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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一日5秒を私にください

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知られる




それからはユフィーラは毎日をより大事に精一杯生きていこうと楽しく日々を送っていた。


中期に入ったことによって、ハウザーには、病の初期段階と中期の今までの症状を事細かに手紙に記す。ユフィーラの頭の知識をおいていくことはできないから、薬や保湿剤始め、天使と悪魔の天秤用に作った薬のレシピも添えた。もしかしたら、今後の治療薬の何かのきっかけになれば良いかなと思いながら。


マジ―の薬草も庭での栽培に成功し、ブラインに色々と教えてもらいながら、順調に育っている。


「凝縮を重ねて魔力回復をなんとか三分の二まで上げたいのですが、上手くいかないものですねぇ」


薬草の畑周りの雑草を抜きながら、ぼやく。


「半分近くまでは成功したんだろ?あんたの精製魔術はとても細やかで丁寧だ。綺麗に混ざって抽出されている」

「まあ。本当ですか?ありがとうございます。驕らずに精進します」


答えてくれたブラインは、枯れ落ちた花や植物の撤去をしながら新しい栄養剤を魔術で散布している。


「焦らなくても時間を掛けてやれば、そのうち見つかる」

「…そうだと良いですねぇ」


ぷちぷちと雑草を毟りながら、心の中でそれは無理だろうなと呟く。


「それでもと思ってしまいます。旦那さまと皆さんにまだ何も返せてませんから」

「テオルドさんはちゃんともらってると思う。―――俺も皆も」


その言葉ににこっと微笑んで草むしりを再開する。お世辞を言わないブラインからの言葉はいつも心にすっと入ってくる。


(少しでもそう思ってもらえていたら嬉しい。いつか…こんなやつも居たなって思い出してくれるくらいに)


「―――本当にあの人は不器用過ぎて、見てて苛つく」


ぼそっと呟く声はユフィーラには届かず冷たい風に流されていく。

畑周りに雑草を毟り終えたユフィーラはそれらを籠に入れた。


「この雑草は皆さんの愛馬の食事に加えるんですよ。薬草の為の魔術や、ブラインさんの魔力も含まれているからでしょうか。美味しいらしいです…あ、ブラインさん」


呼ぶと、あらかた栄養剤を撒いたブラインが振り返る。


「美味しいといえば。今夜の夕食のデザートはキャラメルフランですよ」

「!」

「私もあれ大好きです。ほろ苦くて濃厚でプリンより格上ですよね!」


ブラインがフードを被った隙間から覗く茶色い瞳を丸くする。


「良く気づいたな」

「私は食い意地が張っているので、いつもブラインさんのものは大きめにカットされているのに気づいてました!」

「うん。あれ好き」

「そんな逸品を次から次と生み出すガダンさんは最強ですよねぇ」

「うん」


夕食のデザート談義に華を咲かせてから、ブラインとは別れ厩舎に雑草を持って行く。


「ダンさん。雑草持ってきました」


ダンはちょうど馬たちの餌の準備をしていた。


「ああ、ちょうど良かった。それ混ぜて与えるから、もらってもいいか?」

「はい!毟りたてほやほやですよ」

「あいつら喜ぶぞ」


大柄で穏やかなダンの爽やかな笑顔は太陽のようでとても温かく感じる。


「馬房のお掃除手伝ってもいいですか?」

「助かるよ。この後、パミラに頼まれごとされてて」

「それは間違いなく力仕事ですねぇ」

「当たり。人使いが荒いったらない」

「ふふ。ご苦労さまです」


ユフィーラの馬房掃除ももう慣れたものだ。何よりその間に馬たちと触れ合えるのだから。ダンは餌をそれぞれにあげると、厩舎出て行った。ユフィーラは馬房裏の掃除を始め、いつも通りに食事を終え馬房裏に来た馬たちに突かれながら、掃除を終えてブラッシングをしながら戯れていた。


「ルーシアの毛並みは美しいわ。ブラッシングすればするほど艶がでるのよ。ジョニーはダンさんと同じで大きくて鬣が勇ましくて素敵よ。ハーヴィはブラインさんに似て雑草が美味しいのが直ぐにわかるのね。また毟ってくるわ」


それぞれに声を掛けながら、順にブラッシングをしていく。馬たちは満足すると、そのままそこに居たり、自分の馬房に戻っていく。


奥から青鹿毛の馬もこちらに寄ってきた。


「レノン。今日は、またこれから出かけるのかしら?これから遠征が始まるみたいだから、暫く会えないのは寂し…――――っ」


ぞわっと体中に悪寒が奔る。心臓が酸素を必死に送るかのように鼓動が忙しなくなる。ユフィーラはその場に座り込んでしまい、来る激痛に備えて、震える手で首元から下げた小さな布の巾着を取り出し中の薬を口に放る。


