番外編:とある元王子の末路 2
ここでゲイルはようやくこの状況を嫌でも理解し始めた。
ゲイルが屋敷を襲撃し痛めつけ、その後小娘からの無慈悲な反撃で戦意喪失したゲイル。
そして今ここに居るのはあの屋敷の面々だろう。
その奴らから次から次へと降りかかる壮絶で容赦のない攻撃の数々。
確かに多少の攻撃はしたが、それはジャバル国第一王子であるゲイルだからこそ許されることなのだと思い込んでいた。
それを根底から覆され、尚且つ自分の言葉が誰にも伝わらない状況に、ゲイルはやっと自分の立場が良くないのではと気づく。
それを証明するかのように。
そこからの時間はゲイルにとって今まで生きてきた中で味わったことのない残酷で非情で屈辱的な時間となった。
「無駄に権力だけ持ったが為に担うべき最低限すら養えなかったことは愚の骨頂」
髪の長い眼鏡をかけた男からは、その見た目からは想像もできないほどの醜悪な攻撃を受け続け、
「大した実力も魔力も根性も無い人間に権威を与えると最悪こうなるって見本みたいね」
気の強そうな女から、炎の魔力を纏って繰り出される攻撃の数々に体中が火傷と打撲だらけになり、
「我が主を苛んだ貴様は今後惨めに乞い、蔑まれ、死ぬことすらできずに苦しみ続けるがいい」
執事然とした佇みの男は、巧みに数多の線のような魔力を操りゲイルを血まみれにし、
「脳が腐っているんだな。脳筋の方が全然ましだよな」
騎士くらいの体格の良い男からは魔力を込めた肉体攻撃を全身に浴び続け、
「屑な身内と同等の成れの果てだな。あいつはとっとと死んだがお前は簡単にはいかせない」
人を殺めることに少しの躊躇もないような爛々とした瞳の男からは、手に装着された獣のような爪のある武器で、頭から爪先まで傷がない箇所がどこも無いくらいに切り刻まれ、
「…大事な存在がいる。あまりに度し難い」
先程の男と顔がそっくりだが、一見穏やかそうな表情だと思った男から発せられた腹の底から低くぞくりとする声に慄き、何度も針のような細長い刃で体を貫かれ続け、
「僕の目の前でよくも主を傷つけた」
そう言って、体の部分を一つ一つ捻り切られるように失っていく過程を見せつけるように三日月のような瞳で蔑む姿に全身が戦慄き、
「この世に存在することそのものが罪深いね」
体から迸る魔力を放出しながら淡々とゲイルがのたうち回り苦しむのを慈愛の込もったような、だが目の奥が一切微笑んでいない女。
都度ゲイルが絶命する直前に回復魔術を施され、だがかけてもらった相手から今度は攻撃を受け、その繰り返しの状況にゲイルは気がおかしくなりそうだった。
「ぐあぁっ…!な、な、…何故私がここまでされねばならんのだっ……!!」
地面に伏しながらも自分がしたことの醜悪さを理解できていないゲイルの目の前に、今度は深紅の髪に朱色の瞳は燃え滾るように紅く変化していた異母弟が立っていた。
「お前には一生理解できないんだろうな」
表情が抜け落ちているのに爛々と鈍く輝く紅い瞳がとてつもなく悍ましく感じ、ゲイルは腰が抜けてしまってずるずると座ったまま彼から離れようと試みる。
「まあ、年月かけて知る…無理か」
低く凍えるような声で呟いた異母弟は、ゆっくりと両手を動かし、片方には燃えるような赤々としたまるで剣の形をした魔力の塊、もう片方は丸い陽のような塊。
そしてそこから始まったのは地獄とも言えるほどの猛烈な痛みと苦しみ、そして一瞬の安らぎが繰り返された。
何度も何度も交互に訪れ、ゲイルは生まれて初めてこのまま楽にさせてくれと自分の死を望み叫びたくなった。
だがやはりゲイルの声は一切届かず、異母弟の表情が変わることはない。しかしゲイルのあまりに無様な姿を見て、口角を僅かに上げた彼が瞳孔の開いた紅い瞳で近づいてきて囁いた。
「お前を想う者は一人も居ないが、憎む者は数え切れない。余生を楽しめ」
地を這うような声音と言葉にゲイルは瞠目し震えた。
「そ、…そんなことある訳ないだろう!私は王子だ!敬われる存在で次期王になるんだぞ!!」
そう叫んだゲイルを見る異母弟の表情は動かず、蔑む視線にゲイルは腸が煮えくり返る思いをしながらも、抜けた腰は微動だにせず体の震えも止まらない。
その情けない様を一瞥し、興味が失せたのか異母弟は踵を返し、ゲイルを痛めつけた面々の方にのんびりと歩いていった。
「これっぽっちもすっきりしませんでしたねぇ」
「するはずない」
「その価値すらないしー」
「無様なだけだったな」
「権力取ったらただの弱者だから仕方ないよ」
「無能に権力って怖いわねー」
「無能に与えるべからずの良い例ですね」
「人間を型どっているだけだろう」
「それすら烏滸がましいです」
「お前も結構言うんだな」
「ただの弱いものいじめだったなぁ」
「やらない選択肢は無かったけど」
震え続ける体を腕で囲っているゲイルを差し置いてのんびり会話をする彼らに呆然としていると、暗闇の方からもう一人…病弱な異母弟が歩いてきた。
「おや。もうよろしいのですか?」
「これ以上割く時間すら無駄だ」
「確かに。では残りはこちらに一任していただくということで」
「好きにしろ。楽だけはさせるな」
「言われずとも」
副団長と悠長に話す異母弟に無性に腹が立ち震える体を叱咤しながら這い蹲って怒鳴る。
「貴様!病弱で無能なお前が何を突っ立っている!早く俺を助けろ!阿呆が!」
回復魔術をかけられたとはいえ、体力までは回復されず息を切らせ途切れ途切れ叫ぶゲイルに、ふと異母弟の視線が向いた。
穏やかな表情、だがその瞳には尊敬も憐れみも無く蔑んだ、まるで虫けらを見るかのような冷めた目だった。
「日々の愚かな行動を嫌でも知っているので、大体何を言っているのか予想できてしまいますね。――――――元王子よ」
途端に声に深みのある、まるで頂点に君臨するような重みのある声音にゲイルは驚きぽかんとした。
(元、…王子、…だと?)
