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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一年365日を私にください
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番外編:想いの行方 2






ネミルは部屋の寝台で頭を抱えていた。


昨夜はユフィーラの二度目の食事会が催された。

屋敷のいつもの仲間に加え、ハウザー一家と魔術師団長夫婦にハインド伯爵令嬢とその料理人、そしてリリアン医師と国王までと、いつも以上に賑やかな場になった。


だがしかし。



「うぅ…どうしよう…」



ネミルは枕に頭を埋め込んでいた。

外は真っ暗でもう一刻もすれば日が変わる。


楽しい歓談に食事と酒の時間、そしてネミルも参加したユフィーラの進化したぬいぐるみ達のお披露目。



そして。



酔っ払ったユフィーラに皆が巻き込まれ、当然ネミルも強制参加である。


心の底を真綿で包むように、でも的確に優しく遠慮なく触れてくる繊細な部分。嬉し恥ずかしいを超えてネミルは隣にいたイーゾの蒸留酒を飲み干してしまった。


その結果。


思った以上に酔いが回ってしまったネミルは、パミラが心配してソファまで水を持ってきてくれた時に、思わず秘めていた想いを吐露してしまったのだ。



『おーい、水飲みな。大丈夫?』



肩をとんとんと叩かれゆっくりと顔を上げると、そこには心から慕う女性。


仕事中はひっつめ髪でピシッと凛々しく見えるが、それ以外では左右に緩く縛り年齢よりも幼く感じる。


ネミルより一回り上なのにお姉さんに見えないのは何故だ。チョコレートのような焦げ茶色の瞳に銀に近い灰色の髪が艷やかで美しい。



『はい…すみません、ありがとうございます』

『あ、ほら。その椅子じゃ揺れて転げ落ちちゃうから。こっちにおいで』



テーブル椅子に座っていたネミルを気遣ってパミラが腕を支え、ソファまで連れて行ってくれる。


勿論それがネミルでなかったとしても誰に対してもそうしてくれるのはわかっていた。


それでも酒に酔ったネミルは嬉しくて切なくて想いが溢れ、どれだけ自分が焦がれてるかを何故かどうしても伝えたくなってしまったのだ。


ソファのテーブルには誰かが飲もうとしていたのか蒸留酒と空のグラスが置かれており、パミラは一度水の入ったグラスをそこに置いた。



『はい、座って。ちゃんと水飲んで』

『…はい』

『本当に大丈夫?』



そう言いながらパミラが隣に座ってくれてネミルの背中を優しく擦ってくれる。


触れられたことと、その手の温かさにネミルの想いがついに噴き出すこととなってしまった。



『…大丈夫ではないかもしれません』

『え。もしかして吐きそう?』

『吐く…そうかもしれません』

『ちょ、待って何か入れ――――』



両手をわたわたさせたパミラが立ち上がろうとした時に咄嗟に、雑用を一手に担ってくれている、保湿剤のおかげかもしれないが荒れていない綺麗なその手を掴んでしまった。



『っ…ネミル…?』



耳朶に響く愛しい相手の声がネミルの脳内に反芻される。ネミルは無意識にその手を優しく握りしめた。



『パミラさんの手』

『え?』

『とても温かい』

『…そ、りゃあ、お酒も入っているし』

『…心まで温かくなる』



ネミルの男性特有の節のある大きな手の中に包まれたパミラの手は女性らしく指が細い。さらっとその指を撫でるようにネミルは触れた。



『っね、ネミル…?』

『…前に酒を注いだら抱擁してくれるってパミラさん言っていました』

『…え』

『ユフィーラさんがパミラさんの抱擁は随一だと』

『そ、それ結構前の話じゃなかったかな…』



ネミルがゆっくりと顔を上げてパミラを見る。

左右の結ばれた髪がさらりと流れ、焦げ茶色の瞳が丸くなっていて、頬が微かに赤い。酔ったユフィーラ節の時だけに染まる滅多に顔色に出ないパミラの頬。


一時でも自分が赤くさせているのだと歓喜が体中を奔ったネミルは嬉しくなって、もう少しだけその姿が見たくなってしまう。


ネミルはテーブルに置いてあった空のグラスに蒸留酒を少し注いだ。



『…え、まさか本当に…』

『僭越ながら注がせてもらいました―――――パミラさん』

『な、何!?』



少し焦った様子のパミラの声色に、ネミルはまた新しい彼女を知れたと酔いしれながら、そのグラスを渡した。


反射的に取ってしまったパミラに微笑み、自分は持ってきてくれた水を持って軽くグラスを合わせた。



『乾杯』

『…か、…乾杯…?』



少しどもったパミラの声にネミルは更に心が揺さぶられる。水を一気に呷ったネミルが少し口元から溢れてしまった水を指で拭いながら、蒸留酒に口をつけているだけのネミルを見て頬を染めるパミラの姿に幸せを感じほろりと口元が緩くなる。



