中期襲来
外気が涼やかさを超え肌寒くなってきたので、ローブを厚手のものに変える。
「お前、こんだけの薬と保湿剤を卸してもらえることは有り難いが、自分の分はちゃんと確保できているのか?」
本日はハウザーの元へ診療所の薬と、騎士へ届ける保湿剤を卸しにきていた。そしていらんと言われていた今まで出世払いだと立て替えてもらっていたお金も完済した。かねがね満足である。
「はい。お借りしている庭の一画で常に薬草を育てていますから。それに促進効果のある魔術も教えてもらったので、凄く精製が捗って、うはうはです!」
ハウザーは薬を検分しながら「そりゃ、何よりだ。」と溜息をつき、無精髭の顎髭を撫で回しながら続ける。
「今の状態はどうだ?」
「そうですねぇ。まだ中期には突入していないんですが、倦怠感等の間隔は狭まってきていますね。今では常に薬を飲んでいるので、効果を多少変えたものを飲み回しています」
ここ一月弱の間に倦怠感やふらつきが徐々に増えていた。今では自家製常備薬が欠かせない。
「それでも、邁進しているお前はぶれないな。」
「ふふ。これでもぽきぽき折れそうなことはあるんですよ。でもとても楽しい日々がそれを上回るので何とか高速匍匐前進ですかねぇ」
「くくっ、そりゃ僥倖だ」
「そうそう、ハインド家のアリアナ様とたまにですがお茶をするようになったんです。ハインド家の料理長のマカロンがそれはもう絶品で!もう他では食べられない体になってしまいました」
「勘違いされる言い方は止めろ。それにしてもハインド家の令嬢を籠絡するとは、どんな手管を使ったんだか」
「まあ、失礼な。私がアリアナ様とピスタチオのマカロンに陥落したんです」
「それもどうなんだ」
そんな気安いやり取りをしながら頭をくしゃっと撫でてくれるとても大きな手が温かくてユフィーラはにっこりと微笑む。
ハウザーがああ、そうだと、思い出したように診療室の引き出しから何かを取り出した。
「効果はそこまで期待はできないが、前に言っていたやつだ。マジーの薬草」
「あ、手に入ったんですね!ありがとうございます!」
渡されたのは透明の袋に入った魔力を増強させる薬草だ。効果は体力増幅よりも劣るが、マジ―の薬草が一番濃度が高いと言われている。
「これで屋敷の皆さんに恩返しできます。凝縮して濃度をどこまで上げられるか早速試してみたいですし、一部が栽培成功したら大きいですねぇ」
「まあ好きにやれ。ただ、魔力の減り具合には気をつけろ」
「ふふ、気をつけながら好きにやります」
唯一全てを知っているハウザーのこの対応はとてもユフィーラの心を軽くしてくれる。好きにやれと言ってくれることで、ユフィーラは前に進めているのだ。
その後、月影亭の女将と肉屋に寄って保湿剤を届け、途中ちょっと令嬢に絡まれたりと寄り道をしながら屋敷へ戻る。お土産に肉屋のお薦め惣菜を持ち帰ると、皆に喜んでもらえて、ガダンは「このクリームコロッケやるな」とお墨付きをいただいたのだった。
**********
「サミー、帰る前に少しだけ寄り道よ」
そう声をかけてからアビーの愛馬のサミーから降りる。ダンの教授によって、ユフィーラは一人で乗馬できるほどに上達した。
今日はトリュスの森に行くために、サミーを借りて、薬草の採取に来ていた。薬草を育てていた為、少し久しぶりの森に満喫しながら採取もして、帰り際に屋敷から少し離れた池の近くに寄ることにしてみたのだ。サミーを連れて池の近くに寄ると、サミーは池の澄んだ水を飲み始める。
「ふふ、美味しい?今日は一緒に来てくれてありがとう。おかげで沢山採取できて、とても助かったの。戻ったら、好物のブドウをダンさんにお願いしてあるから楽しみにしていてね」
話しかけながら、鬣を梳いていく。飲み終わったサミーと少し離れた木陰に行き、サミーを木に繋いで、芝生に腰を下ろしてごろんと横になった。
