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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一年365日を私にください
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番外編:影と元影 1





「―――――です、以上」

「あら。それは良い方法をもらったわ。流石すべすべ保湿剤だけでは済まない可愛いこちゃんね!今は警戒心を張り巡らせているでしょうから、気を抜いた瞬間に仕留めないとね。いただいたお土産は本当に絶品だったけど、それはそれ。これはこれよ。…許すまじ。…あ、ご苦労さまねー下がっていいわよー」

「…御意」



ジルは一言だけ返し気配を消してトリュセンティア国王妃私室の天井からから去った。


何となく予想はしていたが、やはり土産で無かったことにはならないようだ。




王家専属の筆頭の影ジルは、先日国王ドルニドの護衛として魔術師団副団長であるテオルドの屋敷に赴いた。


ドルニドから聞いてはいたが、その日の屋敷には類まれなる才能を持った副団長テオルドを始め、元魔術師団の精鋭達、元王家の懐刀であるギルを始め、元王族のハウザー、異国でも異名を持つ程有名な元暗殺者までもがいて、ある意味最恐のメンバーが揃っていたのだ。


ジルはたかだか人の家の食事会なのに、いつもよりも更に神経を張り巡らせて気配を消し慎重に屋敷に潜入した。


ギルとはとある一族の同胞であり、その場が追われ散り散りになった時、共にトリュセンティア国へ辿り着き、たまたまのんびりと市井に出ていた国王ドルニドと出逢い専属の契約をした。


ギルとは背を預けても一切の不安も不満も無く、彼の類まれなる強さは勿論認めるが、性格だけはとことんジルとは合わなかった。


ドルニドに対しても、ジルは彼の考えと政や未来の考えに感銘を受けたが、ギルはあくまで契約上だけの繋がりであり腰を折ることはただの一度もなかった。


何故かドルニドの甥、ハウザーに忠誠を誓っていたようで、彼が王族の継承権を放棄して市井に下りた時に、専属の影をさっさと辞めて共に居なくなってしまったのだ。


その後ギルと唯一対等に動けるジルが筆頭の影を継承した。


ギルのことは嫌いではないが、あの一癖も二癖もある人間性に絡まれるのがこの上なく不愉快であり、今回もやり辛いと心底思いながらも、任務だからと堪えて天井に控えていた。



それなのに。



一人の小娘によって。

ジルは生まれて初めて、任務中に大失態を犯したのだ。



名はユフィーラ。


元イグラス国から夜逃げし、ハウザーの庇護の下トリュセンティア国の平民を経て薬師となり、テオルドの妻となった異色の人間である。


ドルニドからの任務内容や、ゼルザやハウザーとの研究室での会話、たまに言葉を交わしていたギルとの会話に時折り出てくる名前に、この面子をどれだけの手管を駆使してたらし込んだのかと思わざるを得なかった。


何より異性を周囲に蔓延る蝿の如く表現し鬱陶しがっていたハウザーとテオルド、ギルまでもが彼女と普通に話し、接することに何一つも負の感情がなかったのだ。


以前ドルニドがまたもや黙って変装をして市井に下りた時に、不思議な女の子に会ったと言われ、後日その素性を知りはしたが、何故あの曲者達ばかりを捕らえたのだとジルは不思議で仕方なく、個人的に調べに行こうとしていた時、彼女が王宮に一人で登城したのだ。


大きなバスケット籠を持ち、門番からの気遣いを丁重に断って小さな体で「どっこいしょー」とかけ声をかけながら魔術塔に向かって歩く姿にジルは首を傾げる。



(普通持たせないか…?まさか危険物…?)



