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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一年365日を私にください
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番外編:影と元影 2






「それらを踏まえて考えるとさ。一つの仮説が成り立つんだよね」



ギルの言いたいことはまあわかる。



「同胞か」

「多分ね。何処の誰まではわからないけど」



確かに類まれなる魔力量だけではなく、漆黒の瞳に技術も感性まで秀逸だ。ジル達一族の可能性は否定できない。



「言うのか」

「言わないよー。言ったところで、『で?』の一言で終わりそう」



それも容易に想像できる。

だから何だと。


ジルは半分程に減った蒸留酒に口をつける。


そこでふと疑問が残った。



「あのこむ…テオルドの嫁はそれに気づいているのか?」



その言葉にギルがにんまりと瞳を三日月型に細めた。見透かしたようなこの笑みが本当に小憎たらしい。



「何でそう思うの?」

「過去の産物か知らんが、あれだけ敏いならと思っただけだ」

「多分そんなこと露ほどにもわかってないだろうし、知ったところで何も思わないよ」



まるでユフィーラを理解しているかのように断言するギル。



「本人に聞いたのか?」

「ううん。でもわかるかなーあの子のことは。ハウザーの素性を知った時もリカルドと年が近いのに叔父と甥なんですねー、だけで終わり」



ジルは内心驚いていた。


ギルからこれだけ女関連のことで楽しそうに話すのを見たことがなかった。そもそも本人にレディファーストという概念はない。近づかないように氷点下の眼差しをするし、それ以前に近づけさせることすらしないからだ。


そんな彼がテオルドの妻、ハウザーの庇護を受けているユフィーラにだけは別格の対応をする。


ジルはまさかなとある考えが浮かんだ。



「異性というよりは身内みたいな子」



ジルの心を見透かしたような言葉に内心ぎくりとした。



「お嬢ちゃんの何が良いってさ。僕やテオルド、ハウザーも屋敷の面子も皆、身分や見た目じゃないんだよ」



その言葉にジルはつい失笑してしまう。

そんなわけあるかと。



「ん?疑ってる?」

「そりゃな。どいつも顔、能力共に最高峰の部類だろうに」

「まあそりゃね。それでもなんだよ。あの子は」



ギルが蒸留酒をくいっと飲んでからふうと息を吐く。



「僕達始め、あの屋敷の奴らは元精鋭魔術師ばかり。即ち魔力が多いから比例して顔が良い」



ジルもあの食事会に居たのでそれは当然知るところだ。



「それでも、お嬢ちゃんは顔がどうだから仲良くとか身分が高いからとかで慕うわけじゃない。相手の中身の本質を望むんだ。外見はついでの副産物に過ぎない」



ギルから発せられる言葉が綺麗事過ぎてジルは信じることができない。



「じゃなかったら僕だけじゃなくてテオルドもハウザーもこんな風になっていると思う?」



そこは確かに一理あると思った。


三人とも過去散々姦しい女どもに追いかけられ、まともに紳士の対応をしているところを見たことがなかったからだ。



「まあ信じなくても良いよ。僕は僕の中身を知りたいというあの子の扱いが存外に居心地良いからね」



ギルはそう言って残りの蒸留酒を飲み干した。


ジルはその様を見て、彼もユフィーラによって変わった一人なのだと納得せざるを得なかった。



「あれだけあやされれば情も湧くか」



人間ここまで変わるのかと思ったジルは少しだけ感動して、つい口を滑らせてしまったのだが。



「は?」



恐ろしい程の平淡な低い声のギルにジルはしまったと思うがもう遅い。どうやら変わる相手はユフィーラとその周辺だけのようで、それ以外はいつも通りのようだ。



「お前さ。今度お嬢ちゃんの洗礼を受けてみなよ」

「断る」



ジルは被せるくらい早く拒否を示す。


冗談じゃない。

天井でどんなに気配を消したって気づくような、しかも酒によって、あんな羞恥に転がされるなんて真っ平だ。



「ドルニドに頼んでおくね。同じ思いをしてみれば良いよ」

「ふざけんな、やめろ」



ジルが再度断るが、ギルは聞く耳持たずに蒸留酒のお代わりを頼んでいた。





そしてこの前のドルニドのように。


ジルはそのことを忘れかけ気の抜けた数ヶ月後にたまたまドルニドから頼まれた任務にて、ユフィーラからの羞恥洗礼を受けるはめになった。


その場に居たギルはにんまりと目を細め、報告せざるを得ないドルニドからは「ほら、以前僕が助けて欲しい時わざと見逃したじゃない。でも嬉し恥ずかしな経験だったでしょ?」と王妃の寝かしつけ事件で助けなかったことを存外根に持たれていたようだ。


