番外編:とある元王子の末路 1
私は王子で次期国王になるはずなのに。
何故こんなところに居るのだろう。
窓も何も無い地下の牢獄でゲイルは一点を見つめていた。
ゲイルは選ばれし人間であり、崇められ誰もが平伏すのは当たり前。それが常であることを疑問に思うことすらなかった。
王妃である母からは一度も負の感情や言葉をかけられたこともないし、その周りも然り。
第一王子の自分は特別であり、次期国王になるのは当然だと思っていた。
だが国王への唯一の不満点は女好きで次から次へと子を増やしてくることだった。その度にゲイル始め王妃が消していかなければならないことが面倒ではあったのだ。
自分以上に王に相応しい貫禄がある者は皆無であるし、なのに血が通っているというだけで継承権があるなど、どれだけ愚かで滑稽なことか。
しかも母は王妃なのだから考えるまでもないではないか。
それなのに何故か継承争いをさせようとしている国王には早く退位してもらわねば。
下賤な女の血が混ざっているだけで私とは程遠い。
まともなのは高位貴族であった第二妃の王子だが、病弱だから相手にもならないし、敢えて狙わなくてもそのうち死ぬだろう。
だがもう二人鬱陶しい輩がいた。
第三妃の子供二人。
無駄に顔だけは整っており、何故かたまたま能力も少しある。
だが国王が元々子に興味がなくいつの間にか消えていても素知らぬふりをしていたので、何とかそいつらの母親は消すことができたが、存外残った二人がしぶとかった。日々脅しても刺客を送っても謙り跪かないのが余計にゲイルの神経を逆撫でする。
慈悲をやろうと顔だけは整っていた妹を妾にしてやると言ったら真っ向から拒否するなど無礼にもほどがある。
それにあの小娘の見下すような挑戦的な眼差しがこの上なく気に食わなかった。
ようやくのことで妹を捕らえ兄を散々傷めつけた時、魔術を使われ利き手を負傷したが、この手で命を奪い小生意気な顔が歪んだ時、心底晴れ晴れとした。
愚かな兄が暴走はしたが、自分の立場しか考えない国王が止めに入ったことによってあの愚弟は国から出されたのだろう。さっさと死刑にすれば良かったのに。
あとは国王になるだけだと思っていたが、権力と贅沢を継続させたい王の優柔不断さによってゲイルは痺れを切らし動かなければならなくなった。
たまたま愛欲に溺れた阿呆な魔術師に出会ったことによって騙し取った希少な魔石。これがあれば自国どころか周辺の国ですら属国にできるだろう。
昨今一番の脅威だと噂されていたトリュセンティア国から弱らせようと訪れた時に幸運が重なり、バレン国に手を貸した際に姑息な手で返り討ちにされた魔術団副団長と、負け犬の愚かな異母弟までまとめて消せるのかと、ゲイルは歓喜し貯めていた魔石をこれでもかと放出したのだ。
素晴らしい効果の魔石を前に、元魔術師達の住処のはずなのに、こんなにも脆いのかと嗤いが止まらなかった。
そんな中、膨大な潜在魔力を持つ小娘の眼差しがどうにもあの男の妹と重なって苛立ちが募り、仕置きをして魔力を奪い、手始めにこの屋敷を潰し、国を属国にさせてこれからは自分の天下だと信じて疑わなかったのに。
突然変化した小柄な女。
髪が七色に纏われ生気の無い真っ黒な瞳の抜け落ちた表情。
私の魔石がその辺の石ころと化すほどの小娘の恐ろしい破壊力を持つ魔力。
ゲイルは初めて膝をつき、初めて身体中くまなく痛めつけられ、初めて無我夢中で泣き叫ぶという、王になるに有り得ない扱いを受けた。
トリュセンティア国魔術団副団長の屋敷に乗り込んだ後、ゲイルはたった一人の小娘に自分が周囲の人間にしたことと同じ手法でやり返され、既に身も心も満身創痍状態だった。