陽が少しずつ茜色に変わっていくのを眺めながら、清々しい水の薫りと空気をゆっくりと吸い込む。
(ああ…良いなぁ、この時間)
あの家から飛び出さなかったらなかった時間、円な澄んだ瞳の馬たちとも出会えなかったのだ。少し飽きたのか、サミーがユフィーラに近づきふんふんと鼻を擦り付けてくる。
「なあに?飽きちゃった?ブドウが待ち切れないのかしら。あとちょっとしたら帰りましょ…ふふふ、擽ったい」
寝そべりながらサミーとじゃれていると、サミーがふと頭を上げて遠くを見る。ユフィーラも体を起こしてそちらを見た。
「まあ…旦那様だわ」
今日は珍しく仕事が早く終わったらしい。だいぶ茜色に色づいた景色に青鹿毛色の馬と濃紺のローブを羽織った姿が神秘的な絵画のよう。
「旦那様。お帰りなさいませ」
「ああ。寄り道か」
「はい。少しだけサミーと池の水々しさを満喫したくて」
テオルドがレノンから軽やかに飛び降りる。レノンはそのまま、池まで進んで水を飲みに行ったようだ。後頭部を鼻で突いてくるサミーと戯れながら見ていると、テオルドがユフィーラの隣に腰を下ろし、仰向けに寝転がった。
「あらまあ、旦那様ローブが汚れてしまいますよ」
「構わん。ユフィーラもだろう」
「ふふ、ですね。二人でパミラさんには怒られましょうか…あ」
最近時たま発してくれる名前に心がもぞもぞとして甘く満たされる思いにユフィーラは顔が赤くなりそうなのを抑えて、ローブをごそごそと探る。そして人差し指くらいの大きさの細長い瓶を取り出して、テオルドに渡す。
「これは?」
「マジ―の薬草が手に入ったので。ようやく昨日仕上がったのです」
「マジ―…魔力薬か」
「はい!既存の魔力薬よりも濃度を凝縮して、少しだけ回復力が上がってます。それに体力向上も少しだけ加えられました。まだまだ改良の余地はありますが、良かったら鑑定魔術かけてから試してみてくださいね」
「これは助かるな」
少しでもテオルドの役に立てたことにふにゃりと笑う。
魔力薬はそのものを作れる薬草の種類もあまりなく、しかも体力や傷薬より回復度が低い。既存である一番高い薬でも魔力の20%くらいしか増えないのだ。ユフィーラは魔力薬に一番適しているマジーの薬草だけでなく、それに相性が良い他の薬草や花を組み合わせて、何とか半分近くまで上げることに成功したのが昨日だ。
テオルドはローブの内側にしまってから、両手を頭の後ろに組み、目を瞑る。
「今日もお疲れですか?」
「小煩い爺共と、脳筋の相手は煩わしい。遠征に出ていた方がましだ」
「ふふ。それはご苦労さまでした」
そして池の畔の方から戻って来るレノンを見ながら景色も眺める。
あの豪雨での体調を崩した後から、テオルドは時たまユフィーラの名前を呼んでくれるようになった。そして前より話すようになった。それが物凄く嬉しくて、楽しくて、幸せで。
名前を呼ばれる度に小さな幸せが加算されていく。話す度に心が満たされる。漆黒の瞳に自分が移る度にもっとと欲が出てくる。でもそろそろ控えろと頭の中で警報が鳴る。
それでも、つい言葉にしたくなる。
「幸せですねぇ…」
「ああ…―――っ!」
「あら、レノン。喉は潤った?貴方も今日一日お疲れ様」
テオルドが何か言葉を発したように聞こえたが、ちょうどレノンが戻り、ユフィーラの頭をはむはむするので聞こえなかった。
「あらまあ、お腹が空いたのかしらね。サミーもご褒美にブドウをあげるの。レノンにもお裾分けするわ。旦那様、そろそろ――――」
そう言って、隣を見ると、テオルドがいつの間にか上半身を起こして口を片手で覆い、固まっている。
「旦那様?」
もう一度声をかけると、瞬きを繰り返して「なんでもない」と答えて立ち上がる。