『っ…』

『パミラさん。注いだので約束通り抱擁してください』

『え、…ちょ、』

『パミラさんの最高峰の抱擁を僕も知りたいです』

『…ま、待って、まじで…』



物凄く可愛いらしい反応をするパミラにネミルは蕩けそうな表情をし、それを見た彼女の頬が更に赤くなる。その表情を自分がさせていることにネミルは得も言われない充足感で満たされる。



『可愛い』

『…ぇ』

『いつも綺麗なパミラさんが物凄く可愛いです』

『ぅ…』

『その表情を僕がさせたのかと思うと余計に嬉しいです』

『…ぅー…』



パミラはついにグラスを置き、顔を覆ってしまった。


ネミルは耳まで赤くなったパミラを覗き込むように見つめて謝る。



『…すみません。困らせてしまいました』

『…』

『抱擁はまたの機会にとっておきます』

『…そ』

『今は少し恥ずかしがっているパミラさんを見ていたいので』

『……ぅぅ』



顔を隠されてしまったのは残念だが、いつもと違うパミラを見れたことだけで十分だと、ネミルは自分の酩酊状態にかこつけて好きなだけ見つめていた。




そして翌朝だ。


ネミルの脳内には昨夜の全てがしっかりくっきりと記憶に残っている。


翌日に綺麗さっぱり記憶が消えてしまうユフィーラと違って一語一句憶えているのだ。


そして手に触れたパミラの表情や恥じらう姿も全て、だ。



「…ぁぁああ…なんてことだ……お酒怖い…」



いくらパミラへの想いを募らせていたとはいえ、我慢出来ずにあそこまで漏らすか!?