ジルは今後の潜入において、今まで以上に気配を消すことを誓い、日々の鍛錬を怠らず努めることを決意した。








ギルは滅多に態度に表さないジルが焦る様子を目にし、満足して酒のお代わりを頼んだ。


そして店から出た直ぐ後にドルニドに連絡魔術を送り、気分が良かったギルはそのまま帰らずに、寄り道をしていくことにした。




「もう寝たいんだが」



時刻はとうに日付を超えている。

物凄く迷惑そうな表情を前面に出すハウザーに、ギルは歯牙にもかけず酒場から買ってきた蒸留酒を出した。



「まあまあ。明日診療所休みでしょ?」



そう言いながら勝手にグラスを二つ出して注ぐ。ハウザーは溜息を吐きながらも、グラスの置いた席に座った。


ギルは先程の酒場でのジルとの会話を楽しそうに報告する。



「あいつに連絡したらさ、何か最近裏切りがあったみたいで、是非やり返したいから任せておけって返ってきた。遠くないうちにあいつも洗礼をくらうよ。良かったね」

「俺に何の得がある」



ハウザーの返しをギルは颯爽と流しながら蒸留酒を楽しむ。



「お前の言う通り確かに言われてみればテオルドの才能はギル寄りだな」



ハウザーがテオルドの素性について同意を示す。



「多分ね。あの瞳の黒さと輝きは僕達寄り。模擬戦の時に確信した感じー。ユフィーラ曰く、戦い方だけじゃなく、魔力の織やなんなら転移の時の感じも似てるってさ。顔の造りもちょっと群を抜いているからね。僕と一緒」

「はいはい」



ハウザーは人間味のある美丈夫であるが、ギルとテオルドはまるで神が造った緻密なバランスで出来上がった人形のよう。


ジルも一見埋もれそうな目立たない造りではあるが、どこをとってもマイナスがない端正な顔である。



「お前達の一族は存命なのか?」

「さあ。ばらばらになってもそれぞれ好きにやっているだろうからわからないけど、生きてはいるんじゃない?一族と言っても人数少なかったし、テオルドみたいに近くに居ないと気づかないままじゃないかな」