更には小娘から繰り出された悍ましい程の魔力、まるで剣を模ったかのような光の塊に、目を見開き絶叫していると、ふと小娘がその場から消えてしまった。
周囲が姦しく騒いでおり、すぐにでも逃げたかったが、傷めつけられた体は回復魔術によって治されてはいたが、体力は回復されておらず、すっかり心身がすり減っていたゲイルは動く気力すらなかった。
すると突然体が強張り、自由が効かなくなった。上半身を何かでぐるぐる巻きにされたようになり、下を向いていたゲイルの前に男の足元が見え、ゆっくり顔を上げた瞬間全身が粟立った。
そこにはトリュセンティア国の王族色と謳われた少しくすみのあるブロンドに恐ろしく冷たい深緑の瞳をした男が睥睨していたからだ。
その目付きが気に入らなく、怒鳴りたくなるが何故か歯がかちかちと鳴り言葉にできない。
更にその男の後ろから透明感のある深紅の帯のような禍々しい塊を手に掲げゲイルに近づいてきたのは負け犬の異母兄弟。
今まで見たこともないような能面の表情に何故か身震いするという屈辱的な思いをさせられたゲイルはその紅の塊を放たれた直後に意識を失った。
それからどれくらい意識が無かったのか。
突如体全体に雷が落とされたかのような激痛にゲイルは口から呻き声を上げ目が覚めた。
無理やり覚まされた意識でゆっくり目を開けると、そこは薄暗くどこかの広間のようだった。
段々目が慣れてくると、すぐ近くに一人の男性。
橙色がかった赤い髪に朱色の瞳。
それは病弱で宮殿から出てこない筈の異母弟だった。
なかなか表舞台に出てこなかったが、ここ数年体力を取り戻し力をつけていると聞き、たまたま公の場で参加していた隙をついて魔力吸収の腕輪を填めれたのだ。
常に魔力を奪われている男が何故ここに居るんだと驚いていると、何か固いものが顔に当たりゲイルは呻いた。
「ぐっ…何をする!無礼者が―――――」
「お返ししますよ。そして今までの報いも返ってくるでしょう」
ゲイルの言葉を遮るように喋った異母弟はそれだけ言って離れていった。
顔に当たって落ちた物を見ると、それはゲイルが填めたはずの壊れた腕輪だった。
「!?っ…何故これを外せたんだ!おい!それよりここはどこだ!」
ゲイルが大声を出すが、彼はまるで聞こえていないかのように足も止めずに暗闇の中に消えていった。
薄暗く声が響く広い場所。辺りは何もなく、上をみると天井があるので屋外ではなさそうだ。
見上げていると正面が七色のよう濁りのある光が顕現し、攻撃され続けた小娘の髪の色を嫌でも思い出したことで本能的にゲイルは体を震わせた。
正面を見ると漆黒のローブを羽織った魔術師団副団長だった。
「っ…な、何だ貴様!私を誰だと思っている!近づくな!」
何を考えているか全くわからない無表情の彼は何も言わずにゆっくりと手を翳した。
直後。
「ぐっ!あああぁぁぁぁぁぁああぁぁ…!!!!!」
自分の体の表面全てを一度に攻撃されたかのような想像を絶する激痛がゲイルを襲い、苦痛で目を瞑っていると、生臭い鉄のような匂いが立ち籠める。
何とか目を開けた瞬間、目の前に入ってきたのは自分の身体から迸った血の海と化した床、その先に七色であるがそれを覆うような悍ましく蠢く漆黒の魔力の織。
そしてその中にいた副団長の漆黒の瞳は何か底の知れないおどろしさを本能的に感じゲイルは無様にも悲鳴をあげた。
「…ぇ?…っひぃ…!」
そのまたすぐ後に全身に再度激痛が迸った。
「うぅ、がぁぁぁあああああ!!!」
全身傷だらけの状態に被せるように訪れた壮絶な痛みにゲイルはのたうち回った。
「っぎぃっ…!うぐぅぅっ…き、貴様…私はジャバル――――」
何とか自分の尊い立場をわからせようと口を開くが、またもや同じ攻撃をしかけられ、もう息すらまともに出来なくなったゲイルは口から血を吐いて意識が朦朧とし倒れそうになった時。
