一年365日を私にください 5
ふと思い出したのかアリアナがはっと息を呑んだ。
「…もしかして、いつかアビーさんから聞いたことがある例の…?」
「…ええ、そうよ。アリア―――」
「そうなんです。例のいつものやり取りの中に色々な想いが盛り込まれていたのです」
ここでユフィーラがアリアナに向き合…次への照準を定めた。
それを今まで何度も感知したことがあるアビーは素早く気配を消し、ユフィーラの標的にならないようにさっと移動するのを見て「…颯爽としてんな」とアリアナの隣に居たエドワードが呟いた途端。
「そう、颯爽と流しているように見えて、内実はとても情熱的な部分もあるのです」
「…はい?」
思わず言葉を溢してしまったが為に、アリアナの傍に居たエドワードに照準が合ったことに本人だけが気づかない。
「エドワードさんとは面と向かって話したことはありませんでしたが、お邪魔した時いつもアリアナさんをちょっとだけ誂うような口調ですが、それは楽しそうに対話されているのを拝見していました」
「お、おお。そう、ですか」
普段誰にでも気さくに会話をするエドワードだが、ユフィーラから自分とアリアナのいつものやり取りの会話内容の感想を述べているような話し方に、何故か敬語で返してしまう。
「はい。内心心から慕う相手に対し直接好意をぶつけるというのではなく相手の様子をみながらも、自分の方が年上が故に、少年心…即ち一番根底にある本心を見せないように、でも彼女の一挙一動を常に自分が引き出してそれを一番に見ておきたという気持ちが溢れているように感じました。あくまで私の身勝手な主観ではありますが」
「!」
エドワードは瞠目しながらも、ゆっくりとガダンを見やる。
何度も心の柔らかい部分を羽毛で散々撫でられてきた経験をしているガダンは、厳かに頷いてからゆるりと首を降った。
もう諦めて受け入れろとでもいうように。
「私の親愛なる友人は気高く淑女としてのノウハウを完璧に備え、且つ女性伯爵としての困難な道をも進もうとする猛者中の猛者。それでも一緒に食事を楽しむ時や女性同士で会話する時のふとした少女のような笑顔や恥じらいも兼ね揃えています。そしてそれらが一番前面に出るのは友人の私達ではありません」
ユフィーラは食堂をまるで劇場のように響き渡る声で皆に聞こえるように語りながら、口元を覆ったエドワードと呆然としていたアリアナに向かってゆっくりと歩み寄っていく。
そしてエドワードと思いきや、その隣で無意識にエドワードの袖を掴んでいたアリアナにくるりと標的の矛先を変えてユフィーラは微笑んだ。
全くもって心の準備をしていなかったアリアナは何かを言おうと口をぱくぱくと動かす。
「ゆ、ユフィ…?」
「少しずつ前には進めていても、長年蓄積された素直になれない想いの壁が思った以上に立ちはだかっている状態でしょうか…?」
「うっ…」
正面からずどんと己の心の動きを諭されたアリアナはぽぽっと頬を染めながら胸元を無意識に掴む。普段は凛として令嬢の見本のような所作を怠らないアリアナのこの姿はある意味貴重である。
ユフィーラはそんなアリアナの可愛らしい姿にほわりと笑みを深めまた一歩進んでアリアナの赤らんだ頬を優しく包んだ。
「その壁を自ら打ち壊すのは長年積んだことから、なかなか至難の業であることでしょう。折角のこのような機会なので願掛け程度ではありますが私も共に願います」
今は年相応の可愛らしく赤らんだアリアナを見ながらユフィーラは頬を包んだまま、目を閉じた。
「アリアナさんの心の壁に少しでも隙ができ、それをエドワー……心から想う方が乗り越えてきてくれて、二人が共に歩む素晴らしい未来が拓けますよう」
名前ほぼ開示!