「っふ…ぅ……ぅぁあ…!!――――ぐっ!」


噛み砕き飲み込んだ直後に容赦のない痛みが全身を襲う。レノンが澄んだ目を丸くした。


(レノン、が…馬たちが心配してしまう…―――――)


ユフィーラは蹲っていた体を横に向けてレノンを見る。レノンは固まったように動かない、と思った瞬間、レノンが迸るように嘶いた。何度も。まるで『助けてくれ』とでも言うように。他の馬たちにも動揺がはしる。


ユフィーラは浅い息をしながら、レノンを呼び震える手を伸ばす。


「レ、ノン…レノン、私は、だいじょ、ぶ。だから、ね?…おいで」


レノンの顔が近づき首元に鼻を擦る。今激痛を伴って一番きついのは呼吸が苦しいことだった。まるでそこが悪いと理解しているかのように、そこをひっきりなしに擦り寄せる。その姿にユフィーラは目が潤む。


「っっ!…ふ、ぅ…―――レノン、大丈夫…大丈夫だからね」


首元に鼻を寄せるレノンをとんとんと優しく叩いて声をかけ続ける。


(ごめんね、心配させてごめんね)


ぜえぜえしながら横になったまま一瞬意識が遠くなるが、またレノンが嘶いたらと思い、ぐっと噛み締めて気張る。

レノンを叩く手と呼吸を同じにと試みながら、ようやく痛みが引きはじめてきた時に、外からガタンと扉を開ける音が鳴り響く。


「レノン…―――ユフィーラ?」


テオルドがレノンを見つけ、その下にユフィーラがいることに気付いたようだ。


(ああ…久々に名前で呼んでもらえた)


避けられていても、目を合わせてくれなくても、たったそれだけのことがこんなにも嬉しい。

レノンを撫でていた手を下ろしてゆっくりと起き上がる。


「旦那様。心配させてごめんなさい。私がちょっとふらついて横になってしまったのを、レノンが心配して驚いてしまったのです。さっきまで陽の下で草毟りをしていたから、目眩がおきてしまったようです」


そう話している間にもレノンは大丈夫?大丈夫?とでも言うようにユフィーラの体に顔を擦り付けている。


「ユフィーラさん!どうした…あれ、主も嘶きを?レノンのものだったんですね」

「…ああ」

「ダンさん、日に当たり過ぎたのか少しくらくらしてしまってこの仔達を驚かせてしまいました、ごめんなさい」

「そうだったのか。あんな嘶きを聞いたことがなかったからちょっと驚いた。体は大丈夫?」


立ち上がり、ぱんぱんと服についた干し草を叩いて落とす。


「はい。もう問題ないです。でも大事をとって今日は大人しくしておきますね。今夜のデザートはキャラメルフランですからね。見逃すわけにはいきません!」


笑顔で答えられたユフィーラは苦笑しているダンと無表情のテオルドに軽くお辞儀をして厩舎を出た。


(危なかった…もう少し前に来られてたら、隠せなかったかもしれない―――)


効きが悪くなることを恐れて少し間を置いたことが仇となった。これからは先を読んで早めに飲むことを誓う。



そしてその夜、屋敷内ではなぜか熾烈なデザート論争が繰り広げられた。




**********


数日してからテオルドが最初の遠征に行った。五日位の予定だそうで、相手国との戦況にもよるが、何度か繰り返すらしい。


お見送りをした際に、暫く会えないので手をもしょもしょさせていたら、溜息を吐きながら「早くしろ」と言ってくれたので、しゅばっと走り寄り、ぎゅむっとしてすぅぅぅっと5秒で五日分吸い込ませてもらった。もしかしたら吸いすぎて、鼻がふごっと鳴ったかもしれない。


顔を合わせることが少なくなり久々の抱擁にユフィーラは心が満たされ、浮かれるようにステップを踏んで去るのを、使用人の皆は苦笑やら微笑ましいやら憮然やら様々な表情をしていたのを本人は知らない。




**********


遠征四日目、テオルドから連絡が来て、相手国が小賢しい真似をしているらしく、遠征が数日延びるらしいとのことだった。


魔術師専用の連絡手段というものがあり、特殊な紙に魔力で文字を記し飛ばす。それは送り宛にしか開封できずに読み終えるとしゅわっと消える優れものだそう。食堂で皆に手紙の主旨を伝えていたジェスがユフィーラにも嫌々教えてくれた。


(避けられていても、団舎に泊まり込んでいても、こんなに長い間屋敷に居ないことはなかったものね。…寂しいなぁ)


寝る準備を済ませたユフィーラは最近良く出窓から外を眺めることが増えていた。外は北風で冷え込み、庭も今の時期は育てる植物が少なく閑散としている。今日も明日も帰ってこないことは分かっているのに、いつもテオルドが帰ってくる経路を見てしまう。