「帰るぞ」
「はい」
そうして夕暮れから薄暗くなる前に屋敷の帰路に着いた。
**********
最近あまり顔を見かけなくなったなという、ちょっとした疑問からそれは始まった。
何故かテオルドが避けているような気がするのだ。
あまり朝会わなくなったし、帰りも忙しいのか真夜中に帰ったり、泊まりも増えているようだ。今朝も、久しぶりに会えてつい満面の笑みで挨拶したら、何故か無表情の中に、ほんの一瞬強張った表情になって目を背けられて、確信を得た。
ハグのお願いも、もしかしたらと、駄目元で言ってみると、拒否はされなかったが、何故か体が緊張しているように力が入っているのに気付いた時に何とも言えないやるせない気分になった。
ここ最近嬉しいことが沢山あったので、凄く寂しいような悲しさが湧き上がる。
(急に嫌になってしまったのかしら。…でも、元々はこんな感じだったわ。戻ったと思えばいいのよね。元からこうだったのだと思えば…)
そう考えても、あの喜びを知ってしまった今は、元に戻すのに、なかなか心が追いつかない。風呂から上がって髪を拭きながらしょぼんと肩を落とす。
そしてそれは突然起こった。
ずん、と体全体が重くなったと感じた直後のことだった。
「――ぐっ…―――あぁ……!!!」
脈打つようにどくん、どくんと、なる度に凄まじい激痛が頭と体に迸る。
その壮絶な痛みはこれでもかと全身を捻れ切るような痛みがユフィーラを蹂躙し、胸の鼓動が尋常ではない速さに、がくんと体が崩れ落ちて蹲る。
「ぅ…ぐ…―――ぐ、ぅぅ…――!!」
なんとか声だけでも出さないように唇を噛み締め、脈打つ頭痛に耐え、這いつくばりながら、机の抽斗を乱暴に開けて中身を探り、中期専用の薬の袋を取り出す。
(こ、の状態を薬が効くまでの、半刻…耐えら、れない、かも…)
震える手で一粒取り、口に放り、噛み砕く。
(に…苦っ…!でも、少しは早く効く、はず。毒には毒を、…みたいな!)
苦みでほんの僅かに痛みを逃がしながら、自分を鼓舞してなんとかベッドに辿り着いて体を丸める。
(こ、このくらいの…痛み、なんて、耐えられる!今まで体も心もこれでもかと、傷つけられてきたじゃないの…!この程度で降参してどうするの!!)
そう自分に言い聞かせながらも、口から唸り声が漏れてしまうので枕に顔を埋める。そして半刻経たないくらいで、ようやくある程度物事が考えられるくらいまで痛みが治まってきたことに、薬が効果を齎したということを含めて、ユフィーラはようやくほっと息を吐く。
(想像以上…)
寒さやひもじさや体を打たれた後で体調を崩したことはあったが、内からくる悍ましい痛みはかなり精神面でもダメージを受けた。
汗か冷や汗なのか分からないが、じっとり濡れた額を拭い、洗面台に移動して顔を洗う。幾分かさっぱりしてから、机の引き出しを開けて、薬の隣にある小さな巾着袋がついた長い紐を取り出して、その中に薬を入れた。
その隣には先日テオルドに渡した魔法薬の空の小瓶がしまってある。
まるで。
まるで『天使と悪魔の天秤』から。
もうすぐ最期を迎えるのだから忘れるなと、自分の欲深さを見透かされたような気がして、ユフィーラは体を震わせた。
それからも、テオルドと会う機会は増えることなく、屋敷に来た当初のようだった。ユフィーラは病の中期に差し掛かり、数日間、頭の中を整理して、諦観して現状を受け入れ、今でも十分幸せなのだと少しずつ心に浸透させていった。
体は倦怠感などの初期症状はなくなったが、心臓の方がどんと重苦しい状態が続くようになった。普通の生活は送れるのだが、どこかしこりがあって、なんとなく動きが鈍くなるような感覚であった。
それでも人間というものは順応する生き物なのか、ユフィーラが負の要素に特化しているからか。数週間で現状に慣れつつあった。痛みには慣れないが。