「…っぐ……へ…?」
今まで耐え難い激痛に苛まれていた体がすっと引いていった。
ゲイルが呆けていると、近づいてきたくすんだブロンドの男がゲイルに向かって回復魔術を放っていたようだった。
「死んだら次が無いだろうが」
「加減はした」
不気味な会話をする二人にゲイルは怪訝な表情になる。
(加減…?何をいっているんだ)
そう思うが、それよりも何故自分がこんな目に合わなければいけないのかとゲイルは腹が立ってしょうがない。
「貴様ら!私が誰かわかってこんなことをし――――」
「もう良いのか?」
「良い訳ないがあまりに軟弱だ」
またしても自分の言葉を阻まれ、更には軟弱呼ばわりされたゲイルは激昂するが、副団長はさっさと離れていった。
「おい!何様だ!」
何度も大きな声でゲイルは怒鳴るが、ブロンドの男は耳を貸す様子もなく睥睨してきた。
その瞳は底冷えするようにまるでゲイルを人間だと露ほどにも思っていないような目で、低音だが良く通る声で驚愕の言葉を連ねた。
「声も性根も全てが汚れているお前の声は誰にも聞こえん」
その言葉の意味がピンとこなかったゲイルは首を傾げた。
「…は?何を言っているんだ。こうやって話しているではないか!このことは我がジャバル国に―――」
「我が国の国宝でお前の声は誰にも聞こえん。一生涯。同時に自死も許されん」
今までこんな扱いをされたことがなかったゲイルは怒りが募るが、国宝という言葉にぴたりと止まった。
「何だと…?」
「目出度い人間だな。お前がしたことの善悪…無いからこうなっているんだろうよ」
そう言ってブロンドの男が翳した魔力の織は、先程の回復魔術の織とは似ても似つかぬほどの、どす黒くおどろしいものだと思った瞬間。
自分の全身の骨が一斉にと思われるほど鈍い音をたてて折れ、激痛が迸った。
「っぎ、………がっ……!!!!」
ゲイルは堪らずに床に倒れるが、全身が折れているため床に触れた全ての体の部分が更に痛みを伴う。
ひゅーひゅーと何とか空気を肺に取り入れようと呼吸をするが、折れた骨が肺に刺さっているのか入ってこないことに絶望し、ゲイルは本能的に涙が溢れた。
その間も目の前のブロンドの男が感情の無い表情で見下ろす姿にゲイルは怒りがこみ上げるが、壮絶な痛みで何もできない。
(私がこれだけ苦しみ叫んでいるのに、何故誰も助けないんだ…!…っ…ま、まさか声が本当に聞こえていない…?)
ゲイルは先程から自分の言葉が途中で何回も遮断されたことを思い出し、戦慄した。
(もしそうなら、私の命令が誰にも届かない?今後もずっと…?そ、そんな馬鹿なことあるか!)
これだけの報いを受けてもなお、ゲイルの浅はかな思考は自分が上の人間であり、自分が行った非道の数々を一切悪いとも間違ってもいないのだと信じて疑わない。
何故自分がこんな目にと再び経験したことのない激烈な痛みと屈辱にゲイルは視界が涙で溢れ始める。
「そこまで。あんたも相当だけど」
無感情な声音が聞こえた時、またもや風前の灯火状態であったゲイルの体が魔力の織に包まれ、体のどこからも悲鳴をあげなくなった。
息を切らし目を見開いていると、ブロンドの男の側に碧緑色のローブを着た男が「ほら順番だから」と言ってゲイルの方に視線を向けた。
その瞳はまるでゲイルを人間とも思っていないような無機質な瞳。
そしてそのローブの男から迸った魔力の織はまるで細かい植物の蔦を顕現させたような夥しい数のもので、それが体中に巻き付き引き絞られ、そこから噴水のように血飛沫が上がり、ゲイルは悲鳴と共に悶絶することになった。
番外編・後日談を投稿していきます。
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