ジルは気配を消したまま、魔術塔まで尾行し、門前で合流した魔術師にも籠を持たせずに、いよいよ不信感を募らせていくのだが、その後会ったリカルド魔術師団団長には最強な昼食の差し入れなのだと渡していた。


リカルドと共に歩いていく間に「ネミルに持たせて良かったのに。細いけど、ああ見えて腕力は君よりあるんだよ?」と言ったのに対し返ってきた言葉は「小柄な私がちょっと頑張っている風に持っていたら、あの副団長の妻は平民だけど思ったよりましだと砂粒ほど思ってもらえるかもしれません。そうすれば旦那様への謂れのない誹謗中傷が少しでも減るかもしれないので」とにこにこしながら言うのを聞いて呆然としてしまった。


更には「以前保湿剤を届けた時には、先生が嫌がらせのようにぎりぎりまで持たせてくれず、元王族に持たせるなんて副団長の妻は何様なんだと思われていたはず…なので挽回の時だったのです!譲れませんね!」と胸を張って堂々と思惑を暴露する姿にジルは毒気を抜かれてしまった。


それなのにテオルドと別れた後、何か思案することがあったのか、大人顔負けの静謐な瞳と表情をしながら王宮から去る姿を見て、ジルは今まで思っていた女という性別の生き物とは違う人種なのかと思い、ジルは終始首を傾げっぱなしであった。


その後も、王宮研究室で見た朗らかな印象とは真逆の薬師としての堅実な一面や、ドルニドが執務室を飛び出して強制参加した元侯爵家の阿呆子息への痛快なやり返し、魔術師団訓練場での模擬戦への目の付け所が違う様など、いつの間にかジルも気になってしまう存在にはなっていた。




それから暫く経ち、次に出逢う機会が巡ってきたのはテオルドの屋敷。


恐ろしく巨大な防壁魔術の一部が破壊され、そこから遠隔魔術見えたものは。


器と頭の脳みそが砂粒程の異国の王子が高らかに嘲笑う姿と地獄絵図のような場面だった。国随一と謳われた面々も凶悪な魔石の無慈悲な攻撃には抗えず悲惨な状況であった。


一瞬の躊躇しジルは応戦しようとしたが、ギルにも難しい状況、しかもそれによりドルニドの命を遂行できなかったらと考え、任務を優先しようとした、


矢先のことであった。


あの小柄なユフィーラのいつもの表情を削ぎ落としたかのような能面と、七色に煌めく髪にジルは驚愕した。


その後に起きたことはジルが実際見ていなかったらとてもではないが信じられなかっただろう。


ユフィーラから繰り出されるえげつない魔術の数々が慈悲の欠片もなく無能王子に降りかかる。その全ての要因は大事な人達と場所を傷つけられたことによる報復。


五大属性だけでなく闇と光すらも自在に操り魔力が枯渇する様子もなく、抜け落ちた無表情で淡々と実行していく彼女の姿にジルは本能的に身の毛がよだった。


ユフィーラの回復魔術で復活した面々と状況を鑑みて、ジルはその場から離れ速便でドルニドに状況を伝え、その場から退いた。


七属性という希少な存在であることを報告し、幸せに暮らす立場を揺らがしてしまったことは、ジル個人として任務とは言え申し訳ないと思っていた。



それでもユフィーラは自ら勝利を勝ち取った。

誰も傷つけず誰も不利益にならないように。



がしかし。



酒によるユフィーラの無双状態をこの目で…いや、耳で聴き巻き込まれた時は、まさか七属性を報告したジルへの仕返しなのではないかと思わざるを得なかったくらいだ。



それに。



(…ギルニャンは……ないだろう)



今でもそのあだ名で呼ばれた時の張本人の顔が浮かぶと噴き出しそうになる。


滅多どころかまず見られないだろうギルの件を皮切りに、ジルは任務中に音を出す失態を犯し、更には自分の好きな食べ物迄当てられ、とどめに王妃への強制報告をふっかけられたのだ。



勿論ドルニドに忠誠を誓う者として、彼に不利なことをするつもりは毛頭無い。無いのだが、夫婦仲を今後も思うのならと、結局は酔っ払いユフィーラに踊らされ、王妃に言伝することをジルは選択したのだ。


良い子良い子される姿を見たかったわけでは断じて無い。好物ばかりで異常な美味さのお土産をもらった、からでは無い。


更に言うなら、せめてジルが天井に戻ってからやって欲しかったのがまごうことなき本音だった。周囲が爆笑の渦と化す中で、ジルだけ何が何でも笑わないように息を殺して全身全霊に力を込めたのも初めてだった。それでも我慢しきれず口元だけは震えてしまったのも失態であった。