何を言われているか理解できないゲイルは激昂していた感情が一気にすとんと落ちた。
「お前は今回の不祥事で王子の地位をとうに廃嫡されている。そして今行われたことは、お前がしでかしてきた数々の失態の一つが返ってきただけ。これは新国王である私が許可した」
その言葉にゲイルはこれでもかと目を見開いた。
「は…は!?お前ごときが国王になれる理由――――」
「何を喚いているのか検討はつくが。廃嫡されたお前は過去の数多の罪により、市井に降りた王族ではなく、ただの平民でもなく声無き奴隷となる」
「!」
廃嫡も勿論だが、国王と王妃、つまり自分の母親であり貴族の頂点を牛耳っている彼女が黙っているはずがない。
ゲイルは声が届かないことなど忘れ反論しようとするが、間髪入れずに次なる衝撃発言が頭に轟く。
「国王は第一王子の不祥事を傍観した件を始め国を統べる者として適切な行動を一切しなかったこと、そして外交に赴いた私すらを利用してあわよくば消そうとしていたことも判明し証拠をもってその座を追われた。そして王妃に関しては無能な息子をそれ以上の阿呆に育て上げ、王妃と生家の身分を存分に利用し私利私欲三昧。お前の母親、その生家、それに連なる甘い汁を吸っていた貴族は全て権利と財産が没収され没落した」
次々と耳に入る信じ難い言葉にゲイルは首を横に振ることしかできない。
(そんな…そんなことあり得るはずがない!私が王子でなくなる未来があるわけが…!)
ゲイルはぎろっと異母弟を睨むが、彼の表情は全く変わらない。
「何を言っても信じる能力は欠如されているだろう。身を以て実感するが良い。いつ真実と向き合うのか見ものだな」
そう締めくくった彼は右手を挙げた。直後ゲイルの首に衝撃が奔って意識が途絶えた。
目を覚まし周囲を見ると、そこは窓の一切無い牢獄のような薄汚い一室。
そこがかつて自分が奴隷や陥れた人間を甚振り嬲っていた場所だとゲイルは気づかない。
粗末な服と寝床。
家畜が食べるような食事。
湯浴みの時間など当然無い。
どんなに怒鳴っても暴れても誰にも伝わらない。
どんなに権利を主張しても誰も見向きもしない。
「貴様のせいで儂の人生まで台無しだ!!!」
愚鈍な己を棚に上げ、罵詈雑言浴びせる落ちぶれた元国王。
「何で私がこんな目に遭わなければならないのよ!」
見窄らしい服装で鉄格子から喚き続ける元王妃。
「本当に地獄の日々でした。ようやく報われる」
良くしてやったはずの配下の辛辣な裏切り。
「あんたのせいで私も子も生家も終わりよ!疫病神!」
贅沢をさせてやっていた妾からの理不尽な怒り。
「お前のせいで姉ちゃんは殺された!」
「私の父ちゃんを返せ!!悪魔が!!!」
「息子は死んだのにお前は何故のうのうと生きているんだ!」
「貴様に襲われた娘は自ら死んだ!貴様も自ら逝け!」
週に数度、鉄格子の籠に入れられ運ばれた王宮の外れにある広場で愚民から罵倒され、石を投げつけられ、木で小突かれ、刃物で切りつけられ、籠の真ん中で蹲り堪えるしかなかった。
どんなに傷つけられ、血を流し、熱を出し苦しんでも、翌日には跡形もなく健康体に戻っている。
そしてまた罵倒と暴行の日々が繰り返される。
私は尊い血筋で選ばれた人間であり、国王に相応しい存在なのだ。
次期国王になるのは私しか居ないのに。
何故こんなところに居るのだろう。
何故誰もが私を責めるのだ。
何故愚民から蔑まれなければならない。
窓も何も無い地下の牢獄でゲイルは今日も一点を見つめている。
番外編・後日談を投稿していきます。