元よりアリアナの慕う相手がエドワードだと知ってる者が多いかも知れないが、これみよがしに途中で言い方を変えたユフィーラに誰もが意図的かと思わざるを得ない。
アリアナの顔は最早真っ赤である。
その表情はもう普段のきりっとした女伯爵を目指す女性ではなく恋する少女そのものであり、女性陣は「可愛い…」と声を漏らし、瞠目しながらも微かに耳が赤くなっているエドワードに対し男性陣は生温かい眼差しを送った。
ゆっくりと瞼を上げたユフィーラは真っ赤なアリアナを見て頬をさらりと撫でてから彼女の手を取り、すっとエドワードに振り返ってから、びくっと本能的に動いた彼の手も取ってアリアナの手に重ねさせてから自分の手を離した。
「年が十以上離れていること…更には身分のことも否が応でも考えてしまうことは心の底にずっと蟠っているのでしょう。ですがそれは相手も同じ。きっと、ずっと、子供扱いされるのではないかと」
「っ!」
エドワードがはっとしたように息を呑んだ。
これはいつもアリアナがぼやいていたことだった。そして同時にこれはエドワード自身にも当てはまること。それでもアリアナからいつか聞いた伯爵の話を聞く限りは望みはあるのではないだろうかとユフィーラは思っていた。
「だからこそお互いが先の一歩を踏み出せないでいる。ですが私が彼女からご家族のことを聞く限りはその隔たりは問題ないように感じます」
ユフィーラの言葉にエドワードが目を見開く。
「年上だからこその稔侍が立ち塞がるでしょうが、エドワードさんが第一歩を歩めば、アリアナさんも貴方の気持ちを真正面から受け取り、彼女の元の力強さが発揮できるような気がしてなりません」
もうこの時点で名前がしっかりと出ており、わかってはいたが改めて誰と誰のことなのか皆が知ることとなる。
「アリアナさんはとても精神の強い部分はありますが、自分の想いに関しては奥手も奥手です。どうかエドワードさんの行動によって成就されますよう」
「…あ、あぁ」
「でも私がこのように言わずとも、エドワードさんにはとっくに理解されているのでしょう」
「…ん?」
「だって今日持ち寄っていただいたデザートにはアリアナさんの好物が半数以上。もう堂々と好きですと言っているようなものなのです!勿論どれも美味しいので私も嬉しいです。なのでしゃしゃり出るまでもありませんね!」
ユフィーラは拳を作りご武運を!とでも言うように軽く上下に揺らし、自分はお呼びでない風を装っているが、人様の恋愛事情を大々的に公開したことを忘れてはいけない。
そしてそれに関して誰一人指摘することもなかった。
…指摘したら標的が自分に向くことは明らかだからだ。
半ば自分の秘めたる想いを開けっぴろげにされたエドワードは、更には無意識に選別していたデザートの配分の事実にふらっとなり、アリアナは重ねられた手を見ながら真っ赤な顔を上げられずにいた。
そんな状態でも離れることのない二人の繋がっている手を見たユフィーラは微笑み、くるりと向きを変えた。
リリアンとビビアン、リカルドの方に。
三人が示し合わせたかのように同時にびくっと体が動き、リリアンは直立不動状態、ビビアンは本能的にリカルドの後ろに隠れ、リカルドはビビアンを庇いつつ無意識に一歩後退した。
そんな三人の態度を一切気にすることもなく、鷹揚な笑みのままユフィーラは三人をゆっくり見つめてから次なる相手に狙いを定めた。
まるで嵐の前の静けさである。
「団長様」
「な、何かな!?」
標的に選ばれたリカルドが裏返り直前のような大きな声で返した。
「団長様とビビ様の絆はある一件より更に強固になったと想定されますが、それ以前より育まれたものがずっと根底にあったのではないかと思わずにはいられません」
「そ、そうかな!?うん、そうだとも。ありがとう!ユフィーラさん。もうそれだけで十分―――」
「由緒ある高位の令嬢だからこそ慣例に則らざるを得ず、己の想いを押し隠そうと努めるビビ様の姿に、より想いを募らせ打破することを決意された団長様が、国と…二人の間にあった隔たりを突破できたことになったのだと思います。全ては愛が故に」
「ぐふっ」
いつもならば人の言葉を遮ることもなく、発することも時と場合で嗅ぎ分けるユフィーラであるが、この時ばかりは王国魔術師団団長の言葉を真っ向からぶった切り、それを誰も止めることはできない。