自分はどれだけ溜めていたのかというくらいの暴走っぷりを披露してしまったネミルは寝台で呆けてしまっていた。


そこから丸一日。


朝の仕事から精神を律して通常通り振る舞う程ネミルは人間が出来ていない。


己の仕出かしたことから、本能的に遭わないように避けまくってしまったのだ。


パミラの一日の動きを網羅しているネミルは、彼女が来ないであろう屋根裏部屋や屋敷裏の小屋の保管魔術の具合を点検と称して時間をかけ、相当な完成度で仕上げまくった。


本当に今日に限ってはパミラからの頼み事がなくて良かったと心から思ってしまった。


勿論このままで良くないことは理解している。

しかし人との関わり方が初心者も初心者のネミルには何をどう動けば上手く事が済むのかわからなかった。



「…それでも、これはだめだ。パミラさんに失礼過ぎる…」



どうにかこの状況を打破せねばと、うんうん悩んでいた、その時だった。



部屋の外から僅かな魔術の気配を感じ、ネミルが扉を開けるとそこには連絡魔術の紙が置かれていた。



「…ガダンさん?」



紙にはガダンの文字と僅かな彼の魔力。そこにはイーゾから仕入れた酒所持で至急カウンターに集合と書いてあった。


あの食事会には勿論皆参加していた。

それぞれが酒や料理を楽しみ、ユフィーラ節をくらったとしても、ネミルのパミラのやりとりを見ていなかったとは限らない。


ネミルとしてはこの想いをずっと伝えるつもりはなかったのだが、こうなっては無かったことにはできない。


ネミルは先日イーゾからもらったとっておきの葡萄酒を持って下に下りていった。


カウンターにはガダン一人だけが居て酒を飲んでいた。



「お。寝てなかったか」

「はい。呼んでくれてありがとうございます…正直助かりました」

「んー?そうか?…おぉ、これはまた良い物持ってきたな」

「イーゾが少し濃度レベルとランクを上げたと言ってました」

「良いねぇ。座りな」



ガダンが厨房から葡萄酒に合うつまみを持ってきてくれて、男二人の晩酌が始まった。



「ちょうど良い濃さで飲みやすいねぇ」

「イーゾ曰く、ほろ酔いになりやすくて悪酔いし辛いって言っていました」

「だろうねぇ。良い葡萄酒だ」



酒好きのガダンがグラスを少し掲げながら葡萄酒の色合いを眺めてまた口元に運ぶ。


ネミルも少しだけ飲みながら、ガダン特製のキノコとムール貝のハーブ蒸しをつまむ。



「…美味しい。この貝が異常に葡萄酒に合います」

「そりゃ良かった」



暫しお互いが無言で葡萄酒とつまみに舌鼓を打つ。



「……思わず溢れてしまいました」



ネミルがぽそりと呟くのを、ガダンは視線を寄越さないまま反応してくれる。



「溢れた、かあ」

「はい。元から伝える気もなくて。でもユフィーラさんには以前あっという間に知られてしまいましたが」



それを聞きながら、グラスを手にカウンターに肘をついていたガダンは内心思う。



いや…態度に出過ぎて皆知っている。

間違いなく。



当然年長者である彼は空気を呼んで言わないでおいた。



「伝える気はなかったけど…酒飲んで解放されたってか」

「…そうですね。…それに伝えたとしても迷惑になるかと」



ネミルはグラスの縁を指でなぞりながら話を続ける。



「…当然成就させる気もなくて。僕だけの心に留めておこうと思っていました」



たった一人を想うこと、大切に感じること、それを秘めながらも大事に温めていくこと。


それだけで良かったのだ。



「…自分の生い立ちが気になるか?」

「それは勿論。…ですが、その経緯があったからこそ…僕は今ここに居るんです」



ユフィーラが以前言っていた。

自分の過去、そして病を経た経緯があったからこその今幸せなのだと。


ネミルとしては元魔術師団長カールの件がなければ、今こうしてここに居なかったかもしれないのだ。


あの凄惨な過去があったから今がある。


それが無かったら、パミラと出逢う機会すら無かったのかも知れないし、この感情も生まれなかったかもしれないのだ。


それが例えパミラから恨まれる存在なのだとしても。



「だからこそ、ここにお世話になって…彼女と出逢って、…人を、…本当の意味で大切に想うことができました」



カールに対しての歪んだ感情などではなく、心から純粋に慕い想う感情。


ユフィーラ始め皆とは違う、心が嬉しいけど苦しくて、切ないけど幸せな感情だ。



「……そうかぁ。パミラが今何をどう思っているかなんて誰もわからんからねぇ」

「はい。―――僕は、…僕のせいで亡くなった旦那さんのことを心から想っていたパミラさんを慕うんです。旦那さんを愛して誰よりも大事で…それが今の彼女であって、その全てを加味した上で、…僕は心を寄せる」

「なるほどな。旦那さんを愛していた彼女をひっくるめて、なんだな」

「はい…全てひっくるめたパミラさんを想っているんです」



カタンとガダンがカウンターから離れたのを気配で感じながらネミルは自分のグラスを見つめる。つまみでも取りに行ったのだろう。


あれこれ尋ねるのではなく、ネミルの言葉に対し少しだけ返しながら話を引き出していくガダンの対応にとても安堵しながらそのまま話し続ける。



「それを伝えようなんて…微塵も思っていなかったんです。僕は…許し難い相手の息子で、加担もしていて、そんな人間から慕われても…困らせるだけで。それでも想うだけなら、…パミラさんが幸せになっていくのを見届けられるなら、それで十分……だったはずでした」



ネミルの直ぐ隣のカウンターに座る気配を感じたが、つまみは持ってきていないようだ。



「心の動かし方がようやく少しずつ出来るようになって、…暴走してしまったというか、調整することが困難で。…皆さんは凄いですよね。色々な感情を上手くコントロールして。…それに僕はユフィーラさんと違ってしっかりと昨夜の記憶が残っていて、何をどうして彼女に接したら良いのかまるでわからない。今日は凄く失礼な対応をしてしまいました」



心がぐぐっと嬉しくない軋み方に息苦しくなり、悲しみがじわりと滲み出る感覚にネミルは眉を顰めた。



「顔を見られないくらい恥ずかしくて、申し訳なくて、…なのに会いたくて話したくて仕方ない。でもどう接して良いかわからないんです。――――こんなことになるなら昨日我儘を言った、…抱擁をしてもらえば良かった…」

「じゃあ、してみる?今」

「――――――ぇ」



隣から聞こえた声は低く艶のあるガダンの声ではなく、ネミルの耳朶に染み渡る優しい大好きな人の声。


愛しくて大切な人の声。


ネミルは音が鳴るくらいぎぎっと首を動かした。


そこに座っていたのは何故かガダンではなくパミラだった。







番外編と後日談を投稿していきます。

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