それ以降は流石に堪えられず天井に消えた。





そして時を経て、気を抜いた瞬間にやってきたドルニドへの災難…潜在的に本人が望んでいたと思い込みたい。



その日、王妃による国王への寝かしつけの儀式が催された。


王妃の膝に頭を乗せた…命令され乗せざるを得なかったドルニドは顔を覆い「…今度からちゃんと連絡する、から…許して…」と息も切れ切れの掠れ声で伝え、「そう言い続けて幾年経つのかしらねー」と返しながら頭をこれでとかと撫で続け「よーしよし、良い子ねー今日もお仕事頑張って偉かったわねー良い子良い子ー」と頭ごと抱き締めたりと、ドルニドだけでなく報告をしに天井裏に訪れていたジルにとってもある種拷問の時間となった。


起き上がったらマジ許さないとの王妃のお達しでドルニドは動けない。「…僕の安全を確保するのが役目じゃないの…?」と訴えるか細い声は間違いなく天井に潜むジルへ向けたものだろう。


だが本日に限っては身体だけには異常はないからとジルは己を優先し無慈悲にも流したのだった。






ある晩、ジルは久々に通い慣れた酒場に向かった。

そこは人通りの少ない寂れた店で、全体の照明が薄暗く陰気に見えるが、出す酒がどれも美味くそれに合ったつまみも良い。カウンターのみの造りで静かに飲めるのが気に入っていた。


渋めの蒸留酒とそれに合うつまみを頼み、ジルは目立たないダークグレーの装いで酒を飲んでいると、カランとドアチャイムの錆びたベルが鳴った。


ジルがうんざりとした溜息を吐くと同時に隣に一人の男が座った。



「いつものちょーだい」



ジルは今更ながら、この隠れ家的酒場にはこいつも来るんだったと後悔するがもう遅い。かといって年代物の蒸留酒を早々に飲み干して帰るのは癪だし何より酒が勿体ない。



「向こうで飲め」

「んー?ここって場所決まってたっけ?」

「…他にも空いてるだろ」

「空いてるならここでいいっしょ」



言った所でギルが素直に従わないことはわかっていたが、折角の時間を台無しにされ言わずにはいられなかった。



「久々に同胞とお喋りでもしようかと思って」

「…」

「相変わらず辛気臭いねー」

「黙れ」



かつては相棒として共にしたこともあったし阿吽の呼吸のように動けていたのはギルだけだった。  


だが如何せん性格が合わない。そう思いながらジルはつまみを放り込んでいると、ギルの軽い口調ががらりと変わる。



「許してないから」



その言葉が何を示すのかジルは当然察する。



「少しは応戦できたんじゃない?というかそもそもあいつがもっと早く動けたよね?…結果ユフィーラを筆頭に主と僕達を囮に使った」



ギルは視線も殺気も向けてはこないが、根底に凝って潜んでいる悍ましいものがあることはジルにもわかっている。


ジルもあの時一瞬悩みはしたが、それでも最優先はドルニドだった。


唯一忠誠を誓った相手なのだ。



「…俺とお前の最優先がそれぞれ違っただけだ」

「…まあねー。あの場にあいつがもし居ても、僕は一考すらせずハウザーを守っている。まあ…ハウザーにも念を押されてるから…許しはしないけど見逃してあげるよ」



そう言いながらゆっくりこちらを見る様子が視界に入ってきたが、間違いなく精巧な顔立ちに瞳孔の開いた目で見ていることは容易に想像できるので、ジルは意地でも向けなかった。