契約の一年まで、あと二月を切った。思った以上に中期の症状はきつく、薬の精製は落ち着いている時に集中して行っていたので、おおかた仕上がっていた。ハウザーや女将さん達に渡すものも多めに作ってあるので、いつでも渡せる状態だ。


(あとは魔力薬がもう少しだけ効能が上がればいいのになぁ)


焦ると良いものが作れないし魔術もぶれる。わかってはいても心がどうしても急いてしまう。魔術師の皆に返せる唯一のユフィーラができること。


「もうちょっと魔術も学べる時間があれば…――――っ!!」


どんと下から突き上げるような激痛が節々を覆う。がんがんと頭の中から石でも打ち付けられるような頭の痛みと全部の血が暴れ出すような壮絶な痛みに、ユフィーラは蹲って耐えようとするが、足を踏み外して出窓から床に落ちてしまった。


どすんと体を打ちつける痛みなんて気にもならなく、巾着から薬を取り出して食い縛る口を何とか開けて飲み込んだ。



すると、バタンとノックもならずに扉が開く。そこに居たのは走ってきたのか少し息を切らせながら驚愕に目を見開いている、ジェスだった。


「ジェ、ス…さん、なん、で…」


ジェスが一歩、また一歩と歩みを進める。


「主が居ない時は寝る前に屋敷の見回りをしている。そこの窓からお前が苦しんで落ちるのが見えた。そんなに苦しんで…もしかして何か重篤な病なのか?まさか…我が主にうつすつもりで――――!」

「閉めて…!」

「!」

「と…扉を閉めて……っぐ、ぅ!」


ユフィーラのあまりにも苦悶する表情と切迫した懇願に、ジェスははっとなり、扉を閉めてくれて、そこからこちらを伺う。


(よりによってジェスさんに見つかってしまったか…―――ああ、でも彼だからこそ良かったのかもしれない)


苛む痛みに耐えつつ、ユフィーラは浅い息を整えていく。


「誓約…ま、じゅつ、を」

「何?」

「…ぅうっ…誰、にも、言わな、いでください」

「そんなこと…私が頷くと思うのか」

「なら、誰に…何を聞か、れ、ても私は答え、ません」

「…」

「旦那様、にも、皆さんにも、何も影響は…っ…ない…!誓約魔術を…!」


目を滲ませながら、睨むような眼差しで訴えるユフィーラに、ジェスも何か思うことがあったのか、真意を図るようにじっと見つめたあと、「…わかった」といって、魔術を展開する。


「誓約内容は何だ」


そう聞かれ、「これから話す内容の口外と伝達を禁ずる」と伝え、ジェスは一つ頷くと術式を完成させた。ほっとしたユフィーラは薬の効果でだいぶ落ち着いた気怠い体を起こして、洗面台に向かい、顔を洗った。戻るとジェスは場を動かずにこちらを見据えている。


「説明しろ」


体力も削られたユフィーラは机の椅子に腰掛けて一つ息を吐いてジェスに目を向ける。


「『天使と悪魔の天秤』」

「………は?」

「あと約二月です」


ユフィーラはジェスを無感情で見つめる。病名を知っているのだろう。愕然とした表情で固まっていたジェスが、何かを喋ろうと口を開くが、また閉じる。


「余命が分かってから、私は残された時間を、今まで何もできなかった、色々な経験を叶えて満足してから終えたいと思っていました」


そのおかげでテオルドに出会えて、皆に会えてこんなに幸福な時間を過ごさせてもらっている。


「旦那様とはご縁があって、一年間の契約結婚を結びました。旦那様は病のことはご存知ありません。初めて旦那様に会った時、今まで動いたことのない心の高鳴りの理由を確かめたくて、お願いしました。旦那様はご令嬢達に…こういう言い方は失礼にあたりますが、女除け対策でした。ジェスさんもご存知の通り白い結婚ですし、同居のようなもの。でも私は毎日がとても新鮮で新しいことと、新しく芽生える感情でとても幸せでした。」

「我が主は…その病の解呪が…」

「はい。私もこの間、団長様から聞きました。奥様が同じ病だったそうですね」

「お前、まさか…」

「腐った性根の私がお願いするかもと?」

「っ!」


たまには皮肉を返しても許されるだろう。


「何のために誓約を交わしたと思っているんですか。誰にも知られたくなかったのに」

「だが、」

「中期の症状は苦しいですが、実は存外感謝もしているのです。だってこの病がなかったら、旦那様に、こんなだいそれたお願いしませんでしたから。おかげさまで、初めてとても…とても大事な人ができました」


唯一この病になって良かったと思うくらいの出来事だ。


「だからこそ、心から想う大事な人の命を削るわけがないでしょう?」

「…」

「私の我儘から始まった契約結婚です。ちゃんとけじめはつけますよ」


そう締めくくってそっと人差し指をあててジェスを見る。微笑んで。


「内緒ですよ。そしてジェスさんも最終日までしっかり見張っていてくださいね」




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