その日は庭の薬草を採取して、これから精製でもしようかと思っていると、ちょうどテオルドとリカルドが応接室に居るところに出くわした。
「旦那様!お帰りなさいませ、でよろしいのでしょうか?団長様、ご無沙汰しております。こんな格好でご挨拶を失礼致します」
そう言って薬草を持ったまま挨拶をする。
「やあ、ユフィーラさん久しぶりだね。それは薬草かい?」
「はい。これから精製しようかと。ふふ。採りたてなので新鮮なものができます」
「へえ、庭で採取でもしたのかな。そう言えば、騎士団に手用のクリームを卸しているって噂を聞いたんだ」
「ええ。仲介の方が間にいらっしゃいますが、ご縁がありまして」
「そうか。なかなか素晴らしい効果だと騎士団の団長から自慢されてね。羨ましいとハンカチを咥えていたんだよ」
そんな冗談を交えてリカルドが言う。社交辞令かもしれないが、丹精込めて作ったものを褒められるのは、嬉しいものだった。
「ふふ。ハンカチを咥えるのは御婦人の十八番なのでは?もしよろしかったらお一ついかがですか?試して感想いただけると嬉しいです」
「良いのか?それは有り難い。私も同じものを使ったと騎士団長をこき下ろしたいんだ」
「こき下ろせるほどのものか定かではありませんが。では薬草を置き次第お持ちしますね」
そう返してその場を離れる。薬草を萎びらないように魔術をかけてから、数種類のクリームを持って下に降りた。
応接室にはリカルドだけが座っていて、アビー特製の紅茶を飲んでいた。
「あら。旦那様は執務室ですか?」
「ああ、ちょっと書類をね。実は来月から遠征が続くんだ。隣国の動きが怪しくてね。早めに対処して、これは無理だと早々に諦めさせたいんだよ」
「そうなのですね。争いが起こらないに越したことはありませんが、そうやって魔術師団や騎士団の皆様が戦争に育つ芽を摘んでくださっていることに感謝を申し上げます」
改めてお礼を言う。
「それが私達の仕事だからね。でも労ってくれてありがとう。ただ、その分私もだが、テオルドも多忙で遅くなることが多くてね…。何度も家に帰るように言うんだが、準備が遅れたら困るとか言って聞かないんだよ。貴女との時間を潰してしまってすまないね」
そうか。帰れなくはないが、敢えて帰らない方を選んでいるのかと思うと、ぎゅっと心が動くが、苦しくなる段階はもう過ぎた。
「いえ、旦那様が決められていることですから、それが最善なのでしょう。あ、ですが日常の最低限の生活を怠らないように見張っていてくださいね」
ふふと口元に手を当てて笑うと、リカルドは苦笑しながらもほっとした様子を見せた。
「はは、承知した。テオルドは果報者だな。あんなに無愛想なのに理解あるユフィーラさんが奥方でいてくれるなんて。幸せ者だな」
「―――そうでしょうか」
「え?」
思わず心の声が出てしまいはっとしてすぐに言葉を付け加える。
「契約ですから。本物にあるような気遣いは不要なんです。ところで手用のクリームですが、特に苦手な匂いなどありますか?匂い無しもあります」
リカルドは困惑したように少し首を傾げたが、流してくれることにしたようだ。
「得にはないが、匂い無しがあるならそれが良いかな。あーそれよりも、うちの妻が肌に良い物を探すのに今凝っていてね。もし良かったら、妻に渡したいんだが構わないかい?」
「まあ!団長様は愛妻家なのですね。もしよろしければお二方の分を選んでくださいな」
「良いのかい?嬉しいな、ありがとう」
そう言ってとても幸せそうにリカルドが微笑む。
「ふふ。では団長様、どれになさいますか?どれを選ぶかで奥様の今夜のご機嫌が決まりますよ」
「うわ。プレッシャーをかけないでくれ」
