬に手を添えて自分に向かせる。
「ぁ、ゎ…」
「ん?」
ユフィーラが大好きなテオルドの顔が目の前、しかもかなり近い位置にあることで息の仕方が途端にわからなくなってしまう。なんとか目と顔を動かしながらふぅふぅ呼吸を再開するのだが、またくいっと戻されてしまう。それでもなんとか目だけでも逸らそうと弛まぬ努力は欠かさない。
それがまるで怒られた時のレノンと一緒な仕草に、思わずテオルドは表情を緩めてしまう。
「っ…」
「あー…、アリアナ嬢驚いた?人間ってここまで変わるもんだって俺等も始めは驚いたんだけど、もう慣れちゃってねぇ」
「そうね。あの表情向けるのがユフィーラだけだから。他では通常仕様の無表情のまま変わらないのよ」
「ユフィーラの何が可愛いかって、彼女のとる行動で主の表情が変わるのに、それを見て彼女の行動が余計挙動不審になって、それを見てまた彼の表情が変わって。その繰り返しに陥るのにわかっていないんですよ。それを見てる我々も飽きないのでいつも助けずに静観しているんです」
「まあ……そうなのですね……うふふ」
使用人達と小声で話しながら、アリアナは必死に顔を逸らせようとするユフィーラと、それを微動だにさせないように固定しているテオルドの攻防を見比べてついつい笑ってしまう。
その風景を見ていても胸が苦しくなることは無くて、テオルドに対する想いが風化されているのを自ずと理解する。今ではそれ以上にユフィーラとの関わりをアリアナは大切に思っているのだ。
「暫く続きそうですわね。良かったら皆さんもご一緒に如何?」
「おや、よろしいのですか?」
「え、いいの?嬉しい!ここではマカロン食べられないから」
「俺も料理長が作ったもの食べてみたいねぇ」
そんな話をしながら、皆がスタンドからお菓子を取っていると、それに気づいたユフィーラがぺっとテオルドの手を引き剥がして体を乗り出してきた。
「皆さん!一番目にどれを攻めますか?甘くないキッシュも捨てがたいのですが、敢えて、甘い濃厚なガレットから―――」
「――――おい」
それが面白くないテオルドはひょいっとユフィーラの腰を掴み持ち上げて自分の膝に座らせてしまうのを見てアリアナは瞠目する。
「!」
「アリアナ様、目を合わせないで」
「え、」
「ほら、目線そっちに向けたいだろうけど、我慢我慢」
「あの…」
「気にすると主から睨まれますから、素知らぬ振りを」
三人は慣れているのか淡々とした態度でお菓子を取り分けている。
「…て、テオ様。こここの場でこれれれ…」
「そんなに食べたいのなら俺が食べさせてやろう。どれからだ?」
「…あわわ」
腰をしっかりホールドされテオルドの膝に横抱きされたユフィーラはかちんと固まっている。テオルドはお構いなしに盛られた皿からキッシュタルトを取ってユフィーラの口元に持っていった。
「口を開けろ」
とてつもなく恥ずかしい羞恥プレイにユフィーラは無言でふるふると首を振る。
「そうか。じゃあ俺が食べる」
「あ!それはチーズが一番多っ…むぐっ」
ユフィーラは狡猾にも一番チーズの多く乗ったキッシュが急に惜しくなり、声を上げた瞬間にテオルドにぽこんとカットされたキッシュを口の中に放り込まれた。
ぽんっと顔が赤くなりもぐもぐする様子をテオルドが頬を撫でながら優しい表情で観察している。
それをつい成り行きを見てしまったアリアナもぽっと赤くなり、ガダンからは「まぁ、慣れてよ」と諭され、アビーとランドルンも平然として紅茶を嗜みながら菓子を摘んでいた。
そしてユフィーラはというと、テオルド手ずからの給餌に味を全く感じなくなって―――
しまうなんてことはと全く無く。
「―――こ、このキッシュのチーズとほうれん草…ベーコンもですね…入ったことでより旨味が増しますね、アリアナさん!」
目をきらきらさせて、美味しさの喜びを最大限に伝えるユフィーラにアリアナは令嬢らしからぬ呆けた顔をしてから噴き出した。
「ぷっ…ふふ…!そう言ってくれると料理長も喜ぶわ」
「まあ…ユフィーラはこうなるなぁ」
「そうやって存分にテオルド様を振り回して欲しいわね」
「片方に偏らずに良い釣り合いですね」
自分との触れ合いよりもキッシュに軍配が上がったことが更に面白くないテオルドは憮然とした表情になる。
「フィー…お前な―――」
「テオ様も是非この至福の一口を!ささ、あーんですよ、あーん」
ひょいっとカットされたキッシュを一つ取ってテオルドの口元に持っていきにこにこするユフィーラ。
ただただ、この美味しさを大好きな相手と共有したいが為の完全な無自覚の無意識なる反撃である。
あまりに嬉しそうに微笑みながら待っているので、テオルドはつい絆されて口を少し開けてしまったのを見逃さずユフィーラはぽんとキッシュを入れた。
「テオ様、美味しいですね!」
「―――ああ」
テオルドは恥ずかしさとユフィーラの満面の笑みにやられ目元を覆う。
使用人達は微笑ましく見守り、テオルドの普段まず見られないだろう表情と、ユフィーラの無自覚な直球攻撃に、些か令嬢らしからぬぎらぎらした目で見つめていたアリアナであった。
本編最終話のユフィーラのその後は……
まあ、ご想像の通りかと思います。
不定期で番外編・後日談投稿していきます。