「酒が不味くなる」

「相変わらずドルニド命なわけ?」

「お前もだろう」

「そりゃね」



普段なら「僕が仕方なく居てあげてるんだけどね」とか照れ隠しで言いそうなギルが、直球で返してきたことにジルは些か驚く。



「どんな心境の変化だ」

「うーん、僕も知らない間に色々感化されちゃったかなー」

「…あの小娘か」

「あはは。それハウザーとテオルドの前で言ったらジルでなく即座にドルニドがやられるよー」



女という生き物に左右されることが皆無と言われていたあの二人が、ここまで変わることにジルは何となく感慨深くなる。


そしてそれはギルにも当てはまる。



「お前もか」

「さあ?そう言えばさー僕達の一族」



流したギルが話の矛先を急に変えてきた。


ジル達一族は元々少人数の集まりであった。経緯は不明だが、誰もが何某かの能力に特化していた記憶がある。


その昔には個々で何処かの国のお抱えになったとかいう話を聞いたことがあったが、権力を持った人間とは往々にして強欲だ。


一人二人でなく、まとめて様々な特化した人間が欲しくなった彼らの思惑を感じ取った一族は、その存在ごと消して散り散りになり、目立つような生活を避けて過ごしていると耳にしたことがあった。



「皆黒髪か黒目だよね。この国も周辺国も居るには居るけれど、混ざりっけのない本当の真っ黒って意外に居ないんだよね」



ギルの言う通りこの国にも黒髪や黒目はいるが、漆黒のような純粋な黒は殆ど見たことがなかった。



「かもな」

「お嬢ちゃんが前にさー」



ここで何故かユフィーラの話に戻る。



「前にテオルドと模擬戦をした時にね、彼女が戦う挑み方や魔術の使い方もかな?とても似ているって言ってたんだよ」



ジルも遠目ながら二人の戦いを見てはいた。



「それで?」

「やり合った後のお嬢ちゃんの口から出た言葉何だと思う?とても綺麗でした!だよ?」

「は?」

「でしょ?そうなるよね。でもあの子が見ていたのは僕らの異次元なやり合いもだけど、体から湧き出る魔力の織を見てたわけ」



どこからどうしてその発想になるのかジルは首を傾げる。



「恐ろしかろうが何だろうが綺麗は綺麗だし、それが自分に向くことがないのに何が怖いのでしょう、だって。それとさっきのやつね」



戦いの挑み方の類似。そのことを言いたいのだろう。



「今更だけど実際手合わせしてみてわかったんだけど、テオルドって国内に収まるレベルじゃないんだよね。ハウザーも凄いんだけど、それはこの国の中ではって意味にはなる」



ジルは頷く。確かに二人の戦いは本当に良い勝負だったからだ。ギルと同等にやり合えるのはテオルド以外ならジルだけだろう。



「孤児時代に養ったものもあるかもしれないけど、あれだけ僕の動きの先を読んで更にその先の先を対応できる能力ってそう無いと思うんだよ。僕と互角にいけるんだよ?下手したらジルより強いよ」



そんなことはない。

とは言えなかった。


ジルは勿論自分の能力がどれだけ秀でているのかわかっているし、それを甘んじずに鍛えてもきた。


だが感覚、感性というものは鍛えられるものではない。


テオルドはそこがずば抜けているのだ。そして隣で飲むギルも同類だ。


能力だけならジルも互角にやり合えるが、それに感性を足した場合は、勝てる可能性が限りなく低くなるのは本能的に理解している。戦術に特化した能力はこの国でも周辺でも大いに役に立つ。


そして二人とも魔力のせいか無駄に美麗でもある。


ジルも潜入では顔を変えるが、元の顔は目つきは鋭いが端正だとは言われる。だがこれといった特徴が無い。


だからこそジルは潜入に向いている。


それに比べてギルとテオルドは一度見たら忘れられないくらいの容貌である。


ギルに至っては顔を変えることもなく、口元だけ隠してはいるが、その風貌と白磁器なような白い肌は目に付くだろう。


テオルドはまるで神が造ったかのように精巧過ぎて表情がないと人形にしか見えない。


そして二人共、この上なく性格が歪んでいる。これだけは声を大にして言いたい。


天は二物も三物も与えるのかと思っていたが、ちゃんと調整はしているようだ。







番外編と後日談を投稿していきます。

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