ギル達一族は元々仲間意識も薄く、散らばった同胞の行く末も知ろうともしないだろう。



「なるほどな」

「美し過ぎる容貌で黒目か黒髪で異常に強かったら可能性あるかもね」

「はいはい」



ハウザーが飲み終えたグラスを向けてきたので、ギルは注ぐ。


ここでちょっとした悪戯心が湧いた。



「そうそうジルがさ、僕もユフィーラのことが好きなんじゃないかって言われちゃった」 



言い方のニュアンスは違ったが、ちょっと困らせてみたくなり話してみるとハウザーの片眉が僅かに上がった。



「だろうな」

「…は?」



小さなおもちゃ扱いくらいだろうなどと返ってくる予想していたギルは瞠目する。



「何いってんの。そんな訳ないでしょ」

「現状ではな」



ハウザーがそんなことわかっているとでも言う風な言い方にギルはムキになる。



「現状って何」

「テオルドが居て、俺が居るから。逆に言うなら居なかったとしたら多分お前が捕らえられていた。名前で呼ぶことを許した理由もその一つだ」



ハウザーの表情はからかう様子がなく、至って真面目だ。



「…何でそう思うの」

「俺がそうだからな」



いとも簡単に自分の心情をギルに語るハウザーに内心歓喜が湧くが、同時にギルはハウザーの言いたいことが何となくわかってしまった。


以前テオルドが診療所に訪れた際、ハウザーが言った言葉。



『俺は彼女の全てを受け止められる』

『光でいるなら俺は影のままで良い』



テオルドにとって、その言葉は逆を言うなら家族の情から一人の異性の情としていつでも切り替えられるという意味であることは当然理解できただろう。


ハウザーのユフィーラへの接し方は本当に大切で大事な相手のように見えて。


ユフィーラも経験はなくても、ハウザーに対しての全身全霊の信頼の寄せ方は、情の種類は違えどテオルドと比例するくらいだ。




だがもしも。


テオルドとトリュスの森で出逢ってなければ。

もっと近くで密に関わっていたとしたら。

たった一人で診療所の上で不治の病と闘っていたら。

その姿すら一切見せずに表面では微笑んでいたら。



どうなっていたのだろう。



ギルは先日の食事会を思い出す。


あの羞恥の時間はギルにとって、ハウザーはともかく他の面子にまで見られたのは本当に不覚であった。


でももし本気で抵抗していたとしたら。

ユフィーラは即座に身を引いただろう。

酒に酔っていても機微の敏さを本能的に最優先して。


それに満面の笑みで本当に嬉しそうなユフィーラを見ると、何故かどうしても抵抗ができなくなる。


そしてそれはギルだけでなく誰にでも当てはまる。


まだ少女と言っても過言ではないくらいの容貌。いつもにこにこしてて、食い意地が張っていて、小柄なのに無理して体を大きく見せようとふんぞり返って。


凄惨な過去を卑屈に受け止めず、誰よりも人の繊細な部分に気づき、いつも状況を鑑みて無意識に選択し行動しているのだ。


まだ二十を過ぎたくらいだ。


醜悪な周りに囲まれて搾取され続け、何故あの精神を保てられるのか。


良い人過ぎると誰かに言われた時、そんな善人なわけがないとユフィーラはいつも言う。深く底にはおどろしい感情が沢山埋まっていたのだと。


でもそれを出さずに消化できたのは皆のおかげで、それくらい幸せが凌駕したからなのだと。


本当に幸せそうに微笑みながら話すユフィーラが、酔ったことによってその嬉し過ぎる気持ちが溢れてきてしまい、どうしても伝えたくなってしまうことを、どう真っ向から否定できるというのか。


非情で在り続けたギルでさえ、不可能だった。



『…本当にごめんなさい』



ソファに追いやられ撫でくりまわされる直前の言葉。


さらりと髪に触れたユフィーラが、ふと眉をへにょんと下げ、顔を少し近づけて囁いた。



『あの時私の覚醒がもっと早ければ、貴方の大事な人…先生が苦しまずに…ギルさんも苦しまずに済んだのに…本当にごめんなさい』



あの時誰よりも心身共に傷つき嬲られ、追いつめられていたユフィーラからの言葉。


それを今更言ったところで、無かったことにならないと分かっていて、心の底に閉まっていた気持ち。


酒によって溢れてきたユフィーラの本心。


淡く微笑もうとした彼女の口元は上手く動かず、くしゃりと歪んだ。それを目の前で見たギルが、その先の羞恥未来を拒否する選択肢は皆無だった。


そしてその時に。


今まで奥底に僅かに潜んでいた想いが溢れそうになるのを、ギルはクッションを顔で隠しながら羞恥と同時進行で抑える為に全力を注いだ。



あの時ことりと動いた感情は。



今の状況では要らないものだ。



ハウザーはギルの潜在的な感情をわかっていたのだろう。


流石我が主。


ギルが忠誠を誓っただけのことはある。


そしてギルは敢えて突っ込むことにする。

ハウザーに分かるということは

ギルにも分かるということなのだ。


心境は同じなのだから。



「まあテオルド次第だよね」

「そうだな。まあ大丈夫だろうよ」

「それでも万が一があって、ハウザーがおざなりな対応したのなら……覚悟しなよ?」



挑戦的なギルの言葉にハウザーの片眉が上がる。



「問題ないな」

「へえ?」

「影で居ると決めた生半可な覚悟じゃないのは光になったとしても同等だ」



ハウザーの言い切る言葉にギルは嬉しくなる。


それでこそギルが唯一認めた相手であり、テオルドも含め、安心してユフィーラをただの可愛い『お嬢ちゃん』として接することができるのだ。



「流石。我が主」

「そう思うなら寝る前に来るな」



ハウザーの物凄く嫌そうな表情を見ながら、ギルはにんまり三日月型に目細めて蒸留酒のグラスを傾けた。







後日談を投稿していきます。

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