国屈指の魔術師として団長としての威厳を何とか持ち直そうと蹌踉めきながらも、ビビアンを背に守りながら立ち向かおうとするリカルドだが、ユフィーラはその隙を与えずさらなる追撃を放つ。相手が何とか次の一手を返す前に重い一撃を繰り出すのだ。
「団長様は誰もが耳にすれば理解できる愛の込もった言葉で常にビビ様に想いを伝えていたのでしょう。それこそ決死の覚悟で真っ向から心のままに。もしかしたら毎日何かしら理由をつけて会いに行ったりしていたのかもしれませんね。あくまで私が今まで団長様と関わった上での仮定の話ではありますが」
「ぐっ…何故それを…」
直ぐ側で見ていたのか!?と思うほどのリカルドにとっては的確で、公共で晒されるには恥ずかし過ぎる過去をユフィーラは優しい表情で語っていく。そして体を少し屈めて、首を傾げリカルドの後方を見た。
「それをご自分の立場上、揺るぎない気持ちを鼓舞し続けていたビビ様」
「ひっ…」
まるで何かに脅かされたかの如く息を呑むような驚きの声が漏れ出てしまったビビアン。
それを穏やかな笑みでユフィーラは遠慮なく話し続ける。
「令嬢として、淑女としての立場を重んじながら、それでも心の奥底に秘めた団長様への想いを忘れることができなかった分、彼からの想いを伝えられた歓喜は表面の態度とは裏腹に喜びも一潮だったのでしょう」
「…え、ちょっと…誰か私のことを話し―――」
「だからこそ結ばれた時の絆は何よりも強く深いものとなり、普段は掛け合いのような対話をしていますが、二人きりの時だけはきっと愛情が溢れんばかりの態度で接しているのでしょう」
「…ぁぅ」
トリュセンティア国一と言われるほどの淑女の鑑のようなビビアンの言葉を華麗に遮断し、誰も傷つかないとどめを刺すユフィーラには誰も勝てない。
国王ですら難なく沈めたのだから。
「そしてビビアンさんとはまた違った美しさと凛々しさを兼ね揃えたリリィさん」
突如すっと視線を合わせてきたユフィーラにリリアンが目を丸くするが、何とか迎撃をと目論む。
「…ユフィちゃん、褒めてくれてありがとう。でも私は特にこれと言った何かがあるような人間では―――」
「ええ。確かに自身としては家系や身分などでなく、ただの一人の人間なのだと、敬われるのは苦痛だとすら思っていたリリィさんだからこそ、人の心理や内面を誰よりも知ろうと為されていた」
「!」
「だからこそ誰隔てなく接する機会のある医師としての役割を全うされ、人との関わりを広げることで、ようやく自分のすべきことを自身の力で構築されていったのでしょう」
だからなんでそこまで分かるの!?とリリアンは叫びたくなった。
要は今まで随所に何気ない会話をしている中で、ユフィーラ独自の主観で想像する思考を言葉にしているだけなのだが、的中率は非常に高く恐ろしい能力である。
「リリィさんと出逢えたことで、私自身…新旧共に支えられました」
「…ユフィちゃん」
「だからこそ…私の主治医として傍にいてくれると言ってくださったリリィさんを…そのまま全てを受け止めてくれる存在が居たらと身勝手にも願ってしまうのですが、…全く知らない素性もわからない相手でも私は果たして心から祝福できるのでしょうか…」
「…ユフィちゃん?」
何だか矛先が少しずれていっていることに、頬を少し赤らめていたリリアン始め皆が気づく。
「ビビ様とアリアナさんは、私も知る素敵な殿方がいらっしゃいますが、以前抱擁してもらった時…アビーさんはふわり、パミラさんはほわり、リリィさんはじわっと体と心が満たされるあの感覚を、誰かのものだけになってしまうと…私は何故か醜く浅ましい身勝手な思いが沸々と―――」
「ユフィちゃん!?」
何故か大好きな姉さん達を思い、でも反面取られてしまうかもという狭間でユフィーラの表情が段々と鬱屈としてきたのに女性陣が慌てふためいた。
「ユフィちゃん、落ち着いて、ね?」
「ユフィーラ、どうどう」
「何これ。デレが堪らないわ」
「ちょっとユフィーラちゃん可愛いんだけど!」
「ユフィのちょっとムッとする表情がまた良いわ…」
女性陣全員を大歓喜させた、どこまでも人誑しのユフィーラであった。
不定期更新です。
誤字報告ありがとうございます。
助かっています。