リカルドは頭を抱えて悩みだす。持ってきたのは匂い無しのものと、ラベンダー、ローズ、金木犀、だ。リカルドはうんうんと悩みながらも、奥様には金木犀、自分には匂い無しを選んだ。
「ああ、嬉しいな。最近は私も忙しくて、なかなか買い物に連れて行ってあげられないんだ。本当に感謝するよ」
「喜んでいただけて何よりです。それにしても買い物にもご一緒されるなんて、とても仲がよろしいのですね」
「勿論それもあるんだけど、私が過保護なんだ。婚姻した少し後に妻が大病をしてね。それからは何かと私が気にしてしまって。妻は良い加減一人でも出掛けたいというのだが、私の我儘で我慢させているんだ」
それは確かに道中何かあったらと思うと気が気ではないだろう。
「まあ今は完治したから言えるんだけど、妻は不治の病と言われるものに侵されていたんだ」
その言葉にユフィーラは固まった。
「不治、の病、ですか」
「ああ。今でもそれは治療が確立されていなくてね。運が良いのか悪いのか…治療の他にも方法が一つだけあって、私が解呪できたんだ」
それは。
もしかして。
「その病名は『天使と悪魔の天秤』…ですか?」
その名を聞いたリカルドが瞠目する。
「ああ、そうだ。良く知っていたね」
「―――ええ。前に…薬作りに役立つと、病の書物を読んだことがありまして…」
「そうなんだね。あの病は現状で治せるのは魔術師しかいない。そしてその解呪には代償があるんだ。私の寿命だね。恐らく数年とかかな」
まさかユフィーラの周りに同じ病に罹った人が居るなんて。しかもリカルドの奥様はそれで完治している。
「でも、愛する方の命を削ることを奥様は、…」
「勿論。真っ向から反対された。私の命を削ってまで生きたくないと」
ユフィーラは指の先が冷えて震えるのを必死に抑える。
「でも私は妻を愛しているし、居なくなったら間違いなく後を追ってしまうだろう。私からしたら彼女が居なくなって何十年も孤独で生きるより数年削って残りを妻と過ごしたかった。魔力の多い魔術師は平均より寿命が長いから、丁度一緒に逝けるだろうと無理矢理説得したんだ。それに―――」
いつの間にか冷える手を見て俯いてしまっていたユフィーラは顔を上げると、リカルドは心から慕わしいという優しい表情をしていた。
「それに妻が、苦しみに、激痛にのたうち回る姿はもう二度と見たくない。今は毎日妻の笑顔が見れるだけで幸せなんだ」
なんて素敵なご夫婦なんだろう。テオルドはリカルドと会えて本当に救われたのだなと素直に感じ、ユフィーラは微笑む。
「昔はそれで魔術師が無理を強いられて命を落としたことがあったんだ。でも今は魔術師の意向で決められる。人を助けるのに自分の命を削るなんて本来なら本末転倒だ」
ユフィーラもそう思う。人の犠牲が人を助けるなんて。
「だから、ユフィーラさんも安心して良いよ」
何がだろう。
でもその先に続く言葉がわかってしまった。
「テオルドもその病を解呪できる一人だから」
ユフィーラは心底自分の選択に感謝した。
本当にこの病を隠しておいて良かったと。
一緒に暮らして、それなりに僅かでも情が入ってしまっていたら、もしかしたら美しい綺麗な漆黒の
瞳のあの人は命を削ってしまっていたかもしれない。ユフィーラにはそんな価値がなかったとしてもだ。
今は避けられているけど、逆に良かったではないか。知られる確率が減ったのだから。
言葉には出さないけど。
ユフィーラはテオルドがとてもとても好きなのだ。
とても大切で大事なのだ。
それが今、はっきりと形になって理解した。
ユフィーラは何もない人間だったけど、心から人を想うことができた。
願いはちゃんと叶ったのだ。
本当に、本当に知られなくて良かった。
あと残りの時を何が何でも知られないように、最期までテオルドと皆との時間を大事に大事にしていこう。
誤字報告ありがとうございます。